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ベネツィ大食い列伝

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 森の中を少し歩いた俺達は、とある広場に来ていた。

 他と違い木々の間隔が広く、ぽつんと存在する森の中のちょっとした広場。

 俺はその広場にあるでっかい切り株の上に腰を下ろして月を見上げている。

 満月は明日あたりだろうか?

 隣ではパティが大の字になって寝ていて、パティの顔の上ではじろうが大の字になって寝ている。

 あれから数十分の時が経つ。

 アリシアはお母さんに旅立ちの挨拶をする為、エルフの里へと向かっており俺達はその間お留守番という訳だ。

「…………」

 暇である。

 隣で眠るパティとじろうを羨ましく横目で見つめ、一緒に寝ようかと何度も思いはしたもののどうにも目が冴えてしまっているので、うまく寝る事が出来ないでいる。

「…………」

 だから暇なのである。

 しかし、こうしてのんびりと月を眺めていると思ってしまう。

 近日中にくるであろう満月の夜に、ドイルさんとアイシャさんは一ヶ月ぶりの再会を果たし、互いを気遣い、家族の話に花を咲かせて、愛を育むのであろう。

 満月の夜の一家団欒。

 人目を忍び、交わされる数々の言葉達。

 それでも家族3人で過ごす時間というのは少し前までの事で、最近はと言えばドイルさんとアイシャさんの夫婦水入らずで過ごすのが主流らしい。というのは、お年頃のアリシアが両親に気を遣い満月の夜にはたまにしか姿を見せていないからだとか。

「…………」

 だからと言うか、暇なのである。

 アリシアは今頃、エルフの里のアイシャさんに旅に出る旨を伝えしばしの別れを惜しんでいる頃だろう。

 アリシアはまた泣いているのかもしれない。

 いくら自分で望んだ事とはいえ、まだ幼い彼女が両親と離ればなれになるというのは精神的にかなり辛い筈である。

 夢を投げ出して家に帰ってもいいくらいに。

 それでもあの子はきっと寂しさに耐えて旅に出るのである。

 家族の為、自分の為。

 夢を叶えるために茨の道を行くのである。

 思えばみんなそうだ。

 自身と同じ悲しみが再び起こらぬよう、モンスターから人々を守りたい温かな老人。

 強く正しい立派な騎士になりたい少年。

 家族を一つに、本来あるべき姿にしたいと夢見る少女。

 それぞれがそれぞれの夢を思い描き、夢に向かって突っ走る。

 だから俺は、そんな夢を追いかけ頑張っている人を精一杯応援したくなり、協力したくなるのである。

 ようはモノ好きであり、お節介焼きであり、酔狂であり、お人好しのような偽善者なのである。

「…………」

「……らえ、必殺……ニュー……エリオン」

「……にゃはは……にゃあ……」

 何やら楽しげな夢でも見ているのであろうか、この子達はとても幸せそうにしている。

 と、

「ん? お前は……タケルか?」

 聞き覚えのある声にドキリとする。

 状況が状況だけに歓喜し、まぶたを大きく開いて声がした方へ視線を投げる。

 そこには予想通りのお方がいらっしゃった。

 目にかかるくらいまで伸びた黒髪、その奥から放たれる人の心までも見透かしてしまいそうなほど冷たい眼差し、感情が一切読み取れない表情、全身から漂う怪しげな雰囲気、見るからに上品な素材で作られたデザインの衣服、見ようによってはどこかの国の王子様にも見える。

 と、最初は確かそんな風な印象を受けたものだけれど、これまで散々おバカなやり取りを繰り広げてきた今となっては、そんな印象に加えてどこか愛嬌があって、ふわふわとしていて、一波乱起こしそうな危険度と期待度を内包した印象を感じてしまう。

「ふむ。やはりタケルか」

「ンデューク! デュークちゃん!」

 暇すぎる今の状況を必ず打破してくれるであろうデューク様の登場に、期待度と興奮度は一気に沸点を超える。

 実を言うと、しばらく出て来ていなかったから心配してたんだ。

 最後に会ったのは……飢えてる二人にご飯を奢ってあげたあの時か。

 財布を落として所持金ゼロだったから、モンスターでも倒してお金稼げば? って助言したけど、あれ以来一向に現れないから、もしかしてモンスターにやられちゃったのかなって思ってたんだ。

 いや、違う違う。

 ベネツィ武道大会だ。

 子供達の武道大会になぜか出場できたデュークは対戦相手の子から1ポイントを先制し得意げに剣の手ほどきをした後、その子にボッコボコにやられて真剣に悔しがって会場を後にしたんだ。

 うん。あれは見るに耐えない光景だった。

「こんなところでいったい何をしているのだ? タケルよ」

 デュークはゆっくりとこちらへ歩み寄りながら問う。

「君を心の底から待っていたのさー!」

 満面の笑みを浮かべて言う。


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