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どうにも調子のでない夜だった。
「武器を貸してくれないか」
珍しく朝がその爪を見せる前に戻ってきたかと思えばそんなことを言う狩人に対し、庭に出ていた僭主は作業の手を止めて顔を向ける。
「なにかあったのか」
「銀の暈が言うことを聞かなくなった」
星の特に美しい夜だった。頭上に広がる底のない闇、うっかり見上げれば永遠の落下を味わうことになりそうな、そんな恐ろしいほどの快晴。
「あなた方の使う武器は生物かなにかなのか」
「いや。だが意思のようなものを感じることはある」
淡々と、しかし僅かに焦燥のにじむその声に、僭主は冗談でなさそうであるということを感じ取る。
「貸してもいいが、あなたのものを再現するのは難しいだろう」
「再現しようとはしなくていい。これは構造が難解だし質量もかなりある、無駄に消耗させるつもりはない」
狩人の献身というべきか、給餌というべきか、それにより僭主は多少の物体の生成程度なら余裕をもってできるようになっていた。そもそもの素材提供が狩人であるのに加え大した重労働でもないから、僭主はそれを承諾する。
僭主は立ち上がり、狩人と正対した。目を閉じる、開く。
「双剣と大剣、どちらに寄せる」
「貴方が一番作り慣れているものでいい」
「……本気か」
作り慣れているものとなれば。僭主は虚空を掴む。夜闇という鞘から引き出すようにして腕を振り抜くと、それはいつの間に存在を得る。
「やはり貴方はそれなんだな」
狩人が最初に出会ったとき見たものと同じ形状。血の膜が取り払われると、銀の刃が冷たく月光を照り返す。装飾の少ない、単調で長く真っ直ぐなその剣身。
「耐久性は保証しない」
「わかった」
再び真黒の液体が表面を覆ったかと思えば、それは鞘へと変化した。狩人はそれを受け取る。光を受けて微妙に赤を呈するその鞘は、狩人の手の内に意外にもよく馴染む。
「それは所詮急場しのぎにしかならない。今日はもう眠って、明日にでもあなたの拠点に戻ったらどうだ。あなたの武器になにがあったのか知らないが、ここではどうにもできないのだろう」
銀の暈を背から下ろし、貸与された長剣を佩いて去ろうとしていた狩人は、僭主の方に目を向ける。視線を受けて、僭主はその白銀の睫毛を伏せる。
「これに慣れておきたい」
長剣を軽く掲げ狩人が口にしたのはそれだけだった。
「今でないとだめなのか」
「おそらく」
狩人が本能的に感じ取った予感。
「夜明け前に戻る」
そう言った狩人の姿はすぐに闇に紛れて見えなくなった。
僭主は今しがた虚空から剣を引きずり出したばかりの自身の手を見た。
狩人の献身あるいは給餌。それはしかしいい事ばかりではない。僭主は自身の存在のなかで、吸血鬼としての衝動が肥大化しているのを感じ取っていた。吸血鬼本来の姿を取り戻そうとするかのように、満たせば満たすほどその衝動は大きくなる。無生物を愛し衰滅を受け入れることで目を背けていた欲望、渇き、支配、繁栄、血——。満たされることを渇望する穴の開いた器。
恐ろしいことだ、底なしの欲望、人ならざるこの衝動は。
すべては封を解いてしまった彼のせい。いや、死に瀕したあのとき、血への渇望に抗えなかった私のせいだ。
彼が去れば、もとの生活に戻れるのだろうか、僭主は思う。
植物を育て、獣を殺し、強風にやられた小さな命を嘆き、同族を塵とも想わず、それを繰り返し、何年も何十年も何百年も、来るともわからない穏やかな消滅を待ちながら、そんな生活に。
僭主は自分が本当にそれを望んでいるのか、もはやわからない。
狩人は僭主に鮮烈な痛みを与え、死を見せた。しかし血を与え、言葉を交わし、人に触れられるという経験を与えた。
彼がいなくなればもとの生活が戻ってくる。飢えも、孤独も。
いや、ああ、そうだった、彼は去りはしないのだった。飼い慣らすか殺すかだ。
過客に部屋を貸し、昼、眠る前に会って少し言葉を交わす。今が案外満ち足りているということに僭主は気づき、そして気づかなかったことにしようと目を閉じ、その発想に蓋をした。
✧
光すら微睡む寝室。狩人は僭主の髪を梳いていた。今度は無意識ではなかった。指の間にくぐらせると、それは面白いほどするするとそこを抜けていく。
狩人は考えるということをしてみようと思った。つまりこの、古城にただ一人で棲んでいる吸血鬼を殺さず、生かして手の内に置きたいと思うこの心はなぜそうなってしまったかということを、改めてちゃんと考えてみようと思った。もっとも考え易いのがハンティングトロフィーとしての価値を見出したということ。狩人ならば鹿の首を壁にかけたり暖炉の前に熊皮を敷いたりするだろう、あれだ。生きた従順な吸血鬼、たしかにハンティングトロフィーには相応しい。だが違う気がした。違うと信じたかったとも言う。狩人はあるひとつの言葉に、答えたることを求めた。恋である。今まで経験のなかったことだ、案外恋とはこういう不合理でおかしなものなのかもしれない。違ったとて、それがいつわかる。
本当はもっと深いところにその答えはあった。欠けたものを補おうとする作用が、人間よりも人間らしいこの吸血鬼を、人間らしさを損なった狩人の欠落部分にあてがおうとしていたのだ。狩人の欠けを僭主ならば補える。その本能による確信が、狩人の心を僭主に惹きつけさせてやまなかった。基盤はそれ、そこにいくつもの感情が重なって、愛だの恋だの所有欲だの、そういった名前を与えられる。
難しいと思い狩人は諦めた。いずれにせよ、彼を求めていることに変わりないのだから。狩人は白銀の一束をすくい取った。そしてその主にはくれぐれも内密に、その水面の上に静かにそっと口づけをした。
「武器を貸してくれないか」
珍しく朝がその爪を見せる前に戻ってきたかと思えばそんなことを言う狩人に対し、庭に出ていた僭主は作業の手を止めて顔を向ける。
「なにかあったのか」
「銀の暈が言うことを聞かなくなった」
星の特に美しい夜だった。頭上に広がる底のない闇、うっかり見上げれば永遠の落下を味わうことになりそうな、そんな恐ろしいほどの快晴。
「あなた方の使う武器は生物かなにかなのか」
「いや。だが意思のようなものを感じることはある」
淡々と、しかし僅かに焦燥のにじむその声に、僭主は冗談でなさそうであるということを感じ取る。
「貸してもいいが、あなたのものを再現するのは難しいだろう」
「再現しようとはしなくていい。これは構造が難解だし質量もかなりある、無駄に消耗させるつもりはない」
狩人の献身というべきか、給餌というべきか、それにより僭主は多少の物体の生成程度なら余裕をもってできるようになっていた。そもそもの素材提供が狩人であるのに加え大した重労働でもないから、僭主はそれを承諾する。
僭主は立ち上がり、狩人と正対した。目を閉じる、開く。
「双剣と大剣、どちらに寄せる」
「貴方が一番作り慣れているものでいい」
「……本気か」
作り慣れているものとなれば。僭主は虚空を掴む。夜闇という鞘から引き出すようにして腕を振り抜くと、それはいつの間に存在を得る。
「やはり貴方はそれなんだな」
狩人が最初に出会ったとき見たものと同じ形状。血の膜が取り払われると、銀の刃が冷たく月光を照り返す。装飾の少ない、単調で長く真っ直ぐなその剣身。
「耐久性は保証しない」
「わかった」
再び真黒の液体が表面を覆ったかと思えば、それは鞘へと変化した。狩人はそれを受け取る。光を受けて微妙に赤を呈するその鞘は、狩人の手の内に意外にもよく馴染む。
「それは所詮急場しのぎにしかならない。今日はもう眠って、明日にでもあなたの拠点に戻ったらどうだ。あなたの武器になにがあったのか知らないが、ここではどうにもできないのだろう」
銀の暈を背から下ろし、貸与された長剣を佩いて去ろうとしていた狩人は、僭主の方に目を向ける。視線を受けて、僭主はその白銀の睫毛を伏せる。
「これに慣れておきたい」
長剣を軽く掲げ狩人が口にしたのはそれだけだった。
「今でないとだめなのか」
「おそらく」
狩人が本能的に感じ取った予感。
「夜明け前に戻る」
そう言った狩人の姿はすぐに闇に紛れて見えなくなった。
僭主は今しがた虚空から剣を引きずり出したばかりの自身の手を見た。
狩人の献身あるいは給餌。それはしかしいい事ばかりではない。僭主は自身の存在のなかで、吸血鬼としての衝動が肥大化しているのを感じ取っていた。吸血鬼本来の姿を取り戻そうとするかのように、満たせば満たすほどその衝動は大きくなる。無生物を愛し衰滅を受け入れることで目を背けていた欲望、渇き、支配、繁栄、血——。満たされることを渇望する穴の開いた器。
恐ろしいことだ、底なしの欲望、人ならざるこの衝動は。
すべては封を解いてしまった彼のせい。いや、死に瀕したあのとき、血への渇望に抗えなかった私のせいだ。
彼が去れば、もとの生活に戻れるのだろうか、僭主は思う。
植物を育て、獣を殺し、強風にやられた小さな命を嘆き、同族を塵とも想わず、それを繰り返し、何年も何十年も何百年も、来るともわからない穏やかな消滅を待ちながら、そんな生活に。
僭主は自分が本当にそれを望んでいるのか、もはやわからない。
狩人は僭主に鮮烈な痛みを与え、死を見せた。しかし血を与え、言葉を交わし、人に触れられるという経験を与えた。
彼がいなくなればもとの生活が戻ってくる。飢えも、孤独も。
いや、ああ、そうだった、彼は去りはしないのだった。飼い慣らすか殺すかだ。
過客に部屋を貸し、昼、眠る前に会って少し言葉を交わす。今が案外満ち足りているということに僭主は気づき、そして気づかなかったことにしようと目を閉じ、その発想に蓋をした。
✧
光すら微睡む寝室。狩人は僭主の髪を梳いていた。今度は無意識ではなかった。指の間にくぐらせると、それは面白いほどするするとそこを抜けていく。
狩人は考えるということをしてみようと思った。つまりこの、古城にただ一人で棲んでいる吸血鬼を殺さず、生かして手の内に置きたいと思うこの心はなぜそうなってしまったかということを、改めてちゃんと考えてみようと思った。もっとも考え易いのがハンティングトロフィーとしての価値を見出したということ。狩人ならば鹿の首を壁にかけたり暖炉の前に熊皮を敷いたりするだろう、あれだ。生きた従順な吸血鬼、たしかにハンティングトロフィーには相応しい。だが違う気がした。違うと信じたかったとも言う。狩人はあるひとつの言葉に、答えたることを求めた。恋である。今まで経験のなかったことだ、案外恋とはこういう不合理でおかしなものなのかもしれない。違ったとて、それがいつわかる。
本当はもっと深いところにその答えはあった。欠けたものを補おうとする作用が、人間よりも人間らしいこの吸血鬼を、人間らしさを損なった狩人の欠落部分にあてがおうとしていたのだ。狩人の欠けを僭主ならば補える。その本能による確信が、狩人の心を僭主に惹きつけさせてやまなかった。基盤はそれ、そこにいくつもの感情が重なって、愛だの恋だの所有欲だの、そういった名前を与えられる。
難しいと思い狩人は諦めた。いずれにせよ、彼を求めていることに変わりないのだから。狩人は白銀の一束をすくい取った。そしてその主にはくれぐれも内密に、その水面の上に静かにそっと口づけをした。
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