9 / 9
一章
カナの宿 4
しおりを挟む
この世界は夢乃が作った夢の世界。
なのに何故こんなにも胸が痛むのだろう。
夢乃は逃げ帰った従業員用の宿泊部屋で、ひとり膝を抱える。
好きな男が、他の女を抱いていた――。
そんなものを目の当たりにしたら、誰だってショックを受ける。当たり前だ。
でも先の不幸を知る夢乃は、リュシオンが出来るだけ沢山の女性に囲まれ、癒やされることを望んできたわけで。
『ヒロコに惚れないこと』
『戦いの後、悪夢に取り込まれないこと』
この二つを同時に叶えてくれる、モブ美女との逢瀬は喜ぶべきことなのに――。
なんで、こんなにショック受けちゃうんだろ。
夢乃はため息をつきながら膝に顔を埋める。
今までの勇者パーティの流れから、きっとこの後は『エルフの森』へ行くはずだ。
そこで出会うエルフの長との対話が、リュシオンの運命の分かれ道。
裏切りエンドに進んでいるなら、ここでエルフの長がリュシオンを警戒する。
だから今この街で、モブ娘を抱いて安眠を得られるのは良いことだ。
夢乃は何度も何度も、自分に言い聞かせて、ようやく自分を少し取り戻した気持ちになる。
――きっと、なまじ同じ建物に居るから辛いんだ。
今いる従業員専用部屋も、リュシオンと同じ宿屋の一角。
調度品は比べるべくもないけれど、どこと無く似通った雰囲気は否めない。
夢乃は涙をぐいと拭いて、部屋を出る。
とりあえず、顔でも洗おうか。
そう言えば、さっきスープをかけてしまったエプロンスカートも洗いたい。
気持ちすっきりすれば、身体は疲れてるし、きっと眠れるよね。
そう考え、夢乃は薄暗い廊下を歩いて宿屋の裏口から馬房のある裏庭に出る。
馬ですら寝静まった月明かりの裏庭に、ちょこんと佇む備え付けの小さな井戸。そこに夢乃は近寄ると、カラカラと滑車が回る小さな音が響いた。
「……ん、つめた……」
持っていたハンカチを冷たい水で浸し、馬房の横にあった用具入れに座って、目元を冷やす。
しらじらと美しい満月の光と、冷たい布で鎮静された瞼が気持ちよくて。
高ぶった気持ちが冷めるように、夢乃は一人で月光浴を静かに楽しむ。
ハンカチがすっかりぬるくなる頃には、リュシオンが美人女将に癒やされていると良いなと、ぼんやりと思えるくらいにまで気持ちが落ち着いてきた。
だから――、予想もしなかったのだ。
目元のハンカチを取った夢乃の横に、リュシオンが立っているなんて。
「っ……!」
勇者パーティーの一人としてリュシオンが『気配を消す』ことに長けていても不思議じゃない。
でも現代人の夢乃は、何の気配もなく突如現れたリュシオンに驚き、思わず立ち上がる。
その拍子にぶつかったのか。
立てかけてあった大きな鍬が、夢乃の方に倒れてくるのを、リュシオンは慌てることなく片手で受け止め、夢乃の顔を覗き込んで微笑んだ。
「こんばんは。お嬢さん」
月明かりが、微笑みながらも全く笑っていないリュシオンの瞳を、静かに照らし出していた。
なのに何故こんなにも胸が痛むのだろう。
夢乃は逃げ帰った従業員用の宿泊部屋で、ひとり膝を抱える。
好きな男が、他の女を抱いていた――。
そんなものを目の当たりにしたら、誰だってショックを受ける。当たり前だ。
でも先の不幸を知る夢乃は、リュシオンが出来るだけ沢山の女性に囲まれ、癒やされることを望んできたわけで。
『ヒロコに惚れないこと』
『戦いの後、悪夢に取り込まれないこと』
この二つを同時に叶えてくれる、モブ美女との逢瀬は喜ぶべきことなのに――。
なんで、こんなにショック受けちゃうんだろ。
夢乃はため息をつきながら膝に顔を埋める。
今までの勇者パーティの流れから、きっとこの後は『エルフの森』へ行くはずだ。
そこで出会うエルフの長との対話が、リュシオンの運命の分かれ道。
裏切りエンドに進んでいるなら、ここでエルフの長がリュシオンを警戒する。
だから今この街で、モブ娘を抱いて安眠を得られるのは良いことだ。
夢乃は何度も何度も、自分に言い聞かせて、ようやく自分を少し取り戻した気持ちになる。
――きっと、なまじ同じ建物に居るから辛いんだ。
今いる従業員専用部屋も、リュシオンと同じ宿屋の一角。
調度品は比べるべくもないけれど、どこと無く似通った雰囲気は否めない。
夢乃は涙をぐいと拭いて、部屋を出る。
とりあえず、顔でも洗おうか。
そう言えば、さっきスープをかけてしまったエプロンスカートも洗いたい。
気持ちすっきりすれば、身体は疲れてるし、きっと眠れるよね。
そう考え、夢乃は薄暗い廊下を歩いて宿屋の裏口から馬房のある裏庭に出る。
馬ですら寝静まった月明かりの裏庭に、ちょこんと佇む備え付けの小さな井戸。そこに夢乃は近寄ると、カラカラと滑車が回る小さな音が響いた。
「……ん、つめた……」
持っていたハンカチを冷たい水で浸し、馬房の横にあった用具入れに座って、目元を冷やす。
しらじらと美しい満月の光と、冷たい布で鎮静された瞼が気持ちよくて。
高ぶった気持ちが冷めるように、夢乃は一人で月光浴を静かに楽しむ。
ハンカチがすっかりぬるくなる頃には、リュシオンが美人女将に癒やされていると良いなと、ぼんやりと思えるくらいにまで気持ちが落ち着いてきた。
だから――、予想もしなかったのだ。
目元のハンカチを取った夢乃の横に、リュシオンが立っているなんて。
「っ……!」
勇者パーティーの一人としてリュシオンが『気配を消す』ことに長けていても不思議じゃない。
でも現代人の夢乃は、何の気配もなく突如現れたリュシオンに驚き、思わず立ち上がる。
その拍子にぶつかったのか。
立てかけてあった大きな鍬が、夢乃の方に倒れてくるのを、リュシオンは慌てることなく片手で受け止め、夢乃の顔を覗き込んで微笑んだ。
「こんばんは。お嬢さん」
月明かりが、微笑みながらも全く笑っていないリュシオンの瞳を、静かに照らし出していた。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
転生したら乙女ゲームのヒロインの幼馴染で溺愛されてるんだけど…(短編版)
凪ルナ
恋愛
転生したら乙女ゲームの世界でした。
って、何、そのあるある。
しかも生まれ変わったら美少女って本当に、何、そのあるあるな設定。
美形に転生とか面倒事な予感しかしないよね。
そして、何故か私、三咲はな(みさきはな)は乙女ゲームヒロイン、真中千夏(まなかちなつ)の幼馴染になってました。
(いやいや、何で、そうなるんだよ。私は地味に生きていきたいんだよ!だから、千夏、頼むから攻略対象者引き連れて私のところに来ないで!)
と、主人公が、内心荒ぶりながらも、乙女ゲームヒロイン千夏から溺愛され、そして、攻略対象者となんだかんだで関わっちゃう話、になる予定。
ーーーーー
とりあえず短編で、高校生になってからの話だけ書いてみましたが、小学生くらいからの長編を、短編の評価、まあ、つまりはウケ次第で書いてみようかなっと考え中…
長編を書くなら、主人公のはなちゃんと千夏の出会いくらいから、はなちゃんと千夏の幼馴染(攻略対象者)との出会い、そして、はなちゃんのお兄ちゃん(イケメンだけどシスコンなので残念)とはなちゃんのイチャイチャ(これ需要あるのかな…)とか、中学生になって、はなちゃんがモテ始めて、千夏、攻略対象者な幼馴染、お兄ちゃんが焦って…とかを書きたいな、と思ってます。
もし、読んでみたい!と、思ってくれた方がいるなら、よかったら、感想とか書いてもらって、そこに書いてくれたら…壁|ω・`)チラッ
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
初めまして
いつも楽しく楽しみに待ちながら読んでいます。