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本編>第一綴:——
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しおりを挟む「最近大人しいと思わんかね」
「誰がです」
「エリオディアムだよ」
その恰幅のいい体をみっちりと椅子に嵌め込ませ、雑談の相手はふうっと煙を吐き出した。フォルナーグ奏士、奏術における気流操作系の権威だ。
「昨日庭園で偶然奴に会ってな、何をしているのかと思ったらあの小僧、ただ噴水の水が落ちていくのを眺めておった」
「それで」
「それで?君もそう物思いにふけるのかと声をかけたら、あやつなんて言ったと思う。『ああ、こんにちは、フォルナーグ奏士』だぞ。あの生意気な皮肉屋が『こんにちは』だ、しかも私をファミリーネームで呼んだ!変なあだ名じゃなくてだ!それにフォルナーグ奏士だ奏士、てっきりあいつは他人への敬意の払い方なんぞに容量を割けない大層高尚な頭でも持っているのかと、今まで勘違いしていたよ!」
「はあ」
日は巡り土曜。昼食後にふらりと立ち寄った談話室でフォルナーグ奏士を見つけ、挨拶をしたのが先ほどのこと。そのままなし崩し的に日々の愚痴やら雑談が始まり、今はカードを手に周りにいた数人の奏術師も巻き込んでのちょっとした遊びが始まっていた。賭け事はなしの、どこぞの誰かが持ち込んできた遊び方らしい。
「確かに。ここ一週間ぐらいのことでしょうかね、急に大人びたように思います」
フォルナーグ奏士に同調したのはルーセル奏士。このカード遊びの面子を見回すに、最年少はこの赤毛の奏術師だ。エリオより年は上だが、この宮廷に来たのは後である。
「急に大人びたといえばテオドール、君もなかなか様子がおかしいぞ」
急な飛び火に言葉を詰まらせる。
「私も?」
「ああ。——そら、君の手番だぞ、奏士——エリオディアムが大人びたなら君は老けた、だな」
「フォルナーグ奏士、老けたはレーベンツァイト奏士に少々失礼では?」
「そうか?なら円熟した、深みが増したあたりにしておくか」
「なぜそうお思いになったのか伺っても?」
「なぜもなにも、雰囲気だな。私の得意は知ってるだろう、人一倍そういうのには聡いのだよ」
老けた、老けたか……と言葉が頭蓋の内で反響する。実際、精神だけで言えばきっとここにいる誰よりも年数を重ねている。それを悟られるとは思わなかったが。
と、ここまで無口でいた一人が口を開く。
「良いことだ。しかし多少厭世的に見えるのが気にかかる」
「メーヘムがですか」
「あなたのことだが」
ヴォリン奏士。口数が少なくあまり笑わないから冷然として見えるが、実際はかなり温厚で陽気。体格も相まって、北地の城塞都市を思わせる男だ。
「まァ、エリオディアムのようなやつが弟子ならそうなっても不思議じゃないな」
「ですが彼はまだ二十にもいかないでしょう?——え、もう僕の番ですか、ちょっと待ってください——若い男ってのはああいうものでは?ここじゃ違うんですか?」
「全く、これだからフェルシオン人は。カール、ここはサン=タルクじゃないんだぞ。それに理解することと許すことはまた別だ」
「サン=タルクには一回も行ったことありませんよ。それに僕の名前はシャルルです」
カード遊びも終盤に差し掛かったかに見える。
「げふん……それに『若い男』って、お前はエリオディアムと五、六しか歳が離れてないじゃないか」
「五、六もですよ。なんなら僕はメーヘム奏士よりレーベンツァイト奏士の方に年が近いので」
「確かに、ほぼ同い年といっても差し支えないくらいでしたかと」
「ほう?いくつだったかなテオドール君」
「次の夏で二十六に」
「もうか?時間が経つのは早いな。シャルルは」
「ついこの間二十四になりました」
私がここの宮廷奏術師となったのが二十のとき。フォルナーグ奏士とはその時からの付き合いであったはずなので、この時点でもう六年目。そう考えると感慨深い。
フォルナーグ奏士の吐く煙草の煙が、ゆらゆらと昼下がりの日の光の中にとけていく。ルーセルは談話室の壁に掛けてある時計をちらりと見やった。
「ふむ……このゲームが終わったら、僕は抜けさせていただきます」
勝ち逃げする気か!というフォルナーグ奏士の叫びを横目に、しれっと一番を手にしたのはヴォリン奏士。
「テフティカン祭の準備ですか」
「ええ。実は忙しいんです、ちょっとしたトラブルがあって」
「トラブル?」
騒がしい年上二人を他所に、悩ましげなルーセルに問う。
「実際の会場で演奏した際、反響が術に与える影響が想定より大きくなってしまうことがわかったんです」
「それで今から修正を?」
「はい。ま、僕は師匠に付いていくだけなのでまだ気は楽ですけどね」
「なるほど、オベール奏士の……」
オベール奏士はルーセルの師にあたる。今回のテフティカン祭の代表のひとりだ。ルーセルは彼の編成に加わるのだろう。しかし今から術式を修正するとなると、オベール奏士のもたせたあそびの具合によるが、ものによってはほぼ全取っ替えとなりかねない。その苦労を思いつつも、たしか前生では見事な奏術を披露していたはずなので、特に心配はしないでおく。
「そういえば、メーヘム奏士も代表として参加するそうじゃないですか」
「ああ、ええ、まあ、はい」
できれば避けたかった話題。ルーセルはその反応を受けてか分からないが、私の顔をじっと見た。見定めるような目、無感情の秤、しかしそのまとう空気はすぐ、いつものような温和なものに戻る。そして声を潜めてこう言った。
「実のところ、彼がなにを準備してくるのか少し期待しているんです。彼の言動は気に食わないことが多いですが、若い男なんてあんなもんですし最近はマシになってる。少なくとも昔っからいる岩に張り付いたカメノテみたいな連中よりは面白いじゃないですか」
いつも序列を尊重し従順に振る舞っているルーセルとは思えない発言に軽く衝撃を受ける。
「しかし王太子が直々にねじ込んだというのはいただけないです、今の彼の立場じゃ、磔にされたようなものだ」
フォルナーグ奏士からヴォリン奏士への口撃が終わり、再開していたカードゲーム。
「でも、困難の中にこそ機会はあります」
ルーセルが上がる。
「僕が二番のようですね、それでは」
「なっ、クソ……やはり西半島式のカードを使ったのが悪いのか」
「絵柄がちょっと違うだけじゃないですか」
「いーや、数字の扱いも違う!また勝負するんだカール!」
「シャルルです」
ルーセルは宣言通り遊びの輪から抜け、立ち上がった。
「気をつけてください」
彼は最後、こう耳打ちしてから去っていった。
「追い詰められた老犬は何をするか分かりませんよ」
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