地獄三番街

有山珠音

文字の大きさ
13 / 15
2話 明くれども日暮は遠し【上】

遺棄された町

しおりを挟む



その通りは、昼間だというのにまるでゴーストタウンのように静まり返っている。
 スマホを手に歩いていた遥人は目を瞬かせた。地図アプリに表示された現在地は、千暮の隣町である「久垣町くがきちょう」だった。朧げな記憶が蘇る。昨日、逃げている途中にも通った場所だ。

 道端に積み上がったゴミ袋から空き缶が散乱している。電柱に貼られているポスターはいつの時代のものかも分からないほど色褪せていた。
 昨夜、番の事務所の窓から覗き見た煌びやかなネオン街とはまるで対照的だ。現代とは思えないほど荒れ果てていて、まるで時間が止まってしまったかのような……。風が吹くたび、古びた看板がカタカタと微かに震えた。
 

 立ち並ぶ灰色のシャッターの中でようやく一箇所、開いている店を見つけた。……と思ったが、ガラス張りのドアが割られて粉々になっている。何かで叩き壊されたのか、見るも無惨な状態だ。その大きな亀裂からこわごわと店内を覗いてみるが、人の気配は一切感じられなかった。
 遥人は控えめにドアを開くと中に滑り込んだ。かつては飲食店だったのか、いくつかの丸いテーブルと椅子が並んでいる。ガラス片を避けながら踏み入り、汚れの少ない椅子を選んで腰掛ける。無意識に大きなため息が漏れた。

 
 これからどうしようか、と思う。
 番の事務所を出たはいいものの、遥人には行く当てがない。
 頼れるような親戚は近くにいないし、この状況で友達の家に転がり込むわけにもいかないだろう。
 しかも、財布も持たずに飛び出してきたせいで所持金すらない。電子マネーにかろうじて入っていた700円が今の遥人の全財産だった。

 スマホで事件について検索してみる。概要が書かれたネットニュースがいくつも出てきたが、特に目新しい情報はなかった。まだ1日も経っていないのだから当たり前か……。
 遥人はしばらくそれらを他人事のように眺めた後、ふと「三番街」「ヤクザ」と検索欄に打ち込んでみた。見当違いなサイトばかりが引っかかる。「荷物に鈴」「千暮新市街」等のワードも加えてみたが、結果は変わらずだった。
 そこで遥人ははたと気付き、画面を閉じた。充電がなくなったら本当に終わりだ。ぐったりとテーブルに突っ伏す。


 警察が自分を探しているらしい。当然だと思う。
 でも、見つかったら俺はどうなるんだろう?
 養護施設にでも引き渡されて……決められた生活をするだけの毎日を、ただ生きていくのか?
 
 あの、父の言葉の意味も知らないまま?

 答えは出ない。ただ、どう転んでも元の日常には戻れないのだ。
 何事もなく学校に通って、部活をして、ご飯を食べて、笑って。
 そんなこと、できるわけがない。
 それなら……


 そこまで考えたとき、奥の方でカタン、と音がした。反射的に身構える。じっと耳を澄ませていると、突然黒い塊のようなものが飛び出してきた。
「うわっ」
 思わず立ち上がる。遥人の目の前に現れたのは、ネズミだった。間近で見るのは初めてだ。ヒクヒクと鼻を鳴らし、辺りを見回している。息を詰めてその様子を眺めていると、やがてネズミは何かに気づいたかのように一箇所を見つめた。そして、目にも止まらぬ速さで物陰へ消えていった。

 再び腰を下ろす気にもなれず、遥人は少しの間立ち尽くした。一目散に駆けていったあのネズミは、どこか行き場所を見つけたのだろうか。
 ふと我に返り時刻を見ると、既に正午に近付いていた。物思いにふけっているうちに随分時間が経っていたようだ。いつまでもこうしてはいられない。
 

 結局目的地も決まらないまま、店を出る。数時間も薄暗い空間にいたせいか、目の前に広がる空は気味が悪いほど青く眩しく見えた。
 俯きがちに数歩踏み出す。その時だった。
 突然、背後から腕が伸びてきた。
 かと思うと、そのまま強い力で羽交締めにされる。

「な……!?」

 不意打ちに反応が遅れる。手からスマホが滑り落ち、鈍い音を立てた。咄嗟に振り払おうと藻搔く遥人の首元に冷たい刃先が触れる。ナイフだ、と認識した瞬間、耳元で男の声が響いた。

「よぉ、久しぶりだなァ」

 ピタリと動きが止まる。どこかで聞いたことのある声だった。遥人はゆっくりと視線だけで振り向き、愕然とした。
 

 金色の髪が逆光に鋭く光っている。目が合うと、男は切れ長の瞳をニヤ、と細めて、言った。
「今日はあのうるせーオトモダチはいねーのか?」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...