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本編>第一綴:——
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しおりを挟むこの世界における音楽は、我々にとっての音楽と認識が異なっている。ここでは楽器の奏でる音は魔法をのせるための空気の振動にすぎず、最低限不協和音にならない程度に整っていればいいのであって、その調べの美のみを楽しむというのはマイナーな趣味であった。良い音楽とはその繊細な調べと魔法がうまい具合に融合したものを言い、いくら調べが美しくとも絡められた魔法が粗雑であったり平易なものであったりすると、下手だと言われるのである。歌も然りであった。さてそれに変化をもたらしたのがメーヘムだと言われるわけであるが、正しく言い直すなら、彼は溢れんとするグラスの水に最後の一滴をくわえたにすぎない。そもそも、言葉により魔法を操る術が発見され発展した時点で、奏術、歌術の存在は疑問視され始めていた。歌そのものの美の追求へと舵をきった歌術と違い、奏術が変化を頑なに拒んだのは、それが古くから宮廷にて高い地位を保ち続けていたから。そして節やら音程やら難解な操作が必要になる歌術が実用性において魔術の下位互換ととらえられるようになったのと異なり、奏術は楽器こそ必要であれど言葉はいらないため実用性の観点では互角であると考えられたからである。
さて、王太子殿下は音楽に関して我々と近しい感性の持ち主であった。魔法との融合とかそういった事を考えるより、それ自体の美を楽しむこの世界では風変わりな人物だったのである。ご存じの通り、彼によって実力を見初められたメーヘムは宮廷奏術師と相成った。王太子はメーヘムに革命を起こすことを望んだわけではないだろう。ただその音楽が気に入ったので呼び寄せた、それだけである。上に立つものの無知はいつの時代でもその下に立たされた者を翻弄する。メーヘムの音楽、それに対する姿勢は、変化を拒む宮廷奏術師らにとって劇薬だった。伝統を守ることで品位を保とうとした宮廷奏術師らにとって、革命の子はもっとも不要なものである。王太子が考えなしに呼び寄せた彼は、この古びた箱庭でどうなったか。箱庭の免疫がはたらき、彼は自ら宮廷を去る選択をする。その時になって王太子は状況を知ったが、すでに遅い。彼は振り向かない。しかしそれは、彼が輝きを失ったということを意味しない。むしろその研ぎ澄まされた光は、市井で発揮される。彼は生命を燃やす。狂ったように曲を書き、その身は急速に死へと向かっていく。彼が市井に下ったあとしばらくして即位した新国王——かつての王太子は、メーヘムに数々の褒賞を与えた。ここでもまた彼は、革命を望んだわけではないだろう。良いと思ったものを良いと言った、それだけである。しかしこれが、音楽というものの見方を変化させた。メーヘムのやり方こそが奏術の進むべき道と言われるようになったのだ。その頃宮廷奏術師らは革命の子を受け入れず、伝統を守ろうとしたことで逆に立場を悪化させていた。宮廷内の陰湿なイジメとも言うべきものが外に暴露されたのもある。ここに新国王のこれだ。彼らを断頭台に立たせ、その刃を落としたのは、他ならぬ宮廷の主、そう言えるのではないか?
——次は神が僕を呼んでいる。
一般的にメーヘムの最期の言葉とされているのはこれである。大天才は神に呼ばれ、地上を離れることになったのだと。この言葉は彼が身辺のこともままならなくなってから家に入れていた手伝いが聞いたものだ。手伝いの証言はこうである。
——その日、寝室の掃除の途中でメーヘム奏士から「もう帰ってよい」と言われました。いつもより早い時間でのことです。私はなにか気に障ることでもしたのかと思い、恐る恐る理由を尋ねました。奏士は笑って「依頼者からの使いが来るのだ」と言いました。私は驚嘆しました、あのような状態になってもなお奏士は曲を書くのかと。そして……いつ眠りにつくともわからない奏士に、誰が依頼をしたのかと私は問いました。彼はこう答えました。「次は神が僕を呼んでいる」と。それ以降、彼は黙って、一言も発しませんでした。私は彼の言葉に従い、掃除を取りやめて帰りました。翌朝、私の家に届いたのは彼が亡くなったことを伝える書簡でした。
では高名な奏術師の最期を看取るものはいなかったのか。以下は教会の鍵守¹の言である。
——私が彼の部屋に着いたとき、既に息を引き取ったメーヘム氏以外誰もいませんでした。しかし私は確かに手紙を受け取ったのです。それは窓から入り込み、私の手の中に飛び込んできました。署名はありませんでした。ただメーヘム氏が亡くなったので、最期の儀式をやってほしいということだけが、震える筆跡で書かれていました。あのような送り方ができるのは魔法を使える者のみでしょう。送り主が自身のことを隠したがるのであれば、私も深く詮索はいたしません。しかし看取るほどの仲でありながらそれを公にできないとなりますと……これ以上は言いますまい。
1……物語外世界での神父、牧師に近い者。
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