ごめん、もう食べちゃった

番外編《その②》

苑子「秋くんとはまだ別れないと思うよ」

　自分の胸で泣く秋を撫でながら、苑子は思う。

(ここまで続くなんて思わなかった)

　それは紛れもない苑子の本音である。
　新・記・録・更・新・目・前・の彼氏を慰めながら、苑子は今でも、むしろ今だからこそ周りから訊かれる「どうして秋なのか」「今までの男と何が違うのか」という疑問を考えた。

「あーきーくん」
「はい……」

　苑子の呼びかけに、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら情けなく顔を上げる秋。

(誕生日忘れられるのって、そんなショックなんだ)
　
　悪いことをしたなとは思う。
　けど、正直理解はできない。

「遅くなっちゃったけど、とりあえずお誕生日おめでとう」

　自分の誕生日すら忘れてしまう苑子からすれば落ち込む秋はとても奇異に映る。

(ああ……　だから、無視できないのかな）

　苑子の歴代彼氏はプライドが高い男が多かった。
　こんな風に記念日を忘れてしまう苑子に全身全霊で哀しい、ショック、落ち込んでる、でも好き好きと突進して来るような男はいなかったのだ。

　だからこそ秋のパターンは珍しく、秋自身がとても貴重な生き物に思える。

「……へへ、俺、今、苑子先輩と同い年だ」

　情けない顔から一転、頬を染めて嬉しそうに笑う秋につい絆されてしまう。
　なんて健気なワンコだと、わしゃわしゃと頭を撫でてやりたくなるし、少しぐらいの我儘、おねだりを聞いてやりたくなるのは仕方がない。

「お祝いに、いいことしてあげる」

　たった一言でコロッと機嫌を直し、見えない尻尾を千切れんばかりに振る秋に苑子の口は自然と緩む。

「苑子先輩、好き。本当、俺先輩が大好きです」
「ん、知ってる」

　潤んだ目で見上げて来る秋の額に気まぐれにキスする。
　それだけで秋の全身から蕩けそうな幸せオーラが溢れた。
　尻尾を振るどころではない。

「本当、秋くんって……」

　苑子は何か言おうとして、口を一回閉じる。
　それはなんでもはっきりと言う苑子にしては珍しいことだ。
　不思議そうに首を傾げる秋に苑子は笑う。

「犬みたい」

　秋の返事はもちろん一言。

「わんっ」



＊　　

　苑子は考えた。

　どうして、秋なのか。
　特に真剣に考えたわけではないが。

（まず、顔……　あと、なんでも言うこと聞く素直なとこ）

　意外と甘え上手なところ。
　そして、打たれ強く、苑子一筋なところ。

(あとは……　コスパかな？）

　コスパ。
　そう、苑子にとって秋はとてもコスパがいい彼氏である。

（あんな安い餌でなんでも言うこと聞くんだもん）

　身体の相性もいい。

（なら、別れる理由ないじゃん）

　今は、まだ。

（つまみ食いも怒らないし）

　まぁ、なんて便利。

　と、苑子は愛らしく笑う。