異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

モデル.S

文字の大きさ
39 / 114
第1章

職人探し

しおりを挟む
王都の自宅、地下の倉庫。
 薄暗い明かりのもと、ユートは命樹の芽を小瓶に入れたまま、じっと見つめていた。

 淡く光る若芽は、美しくも危うい存在感を放っている。

「……とても“普通の素材”じゃねぇな」

 ラミアの話、デノルドの情報、瘴気の谷での激闘――
 それらを踏まえても、この“命樹の芽”の価値は計り知れない。

 だが――。

 ユートは棚に並ぶ調合器具を見て、深く息を吐いた。

「……俺には、無理だ」

 素材の性質、魔力の反応、調合タイミング、融合条件。
 命を再生するほどのポーションを作るには、専門的な知識と経験が必要だった。

 失敗すれば、せっかくの命樹の芽を無駄にするどころか、命の危険すらある。

「……ラミアでも、これは無理だろうな。やれるのは、本物の職人だけだ」


 ユートは机に肘をつきながら、静かに目を閉じた。

(なら――探すしかない)

 口が堅く、腕の確かなポーション職人を。
 この世界に、数えるほどしかいないだろう。だが、確実にいる。

 ギルドか、商会か、それとも裏の情報筋か――
 どこを通すにしても、慎重に動く必要がある。

「……信頼できて、欲を出さない相手じゃないと……」

 魔力で封をした命樹の芽の瓶を、慎重にロックされた箱へと収める。
 それから立ち上がり、手帳を開いた。

「まずは……情報だな。ラミアにも探りを入れてみるか」


夕暮れ。王都の空が橙色に染まりはじめたころ。
 ユートは家の裏庭に出て、テラスの椅子に腰をかけていた。

 ほどなくして、ラミアがワインの瓶を片手にやってくる。

「今日も酒で釣るってわけ? 悪くないけど」
 そう言いながら、当然のように隣に腰を下ろす。

「今日のは、いつもよりちょっと真面目な相談だ」

 ユートはグラスを注ぎながら、静かに口を開いた。

「――命樹の芽、採れた」
 その言葉に、ラミアの手がぴたりと止まる。

「……マジで、あの瘴気の谷から持ってきたの?」

「本物だ。けど――問題はここからなんだよ」

 ユートはグラスを置いて、ラミアの顔を見る。

「俺には作れない。あんな高等なポーション、素人の調合じゃ無理だ」
「……だろうね」
「でも、誰にでも任せられる代物でもない。口が軽いやつに渡せば、一発で世間に広まる」

 ラミアは眉をひそめた。
 そして、グラスの底を軽く回しながら、少し真剣な声になる。

「……つまり、腕があって、信用できる“ポーション職人”を探してるってわけか」

「ああ。できれば、顔が広すぎないほうがいい。
 でも、腕は本物じゃなきゃダメだ。命樹の芽をムダにしたくない」

 ラミアは少し考える素振りをしてから、ぽつりと呟いた。

「一人だけ、心当たりがある」
「……ほう?」

「“元王立薬術研究所”の職人。今は名前を捨てて、王都の外れで隠居してるって話だ。
 民間で調合を引き受けるのは稀だが、噂じゃ**“素材の意味”が分かる奴だけには、協力するらしい**」

「口の堅さは?」

「王立にいた頃、研究成果を巡って貴族と揉めて、研究所を飛び出したくらいだ。そういうのが嫌いなんだろ」

「……気に入った。会ってみたい」

 ラミアは肩をすくめながら、グラスを空にした。

「じゃあ、紹介してやるよ。名前は――ゼネ・アルド。偏屈ジジイだけど、薬の腕は本物だ」


 ユートは静かに頷いた。

 ついに、“再生ポーション”を形にするための最後のピースが――動き出す。


---
王都から馬車でおよそ半日。
 郊外の森の中、ひっそりと佇む小さな小屋があった。

 屋根は苔に覆われ、煙突からは細く煙が立ち上っている。
 敷地内には、手入れの行き届いた薬草畑が広がっていた。

 ユートが門を押すと、錆びた鈴がチリンと音を立てる。

 その音に反応するように、小屋の扉がギィと開いた。

「……誰だ?」

 現れたのは、長い白髪と無精ひげをたくわえた老人だった。
 鋭い眼光がユートを射抜くように見つめてくる。

「ラミアに紹介されてきた。あんたがゼネ・アルドさんか?」

「ラミア……あの酔っぱらい女か。久しぶりに聞いた名だな」
 ゼネは片目を細めて、ユートの全身をじっと見た。

「……目的は何だ? 薬か、調合か、それとも説教か?」

「ひとつ、調合を依頼したい。……俺じゃ作れない、特別な薬を」

「その辺の怪我を治すポーションなんざ、薬屋に行け」
 ゼネが吐き捨てるように言うが、ユートは静かに小さな瓶を差し出した。

 瓶の中で、命樹の芽が淡く揺れている。

 その瞬間――ゼネの目が鋭く変わった。

「……これは……!」

 手に取るや否や、瓶を光にかざし、指先で魔力を流し込む。

「生きてる……魔力反応も濃い。瘴気付着なし……これは、“命樹の芽”の完全体じゃないか……!」

 その呟きは、専門家だからこそ出る確信の言葉だった。

「どこでこれを?」

「……それは言えない。でも、ちゃんと正規に持ち出した。瘴気の谷からな」

「……まさか、あそこに入って採ってきたのか……正気の沙汰じゃねぇ」
 呆れたように言いながらも、ゼネは目を逸らさない。

「何を作りたい?」

「“上級ポーション”だ。……腕や脚、失った部位を治す薬。それが作れるなら、頼みたい」

 ゼネはしばらく沈黙した。
 やがて、ふぅ……と長く息を吐き、低く言った。

「……いいだろう。俺は貴族にもギルドにも仕えない。
 だが、“薬が必要な奴”のために調合する。それだけだ」

 そう言って、彼はユートに向き直る。

「できあがった上級ポーションのうち、1本は俺にくれ。」

「……いいのか? それで」

「ああ。欲しいのは金じゃねぇ。俺自身、これを“手元に置いておきたい”理由がある。……深くは聞くな」

 その目は、長い年月を薬と生きてきた者の、それだった。

「命樹の芽はいくつかある。1つで何本作れる?」

「熟練した調合なら――1つの命樹の芽で、上級ポーション10本。濃度を調整すれば12本までは可能だが、品質は落ちる。……俺は10本に絞る」

「いいだろう。とりあえず10本頼む」

数日後……
出来上がった10本の内、9本を受け取る。


---

 こうして、再生ポーション計画は本格的に動き出した。

 命を取り戻す薬。
 希望を売る取引。

 その第一歩が、ここから始まった――。

    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...