神に選ばれたのは、爆弾と俺だった。

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第一章

真面目に働こう。

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王都・魔法省、本館の上層階。
 それは、一般人はまず通されない“お偉いさんゾーン”。

 その応接室で――

 リュウは土下座していた。


---

 「お金がないんですぅぅぅぅぅぅ!!!」

 「……」

 「服代で25枚飛びましたぁ!!生活費もカツカツですぅ!!!」

 目の前に座るのは、魔法省筆頭執務官・アリエル=ルゼンシュタイン。
 銀縁メガネ、きっちりしたスーツ、氷のような目線。


---

 「……あなた、王都壊しそうになったり、魔石吹き飛ばしたりしてませんでしたか?」

 「反省してます!!すっごい反省してます!!もう暴力控えます!!」

 「……先日、盗賊三人を“軽く薙いで壁にめり込ませた”と聞いています」

 「それはちょっと反射で!!癖で!!事故です!!」


---

 アリエルは溜息をつき、書類を手に取った。

 「……ちょうど、ひとつ空いていた依頼があります。
 “王都近郊の旧封印施設にて、保守と確認。現地調査と小規模掃討”。」

 「それって……危ないやつですか?」

 「魔物が多少残っている可能性はあります。ですが、あなたなら一人で十分でしょう?」


---

 リュウは立ち上がり、拳を握った。

 「やります!俺、仕事します!!あの……お給料は……?」

 「魔石換算ですが、支給します。あと、壊さなければボーナスも」

 「壊さないようがんばりますッ!!」


---

 こうして――

 チートスペックの勇者(仮)、生活費のために封印施設へ単独調査へ出ることになった。


---
王都から南へ半日。
 山岳地帯の中腹にぽっかりと空いた岩の裂け目。
 そこが、今回リュウが派遣された旧封印施設だった。


---

 「うわ、入り口からして怪しいんだけど……」

 重厚な鉄製の門は、すでに開いていた。
 かつて強力な魔物や違法魔具を封じていたという、今は使われていない“地下型収容施設”。

 「ええと……任務内容は、“内部の確認・魔物の残党がいたら排除・記録を取ること”……っと」

 「よーし……給料のため、壊さないよう、真面目に……丁寧に……慎重に……!」


---

 しかし。

 中に入った瞬間、空気が変わった。

 重い。濁っている。冷たい。

 「……なにこれ。空気が……生き物みたいだ」


---

 壁には魔法灯が並んでいたが、その半分は消えていた。
 床には薄く灰が積もり、時折、“カツ……カツ……”と誰かの足音のような反響音。


---

 リュウは剣を抜かないまま、ゆっくりと進んだ。

 「壊すと減給。壊すと減給。壊すと……」


---

 第一層──異常なし。

 第二層──保安ゴーレムが破壊されていた。

 「……おいおい、これ“廃墟感”超えてないか……?」


---

 そして、第三層。

 音もなく、“扉が勝手に開いた”。


---

 中に入った瞬間。

 ぞわり。

 肌が粟立つ。背中を、冷たい爪がなぞったような感覚。


---

 そこには、誰もいない……はずだった。

 が、リュウは見た。

 部屋の隅――
 天井に張りついていた“それ”が、ゆっくりと、首だけを回してこちらを見た。


---

 「おい、やめろよ!? その登場、完全にアウトだろぉぉ!!」

 “それ”は、音もなく落下。
 四肢が逆関節に折れ曲がった、黒い影。

 骨ではない音で、床に着地した。


---

 リュウ、剣を引き抜く。

 「もうやめよう!? 今日、給料もらって帰りたいだけなんだってば!!」


---

 “それ”が動いた。

 速い。

 ただの黒い人型。顔がない。手が長すぎる。


---

 リュウ、咄嗟に剣を“面”で振る。

 ドガッ!!

 「うわああああ!!吹き飛ばしたけど!!!壊れてない!?これ壊れてないよね!?」


---

 だが、“それ”は再び立ち上がった。

 リュウの表情から、笑顔が消える。


---

 「……減給の危機とか、もうどうでもいいかもしれない」


---
第三層、黒い人型の“それ”をなんとか片付けたリュウは、
 奥に続く階段を見つけていた。

 ――下へ、下へと続く、まるで喉の奥のように狭く、粘つく階段。

 「まだあるの……?まだ下あるの……?」

 手元の依頼書には、**“第三層までの調査”**としか書かれていない。


---

 だが、なぜか――階段の手前に“魔力の流れ”が感じられた。

 「……あるな。下に。しかも、目覚めかけてるな……」

 嫌な予感しかしない。けれど、リュウは進む。
 自分の中に芽生えた、微かな責任感と、胸の奥のざわつきに従って。


---

第四層

 重たい空気が、皮膚の下に入り込んでくる。
 呼吸が浅くなる。鼓動が早くなる。

 ――そして、現れたのは、

 “球体”だった。


---

 部屋の中央に浮かぶ、黒く濁った球体。
 直径は2メートルほど。表面はドロドロと常に流動している。

 それだけで終わらなかった。


---

 天井、壁、床に、人間の顔が浮かんでいた。

 苦痛の表情。助けを求める口。目が、あらぬ方向を見ている。

 だが、どれも“生きていない”。

 リュウの背筋が凍った。

 「……これ、絶対に、出しちゃいけないやつだ」


---

 そのとき、球体の中で何かが“動いた”。

 ドロリ、と表面を突き破るように――

 黒い腕。
 骨のような指。
 細く長い首。

 そこから、“それ”が這い出てきた。


---

 「人間、ではない……でも、どこか……元は“ヒト”だった気配がある……」

 リュウの手が震えた。
 魔力が、自然と高まる。体が危機を察知していた。


---

 “それ”は、動かない。
 ただこちらを見つめていた。顔はないのに、視線がある。

 『……ようやく、目が覚めた』

 声が、頭の中に直接響く。


---

 「なにを……封じられてたんだ、お前は……?」

 『おまえは、“扉を開けた”代償を払う存在』

 次の瞬間、空間が割れた。


---

 黒い歪み。全方向からの攻撃。
 リュウは瞬時に地を蹴り、反応する。

 「っ、くそっ……!!壊さないようにって言ってんだろぉぉ!!」


---

 斬撃が空間ごと削る。
 “それ”は避けない。ただ、消えるように消え、別の場所から現れる。

 まるで、そこに“存在”していないかのように。


---

 「効いてねえのか!?いや……当たってねぇ……!?空間そのものを抜けてやがる……」


---

 リュウの背後、突然気配が現れる。

 「……っ!?」

 ギリギリで跳ぶ。肩に掠った一撃だけで、骨の芯まで冷えた。


---

 「これ……今までの敵と、格が違う……っ」

 リュウ、初めて“剣を両手持ち”にした。

 「壊してもいいよな。コイツだけは、壊さなきゃいけない気がする」


---
黒い空気が、地下空間を満たしていた。

 それは霧ではなく、“意志”だった。
 生きているわけではない。だが、確かにこちらを“見ている”。


---

 “それ”──クレス=ナルは、剣でも魔法でも届かぬ位置から、ただじっとリュウを観察していた。

 床に描かれた封印陣がひび割れ、天井から落ちた水が静かに滴る。


---

 リュウは、剣を背から引き抜いた。

 ゴゴン……ガギィ……ン……

 厚さ数十センチ、重さ150キロを超える鋼鉄の塊。
 “人が扱うには異常な剣”が、リュウの手で、軽やかに構えられる。


---

 「来いよ……俺は、もう逃げねぇ。全力で叩き潰す」


---

 空気が鳴った。

 次の瞬間、クレス=ナルが消えた。

 リュウの本能が叫ぶ。

 上。


---

 リュウは地を蹴った。
 真上から落ちてくる黒い腕を、剣の腹で受け流す!

 ドォオオオッッ!!

 空気が爆ぜ、地面が陥没。


---

 「クソ……!」

 着地と同時に、リュウは剣を回転させ、斬り上げる!

 剣の風圧が壁をえぐり、天井に黒い飛沫を撒き散らす。


---

 クレス=ナルはひるまず、空間の裂け目から“複数の腕”を伸ばしてきた。

 空間を這うような動き。影のように遅く、だが避けられない。


---

 「だったら、燃やすしかねぇよな!」

 リュウが、掌に火を灯す。

 《火魔法:バースト・フレア》

 「消し飛べぇぇぇぇ!!」


---

 ゴオオオォォオ!!

 高温の爆炎が、扇状に吹き出す!

 黒い腕が焼け焦げ、影が悲鳴のように揺れる。
 爆発の衝撃が、封印室の外壁を揺らした。


---

 「まだだ……これで終わる気がしねぇ」


---

 煙の中から現れたクレス=ナルは、焼け焦げながらも、まったく怯んでいなかった。
 むしろ、形が不明瞭になり、どこが本体かも分からない。


---

 「なら……光で照らす!」

 リュウは剣を掲げる。
 刃に光の魔力を集中させる――

 《光魔法:ホーリーエッジ》

 刀身が、太陽のような閃光を帯びた。


---

 「――ッッらああああああッッ!!!」

 剣が横一線に振るわれる。

 ドンッッ!!!

 時間が止まったかのような衝撃。
 床が、空気が、影が、一瞬で“焼き切られた”。


---

 影が悲鳴のように裂ける。

 クレス=ナルの核――黒い球体の中枢が一瞬露出した。

 リュウは見逃さなかった。

 「そこだァッ!!」


---

 全身の魔力を脚に集中。
 足元の石床を砕き、リュウは空を飛ぶように跳ぶ。

 剣を両手で握り、真下に叩き込む。


---

 ズドオォォォォォン!!!

 その一撃は、黒の核を貫き、
 爆発的な光が封印室を埋め尽くした。


---

 「っ……くっ……!」

 爆風の中、リュウは剣を地に突き立て、息を整える。

 目の前には、黒く砕けた残滓が、静かに崩れていた。


---

 静寂。

 魔力の濁流が消えた。

 ただ、焦げた匂いと熱気と、自分の鼓動だけが響いていた。


---

 「……やった……よな……?」


---
リュウは、地に突き刺した剣に寄りかかりながら、肩で息をしていた。

 「……はぁ……っ、終わった……?」

 辺りに気配はない。
 クレス=ナルの黒い“核”は、光の魔力で完全に焼き尽くされ、
 残っているのは、焦げた球体の残骸と、砕けた床、裂けた壁、そして――

 崩落しかけている天井。


---

 「……やっちまった……」

 じわじわと実感が湧いてきた。

 戦いの余波で、封印施設はほぼ使用不能。
 第三層から下は崩落、魔法障壁はズタズタ、残っているのは割れた照明とぶっ壊れたゴーレム。


---

 「やっちまったァアアアアアア!!減給どころか、給料マイナスかもしれん……!」

 その場で崩れ落ちるリュウ。


---

 「でも……でも仕方なかったんだよ!? あんなの出てきたら、普通に爆破するしかないだろ!?」

 虚空に向かって言い訳するも、誰も聞いていない。


---

 しばらくして、地上へ戻ったリュウは、報告のため王都へ帰還。

 魔法省本庁舎、応接室。

 アリエル=ルゼンシュタイン執務官の前で、リュウは背筋を伸ばしていた。


---

 「報告書ですッッ!!」

 「……読ませていただきます」

 アリエルが、報告書を黙々と読む。


---

 『封印体は異界存在。
 想定以上の強度と空間操作能力あり。
 封印陣は老朽化により破綻。
 撃破は確認済み。
 被害範囲:第三層以下全壊。副次的崩落による耐用不能箇所多数。』


---

 アリエルは書類から顔を上げ、静かに言った。

 「ひとつだけ確認します。施設の“外壁”を一部吹き飛ばしたのは、誰ですか?」

 「……爆発……魔法が……跳弾してですね……あれは……事故です……」


---

 「減給です」

 「ですよねぇぇぇぇぇぇ!!」


---

 がっくりと膝から崩れるリュウに、アリエルは淡々と続ける。

 「ですが――封印体の撃破は前例のない成果です。
 あなたがいなければ、王都にも被害が及んでいた可能性があります。
 ……なので、特別に一部補填を認めましょう」


---

 リュウは顔を上げる。

 「ほ、本当ですか!? それってつまり……」

 「食費と宿代は支給されます。服代は据え置きです」

 「ぬぉぉぉおおおお服代あああああ!!」


---

 こうしてリュウの“封印施設任務”は終わった。
 得たものは――

 ・経験
 ・異界存在との戦闘データ
 ・崩壊施設
 ・減給

 まるで釣り合っていないようだが、彼の胸には確かな実感があった。


---

 「……あの影、また来る気がする。あれは、終わってない」

 彼は剣を背に、王都の空を見上げた。


---
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