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2話 明くれども日暮は遠し【上】
遺棄された町
しおりを挟むその通りは、昼間だというのにまるでゴーストタウンのように静まり返っている。
スマホを手に歩いていた遥人は目を瞬かせた。地図アプリに表示された現在地は、千暮の隣町である「久垣町」だった。朧げな記憶が蘇る。昨日、逃げている途中にも通った場所だ。
道端に積み上がったゴミ袋から空き缶が散乱している。電柱に貼られているポスターはいつの時代のものかも分からないほど色褪せていた。
昨夜、番の事務所の窓から覗き見た煌びやかなネオン街とはまるで対照的だ。現代とは思えないほど荒れ果てていて、まるで時間が止まってしまったかのような……。風が吹くたび、古びた看板がカタカタと微かに震えた。
立ち並ぶ灰色のシャッターの中でようやく一箇所、開いている店を見つけた。……と思ったが、ガラス張りのドアが割られて粉々になっている。何かで叩き壊されたのか、見るも無惨な状態だ。その大きな亀裂からこわごわと店内を覗いてみるが、人の気配は一切感じられなかった。
遥人は控えめにドアを開くと中に滑り込んだ。かつては飲食店だったのか、いくつかの丸いテーブルと椅子が並んでいる。ガラス片を避けながら踏み入り、汚れの少ない椅子を選んで腰掛ける。無意識に大きなため息が漏れた。
これからどうしようか、と思う。
番の事務所を出たはいいものの、遥人には行く当てがない。
頼れるような親戚は近くにいないし、この状況で友達の家に転がり込むわけにもいかないだろう。
しかも、財布も持たずに飛び出してきたせいで所持金すらない。電子マネーにかろうじて入っていた700円が今の遥人の全財産だった。
スマホで事件について検索してみる。概要が書かれたネットニュースがいくつも出てきたが、特に目新しい情報はなかった。まだ1日も経っていないのだから当たり前か……。
遥人はしばらくそれらを他人事のように眺めた後、ふと「三番街」「ヤクザ」と検索欄に打ち込んでみた。見当違いなサイトばかりが引っかかる。「荷物に鈴」「千暮新市街」等のワードも加えてみたが、結果は変わらずだった。
そこで遥人ははたと気付き、画面を閉じた。充電がなくなったら本当に終わりだ。ぐったりとテーブルに突っ伏す。
警察が自分を探しているらしい。当然だと思う。
でも、見つかったら俺はどうなるんだろう?
養護施設にでも引き渡されて……決められた生活をするだけの毎日を、ただ生きていくのか?
あの、父の言葉の意味も知らないまま?
答えは出ない。ただ、どう転んでも元の日常には戻れないのだ。
何事もなく学校に通って、部活をして、ご飯を食べて、笑って。
そんなこと、できるわけがない。
それなら……
そこまで考えたとき、奥の方でカタン、と音がした。反射的に身構える。じっと耳を澄ませていると、突然黒い塊のようなものが飛び出してきた。
「うわっ」
思わず立ち上がる。遥人の目の前に現れたのは、ネズミだった。間近で見るのは初めてだ。ヒクヒクと鼻を鳴らし、辺りを見回している。息を詰めてその様子を眺めていると、やがてネズミは何かに気づいたかのように一箇所を見つめた。そして、目にも止まらぬ速さで物陰へ消えていった。
再び腰を下ろす気にもなれず、遥人は少しの間立ち尽くした。一目散に駆けていったあのネズミは、どこか行き場所を見つけたのだろうか。
ふと我に返り時刻を見ると、既に正午に近付いていた。物思いにふけっているうちに随分時間が経っていたようだ。いつまでもこうしてはいられない。
結局目的地も決まらないまま、店を出る。数時間も薄暗い空間にいたせいか、目の前に広がる空は気味が悪いほど青く眩しく見えた。
俯きがちに数歩踏み出す。その時だった。
突然、背後から腕が伸びてきた。
かと思うと、そのまま強い力で羽交締めにされる。
「な……!?」
不意打ちに反応が遅れる。手からスマホが滑り落ち、鈍い音を立てた。咄嗟に振り払おうと藻搔く遥人の首元に冷たい刃先が触れる。ナイフだ、と認識した瞬間、耳元で男の声が響いた。
「よぉ、久しぶりだなァ」
ピタリと動きが止まる。どこかで聞いたことのある声だった。遥人はゆっくりと視線だけで振り向き、愕然とした。
金色の髪が逆光に鋭く光っている。目が合うと、男は切れ長の瞳をニヤ、と細めて、言った。
「今日はあのうるせーオトモダチはいねーのか?」
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