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酒場の扉が開かれた。古びた蝶番の喧しい悲鳴があれば、ドアチャイムなんてものは不要である。店主は入ってきた人物を見て軽薄そうな笑みを浮かべ、わざとらしく「おや」なんて言ってみせる。
「珍しいじゃないかクラガン、待ってたんだぞ」
「うるせェな、黙ってろ聖霊。なんでお前はそんな個性的なんだ?俺とキャラが被ってる」
酒場の中には他にも人がいたが、気にする様子の者は少なかった。なんだ喧嘩かと酒の肴を期待する声は、並の酒場だと思い込んで入った一般人からしかあがらない。吸血鬼狩り連中は、そんなもので酒がうまくなりはしないことを知っている。
「よせよ、俺ァお前みたいに血気盛んじゃない。こっから離れられないし、剣も振れない。それでも没個性なのをお望みなら、教皇庁にお問い合わせしな」
クラガンは空いているカウンター席を陣取った。
「今のこの辺の状況はどうなってんだ」
言い切る前に資料が出てくる。クラガンはそれをパラパラとめくる。
「……ほー」
なんとも言えない反応だ。
店主は資料を取り上げると、ある一頁をクラガンの前に突き出す。
「折角酒場までご足労いただいたんだ、お前にはコイツを任されてほしい」
そこに書かれた情報と己の経験から、クラガンは瞬時に勝算を弾き出す。
「一人か?ちょっとキツいぞ」
店主は首を振る。
「あの壁際に立ってるのと一緒だ」
「なるほど」
店主から出されたジョッキを、クラガンはぐっとあおる。
つまみにはラム肉……と、リンゴの煮付け?
初めて見たデザートをちょいとつついて端の方に避けると、店主からは抗議の声が上がる。
「というか……」
クラガンは声を低める。
「ヴェラーゼルがこの辺に来てんだろ、あいつにやらせるんじゃだめなのか」
弱音ともとれるそれに、店主はにやりと笑う。
「なんだ、怖くなったのか?」
「違う、効率の話だ」
「全部パパに任せてちゃあなんもできなくなっちまうぞ、おチビちゃん」
念の為の補足だが、彼らは別に親子関係にない。年だってそう離れてはいないだろう。ただの聖霊の煽り文句だ。似ても似つかないし、そも吸血鬼狩りはひとところに留まれないかついつ死ぬともわからないので、伴侶も子も持たないことが多い。
「あいつは今休暇中だ、会ったのか?」
「会った。いや会ったというか……危うく下手なことしてミンチにされるところだった」
聖霊はふっと鼻で笑う。
「ならなくてよかったじゃないか。ちょうどひき肉を切らしてたんだがな」
クラガンは面白くないとばかりに舌を鳴らす。
「それで、お前は知ってんのか?」
ヴェラーゼルと古城の吸血鬼についてきこうと口を開くクラガンを、聖霊は制する。
「おおっと黙ってろよ坊主、俺が何だか忘れたのか?」
「……なるほどな」
つまりなんだ、公認というわけだ。
別のところから上がった注文に対応すべく、店主は離れていく。
クラガンは得物を鞘の上からそっと撫でた。
彼は吸血鬼狩りの中では経験の浅い方だ。しかし次の二つのことができていたため、青いなりに生き延び、そこそこの実績を積み上げてきていた。自分の実力を過大評価しない、敵の実力を過小評価しない、の二つだ。
あの時。銀の暈が古城の吸血鬼と自分の間に割って入った時。もしかしたら、助けられたのは自分の方だったのかもしれない、とふとクラガンは考える。能力について、あれは冷静になって振り返ってみれば、使えないんじゃなく、使わないでいるような戦い方だった。いや、自分の脅威度を偽るためあえてそういう戦い方をする奴もいるが、あの吸血鬼は……。
自分がその首を刎ねようとしたとき、あの吸血鬼の顔にはどんな感情が出ていた?——恐怖、焦燥、それもあろうがその影に潜むようにしてしかとあったのは、迷いだ。
一連のそれが自分の見誤りということもある。しかしこの頭の隅の方に鍋の焦げみたくはりついた妙な予感は、これまでの経験上看過してはいけなかった不快感たちと似たような雰囲気をもっていた。
あれは、あの吸血鬼は何かある。
ヴェラーゼルは気づいているのだろうか。
「どうした、らしくない顔して」
店主がクラガンの前まで戻ってきていた。
「らしくないってのは何が言いてェんだテメェ」
「悩ましげな顔ってのをするような質じゃないだろう?お前は。まさかお前も“ペット”を飼いたいなんて言い出しはしないだろうな」
店主は聞いてもいないのに、あの日のヴェラーゼルは傑作だった、だのなんだの言って、べらべらと話し始める。無論吸血鬼についてはぼかしてだが。教皇庁はなんでコイツを野放しにしてるんだ、と思いつつ、本体近くの無個性で融通が利かない連中よりは数百数千増しくらい面白いのでいいか、ともクラガンは思う。倍ではない、プラスだ。ゼロに何をかけてもゼロということくらい彼は知っている。
「“ペット”なあ、いいのがいたら俺もよォ……」
「やめとけよ」
ちょっといいかもしれない、と酒のせいもあって思い始めたところに、言い出した奴からその言葉がかかる。
「お前は中央の方にもよく行くだろう、お前じゃ隠し通せない」
「そうか?でもヴェラーゼルも」
聖霊はにまにまと悪い笑みを浮かべながら首を振る。
「あいつは実力も忠誠もあるだろう?これまでの実績だって信頼に値する。あいつもお前も隠すのが下手なのは同じだがな、違いはこう、教皇庁の輩と対面したとき、相手の目に偶然ゴミが入るなんていう幸運を持ち合わせているか否かだ」
つまり、教皇庁本体ですらも、ヴェラーゼルなら目を瞑るだろうと?
「自分がリコール対象にならないからって楽観主義も大概にしとけよ、聖霊」
それはないだろう。
「まあ冗談だ、本当に飼いたいなら止めはしないがな、今はやめとけ」
聖霊は笑う。
「“今は”?なんでだ」
クラガンは訊く。
聖霊は笑みを消す。
「もうすぐ、このあたりに異端審問官が来る」
「珍しいじゃないかクラガン、待ってたんだぞ」
「うるせェな、黙ってろ聖霊。なんでお前はそんな個性的なんだ?俺とキャラが被ってる」
酒場の中には他にも人がいたが、気にする様子の者は少なかった。なんだ喧嘩かと酒の肴を期待する声は、並の酒場だと思い込んで入った一般人からしかあがらない。吸血鬼狩り連中は、そんなもので酒がうまくなりはしないことを知っている。
「よせよ、俺ァお前みたいに血気盛んじゃない。こっから離れられないし、剣も振れない。それでも没個性なのをお望みなら、教皇庁にお問い合わせしな」
クラガンは空いているカウンター席を陣取った。
「今のこの辺の状況はどうなってんだ」
言い切る前に資料が出てくる。クラガンはそれをパラパラとめくる。
「……ほー」
なんとも言えない反応だ。
店主は資料を取り上げると、ある一頁をクラガンの前に突き出す。
「折角酒場までご足労いただいたんだ、お前にはコイツを任されてほしい」
そこに書かれた情報と己の経験から、クラガンは瞬時に勝算を弾き出す。
「一人か?ちょっとキツいぞ」
店主は首を振る。
「あの壁際に立ってるのと一緒だ」
「なるほど」
店主から出されたジョッキを、クラガンはぐっとあおる。
つまみにはラム肉……と、リンゴの煮付け?
初めて見たデザートをちょいとつついて端の方に避けると、店主からは抗議の声が上がる。
「というか……」
クラガンは声を低める。
「ヴェラーゼルがこの辺に来てんだろ、あいつにやらせるんじゃだめなのか」
弱音ともとれるそれに、店主はにやりと笑う。
「なんだ、怖くなったのか?」
「違う、効率の話だ」
「全部パパに任せてちゃあなんもできなくなっちまうぞ、おチビちゃん」
念の為の補足だが、彼らは別に親子関係にない。年だってそう離れてはいないだろう。ただの聖霊の煽り文句だ。似ても似つかないし、そも吸血鬼狩りはひとところに留まれないかついつ死ぬともわからないので、伴侶も子も持たないことが多い。
「あいつは今休暇中だ、会ったのか?」
「会った。いや会ったというか……危うく下手なことしてミンチにされるところだった」
聖霊はふっと鼻で笑う。
「ならなくてよかったじゃないか。ちょうどひき肉を切らしてたんだがな」
クラガンは面白くないとばかりに舌を鳴らす。
「それで、お前は知ってんのか?」
ヴェラーゼルと古城の吸血鬼についてきこうと口を開くクラガンを、聖霊は制する。
「おおっと黙ってろよ坊主、俺が何だか忘れたのか?」
「……なるほどな」
つまりなんだ、公認というわけだ。
別のところから上がった注文に対応すべく、店主は離れていく。
クラガンは得物を鞘の上からそっと撫でた。
彼は吸血鬼狩りの中では経験の浅い方だ。しかし次の二つのことができていたため、青いなりに生き延び、そこそこの実績を積み上げてきていた。自分の実力を過大評価しない、敵の実力を過小評価しない、の二つだ。
あの時。銀の暈が古城の吸血鬼と自分の間に割って入った時。もしかしたら、助けられたのは自分の方だったのかもしれない、とふとクラガンは考える。能力について、あれは冷静になって振り返ってみれば、使えないんじゃなく、使わないでいるような戦い方だった。いや、自分の脅威度を偽るためあえてそういう戦い方をする奴もいるが、あの吸血鬼は……。
自分がその首を刎ねようとしたとき、あの吸血鬼の顔にはどんな感情が出ていた?——恐怖、焦燥、それもあろうがその影に潜むようにしてしかとあったのは、迷いだ。
一連のそれが自分の見誤りということもある。しかしこの頭の隅の方に鍋の焦げみたくはりついた妙な予感は、これまでの経験上看過してはいけなかった不快感たちと似たような雰囲気をもっていた。
あれは、あの吸血鬼は何かある。
ヴェラーゼルは気づいているのだろうか。
「どうした、らしくない顔して」
店主がクラガンの前まで戻ってきていた。
「らしくないってのは何が言いてェんだテメェ」
「悩ましげな顔ってのをするような質じゃないだろう?お前は。まさかお前も“ペット”を飼いたいなんて言い出しはしないだろうな」
店主は聞いてもいないのに、あの日のヴェラーゼルは傑作だった、だのなんだの言って、べらべらと話し始める。無論吸血鬼についてはぼかしてだが。教皇庁はなんでコイツを野放しにしてるんだ、と思いつつ、本体近くの無個性で融通が利かない連中よりは数百数千増しくらい面白いのでいいか、ともクラガンは思う。倍ではない、プラスだ。ゼロに何をかけてもゼロということくらい彼は知っている。
「“ペット”なあ、いいのがいたら俺もよォ……」
「やめとけよ」
ちょっといいかもしれない、と酒のせいもあって思い始めたところに、言い出した奴からその言葉がかかる。
「お前は中央の方にもよく行くだろう、お前じゃ隠し通せない」
「そうか?でもヴェラーゼルも」
聖霊はにまにまと悪い笑みを浮かべながら首を振る。
「あいつは実力も忠誠もあるだろう?これまでの実績だって信頼に値する。あいつもお前も隠すのが下手なのは同じだがな、違いはこう、教皇庁の輩と対面したとき、相手の目に偶然ゴミが入るなんていう幸運を持ち合わせているか否かだ」
つまり、教皇庁本体ですらも、ヴェラーゼルなら目を瞑るだろうと?
「自分がリコール対象にならないからって楽観主義も大概にしとけよ、聖霊」
それはないだろう。
「まあ冗談だ、本当に飼いたいなら止めはしないがな、今はやめとけ」
聖霊は笑う。
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クラガンは訊く。
聖霊は笑みを消す。
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