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佐々木さんは困っている
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しおりを挟む印刷した紙の束を纏める佐々木は自然な動作で顔を近づけて来る工藤くんに気づくのに数秒かかった。
「俺、もしかしたら佐々木さんの部屋に忘れ物したかもしれないんですけど」
背後から耳元に、ひっそりと声を潜めて囁かれた内緒話に佐々木は目を瞠る。
「覚えてますよね?」
佐々木の手から思わず落ちてしまった紙の束を工藤くんが自然な仕草で拾う。
「……あの夜、落としちゃったみたいで。ただの自転車の鍵ですけど」
「あ」
佐々木はとても焦った。
「心当たり、ありますか?」
「ぁ、ご、ごめんっ」
何故なら本当に間抜けなことに佐々木は今日それを持って来ていなかった。
別に佐々木は悪くない。
本当なら今日工藤くんは休みのはずだったのだから。
これからどうやって工藤くんに連絡しようかと悩む予定だったのだ。
下手に職場に持って来て無くしたら困ると思い、普通に家に置いてきてしまった。
「ああ、よかった。やっぱ、佐々木さんのとこにあったんですね」
今度こそ自覚するほど分かりやすく顔を青ざめた佐々木は必死に小声で工藤くんに謝った。
そんな佐々木に工藤くんも同じように声を潜めて笑う。
どうやら怒っていない様子の工藤くんに佐々木はホッとしたが、自転車の鍵だということを思い出し、すぐにまた謝った。
「ごめんね、明日……」
明日持って来ると言いかけて佐々木は情けなく顔を歪めた。
「すみません、俺しばらく休みなんです」
「そ、そうだよね……」
佐々木は昨夜の自分の行動全てを後悔し、また例のクズな酔っぱらい男を恨んだ。
あいつさえ絡んでこなければ佐々木は昨夜こっそり工藤くんに鍵を返すことができたのだから。
だがそんなことを言えばすぐに諦めて人に流される佐々木も悪い。
「本当にごめん…… 昨日、届けるつもりだったんだけど」
「……昨日、ですか?」
項垂れる佐々木は工藤くんの表情が変わったことに気づかなかった。
「うん…… 昨日の夜、お店に持って行こうと思ってたんだけど」
「……」
「あの、もしも迷惑じゃなかったら家に郵送、とか」
ああ、でも自転車の鍵だったらすぐ使うよねっと一人慌てる佐々木に工藤くんは一瞬間を置き、すぐになんでもないように笑った。
「じゃあ、これから佐々木さんの家に取りに行っていいですか?」
反射的に顔を上げた佐々木の視界に工藤くんの爽やかな笑顔が映った気がした。
実際部屋の中は暗く、表情ははっきり見えなかったが、たぶんそんな笑顔を浮かべている気がする。
「……へ」
間の抜けた佐々木の返事など気にせず、工藤くんは少しだけ語気を強めた。
「それが一番手っ取り早いですよね?」
「そ、そう、だね……」
その通りだ。
冷静に考えなくても簡単な話だ。
ただ佐々木はその解決法をまったく考えていなかった。
あえて考えないようにしていたとも言う。
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