乙女ゲーの世界に転生したら、不幸エンドしかないキャラに惚れました

瀬尾 碧

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一章

カナの宿 4

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 この世界は夢乃が作った夢の世界。
 なのに何故こんなにも胸が痛むのだろう。
 夢乃は逃げ帰った従業員用の宿泊部屋で、ひとり膝を抱える。

 好きな男が、他の女を抱いていた――。
 そんなものを目の当たりにしたら、誰だってショックを受ける。当たり前だ。
 でも先の不幸を知る夢乃は、リュシオンが出来るだけ沢山の女性に囲まれ、癒やされることを望んできたわけで。

 『ヒロコに惚れないこと』
 『戦いの後、悪夢に取り込まれないこと』

 この二つを同時に叶えてくれる、モブ美女との逢瀬は喜ぶべきことなのに――。
 なんで、こんなにショック受けちゃうんだろ。
 夢乃はため息をつきながら膝に顔を埋める。


 今までの勇者パーティの流れから、きっとこの後は『エルフの森』へ行くはずだ。
 そこで出会うエルフの長との対話が、リュシオンの運命の分かれ道。

 裏切りエンドに進んでいるなら、ここでエルフの長がリュシオンを警戒する。
 だから今この街で、モブ娘を抱いて安眠を得られるのは良いことだ。

 夢乃は何度も何度も、自分に言い聞かせて、ようやく自分を少し取り戻した気持ちになる。

 ――きっと、なまじ同じ建物に居るから辛いんだ。

 今いる従業員専用部屋も、リュシオンと同じ宿屋の一角。
 調度品は比べるべくもないけれど、どこと無く似通った雰囲気は否めない。
 夢乃は涙をぐいと拭いて、部屋を出る。

 とりあえず、顔でも洗おうか。
 そう言えば、さっきスープをかけてしまったエプロンスカートも洗いたい。
 気持ちすっきりすれば、身体は疲れてるし、きっと眠れるよね。

 そう考え、夢乃は薄暗い廊下を歩いて宿屋の裏口から馬房のある裏庭に出る。
 馬ですら寝静まった月明かりの裏庭に、ちょこんと佇む備え付けの小さな井戸。そこに夢乃は近寄ると、カラカラと滑車が回る小さな音が響いた。


「……ん、つめた……」


 持っていたハンカチを冷たい水で浸し、馬房の横にあった用具入れに座って、目元を冷やす。
 しらじらと美しい満月の光と、冷たい布で鎮静された瞼が気持ちよくて。
 高ぶった気持ちが冷めるように、夢乃は一人で月光浴を静かに楽しむ。

 ハンカチがすっかりぬるくなる頃には、リュシオンが美人女将に癒やされていると良いなと、ぼんやりと思えるくらいにまで気持ちが落ち着いてきた。

 だから――、予想もしなかったのだ。
 目元のハンカチを取った夢乃の横に、リュシオンが立っているなんて。


「っ……!」


 勇者パーティーの一人としてリュシオンが『気配を消す』ことに長けていても不思議じゃない。
 でも現代人の夢乃は、何の気配もなく突如現れたリュシオンに驚き、思わず立ち上がる。
 その拍子にぶつかったのか。
 立てかけてあった大きな鍬が、夢乃の方に倒れてくるのを、リュシオンは慌てることなく片手で受け止め、夢乃の顔を覗き込んで微笑んだ。


「こんばんは。お嬢さん」


 月明かりが、微笑みながらも全く笑っていないリュシオンの瞳を、静かに照らし出していた。
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みんなの感想(1件)

まい7
2019.06.12 まい7

初めまして
いつも楽しく楽しみに待ちながら読んでいます。

解除

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