人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉

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最終章 人質でなくなった王女と忘れない王太子

最終回:1

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 泣いていることを自覚したら、もう自分でもどうにもならないくらい、次々と涙が溢れ出てきて止まらない。

「ライリー陛下、ごめんなさい。私、私、」
 止まらない涙を拭っていると、ライリー陛下が私の隣に移動してきた。

「シャーロット、いいんだよ。無理しなくて。オレは人質としてランバラルドへ来た時のように、君をさらいたいわけじゃないんだ。オレに恩を感じて無理に自分を曲げなくていいんだよ」
 ライリー陛下はそう言って、私の涙を優しく拭ってくれる。


 無理をしなくていい?
 本当に?
 じゃあ、言ってもいい?


「私、離縁届にサインなんてしたくないです」
「無理に婚姻届にサインなんてしなくてもいいんだ」

 2人の声が重なった。


 ………?



「婚姻届?」
「離縁届?」

「「えっ、なんのこと!?」」

 ライリー陛下は大きく目を開けて、口も大きく開けてびっくていて。
 多分、私も同じ表情だろう。
 ……女王としては、あるまじき顔だけど。

「ちょっ、ちょっと待って、シャーロット。今離縁って言った?」
「え、ええ。離縁届って言いました。ライリー陛下こそ、婚姻届っていいましたか?」
「言ったとも。側妃は婚姻誓約書を書くけど、正妃は婚姻届を書くだろう? だから、婚姻届と言った。間違いなく」

 どういうこと?

「あの」
「えっと」

 2人同時に口を開く。
「待って、シャーロット。ちゃんとお互いわかりやすく言い合わないと、誤解の元だ。オレから質問させてもらってもいい?」
「……どうぞ」

「シャーロットは、オレと離縁をしたくないと言った。合ってる?」
「はい」
「なんで離縁だと思ったの?」

 ライリー陛下に聞かれて、ディリオン様の言葉を聞いてからここまでの私が考えたことを、素直にライリー陛下に告げた。


「……もう、オレはなんて言っていいかわからない」
「ごめんなさい」
 私はしょんぼりと下を向いた。
「いや、シャーロットは悪くないよ。オレがちゃんとシャーロットの気持ちを確かめなかったからいけないんだ。あと、離縁届はすでにシャーロットのサイン入りの物をオレはもうもらった」
「え?」
「オレが帰国して、すぐに送りつけてきたろ? あれを受け取って、オレがどんなに傷付いたか……。ま、すぐに破り捨てたから手元にはないけどね」

 あの時確かに離縁届は書いたけど、もう何年も経っているから無効かと思っていたわ。
 受理されれば正式な書類ですもの。控えが私の手元に届くはずだけれど、一向に届かなかったし。
 署名欄のところに、日付を書く所もあったから、改めて書く必要があるのだと思っていた。

「シャーロット、オレと離縁するのは嫌だと思ってくれたんだよね? オレと結婚するのは、いや? オレはシャーロットとちゃんと結婚したいと思ってる。名前だけの側妃じゃない。正妃として、オレの隣に立って欲しいと思ってるんだ」

 ライリー陛下は、涙に濡れた私の頬を撫でる。
「シャーロット、愛してる。オレと、結婚してください」
 澄んだ青い瞳で私をじっと見て、ライリー陛下はそう言った。


 愛してるって、言ってくれた。
 ライリー陛下が、ライが、愛してるって!!

 嬉しくて嬉しくて、天まで昇る気持ちになった。
 私もライリー陛下に想いをぶつけようとして、ふと思いとどまる。
「ライリー陛下、でも私はボナールの地を離れられません。虹の後継者である以上、ここに居ないといけないのです。まだまだ、ボナールには豊穣の加護が必要なんです」

 だから、どんなにあなたが好きでも、一緒にランバラルドへは行けない……。

 そんな私を見て、ライリー陛下は優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫。わかってるよ。シャーロットがボナールの民を大事に思っていることは。オレたち国王が結婚すれば、実質国がひとつになる。結婚したら、ボナール城を拠点にしてもいいし、ボナールとランバラルドを行き来してもいい。二人で一緒に居られれば、その場所はどこだっていいんだ。がんばって国を豊かにして、ボナールとランバラルドの間に城を建てたっていいんだ。オレ、シャーロットが居てくれるなら、城をもう一つ建てるくらいがんばって仕事するよ。国を、今以上に豊かにする。約束するよ」

 私、ライリー陛下と居てもいいの?
 ライリー陛下に、想いを告げてもいいの?

 じんわりと胸に温かい思いが広がる。

 私はライリー陛下に抱きついた。
「わ、私もっ、ライが大好き! ライリー陛下を愛しています」

 さっきまで、悲しくて悲しく涙が溢れ出てきたのに、今度は嬉しくて嬉しくて、涙が次々と溢れてくる。
「ロッテは泣き虫だなあ」
 ライリー陛下が私を覗き込むので、私が顔を上げると、嬉しそうに微笑むライリーの顔が見えた。

 私も嬉しくて、思わず微笑む。
 ふと、ライリー陛下の瞳に熱が灯る。
 ライリー陛下の顔が近付いてきて、私はそのまま目を閉じた。



 唇が重なる前に、急にバンっとドアが開き、私たちはそちらの方へ顔を向ける。

「ライリー陛下、国債の買い取り手続きは恙無く終わったが……」
 ドアを開けたディリオン様が、私達を見て固まる。
「うぷっ、ディリちゃんどーしたの?」
 立ち止まったディリオン様にぶつかったフレッド様が、ディリオン様の肩越しにこちらを見た。

「……どういうこと? なんでシャーロットちゃん泣かせてんだよ!」
 フレッド様がライリー陛下に掴みかかろうとするのを、ディリオン様とコンラッド様が押さえつける。
「ライリー、まさか無理やりシャーロットちゃんに何かしようとした訳じゃないだろうな」
 フレッド様らしからぬ物言いに、ライリー陛下は慌てて私から手を離す。
「待て、待てフレッド、誤解だ誤解!」

「あの、本当ですの。ライリー陛下は私に何もしていません」
 私がフレッド様の方へ向き直ると、フレッド様は少し落ち着いて、肩の力を抜いた。
「……じゃ、なんでそんなにシャーロットちゃんは泣いてんの? それ、嬉し涙って量じゃないからね」
 私は慌てて涙を拭う。

 ディリオン様たちがフレッド様の肩を叩き、みなさんが私達の向かいに腰を下ろし、ライリー陛下がことのあらましを説明した。




「ライリー陛下、バッカじゃないの? ライリー陛下がちゃんと告白しないで進めようとしたのがいけないんじゃん」
 フレッド様は腕を組んで、小さくなったライリー陛下を見下ろす。

「だいたいさ、シャーロットちゃんに愛を囁けるのは、ライリー陛下だけなんだよ? 他の人は言いたくても言えないんだからさ。もったいぶらずにいっぱい言ってあげてよね」

 ライリー陛下は頭を下げる。
「心配かけて、申し訳ない」

「もぉっ。オレの、オレたちのボナールの女王様を、ちゃんと幸せにしてよね」
 フレッド様は腕を組んだまま、少しふくれていた。

「もちろん、幸せにするよ」
 ライリー陛下は少し照れて、私の目を見つめた。



 ところで、私はこのバタバタで、すっかり忘れていたことがある。
 私とライリー陛下が結婚するには、障害があったはずだ。


 ジルベール陛下率いる帝国が、大国となったランバラルドに戦争を仕掛けるかもしれないという、あの話は、どうなったのだろう。


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