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第1章
魔大陸へ
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ユートは人気のない森の中、ひとつ深呼吸をしてから呟いた。
「転移――魔大陸、南部《瘴気の谷》」
空間がねじれ、視界が歪む。
次の瞬間、彼の足元にあるのは黒ずんだ岩肌と、わずかに腐臭を含む湿った空気だった。
木々は低く、ねじれ、葉は赤黒く染まっている。
空はどんよりと濁った灰色で、まるで世界そのものが“病んでいる”かのようだった。
「……なるほど、確かに来たくはない場所だな」
魔力感知を軽く展開し、周囲を確認する。
数十メートル先、獣のような気配がうごめいているが、今のユートにとってはさほど脅威ではない。
足を進める。地面はぬかるみ、瘴気で目がチカチカする。
魔力で防御膜を張りながら進み続けると、やがて開けた場所に出た。
そこには、一本だけ――異質な木が立っていた。
他の木とは違い、まっすぐに天へ伸びる大樹。
幹は白く光を帯びており、樹皮は呼吸するようにゆっくり脈動している。
「……これが、命樹か」
その根元に、確かに生えていた。
淡い緑に金色の筋が走る、光る若芽――それが“命樹の芽”だった。
だが。
近づこうとした瞬間、空気がピリッと張り詰めた。
「来るか……」
命樹の芽を守るように、地面から巨大な影が立ち上がる。
六本足の、黒い装甲に覆われた獣――魔大陸特有の守護獣《瘴獣バルグロス》。
その目は、確かに侵入者を敵と認識していた。
「……避けられないか」
ユートはゆっくりと腕を構えた。
魔力が溜まり、周囲の瘴気をかき消していく。
「じゃあ、少しだけ暴れるか」
---
咆哮とともに、黒い巨体が迫る。
ユートはすばやく風の魔法で跳び退き、即座に**《ファイアランス》**を放った。
だが――。
バルグロスの装甲に突き刺さった炎の槍は、黒煙を上げながらもすぐにかき消された。
地面を割って突き出た足が迫る。間一髪、風の刃で防ぐ。
「っ……さすが魔大陸の守護獣ってとこか……!」
水、土、風……複合魔法で攻撃を繰り出す。
だが、そのすべてが装甲を削りきれず、あるいは瘴気の影響で威力を落とされていた。
バルグロスの反撃――尾の一撃が直撃し、ユートの身体が岩に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
地面に転がる。その瞬間、左手の中指に嵌めていた銀色の指輪が、じり……と冷たい音を立てた。
魔力制限の“呪いの指輪”。
戦闘訓練用に、おじさんから渡されたもので、自身の魔力量の9割以上を封じている。
(……正直、こいつには“訓練”どころの話じゃないな)
ユートは、ゆっくりと立ち上がり、指輪を見つめた。
「……悪い、おじさん。これは“本気”じゃなきゃ無理だ」
右手に力を込め、ガキィィッ――!
指輪が砕ける。
呪いの抵抗が走り、全身に軋むような痛みが走るが――それと同時に、封じられていた魔力が解放された。
空気が震える。
瘴気が一気に吹き飛び、周囲の木々がザワリと揺れた。
「――行くぞ」
ユートの周囲に、火、水、風、土の魔法陣が次々と展開されていく。
「ファイア・ハリケーン!」
炎と風の混合魔法が竜巻となってバルグロスを包み込む。
爆発の連続音が響く中、さらに上空へ魔力を集中させる。
「グランド・バレット! ウォータースピア! サンダーレイ!」
四属性の魔法が、まるで流星の雨のように連続発射される。
火花と閃光、爆音。黒い巨獣が抗うように咆哮を上げるが――すでに防ぎきれない。
最後の詠唱。
「――《レイ・インパクト》ッ!」
空から降り注ぐ、極光のような一撃がバルグロスを直撃。
その巨体が、ついに崩れ落ちる。
静寂が訪れた。
瘴気の谷に、ユートの呼吸だけが響いている。
「……っは……はあっ……」
汗だくの顔に、勝利の確信がゆっくりと降りてきた。
その奥。
命樹の根元には、淡い緑に光る――命樹の芽が、静かに風に揺れていた。
---
瘴気の谷に静寂が戻っていた。
先ほどまで激しく唸っていた風も、今はぴたりと止んでいる。
ユートはバルグロスの黒く巨大な亡骸を一瞥し、ゆっくりと命樹の根元へ歩み寄った。
そこにあった。
光を帯びた若芽――命樹の芽(めいじゅのめ)。
淡い緑に金の筋が走り、まるで生きているように脈を打っていた。
そっと手を伸ばすと、微かなぬくもりが指先に伝わる。
「これが……命を再生する力の源、か」
ポーチから小瓶を取り出し、慎重に命樹の芽を摘み取って納める。
一本だけでは足りないかもしれない。周囲を見渡すと、岩陰にもう数本、同じ芽が揺れている。
時間をかけて、丁寧に、風や魔力で傷つけぬように採取していく。
最終的に、5本の命樹の芽を確保することに成功した。
「よし……このくらいあれば、試作には十分だな」
---
周囲に新たな魔獣の気配はない。
だがこの谷の瘴気は、長く滞在していれば命を削る。
ユートは命樹の大樹を見上げ、ほんのわずかに頭を下げた。
「少しだけ、力を貸してもらう。……必ず意味あることに使うよ」
そして足元に転移陣を描き、呟いた。
「――転移、王都・自宅地下」
空間が裂ける。
瘴気の森が霞んで消えた瞬間――
転移の光が収まった時、ユートは再び馴染んだ倉庫の中に立っていた。
ひんやりした空気と、乾いた木の匂い。
地面に足がついた瞬間、心底ホッとしたのを自覚した。
「……ただいま」
呟く声は、ほんの少し、誇らしさを含んでいた。
腰のポーチにしまわれた、命樹の芽。
この世界でまだ知られていない奇跡の素材。
それを、誰よりも先に――ユートが手にした。
---
「転移――魔大陸、南部《瘴気の谷》」
空間がねじれ、視界が歪む。
次の瞬間、彼の足元にあるのは黒ずんだ岩肌と、わずかに腐臭を含む湿った空気だった。
木々は低く、ねじれ、葉は赤黒く染まっている。
空はどんよりと濁った灰色で、まるで世界そのものが“病んでいる”かのようだった。
「……なるほど、確かに来たくはない場所だな」
魔力感知を軽く展開し、周囲を確認する。
数十メートル先、獣のような気配がうごめいているが、今のユートにとってはさほど脅威ではない。
足を進める。地面はぬかるみ、瘴気で目がチカチカする。
魔力で防御膜を張りながら進み続けると、やがて開けた場所に出た。
そこには、一本だけ――異質な木が立っていた。
他の木とは違い、まっすぐに天へ伸びる大樹。
幹は白く光を帯びており、樹皮は呼吸するようにゆっくり脈動している。
「……これが、命樹か」
その根元に、確かに生えていた。
淡い緑に金色の筋が走る、光る若芽――それが“命樹の芽”だった。
だが。
近づこうとした瞬間、空気がピリッと張り詰めた。
「来るか……」
命樹の芽を守るように、地面から巨大な影が立ち上がる。
六本足の、黒い装甲に覆われた獣――魔大陸特有の守護獣《瘴獣バルグロス》。
その目は、確かに侵入者を敵と認識していた。
「……避けられないか」
ユートはゆっくりと腕を構えた。
魔力が溜まり、周囲の瘴気をかき消していく。
「じゃあ、少しだけ暴れるか」
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咆哮とともに、黒い巨体が迫る。
ユートはすばやく風の魔法で跳び退き、即座に**《ファイアランス》**を放った。
だが――。
バルグロスの装甲に突き刺さった炎の槍は、黒煙を上げながらもすぐにかき消された。
地面を割って突き出た足が迫る。間一髪、風の刃で防ぐ。
「っ……さすが魔大陸の守護獣ってとこか……!」
水、土、風……複合魔法で攻撃を繰り出す。
だが、そのすべてが装甲を削りきれず、あるいは瘴気の影響で威力を落とされていた。
バルグロスの反撃――尾の一撃が直撃し、ユートの身体が岩に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
地面に転がる。その瞬間、左手の中指に嵌めていた銀色の指輪が、じり……と冷たい音を立てた。
魔力制限の“呪いの指輪”。
戦闘訓練用に、おじさんから渡されたもので、自身の魔力量の9割以上を封じている。
(……正直、こいつには“訓練”どころの話じゃないな)
ユートは、ゆっくりと立ち上がり、指輪を見つめた。
「……悪い、おじさん。これは“本気”じゃなきゃ無理だ」
右手に力を込め、ガキィィッ――!
指輪が砕ける。
呪いの抵抗が走り、全身に軋むような痛みが走るが――それと同時に、封じられていた魔力が解放された。
空気が震える。
瘴気が一気に吹き飛び、周囲の木々がザワリと揺れた。
「――行くぞ」
ユートの周囲に、火、水、風、土の魔法陣が次々と展開されていく。
「ファイア・ハリケーン!」
炎と風の混合魔法が竜巻となってバルグロスを包み込む。
爆発の連続音が響く中、さらに上空へ魔力を集中させる。
「グランド・バレット! ウォータースピア! サンダーレイ!」
四属性の魔法が、まるで流星の雨のように連続発射される。
火花と閃光、爆音。黒い巨獣が抗うように咆哮を上げるが――すでに防ぎきれない。
最後の詠唱。
「――《レイ・インパクト》ッ!」
空から降り注ぐ、極光のような一撃がバルグロスを直撃。
その巨体が、ついに崩れ落ちる。
静寂が訪れた。
瘴気の谷に、ユートの呼吸だけが響いている。
「……っは……はあっ……」
汗だくの顔に、勝利の確信がゆっくりと降りてきた。
その奥。
命樹の根元には、淡い緑に光る――命樹の芽が、静かに風に揺れていた。
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瘴気の谷に静寂が戻っていた。
先ほどまで激しく唸っていた風も、今はぴたりと止んでいる。
ユートはバルグロスの黒く巨大な亡骸を一瞥し、ゆっくりと命樹の根元へ歩み寄った。
そこにあった。
光を帯びた若芽――命樹の芽(めいじゅのめ)。
淡い緑に金の筋が走り、まるで生きているように脈を打っていた。
そっと手を伸ばすと、微かなぬくもりが指先に伝わる。
「これが……命を再生する力の源、か」
ポーチから小瓶を取り出し、慎重に命樹の芽を摘み取って納める。
一本だけでは足りないかもしれない。周囲を見渡すと、岩陰にもう数本、同じ芽が揺れている。
時間をかけて、丁寧に、風や魔力で傷つけぬように採取していく。
最終的に、5本の命樹の芽を確保することに成功した。
「よし……このくらいあれば、試作には十分だな」
---
周囲に新たな魔獣の気配はない。
だがこの谷の瘴気は、長く滞在していれば命を削る。
ユートは命樹の大樹を見上げ、ほんのわずかに頭を下げた。
「少しだけ、力を貸してもらう。……必ず意味あることに使うよ」
そして足元に転移陣を描き、呟いた。
「――転移、王都・自宅地下」
空間が裂ける。
瘴気の森が霞んで消えた瞬間――
転移の光が収まった時、ユートは再び馴染んだ倉庫の中に立っていた。
ひんやりした空気と、乾いた木の匂い。
地面に足がついた瞬間、心底ホッとしたのを自覚した。
「……ただいま」
呟く声は、ほんの少し、誇らしさを含んでいた。
腰のポーチにしまわれた、命樹の芽。
この世界でまだ知られていない奇跡の素材。
それを、誰よりも先に――ユートが手にした。
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