宮廷奏術師の二度目

継津 互

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本編>第一綴:——

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「これはなんの真似ですか」

 なるべく冷静に聞こえるよう努めて話す。私の左腕を掴んだまま、グルーバー氏は喉を鳴らすように笑う。

「おわかりでしょうに」

 埃っぽい、そこは部屋というよりも部屋と部屋の隙間といったほうが正しそうな空間だった。人が二人横並びで立つことすら難しい、だからか必然的に距離が近くなる。
 外へは……出させてくれないか。離れるなら奥側へ行くしかない。壁に押さえつけられたまま退路を探るが、しかし手足はすぐ物にぶつかった。ちらりと奥を見るとそこには床から天井まで隙間なく物が置かれている。どうやらこの小室は物置として使われているらしい。実質的に使えるのは入り口付近の底面を正方形とする空間だけ。大人二人には狭すぎる、接触を避けることすらできない。

「私のことを随分警戒なさっていたようですね。必ず誰かを側において、私が近づけばそれとなく離れ、なるべく自然に見えるように距離を置いていた」
「……この状況をみるにその判断は正しかったように思えますが?」
「ハッ、そうでしょうね」

 どっちだ。……どっちにしろ危険な状況にあることはかわりないか。

「手を離していただけますか」
「それは無理なお願いです」

 後のことを今考えるべきではない、そう判断し半身を捻るようにして目の前の男を突き飛ばす。派手な怪我はしてくれるな、そう加減したのがいけなかったか——

 扉へ伸ばした手が糸で縛られたようにぎちりと動かなくなる。無理に動かせば腕が千切れ飛ぶ――いや、錯覚だ、感覚支配か。看破し支配を脱する、しかしその一瞬の引っかかりが相手には十分だったらしい。

「支配系魔法は私の十八番おはこなんです、先生。無駄に抗わないほうがよろしい、あなたの脳に後遺症を残したくはない」

 耳許で囁くその声。また糸の幻覚。肌の下を縫うように張り巡らされたそれは私の腕を、脚を、身体をその場所へ縛りつける。

「悪趣味な……」

 後ろに引っ張られるそれが魔法によるものなのか実際に腕で引き寄せられているのかすら判別しがたい。他者の身体感覚に著しく影響を及ぼす魔法は規制がされていたはずだ。これもおそらくは。
 今は拘束だけに留まっているがそれ以上となると対抗できるか。いや、対人間の一対一では練度差がある、こうなるならもう少し魔術の方も勉強しておくべきだった。

 不意にとぷん、と目の前で液体が揺れる。

「こちら、何だと思いますか」

 ✧

 穏やかに、明朗に、快活に。不安は笑顔の下に潜ませて、多少恐れ知らずなくらいで。十八だ、年上ばかりのここで変に大人ぶると後がやりにくい。四月以前の僕と地続きになるように、それでいて敵をなるべく作らないように。面倒な。人間関係の構築は上手いほうじゃない。前生を見ろ。しかも享年二十四だぞ、人間として未完成のまま僕は死んだんだ。

「エッカルト枢機卿の?」
「彼は君に話したかね」
「いいえ、あの人は過去のことを僕にあまり話してくださらないので」
「なに、それは悪いことをしたな」

 ほとんど義務感で出席を決めた夜会だったが、こればかりは来てよかったと言わざるを得ない。まさかテオドールの師にあたる人物に出会うとは。

「あやつからの手紙で君のことは少しばかり知っている。イルタール国出身だとか?こちらの言葉を覚えるのは大変だったろう」
「幼少期に少しやっていたのでなんとか。レーベンツァイト奏士からも奏術より先に教わりました」
「はあ、どおりで。発音の癖が似ている」
「え」
「冗談だ」

 本当とも嘘とも言い難い表情で言い切るニッセン奏士に、あの時折見せる掴みどころのなさの影を見る。
 月の末までもう二週間もない。ヴェスト国の枢機卿擁する楽団の一奏術師としてこの目の前の男が言うに、もうデゼーに到着している魔法使いは多いらしかった。近郊の都市からのみかと思えば、案外遠方からの客人もいるそうで。

「なんと、イルタールとは!昨年南の方へ行きましたよ、漁村でしたがね、あれは明るくてよかった。地中海の気風なのでしょうかね」

 先ほどまで話していたフェルシオンの紳士が言う。なかなか言語に堪能らしい彼は外交官と名乗っていた。

「はあ、ゆっくりバカンスを楽しむ暇などあるので?新大陸のごたごたでお忙しいのでは?」

 別の男からの煽りを受けても、紳士は飄々としている。

「なに、コツがあるのですよ旦那様ムッシュ。今度お教えしましょう、中央諸国は西ヴェストにしろオストにしろ堅物が多すぎる。それにそういうことはあちらの島国のお坊ちゃんにでも言ってやったほうがよろしい」

 フェルシオンは現在絶賛戦争中である。新大陸の土地を借り、長年の宿敵の骨身を削ぎ取ってやろうと躍起になっているらしい。そして宿敵というのがまさに、彼の目線で示した「お坊っちゃん」の出身、外海に浮かぶ島国アヴァラン。

「ここを戦場にしようとはなさらないでくださいよ」

 戦争やらなにやらの話はできるだけ避けたかった。先を知っている人間としてぼろが出かねない。下手に新聞で読んだ内容を言ってみろ、僕にとっては過去でも彼らにとっては未来か並行世界の話なんてことがおきてしまう。

「メーヘム奏士」

 戦争から植民地の話題に移る集団から少し離れ、こっそりと語りかけてきたのはニッセン奏士。顔を向けると彼はその手を僕の額に置き、何言か唱える。

「なにを」

 瞬間、頭を包んでいた膜が破られるような感覚。奏士は声を潜ませて言う。

「曲調が変わったのに気づいたかね。……認識阻害だ。うまいことかかってしまったか」

 認識阻害?ああ、なんてことだ。そうだ、テオドール、あなたは。はっとしてあの人のいたはずの場所を見る。いないことに気づき周囲を探す。腹のうちから背を這い上がってくる焦燥感。
 認識阻害までかかってあの人の姿がないとなれば。

「すみません、奏士。ありがとうございました」

 足早に姿を消すエリオディアムの背を見つつ、コルネリウスは独言する。

「これはテオドールあやつの怠慢だな」


 焦るな、そう心中にひとり言い聞かせ、落ち着いて気配を探る。意思の網をつなげるときの要領だ。雑多な思考らの間をすり抜け、ある一とばかり繋げることを意識する。これが最善かは知らない、僕が詳しいのは奏術と次点で歌術、魔術は専門外と言ったっていい。
 しかし——応えともいえる感覚——案外どうにかなるものだな。

「失礼、旦那様。空のグラスをお下げしますよ」
「ああ、どうも」

 おおよその位置を把握し、小道具を調達。
 あの扉か。

 祈る。不可視の仮面を重ねる。手をかける。

 ✧

 突如として絢爛さが小室の闇を打ち払った。私を縛る支配の糸が一瞬にしてほどけ、脱力感とめまいが襲い来る。側からは舌打ち。勘付かれないよう私は小さく息をつく。

「おっと、これは失礼いたしました、まさか主催の方がこんなところにいらっしゃるとは」

 芝居がかったエリオの声。安堵。助けられた。しかし私は救済者の顔を見ることができなかった、自尊心がゆえだ。
 突然の邪魔にグルーバー氏の語気が強くなる。

「鍵がかかっていたはずだが?」

 エリオはその威嚇を受け流す。

「それは不思議ですね。かかっていませんでしたが?」

 彼は空のグラスをまるでブランデーでも入っているかのように持っていた。酔いという免罪符だ。だがその免罪符は偽造品であろう。警戒していた彼がわざわざ判断を鈍らせるためのものを口にするわけがない。
 グルーバー氏は私から手を離し、息を吐く。

「勝手に部屋の扉を開けて回るのはどうかと思いますよ」
「まったくその通り。すみません、酔いが回ってきたので休めるところを探していたんです」
「へえ、休憩室ならあちらに用意してありますがね」
「ご親切にどうも」

 ここでエリオは持ち前の無神経さを発揮する。

「それで、ここでなにをしていらっしゃったんですか?お二人で」

 グルーバー氏は一瞬迷ったようだった。悪事の露呈、保身か、突き進むか。

「……ああ、彼の体調が優れなさそうでしたので」

 保身か。

「それは大変だ!あとは僕が引き受けましょう。主催様にご迷惑をおかけするわけにはいきません、皆さんお待ちですしね」

 そうでないことなどわかっているだろうに、エリオはその粗末な筋書きに乗る。それは互いに愚行を見逃そうという取引。よかった、ここで変に大ごとにされても面倒事が増えるだけだ。エリオはグルーバー氏を言いくるめ、部屋の外へと追い立てる。
 
「動けますか」

 氏から私の身を引き受けて、エリオが耳許で囁く。私は短く否定を返す。

「少し時間をくれ。解毒に集中したい」

 ✧

 追い出されたダミアンはため息をつき髪をかき上げた。その手にはエリオディアムから押し付けられた空のグラスが握られている。

「おや、グラスが空ではありませんか!」
「は、いえ、これは」

 通りすがっただいぶ出来上がっていそうな男によって、拒むまもなくグラスには酒が注がれる。酒で満たされたグラスへと変わったそれは、多少価値を上げたか。しかし本当に掴んでおきたかったものに比べれば、斯様な安酒なぞなんの価値もないに等しい。

 最初は何の興味もなかった。この手中の酒と同じ、有象無象と同じだったはずだ。だというのにあれはまるで、嵐を経て唯一残った花木のような。
 
 今日は譲った。だが諦めてやるつもりはなかった。生まれながらの支配者は、その歪んだ襟を正し、夜会の中心へ姿を消した。




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