宮廷奏術師の二度目

継津 互

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本編>第一綴:——

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「どういうことです?」
「どうもなにも、そのままだ。私も直接見たわけではないがな。パイプが意図的に歪められていただの音が鳴らんので送風機構のどこぞが壊れているだの、中に入って見た奴は色々言ってる」

 パイプオルガンは基調となる楽器だ。かつそれのみで奏でねばならない曲も多い。歌術のともにも使われる。壊れたとなるとかなりの影響だ。
 しかし幸いなことに、その代替となる楽器が置いてあるはずだった。整備が一朝一夕では終わらないため、その間の代わりが必要になるからである。それを使えばとりあえず朝織は執り行えるだろう。だというのになぜ皆礼拝堂の外で待たされているのか。

「さあな、奏術師長殿の考えはわからんよ」

    その後他の奏術師から聞くに、どうもこの状況はアールステッド奏術師長が待機を命じたことで引き起こされたらしい。

「師長は内部犯だと考えているようですよ。事件発覚前から礼拝堂内に入っていた者たち以外、皆外に出されました。多分、尋問でもなさっているのでは?」
 
 ではちょうど追い出しの後に着いてしまったということか。

「可哀想なもんですよ。礼拝堂に早く来て準備して……真面目だったせいで容疑者になるなんて」

 私はふと思うことがありエリオの方を見た。彼も何やら考えている様子だった。
 私の知る限り、エリオはここのところ朝が早かった。今日もおそらく、私と鉢合わせていなかったら礼拝堂に行っていただろう。そうしていたら、彼も容疑者の内にくくられていたかもしれない。その場合——。重視されるのは事実ではない。彼を追い出す絶好の機会を奏術師長は放っておかないだろう。脈絡みゃくらくのないめちゃくちゃな筋書きでも押し通してしまえるのが権力ちからというものだ。
 偶然か。この不安は杞憂だろうか。

「それで、聞いてもいいかね」
「なんでしょうか」

 咳払いがひとつ。不穏な空気を打ち払いにかかったそれは、フォルナーグ奏士が発したものだ。

「朝から何かあったのか。君らふたりで歩いてくるなんて珍しい」

 その「君らふたり」が誰を指しているのかは言うまでもないだろう。
 まさか一緒に散歩していましたなんて言って信じられるわけもない。「いつそんなに仲が良くなったんだ」とかいう返しにくい質問がくるだけだ。
 どうしたものかと思っていると、隣の方から嘲笑とも嘆息ともとれる声。

「師からのご指導を頂戴しておりました」

 返答を買ってでたのはエリオだ。

「星の見えるうちからですよ。ああ、熱心な師をもてて僕はなんて幸せなんでしょう!僕が倒れでもしたらどうしてくださるおつもりなんだか」

 嘘だとわかっていなければ騙されていたかもしれないと思うほどの見事な“いつも通りの彼”の演技。しかし。

「屋外でか?」

 フォルナーグ奏士の目が私の方に向く。さすがにないぞ、の意味が込められた視線。隣からは小さく舌打ち。
 おそらく今朝、フォルナーグ奏士は宮廷付きの使用人に連れられて礼拝堂まで来たのだろう。彼らは朝織担当の奏術師の部屋の扉を誤ることなくノックしていく。その際に出てこないということは、寝ているか不在かどちらかだ。奏術の指導なら基本師弟どちらかの部屋で行われるため、どちらも不在というのはおかしい。フォルナーグ奏士からしてみれば、なぜか外で指導を行なっていた、と考えなくては両者ともに不在だったという事実と指導を受けていたという主張の辻褄が合わない。
 今更指導なんかしていないと言えるわけもなし、なにを当たり前のことを、という顔をつくる。

「そうですが」

 こういう時は堂々としておくのが良い。ついでにそれらしい理由を添える。

「朝から廊下で騒ぎ立てるわけにもいきませんでしょう」

 おそらく、これで納得してくれるはず。
 エリオが指導なぞ不要なほどの実力を持っていることも、私と彼との師弟関係がほぼ形だけのものであることも周知の事実だ。私が彼に“指導”するのであれば、振る舞いだとか言葉遣いだとかそれくらいなものである。つまり暗いうちから呼び出して叱りつけていたと、そういう筋書きがフォルナーグ奏士の中でなされれば。

「ああな、まあ、大事なことだ」

 ご理解どうも、くらいの気持ちで礼をする。

「しかし、ほどほどにしたまえよ」

 その言葉に私は驚いた。エリオに対する同情が表れていたからだ。自分のこれまでの印象では、しっかり教育したまえよ、くらい言いそうな人物であるのだが。
 
「はい」

 なにをもってエリオは彼の同情を勝ち得たのだろう。思い起こされるのは昨日——土曜の談話室での会話だった。最近のエリオの急変、その原因が私のみにあるとは思えない。大人びた。まさか


「あら、少し遅れてしまったと思ったのですけれど」

 思考は石畳の上をくる足音で散らされた。

「これは……っ、メロウ夫人フラウ・メロウ、お早いご到着で」
「お久しぶりです、フォルナーグ奏士」

 アルビナ・アーリエ・メロウ、宮廷所属の歌術師。
 彼女とフォルナーグ奏士が挨拶を交わす傍らで、軽く会釈だけしておく。
 メロウ夫人はその祝福名、詠唱アーリエに違わぬ実力者だった。歌術の方向性の転換にも柔軟に適応してみせた、名だたる歌手である。その歌声は老いを知らないと言われ、夫のメロウ氏に先立たれたあとも、子ども二人を立派に育て上げ流行病に倒れるまで歌い続けたとか。今朝の朝織の歌術の枠は彼女だったか。

 この状況についてフォルナーグ奏士が彼女に説明する間、過去——今から見れば未来と言うほうが妥当だろうか——に想いを馳せる。
 市井に下った後のエリオは、メロウ夫人に対してもいくつか曲を書いていた。どちらの名誉を棄損するためか知らないが、彼らが愛人関係にあるという噂が流れ始めるまでのことである。
 魔術が魔法に関する大部分を請け負うようになってから、奏術、歌術には娯楽性が求められるようになっていった。魔法を重視しない、どころか使わないまでいった彼らの作品は、まさしく新境地を拓いたと言えよう。

 歌術師までもが到着したというのに、礼拝堂の方に動きはなかった。その石造りの建物は夜明け前の薄闇の中で完全に沈黙している。壁に掛けられたランプの火が外のざわめきを映したように揺れ、影がそれに追従する。
 待機する者らの不安と困惑、焦りと憤りは次第に大きくなっていった。ある者の口からは罵倒が、ある者の口からは祈りが。それでも東の空は、見て見ぬふりをするように淡く光りはじめる。


「全員中へ」

 冷え切った空気の中、ようやく響いたその声は、妙な重みと厳粛さでもって、その場を刑場のように作り変えた。




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