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天に坐します偉大なる主よ、どうか我らを救い給え。
天と地とにその名を膾炙させ、其の名を知らぬまま消滅を迎える哀れな魂がなくなりますように。
天に坐します我らが主よ、我らに明日の糧を与え給え。
満ち足りて生き、我らがこの手を隣人に差し伸べられるように。
天に坐します我らが主よ、我らに罰を与え給え。
罪を雪ぎ、来る日を無垢な魂で迎えられるように。
✧
日没前に目が覚めた。狩人は違和感を感じていた。城内がやけに静まり返っている。
ベッドの上から降り、手早く身なりを整える。天井の隅——こちらを眺めていた吸血蝙蝠たちの姿が、消えている。荷の殆どはそのままに、狩人は武器を背に負った。部屋を出、音を殺して廊下を進んだ。目指す先はエントランスホールだった。僭主とともに歩いたゆえ、迷いはしなかった。
Q.吸血鬼狩りのゴールデンタイムは?――A.夕暮と黎明。日没前は特に、吸血鬼の起き出す時間かつ彼らの苦手な太陽がまだ出ている時間であるから、隠れ潜んでいたそれら脅威を叩くのにうってつけだ。
「あなたはよく喋るな」
僭主は相対していた。
「褒め言葉か?そんなん言っても慈悲はかけねェぜ」
長剣一本、単身での乗り込み。武器から漂うのは他の吸血鬼の気配。染みつくほどには斬っているということか。
「ひとを害するつもりはない、帰ってもらえないだろうか」
「無理なお願いだな、俺がやってんのはお役所仕事ッてェやつだ」
銀一閃。真横に振り抜かれたそれを僭主はよける。
「次は当てる」
吸血鬼狩りに短期間で二度も狙われるなんて、この古城の主もツイてない。なんなら先に来ていた奴は城内に滞在中、前門の虎後門の狼か?いや、一方は敵か味方か判別に困る奴だったな。
吸血鬼狩りは踏みこんだ。
範囲内、そう思う頃にはもう遅い。が。
「はっ、シャレた武器持ってんじゃねえか」
脇腹から肩口までを斬る筈だったその振りは、ガキンッという鈍い衝撃となって消えた。
「護身用だ」
拮抗。後ろに飛び退ったのは吸血鬼狩り。
古城の僭主の手中には細身の剣。吸血鬼狩りのものより短いが、分類としては長剣となろう。表面を覆っていた血の膜が消えていく、その下から姿を現すのは銀色。
「一瞬で無から引き出しやがったな」
吸血鬼狩りは長剣を構え直す。
「気の弱そうなこと言っといて、そこそこ動けんじゃねえか」
真正面から斬りかかってくるそれをいなし、僭主は反撃に出る。しかし相手は戦いを生業にしている人間だ、そうやすやすと受けてくれるわけもなし、逆に一撃、逸らせどそれは腕をかすめていく。
僭主は最初こそなんとか食らいついていた。しかしだんだんと吸血鬼狩りの勢いに押し込まれていく。
(ほかの能力は使わないのか、それともないのか……?)
剣の生成以外、僭主は吸血鬼らしい能力を使っていない。吸血鬼狩りはそれを警戒していた。不意打ちで使おうとしているのかもしれない、と。しかし再生速度が落ち、ついに片膝をついた今、それはどうでもよくなった。
「こうも人っぽいと心苦しくなっちまうよな」
微塵も思っていなそうな声で吸血鬼狩りはそう言い、僭主の方に近づいていく。
僭主は吸血鬼狩りの長剣を、歩んでくる足を見ていた。どうする——。
ガンッ
それは銀色の刃だった。吸血鬼狩りのものとも僭主のものとも違う、少し湾曲したその剣。
己と僭主の間の床に突き刺さったそれを見て、吸血鬼狩りは思わず声を上げる。
「なっ、銀の暈!?」
それは武器の名。大剣、あるいはそれを二分することで現れる双剣。うまく操ることでその剣跡はその名のように美しく弧を描くという。
どっちだ。この武器は吸血鬼にとられたのか、それとも持ち主が投げたのか。いや、吸血鬼狩りは首を振る。噂に聞く実力に間違いがないのなら、あの男がこの吸血鬼に負けるわけがない。
「なんだよ、パトロンがいたのかよ」
吸血鬼狩りは武器をしまう。
「おい、旦那ぁ、あんたのもん傷つけようってつもりじゃァなかったんだぜ、勘弁してくれよな!」
彼は大声でそう武器の飛んできた方に叫んだ。返事はない。ただ銀の暈のもう一本が自分を刺しに飛んでこないところを見るに、責めるつもりはないのだろう。そう吸血鬼狩りは判断し、僭主に背を向ける。
「すげえ心変わりだな、ブームか?俺も女吸血鬼でも探そうかな」
だのなんだの言いながら、吸血鬼狩りは去っていった。扉を開けるとき、わざわざ西日が入るから気をつけろ、なんて警告までして、ものすごい態度の変わりようだ。
しばらくして、刺さったままになっている武器の隣に、その持ち主が降り立った。彼はやすやすとそれを引き抜く。
「罪人杭か、さてはしばらく野宿をしていたな」
酒場に戻らないから情報が古いのだ。
閉じられた扉の方に向かって、狩人は言った。
「ヴェラーゼルというのか」
僭主の声。
「おれの使っている武器の名前だ。吸血鬼狩りは皆、互いのことをそいつが使う武器につけられた名で呼ぶ。おれの名ではない」
狩人は振り向く。
「立てるか」
僭主は試みようとした。それを見て狩人は止めた。
「大人しくしてろ」
脇の下と膝裏に腕を差し込み、抱え上げる。僭主の持っていた武器はすでに分解されどこかに消えていた。
「はは……情けない」
抱え上げられながら、僭主はそう呟いた。
聞こえていた。しかし狩人はなにも言わなかった。
天と地とにその名を膾炙させ、其の名を知らぬまま消滅を迎える哀れな魂がなくなりますように。
天に坐します我らが主よ、我らに明日の糧を与え給え。
満ち足りて生き、我らがこの手を隣人に差し伸べられるように。
天に坐します我らが主よ、我らに罰を与え給え。
罪を雪ぎ、来る日を無垢な魂で迎えられるように。
✧
日没前に目が覚めた。狩人は違和感を感じていた。城内がやけに静まり返っている。
ベッドの上から降り、手早く身なりを整える。天井の隅——こちらを眺めていた吸血蝙蝠たちの姿が、消えている。荷の殆どはそのままに、狩人は武器を背に負った。部屋を出、音を殺して廊下を進んだ。目指す先はエントランスホールだった。僭主とともに歩いたゆえ、迷いはしなかった。
Q.吸血鬼狩りのゴールデンタイムは?――A.夕暮と黎明。日没前は特に、吸血鬼の起き出す時間かつ彼らの苦手な太陽がまだ出ている時間であるから、隠れ潜んでいたそれら脅威を叩くのにうってつけだ。
「あなたはよく喋るな」
僭主は相対していた。
「褒め言葉か?そんなん言っても慈悲はかけねェぜ」
長剣一本、単身での乗り込み。武器から漂うのは他の吸血鬼の気配。染みつくほどには斬っているということか。
「ひとを害するつもりはない、帰ってもらえないだろうか」
「無理なお願いだな、俺がやってんのはお役所仕事ッてェやつだ」
銀一閃。真横に振り抜かれたそれを僭主はよける。
「次は当てる」
吸血鬼狩りに短期間で二度も狙われるなんて、この古城の主もツイてない。なんなら先に来ていた奴は城内に滞在中、前門の虎後門の狼か?いや、一方は敵か味方か判別に困る奴だったな。
吸血鬼狩りは踏みこんだ。
範囲内、そう思う頃にはもう遅い。が。
「はっ、シャレた武器持ってんじゃねえか」
脇腹から肩口までを斬る筈だったその振りは、ガキンッという鈍い衝撃となって消えた。
「護身用だ」
拮抗。後ろに飛び退ったのは吸血鬼狩り。
古城の僭主の手中には細身の剣。吸血鬼狩りのものより短いが、分類としては長剣となろう。表面を覆っていた血の膜が消えていく、その下から姿を現すのは銀色。
「一瞬で無から引き出しやがったな」
吸血鬼狩りは長剣を構え直す。
「気の弱そうなこと言っといて、そこそこ動けんじゃねえか」
真正面から斬りかかってくるそれをいなし、僭主は反撃に出る。しかし相手は戦いを生業にしている人間だ、そうやすやすと受けてくれるわけもなし、逆に一撃、逸らせどそれは腕をかすめていく。
僭主は最初こそなんとか食らいついていた。しかしだんだんと吸血鬼狩りの勢いに押し込まれていく。
(ほかの能力は使わないのか、それともないのか……?)
剣の生成以外、僭主は吸血鬼らしい能力を使っていない。吸血鬼狩りはそれを警戒していた。不意打ちで使おうとしているのかもしれない、と。しかし再生速度が落ち、ついに片膝をついた今、それはどうでもよくなった。
「こうも人っぽいと心苦しくなっちまうよな」
微塵も思っていなそうな声で吸血鬼狩りはそう言い、僭主の方に近づいていく。
僭主は吸血鬼狩りの長剣を、歩んでくる足を見ていた。どうする——。
ガンッ
それは銀色の刃だった。吸血鬼狩りのものとも僭主のものとも違う、少し湾曲したその剣。
己と僭主の間の床に突き刺さったそれを見て、吸血鬼狩りは思わず声を上げる。
「なっ、銀の暈!?」
それは武器の名。大剣、あるいはそれを二分することで現れる双剣。うまく操ることでその剣跡はその名のように美しく弧を描くという。
どっちだ。この武器は吸血鬼にとられたのか、それとも持ち主が投げたのか。いや、吸血鬼狩りは首を振る。噂に聞く実力に間違いがないのなら、あの男がこの吸血鬼に負けるわけがない。
「なんだよ、パトロンがいたのかよ」
吸血鬼狩りは武器をしまう。
「おい、旦那ぁ、あんたのもん傷つけようってつもりじゃァなかったんだぜ、勘弁してくれよな!」
彼は大声でそう武器の飛んできた方に叫んだ。返事はない。ただ銀の暈のもう一本が自分を刺しに飛んでこないところを見るに、責めるつもりはないのだろう。そう吸血鬼狩りは判断し、僭主に背を向ける。
「すげえ心変わりだな、ブームか?俺も女吸血鬼でも探そうかな」
だのなんだの言いながら、吸血鬼狩りは去っていった。扉を開けるとき、わざわざ西日が入るから気をつけろ、なんて警告までして、ものすごい態度の変わりようだ。
しばらくして、刺さったままになっている武器の隣に、その持ち主が降り立った。彼はやすやすとそれを引き抜く。
「罪人杭か、さてはしばらく野宿をしていたな」
酒場に戻らないから情報が古いのだ。
閉じられた扉の方に向かって、狩人は言った。
「ヴェラーゼルというのか」
僭主の声。
「おれの使っている武器の名前だ。吸血鬼狩りは皆、互いのことをそいつが使う武器につけられた名で呼ぶ。おれの名ではない」
狩人は振り向く。
「立てるか」
僭主は試みようとした。それを見て狩人は止めた。
「大人しくしてろ」
脇の下と膝裏に腕を差し込み、抱え上げる。僭主の持っていた武器はすでに分解されどこかに消えていた。
「はは……情けない」
抱え上げられながら、僭主はそう呟いた。
聞こえていた。しかし狩人はなにも言わなかった。
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