只人であれば幸福だったか

継津 互

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 火を!油を!火を燃やせ!

 真黒の群が飛び去っていく。炭化した死体じゃ烏も食わない。

 火を!油を!火を燃やせ!

 粘つく炎が架を這い上り、断末魔さえも呑んでいく。

 火を!油を!火を燃やせ!

 高熱で骨が弾け飛ぶ。還りゆこう、すべては灰に、すべては塵に。

 火を!油を!火を燃やせ!

 ……

 ✧

 吸血鬼なんてものは太陽の前に晒しておけば、勝手に焼けて塵となろう。では異端審問官が十字架を背負い、火と油を手にやってくるのはなぜか?吸血鬼に加担した、裏切り者の人間を焼くためだ。

「辺境の集落までようこそ。お早い到着だな。団体さんとは珍しい」

 酒場に入ってきた人物は無言のまま歩みを進めた。店主の前まで真っ直ぐやってきて、それからその顔を隠していた覆いを外す。

「どこに飛ばされたのかと思いきや、ここだったとはな。兄さん」

 カウンターを挟み対峙する二つの顔。それらは髪の色も、目の色も、パーツの形も配置もよく似ている。

「あまりそう呼んでくれるな、エドガー」

 エドガー・ロスバーグ。此度の浄化任務で派遣された異端審問官のひとり。

「フィルコヴィルでの調査任務中に首をとられたと聞いた」
「意外だと思うか?なら買い被りすぎだ。それまでの運が良かっただけで、俺は吸血鬼に勝てるような人間じゃなかった」

 聖霊はどこからともなく取り出した葉巻シガーの先を切って捨てる。慣れた手つきだ。

 彼らはかつて兄弟だった。血のつながった兄弟だった。共に同じ仕事をしていたが、優秀だった兄の方が先に名をあげ、そして先にしくじって死んだ。

「二度と話はできないと思ってた」
「それは俺が聖霊にされないと思ってたってことか?それとも俺も中央付近の奴らみたいにされると思ってたってことか?」
「後者だ」

 小気味よい音とともに、ライターの蓋が開く。

「コツがあるのさ、ああされないようにするためには」
  
 シガーはケバブ屋の店先のあの肉塊のように、ゆっくりと回されその先端を炙られる。フットがじわじわと赤みを帯びてくる。

「何人で来た」
「十三だ」
「それじゃあここへは“浄化”をしに来たってわけか」
「ああ」

 浄化。その任務を請け負った時、異端審問官がするのは一つだ。対象に入っているもの全員の処刑。そこに個人の意見も、感情も必要ない。判決は確定したあと。控訴も上告もできやしない。

「この村だけか」
「いや、近隣のいくつかの集落と、あとは外れの古城がひとつ」
「そうか」

 件の吸血鬼と銀の暈ヴェラーゼルのいる古城だな、そう聖霊は見当をつける。

「人数分部屋を借りたい、あるか」
「あるがうちだけじゃ足りないだろう。今ちょうど狩人も多く来てるんだ。ここを出て左に三軒、右足の曲がったばあさんがいるから、空きがあるか聞いてみろ」
「助かる」

 夕暮れ時の酒場。店内には異端審問官一人を除き、ほかに人間はいない。それもそのはず、表の木札には癖のあるClosedの文字。

「オズ」

 オスカー・ロスバーグ。聖霊の生前の名。 

「なんだ」

 棚に並べられた横倒しのワインボトルが、斜陽を浴びてつややかに輝く。

「その……」

 聖霊の名を口にし、呼びかけまでしておいて、異端審問官は言い淀む。
 聖霊は待った。日が沈むにつれ、影がだんだんと伸びていく。

「出発は明日か?」

 声を発したのは聖霊だ。

「どこへの」
「古城へのだ。どうせこの集落の浄化なんて、一時間くらいあれば事足りるだろう」
「……その通りだ」

 聖霊は煙を吐く。

「今夜少しだけ話そう。いや、少しじゃ足りないな、たくさん話そう。夜は狩人も出払うし、今日はもう店を開ける予定もない」
「勝手に酒場を閉めていいのか」
「“奴ら”はそんなところまで見ちゃいないさ」

 吐き出された煙が、橙の空気の中にとけていく。その独特の重たさがエドガーを包む。

「これを逃したらまたしばらく会えなくなるだろう」
「そうだな」

 軽く俯き、ぎこちなくも笑いながら同意を返すエドガーに対し、聖霊の表情には影がある。不自然な沈黙。まるで二人の間で、“しばらく会えない”の意味が異なっているかのようだ。

 聖霊は。教皇庁の扱う門外不出の神秘術式により、死した人間の魂を現世に再臨させたものだ。生きていた間の功績が、聖霊となれるか否かを決める。良いものか?違うだろうな。死してなお教皇庁の理念のため奴隷として働かされるということだ。ならないほうがいい。——訊けば聖霊本人オスカーはそう言うだろう。

「わかってるだろうが、部屋数も少ないし、お前は俺の部屋に泊まってけ。問題ないな」
「……ああ」
「よし、じゃあまた夜に。待ってるぞ、エド」
 

 聖霊は異端審問官の背を見送る。シガーを咥える。——離す。

「明日が命日か。はっ、これから寒くなるってのに……」

 聖霊は異端審問官らの敗北を予見していた。十三、それだけいても古城の浄化は果たせないだろう。それは知らぬ間に未来を覗き見てしまったかと思うほどの鮮明な予感だった。だからこその「しばらく会えない」だ。エドガーはまだ聖霊にされるに値しない。オスカーはまだ眠りにつくことを許されない。

 瞳の奥、脳に絡みついた支配の銀糸がちりちりと痛む。

 結末を分かっていても見送らねばならないときはある。行くなとは聖霊は言えなかった。言うことを許されていないのだ。だから行動で少しでも長く引き留めるしかなかった。


 その日の夜は長かった。兄も弟も、長くあれと互いが願ったがゆえ。




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