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本編>第一綴:——
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しおりを挟む私の嫉妬も、羨望も、尊敬も、後悔も、すべてはひとつの星に向く。陽の輝き、恒星の恩寵。自らよりも遅く生まれ、早く死んだ天才。仲が良いわけではなかった、むしろ悪かった。信念と保身がため衝突し、害し合うような関係性にあった。
彼は正しく真っすぐで、私はねじれていた。だから彼亡き後私に科せられた刑罰は生きることだった。自分の罪を理解したままそれを償わせてもらえず、太陽の亡き後を生きろというのは、十分な拷問になり得るだろう?彼は地上の生命に対する太陽だった。つまり私は太陽を憎み、それに焦がれる哀れな生命だった。
彼が神に接収されたとき――生きるための光を奪われ盲になったとき、私も死んでしまうのが一番良かった。今ならばわかる、それが一番良かったのだ。そこで躊躇い、機を逃したせいで、こんなにも遅くなってしまった。冗長で空っぽな人生。その幕を引くことすら自分一人の力ではできなくなるほど、老いてしまった。
エリオディアム。その残光を貸してくれ。そしてその光でもって、私が私自身を殺すことを許してくれ。
✧
淡い光が自分を包みこんでいた。神の御下にいるのかと錯覚するほどの、温かな光が。自分がかの神に会うことなど叶わないとわかっているのにもかかわらず。
続いて認識したのは声。神かその使いか……いや、違う。埃をかぶっていた記憶が、一気によみがえる。この声は。
「エリオ?」
瞼を上げる。眩しい陽の光の中に、こちらを覗き込む顔があった。
「はあ、てっきり気を失いでもしたのかと」
柔らかな金髪に、碧く澄んだ目。無邪気な子どもの面影を残しながらも鼻筋の通った精悍な顔つき。エリオディアム・ソリュ・メーヘム、稀代の奏術師、神の寵愛を受けた天才。もう数十年も私の鼓膜を震わせることのなかった懐かしい声の持ち主。
「は?わ、たしは……」
エリオはやや大げさにやれやれと肩を竦めてみせたあと、私の視界の中から離れていった。
どういうことだ?私は確かに死んだはずではなかっただろうか。しくじったのか?ならなぜエリオがここにいる?あいつは……私より随分先に死んでいたはずだ。
私は自分の手を見た。明らかに老人のそれではない。次に頭を動かして部屋の中を見回した。端の方に姿見がある。そこに映っていたのは、若かりし頃の私の姿だ。
「ゆめ、か……?」
大きな窓からは陽の光が差し込んでおり、部屋に並ぶ調度品の数々を照らしていた。見覚えがある、ここはエリオが生前使っていた宮廷の一室だ。
私はマホガニーの椅子に座っていた。体の正面はちょうど楽器群の方を向く形になっている。近くの大きな机の上には雑多に物が置かれていて、書きかけの楽譜が山をなしていた。
真っ先に思ったのは夢か幻覚かだ。だが夢にしては意識が随分とはっきりしている。幻覚については……ない。走馬灯……は、もっとない。
「それで、どうでした?今の。なかなかいいと思いません?」
エリオは椅子に座り、鍵盤の上にそのしなやかな指を置いて、さらりと何小節か弾いてみせる。
知っている曲だ。これの完成した姿を、私は知っている。
「実用性しか気にしない輩はこれを鼻で嗤うでしょうけどね」
魔法と絡めるには随分と複雑で、難解な調べ。しかも組み込めそうな魔法がその難度と見合わないほど平易なものしかない。そう奏術師たちには認識された曲。宮廷お抱えの……私のような頭の固い奏術師には受け入れられなかったこの曲は、後に民衆に知られ、メーヘムの名をより遠くまで響くものにさせるのだ。私は知っている。
自身の若返り、死んだはずのエリオの存在、未完成の彼の代表曲。夢でも幻覚でも走馬灯でもない。ここから私はひとつの仮説を立てた。
「……時間が巻き戻ったのか?」
はあ?という声が聞こえた気がした。私も我ながらおかしな結論だと思……いや待て幻聴ではない。確実にエリオがそう言った。まずい。
「ああ、いや、良かった……と思う」
有耶無耶にしなければ、そう反射的に思って放ったいい加減極まりない言葉は、逆にエリオを凍りつかせる。
「良いとおっしゃいました?」
余計にまずい。もしこれが実際に巻き戻っているのだとしたら、古い価値観に囚われているこの時の私が、彼の織るものを良いと言うわけが無い。
「頭でも打ったんですか?椅子に座ったまま?」
良かったと思った。まともに受け取られていない。良かった。良かったが……心の何処かには、それを良しとしない私がいた。そもそもなぜ過去の私に沿ってやらねばならないと思ってしまったのか。
私が生きている間、人前で彼の事を賛美したことなど一度もなかった。理由は彼の性格やら自分の体面やら色々ある。出会ってすぐの頃、私が彼を認めずにいたのは、彼のやり方が宮廷の意向にそぐわないからだった。しかし才を理解してからはその才に嫉妬していたからで、彼の死ぬ前数年は、私が彼を理解しない態度を取り続けたことにより引き返せなくなっていたから、つまり意地を張って認めないと言い続けていたから、それだけだった。
彼は自分の音楽が民衆に選ばれ人口に膾炙するところを見ていたし、彼の音楽が優れていることは自明の理であったから、自分の才に絶望しながら死んでいったなんてことはなかっただろう。ただ私は、彼が死神に手を引かれていくところを見ていたから知っている。彼が今際の際に私に言った言葉を。
「……はは」
「なぜ笑ってるんです?」
本当に困惑しているようだ。当たり前だ、この頃の彼とは、皮肉と罵倒の応酬が常であったから。
もし、本当に時間が巻き戻ったというのなら。
「いや、本当に。本当にそう思っているとも」
今度こそはと、思うことがあった。
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