26 / 32
佐々木さんは困っている
1
しおりを挟む佐々木は困っていた。
(……ない、)
昔懐かしの旧型のパソコンを前に眉間に皺を寄せ、必死に手元のメモ帳と画面を見比べる。
つい先日先輩スタッフに教えてもらった手順を必死にメモし、その通りに操作をしたはずだ。
とあるファイルからデータを印刷するだけの簡単な仕事。
だが以前教えてもらった通りの手順を踏んだはずなのに、肝心のファイルが見つからない。
デスクトップの大量のアイコンの群れから分かりやすく離れたど真ん中にこの前はあったはずだ。
間違えて移動されたのかと必死に一つ一つアイコンを確認して見てもそれらしいものはない。
「マジか……」
原因はわからない。
どこかに消えたファイルを検索して見つける方法を十年ぐらい前に何かの授業で習った気がするが、まったく覚えていない。
私生活でまったくパソコンに触れず、仕事で使った時期もあったがそれも昔の話。
メモにまったく載っていない自体に佐々木は困った。
佐々木はマニュアルがないとダメな人間だ。
下手な操作でパソコンを壊したり、もしかしたら重要なデータを消してしまうかもしれないと元来のネガティブ思考と良く言えば慎重な性格がマウスを操るはずの手を止めてしまう。
「はぁー……」
吐き出すため息の重いこと。
大したことではない。
さっさと他のスタッフに相談すればいい話だ。
佐々木のいるバックヤードの奥の奥、こじんまりとしたカビ臭い事務所の薄い壁越しに他のスタッフのお喋りの声が聞こえる。
ここでうだうだ一人で悩み、下手に作業を遅らせてしまった方が反感を買うはずだ。
大したことない。
さっさと聞きに行けばいい。
事務所に入ってまだ五分も経っていないのだ。
ここで悪戯に時間を伸ばせば伸ばすほど後が面倒なのだから。
と、必死に自分に言い聞かせながら佐々木は疲れ果てた体で立ち上がろうとした。
ギシギシと軋むパイプ椅子はまさに佐々木の今の心情を表している。
大げさかもしれないが、今の佐々木はとても疲れていた。
肉体的に、そして精神的に。
慣れない力作業に手こずっていたせいもあるが、それよりも今日上司に叱られたことの方がダメージが大きかった。
『ああいう仕事って佐々木さんには難しい?』
叱られた、というのも違うだろう。
実際叱られてはいない。
ただ、一瞬バックヤードに呼ばれて、そう聞かれただけだ。
『難しいんだったらちゃんと言ってくれる? 他の人に代わってもらうから』
目の前の上司に半笑いでそう言われたとき、正直落ち込むよりも先にイラッとしてしまった。
ここで素直に反省の気持ちが出てこない佐々木も佐々木である。
(やだなー…… 副店長まだいるもん。なんか言われそう)
思い出したせいで瞬間的にイライラが蘇る。
佐々木は自分が自己中で意外と瞬間的に感情が沸騰してしまう性格、短気であることを自覚していた。
さっさと他のスタッフを捕まえて作業の続きをしたいのに、また今日イラッとした上司に何か言われるかもしれないと思うとやる気が削がれる。
(確かに私も仕事遅かったけどさ…… そんないきなり言われてすぐできるかっての)
心の中で愚痴りつつ、佐々木はどこか冷めてきた自分を自覚していた。
(……なんかもう、辞めよっかな)
さすがに今辞めるのは早すぎるが、この職場は自分には向いていないと佐々木は思った。
ついこの前まで水野さんに褒められてやる気を漲らせていたのが嘘のように気持ちが冷めている。
今までは水野さんや他のベテランスタッフメインで仕事のあれこれを指示され、あまり直接的に副店長の宮田さんと接してこなかったせいで気づかなかったが。
(苦手なタイプだわ…… 清水さんも苦手だけど、副店長のが嫌だ)
佐々木は良くも悪くも単純だった。
そんな単純で飽きっぽい自分をよく知っている。
本当はふてくされたようにすぐ仕事を辞めようとする自分を情けないとも思っていた。
だが性格なんてそうそう変わらないのだから仕方ない。
(……でも次探すのダルい)
実にクズっぽい思考だ。
(今辞めるのも、なんか悔しいし)
どうせ辞めるなら少しぐらい見返してやりたい気持ちもある。
理想は皆があっと驚くほど仕事をマスターし、いなくなったら困るぐらいの存在になってから辞めてやりたい。
実にクズな考えだ。
(まあ、あと二ヶ月、三ヶ月ぐらい様子見よ)
その頃には嫌でも仕事を覚えているだろう、と俯きながらうだうだとある意味での現実逃避をしながら佐々木は資料室を出ようとドアノブに手をかけた。
と、その前に目の前のドアから軽快なノック音が現実逃避していた佐々木を現実に引き戻し、
「……佐々木さん?」
感情が読み取りにくい工藤くんの声に佐々木は俯いていた顔を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる