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第2章
2人の成長
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バルトとティナはギルドの掲示板の前に立ち、依頼票を一つずつ見比べていた。
「シルバーハウンドの群れ討伐……これ、行けそうだな」
「うん、数は多いけど、強さはそこまでじゃないみたい」
そこに後ろから声がかかる。
「じゃあ、俺もついてく。見学兼ねてな」
「ユートさん!」
「えっ、来てくれるのか!?」
嬉しそうなふたりの表情に、ユートは苦笑しながら頷く。
「お前らの実戦を見ておきたい。手は出さないつもりだけど……危なかったらすぐにフォローする」
「頼もしすぎる……」と、バルトが安堵の息をついた。
---
【王都郊外・黒樫の森】
森の空気は湿っていて、地面は落ち葉に覆われていた。
ユートは少し離れた位置からふたりを見守りながら、魔力感知で周囲の気配を探る。
「前方、五体。左奥にもう二体。動きは速いが、バルトなら問題ないな」
バルトが前進し、両手剣を肩に担いで構える。
「よし、来るぞ――!」
シルバーハウンドの群れが姿を現し、牙を剥いて突進してくる。
その瞬間、バルトが跳躍――力強い一撃で先頭を真っ二つにする!
「ひとり二体ずつ、が目標だったよね!?」
ティナの声が飛び、獣人の膂力を活かした鋭い踏み込みで1体の頭に片手剣を叩き込む!
「その通り。手を抜くなよ、ティナ」
「うん!」
ユートは木の上に腰を下ろし、腕を組んで見ていた。
動きに無駄がなくなってきた。バルトは状況判断が速くなり、ティナも身体の使い方が格段に良くなっている。
だが――
「……ティナ、左!」
ユートの声に即座に反応し、ティナが身を伏せた。
背後から回り込んだ1体のシルバーハウンドが襲いかかる瞬間――
ユートが手を一振り。
パチン、と小さく指を鳴らすと、火の玉が森の空気を裂き、獣の足元で炸裂した。
「ひゃっ!? ユートさん、ありがとう……!」
「見学って言ったけど、無傷で帰るのが一番だからな」
---
証拠の耳を回収し、木陰で水を飲む3人。
「ちゃんと倒せた……剣術道場の成果、出てたかな」
「うん。俺から見ても、よく動けてた」
バルトも満足そうに拳を握る。
「ユートさんがいるって思っただけで、安心して戦えたよ」
「いや、次はもう少し離れて見る。お前らの“自信”をつけるのが目的だからな」
ふたりは顔を見合わせ、少し照れたように笑った。
【翌日・王都ギルド内】
依頼掲示板の前で、バルトとティナが次の依頼を物色していた。
そこへ、二人組の若い冒険者が近づいてくる。
「おい、そっちは……やっぱりあの獣人の子だな」
声をかけたのは、短剣を二本腰に差した、鋭い目つきの青年。年はバルトと同じくらい。
隣には、長い黒髪を三つ編みにした女性冒険者が控えている。
ティナが少し身構えたその時――
「昨日の戦い、見てたんだ。シルバーハウンド、見事だったな」
「えっ……あ、あの……ありがと……」
「剣筋も落ち着いてたし、動きに無駄がなかった。どこの隊に所属してるんだ?」
「えと、そ、所属はしてなくて……仲間と3人でパーティ組んでるの……」
青年は軽く目を細めて笑った。
「そっか。噂には聞いてたけど、実力は本物だな。名前、聞いていいか?」
「ティナ……です」
「俺はザイド。こっちはミリア」
女性の方が無言で頷く。
「……またどこかで、同行依頼とか組めるといいな」
そう言って、ザイドたちは去っていった。
「……すごい、ティナ。声かけられるなんて」
バルトが素直に驚いていた。
「わ、私もビックリ……。でも、ちょっと嬉しかった……かも」
ユートは少し離れた場所でそれを見て、口元を緩めた。
(仲間が“認められる”ってのは……やっぱり、いいもんだな)
---
【数日後・王都ギルド本館】
朝のギルドは活気に満ちていた。
依頼掲示板の前では、冒険者たちが集まり、熱心に依頼書を吟味している。
ティナとバルトも、ユートに付き添われながら次の依頼を探していた。
「この辺の討伐依頼は、もう手慣れてきたな……そろそろ一段上の仕事でも」
「ちょ、ちょっと待って、いきなり難易度上げるのは……!」
そこへ、軽やかな足音が近づいてきた。
「よう。また会ったな」
振り向くと、ザイドが肩をすくめながら立っていた。
ミリアもその隣で、相変わらず無言のままだが、しっかりとこちらを見ている。
「お前たちにちょうどいい依頼があるんだ。うちのパーティだけじゃ少し荷が重くてな」
ユートがわずかに目を細める。
「内容は?」
「“古代遺跡の護送任務”。最近発見された遺跡に向かう調査隊の護衛だ。魔物の出現率が高くて、最低でも中級冒険者が複数必要って条件だった。俺とミリアだけじゃ不安でね」
「護衛か……戦闘だけじゃなく、警戒も大事になるな」
バルトが唸るように言う。
「俺たち、頼りにされてる……のかな」
ティナが不安と嬉しさの混じった声を漏らす。
「間違いなく、そうだろうな」
ユートが静かに微笑む。
---
【依頼内容】
・目的:古代遺跡まで学術調査隊を護衛し、無事送り届ける
・場所:王都南東の山岳地帯、バルテア遺跡周辺
・期間:往復で3日間程度
・脅威:強化型オーガ、空を飛ぶ魔鳥、罠の可能性あり
・報酬:銀貨150枚/人+成果報酬あり
---
「引き受けよう」
ユートの一言に、ティナとバルトが頷いた。
ザイドは満足げに笑う。
「助かる。あのティナとバルトが加わってくれるなら、百人力だ。……それに、あんたも来てくれるんだろ? “ユートさん”」
ユートは肩をすくめた。
「今回は護衛だからな。実戦もあるだろう。見守るだけってわけにはいかないかもな」
---
【バルテア遺跡への道中──1日目】
王都を出て、調査隊と共に南東の山岳地帯へと向かう一行。
ユート、バルト、ティナ、そしてザイドとミリアの5人に、護衛対象である学術調査隊3名が加わっていた。
道は険しく、時折崩れた岩道や、獣道のような細いルートもある。
「こっちに魔物の足跡……3日前のものだ」
バルトが膝をつき、地面に残された痕跡を指差す。
「読み取れるようになったな」
ユートが素直に感心する。
「へへ……ティナが教えてくれたんだよ、獣人ってこういうの得意なんだろ?」
「えっ!? わ、私、そんな大したこと……!」
ティナが慌てて耳を伏せるが、その仕草にミリアがくすっと笑った。
それに気づいたティナが、ぽかんとミリアを見つめる。
「……笑った、の……?」
「ごめん。可愛かったから、つい」
ミリアの声を聞いたのは、これが初めてだった。
ティナは驚きでしばらく固まったが、じわじわと頬を赤らめる。
「か、可愛いなんて……い、いきなり言わないで……!」
「ふふ、素直な子ね。……ちょっと、好きかも」
「えええええっ!?」
ティナが全力でバタつくその様子に、ザイドが吹き出し、バルトは首をかしげていた。
---
【その夜・野営地】
焚き火の明かりのもと、ユートは少し離れた場所で、周囲の気配を探っていた。
(……風の流れが妙に乱れてる。何かが、この先に……)
夜の静けさの中、遠くで低く唸るような獣の声が聞こえた気がした。
ユートは火を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「明日は、警戒レベルを少し上げて進もう。遺跡周辺には“普通じゃない何か”がいる」
---
【バルテア遺跡・到着】
山岳を抜け、岩場を越えた先に、その遺跡は現れた。
古びた石造りの柱が斜めに傾き、苔むした入口がぽっかりと開いている。
空気は重く、時折吹く風がヒュウ……と低く鳴る。
「……ここが“バルテア遺跡”……」
ティナが身を縮めてつぶやく。
「妙に静かだな……気味が悪い」
バルトも辺りを見回し、剣に手を添えている。
調査隊の学者たちは準備を整えると、すぐに入り口近くで作業を開始した。
石に刻まれた古代文字の写し取りや、魔力反応の計測など、それぞれが手慣れた動きを見せる。
---
【夕方】
「……ひとり、いない?」
異変に最初に気づいたのは、ミリアだった。
調査隊の女性研究者――アレッサ博士が、姿を消していた。
「……さっきまで、ここで刻印を写してたはず……」
他の学者も青ざめた表情になる。
「まさか……中に?」
遺跡の内部に入るには、狭く急な石段を下りなければならない。
その先は“未調査エリア”であり、罠や魔物の危険性が高いとされていた。
ユートがすっと立ち上がる。
「俺が先行する。バルトとミリアが後衛、ザイドは警戒、ティナは……俺の横につけ」
「う、うんっ!」
---
【遺跡内部・探索】
中はひんやりとしており、わずかに魔力の気配が漂っていた。
壁には古代の文様が浮かび上がり、床には微かな血の跡が続いている。
「これ……血……?」
ティナが顔をしかめる。
「浅い傷の量だ。怪我はしてるが、生きてる可能性が高い」
ユートの声は冷静だった。
しばらく進むと、薄暗い空間の中央――崩れた石碑の裏に、アレッサが倒れているのを発見した。
「いたっ! 博士、無事!?」
ティナが駆け寄ろうとしたその時――
グオォォォォォッ!!
唸り声とともに、天井から影が落ちてきた。
全身を黒い鱗に覆われた、三つ首の“ダーク・ハウンド”――!
「っ、下がれッ!!」
ユートが叫び、炎の壁を展開する。
天井から舞い降りた“ダーク・ハウンド”は、黒い鱗に覆われた異形の獣。
三つの頭がそれぞれ異なるタイミングで唸り声をあげ、赤く輝く瞳がユートとティナを睨み据える。
「ティナ、あいつの目を引け。左首が吐くのは毒の霧、注意しろ」
「う、うんっ……!」
ティナは気圧されながらも、決して怯まなかった。
片手剣を構え、足元を低く沈めて一気に駆け出す。
「こっちよっ!!」
鋭いステップで右側に回り込み、石の破片を蹴り上げて敵の視線を誘導する。
ダーク・ハウンドが三首をばらばらに動かし、咆哮と共にティナへと飛びかかろうとした瞬間――
「――《ウィンドスラスト》」
ユートの詠唱と共に、真横から圧縮された風刃が斬り込んだ。
中央の首の顎が弾かれ、体勢が崩れる。
「今だ、ティナ!」
「はっ!」
ティナは躊躇なく踏み込み、右首の目元を狙って剣を突き出した。
ガギィンッ!という硬質な音――だが鱗に弾かれ、刃が滑る。
「くっ……!」
すぐさま距離を取るティナ。だが、しっかり“痛み”は与えていた。
「鱗は硬いが、目と口元が甘い。ティナ、もう一度いけ。俺が隙を作る」
ユートは素早く両手を掲げた。
「――《フレイムバースト》《ストーンバレット》《スパイラルウィンド》!」
3属性の魔法を同時に展開、火球・岩弾・旋風が嵐のように押し寄せる。
ダーク・ハウンドが混乱し、三首がばらばらに動く。
ティナはその一瞬の隙を見逃さなかった。
「っ、ここだああああっ!!」
跳躍、そして垂直落下の斬撃――
彼女の剣が右首の目に突き刺さり、叫び声と共に黒い体がのたうった。
数秒後、ダーク・ハウンドは三首のうち二首を潰され、ユートの炎の槍によって完全に沈黙した。
ティナは肩で息をしながら、剣を納める。
「やった……わたし、ちゃんと戦えた……!」
「上出来だ」
ユートがそっと肩に手を置き、にっこりと笑った。
---
ダーク・ハウンドの巨体が動かなくなったのを確認し、ユートは警戒を解かずに歩み寄った。
「……アレッサ博士、大丈夫ですか?」
崩れた石碑の裏、地面に倒れていた女性研究者が、かすかにうめいた。
「うぅ……ユートさん……? あ、あなたたち……」
目を開けた彼女は、頬に擦り傷を負い、体もあちこち泥にまみれていたが、命に別状はなさそうだった。
「すぐに外に出ましょう。立てますか?」
「……ちょっと、足が……」
右足首が腫れ上がっている。ひねったか、軽く骨にヒビが入ったかもしれない。
ティナが慌ててポーチからポーションを取り出しかけたが、ユートが制した。
「これは普通のじゃ治らない。俺が……」
ユートはそっと手をかざし、魔力を練る。
「《ヒール・ライト》」
淡い光がアレッサの足首を包み、じわじわと炎症が引いていく。完全には治らないが、歩ける程度にはなるはずだ。
---
ユートの肩を借り、アレッサはなんとか歩けるようになった。
一行は慎重に来た道を引き返し、遺跡の外へと戻っていく。
「……あの時、何かに呼ばれた気がしたの」
歩きながら、アレッサがぽつりと語った。
「気づいたら、足が遺跡の奥へ向かってて……我に返った時には、崩れた石に足を取られて……」
ティナとバルトが顔を見合わせる。
「呼ばれた……って、どういう意味だ?」
バルトが警戒するように訊くと、彼女はかぶりを振った。
「わからない……けど、あれは“魔物”じゃなく、“何かの意思”だった気がする……」
---
遺跡の外で待機していた他の学者たちが、アレッサの無事を知って駆け寄ってくる。
「よかった、本当によかった……!」
「怪我は!? 生きていてくれて……!」
調査隊のリーダー格の初老の学者が、深々と頭を下げる。
「命の恩人です……本当に、ありがとうございました。報酬は……約束の銀貨とは別に、個人的に感謝の金貨を」
「気持ちだけで充分です」
ユートがすぐに断った。
代わりにティナとバルトが受け取り、彼女たちが照れくさそうに頭を下げた。
---
「シルバーハウンドの群れ討伐……これ、行けそうだな」
「うん、数は多いけど、強さはそこまでじゃないみたい」
そこに後ろから声がかかる。
「じゃあ、俺もついてく。見学兼ねてな」
「ユートさん!」
「えっ、来てくれるのか!?」
嬉しそうなふたりの表情に、ユートは苦笑しながら頷く。
「お前らの実戦を見ておきたい。手は出さないつもりだけど……危なかったらすぐにフォローする」
「頼もしすぎる……」と、バルトが安堵の息をついた。
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【王都郊外・黒樫の森】
森の空気は湿っていて、地面は落ち葉に覆われていた。
ユートは少し離れた位置からふたりを見守りながら、魔力感知で周囲の気配を探る。
「前方、五体。左奥にもう二体。動きは速いが、バルトなら問題ないな」
バルトが前進し、両手剣を肩に担いで構える。
「よし、来るぞ――!」
シルバーハウンドの群れが姿を現し、牙を剥いて突進してくる。
その瞬間、バルトが跳躍――力強い一撃で先頭を真っ二つにする!
「ひとり二体ずつ、が目標だったよね!?」
ティナの声が飛び、獣人の膂力を活かした鋭い踏み込みで1体の頭に片手剣を叩き込む!
「その通り。手を抜くなよ、ティナ」
「うん!」
ユートは木の上に腰を下ろし、腕を組んで見ていた。
動きに無駄がなくなってきた。バルトは状況判断が速くなり、ティナも身体の使い方が格段に良くなっている。
だが――
「……ティナ、左!」
ユートの声に即座に反応し、ティナが身を伏せた。
背後から回り込んだ1体のシルバーハウンドが襲いかかる瞬間――
ユートが手を一振り。
パチン、と小さく指を鳴らすと、火の玉が森の空気を裂き、獣の足元で炸裂した。
「ひゃっ!? ユートさん、ありがとう……!」
「見学って言ったけど、無傷で帰るのが一番だからな」
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証拠の耳を回収し、木陰で水を飲む3人。
「ちゃんと倒せた……剣術道場の成果、出てたかな」
「うん。俺から見ても、よく動けてた」
バルトも満足そうに拳を握る。
「ユートさんがいるって思っただけで、安心して戦えたよ」
「いや、次はもう少し離れて見る。お前らの“自信”をつけるのが目的だからな」
ふたりは顔を見合わせ、少し照れたように笑った。
【翌日・王都ギルド内】
依頼掲示板の前で、バルトとティナが次の依頼を物色していた。
そこへ、二人組の若い冒険者が近づいてくる。
「おい、そっちは……やっぱりあの獣人の子だな」
声をかけたのは、短剣を二本腰に差した、鋭い目つきの青年。年はバルトと同じくらい。
隣には、長い黒髪を三つ編みにした女性冒険者が控えている。
ティナが少し身構えたその時――
「昨日の戦い、見てたんだ。シルバーハウンド、見事だったな」
「えっ……あ、あの……ありがと……」
「剣筋も落ち着いてたし、動きに無駄がなかった。どこの隊に所属してるんだ?」
「えと、そ、所属はしてなくて……仲間と3人でパーティ組んでるの……」
青年は軽く目を細めて笑った。
「そっか。噂には聞いてたけど、実力は本物だな。名前、聞いていいか?」
「ティナ……です」
「俺はザイド。こっちはミリア」
女性の方が無言で頷く。
「……またどこかで、同行依頼とか組めるといいな」
そう言って、ザイドたちは去っていった。
「……すごい、ティナ。声かけられるなんて」
バルトが素直に驚いていた。
「わ、私もビックリ……。でも、ちょっと嬉しかった……かも」
ユートは少し離れた場所でそれを見て、口元を緩めた。
(仲間が“認められる”ってのは……やっぱり、いいもんだな)
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【数日後・王都ギルド本館】
朝のギルドは活気に満ちていた。
依頼掲示板の前では、冒険者たちが集まり、熱心に依頼書を吟味している。
ティナとバルトも、ユートに付き添われながら次の依頼を探していた。
「この辺の討伐依頼は、もう手慣れてきたな……そろそろ一段上の仕事でも」
「ちょ、ちょっと待って、いきなり難易度上げるのは……!」
そこへ、軽やかな足音が近づいてきた。
「よう。また会ったな」
振り向くと、ザイドが肩をすくめながら立っていた。
ミリアもその隣で、相変わらず無言のままだが、しっかりとこちらを見ている。
「お前たちにちょうどいい依頼があるんだ。うちのパーティだけじゃ少し荷が重くてな」
ユートがわずかに目を細める。
「内容は?」
「“古代遺跡の護送任務”。最近発見された遺跡に向かう調査隊の護衛だ。魔物の出現率が高くて、最低でも中級冒険者が複数必要って条件だった。俺とミリアだけじゃ不安でね」
「護衛か……戦闘だけじゃなく、警戒も大事になるな」
バルトが唸るように言う。
「俺たち、頼りにされてる……のかな」
ティナが不安と嬉しさの混じった声を漏らす。
「間違いなく、そうだろうな」
ユートが静かに微笑む。
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【依頼内容】
・目的:古代遺跡まで学術調査隊を護衛し、無事送り届ける
・場所:王都南東の山岳地帯、バルテア遺跡周辺
・期間:往復で3日間程度
・脅威:強化型オーガ、空を飛ぶ魔鳥、罠の可能性あり
・報酬:銀貨150枚/人+成果報酬あり
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「引き受けよう」
ユートの一言に、ティナとバルトが頷いた。
ザイドは満足げに笑う。
「助かる。あのティナとバルトが加わってくれるなら、百人力だ。……それに、あんたも来てくれるんだろ? “ユートさん”」
ユートは肩をすくめた。
「今回は護衛だからな。実戦もあるだろう。見守るだけってわけにはいかないかもな」
---
【バルテア遺跡への道中──1日目】
王都を出て、調査隊と共に南東の山岳地帯へと向かう一行。
ユート、バルト、ティナ、そしてザイドとミリアの5人に、護衛対象である学術調査隊3名が加わっていた。
道は険しく、時折崩れた岩道や、獣道のような細いルートもある。
「こっちに魔物の足跡……3日前のものだ」
バルトが膝をつき、地面に残された痕跡を指差す。
「読み取れるようになったな」
ユートが素直に感心する。
「へへ……ティナが教えてくれたんだよ、獣人ってこういうの得意なんだろ?」
「えっ!? わ、私、そんな大したこと……!」
ティナが慌てて耳を伏せるが、その仕草にミリアがくすっと笑った。
それに気づいたティナが、ぽかんとミリアを見つめる。
「……笑った、の……?」
「ごめん。可愛かったから、つい」
ミリアの声を聞いたのは、これが初めてだった。
ティナは驚きでしばらく固まったが、じわじわと頬を赤らめる。
「か、可愛いなんて……い、いきなり言わないで……!」
「ふふ、素直な子ね。……ちょっと、好きかも」
「えええええっ!?」
ティナが全力でバタつくその様子に、ザイドが吹き出し、バルトは首をかしげていた。
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【その夜・野営地】
焚き火の明かりのもと、ユートは少し離れた場所で、周囲の気配を探っていた。
(……風の流れが妙に乱れてる。何かが、この先に……)
夜の静けさの中、遠くで低く唸るような獣の声が聞こえた気がした。
ユートは火を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「明日は、警戒レベルを少し上げて進もう。遺跡周辺には“普通じゃない何か”がいる」
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【バルテア遺跡・到着】
山岳を抜け、岩場を越えた先に、その遺跡は現れた。
古びた石造りの柱が斜めに傾き、苔むした入口がぽっかりと開いている。
空気は重く、時折吹く風がヒュウ……と低く鳴る。
「……ここが“バルテア遺跡”……」
ティナが身を縮めてつぶやく。
「妙に静かだな……気味が悪い」
バルトも辺りを見回し、剣に手を添えている。
調査隊の学者たちは準備を整えると、すぐに入り口近くで作業を開始した。
石に刻まれた古代文字の写し取りや、魔力反応の計測など、それぞれが手慣れた動きを見せる。
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【夕方】
「……ひとり、いない?」
異変に最初に気づいたのは、ミリアだった。
調査隊の女性研究者――アレッサ博士が、姿を消していた。
「……さっきまで、ここで刻印を写してたはず……」
他の学者も青ざめた表情になる。
「まさか……中に?」
遺跡の内部に入るには、狭く急な石段を下りなければならない。
その先は“未調査エリア”であり、罠や魔物の危険性が高いとされていた。
ユートがすっと立ち上がる。
「俺が先行する。バルトとミリアが後衛、ザイドは警戒、ティナは……俺の横につけ」
「う、うんっ!」
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【遺跡内部・探索】
中はひんやりとしており、わずかに魔力の気配が漂っていた。
壁には古代の文様が浮かび上がり、床には微かな血の跡が続いている。
「これ……血……?」
ティナが顔をしかめる。
「浅い傷の量だ。怪我はしてるが、生きてる可能性が高い」
ユートの声は冷静だった。
しばらく進むと、薄暗い空間の中央――崩れた石碑の裏に、アレッサが倒れているのを発見した。
「いたっ! 博士、無事!?」
ティナが駆け寄ろうとしたその時――
グオォォォォォッ!!
唸り声とともに、天井から影が落ちてきた。
全身を黒い鱗に覆われた、三つ首の“ダーク・ハウンド”――!
「っ、下がれッ!!」
ユートが叫び、炎の壁を展開する。
天井から舞い降りた“ダーク・ハウンド”は、黒い鱗に覆われた異形の獣。
三つの頭がそれぞれ異なるタイミングで唸り声をあげ、赤く輝く瞳がユートとティナを睨み据える。
「ティナ、あいつの目を引け。左首が吐くのは毒の霧、注意しろ」
「う、うんっ……!」
ティナは気圧されながらも、決して怯まなかった。
片手剣を構え、足元を低く沈めて一気に駆け出す。
「こっちよっ!!」
鋭いステップで右側に回り込み、石の破片を蹴り上げて敵の視線を誘導する。
ダーク・ハウンドが三首をばらばらに動かし、咆哮と共にティナへと飛びかかろうとした瞬間――
「――《ウィンドスラスト》」
ユートの詠唱と共に、真横から圧縮された風刃が斬り込んだ。
中央の首の顎が弾かれ、体勢が崩れる。
「今だ、ティナ!」
「はっ!」
ティナは躊躇なく踏み込み、右首の目元を狙って剣を突き出した。
ガギィンッ!という硬質な音――だが鱗に弾かれ、刃が滑る。
「くっ……!」
すぐさま距離を取るティナ。だが、しっかり“痛み”は与えていた。
「鱗は硬いが、目と口元が甘い。ティナ、もう一度いけ。俺が隙を作る」
ユートは素早く両手を掲げた。
「――《フレイムバースト》《ストーンバレット》《スパイラルウィンド》!」
3属性の魔法を同時に展開、火球・岩弾・旋風が嵐のように押し寄せる。
ダーク・ハウンドが混乱し、三首がばらばらに動く。
ティナはその一瞬の隙を見逃さなかった。
「っ、ここだああああっ!!」
跳躍、そして垂直落下の斬撃――
彼女の剣が右首の目に突き刺さり、叫び声と共に黒い体がのたうった。
数秒後、ダーク・ハウンドは三首のうち二首を潰され、ユートの炎の槍によって完全に沈黙した。
ティナは肩で息をしながら、剣を納める。
「やった……わたし、ちゃんと戦えた……!」
「上出来だ」
ユートがそっと肩に手を置き、にっこりと笑った。
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ダーク・ハウンドの巨体が動かなくなったのを確認し、ユートは警戒を解かずに歩み寄った。
「……アレッサ博士、大丈夫ですか?」
崩れた石碑の裏、地面に倒れていた女性研究者が、かすかにうめいた。
「うぅ……ユートさん……? あ、あなたたち……」
目を開けた彼女は、頬に擦り傷を負い、体もあちこち泥にまみれていたが、命に別状はなさそうだった。
「すぐに外に出ましょう。立てますか?」
「……ちょっと、足が……」
右足首が腫れ上がっている。ひねったか、軽く骨にヒビが入ったかもしれない。
ティナが慌ててポーチからポーションを取り出しかけたが、ユートが制した。
「これは普通のじゃ治らない。俺が……」
ユートはそっと手をかざし、魔力を練る。
「《ヒール・ライト》」
淡い光がアレッサの足首を包み、じわじわと炎症が引いていく。完全には治らないが、歩ける程度にはなるはずだ。
---
ユートの肩を借り、アレッサはなんとか歩けるようになった。
一行は慎重に来た道を引き返し、遺跡の外へと戻っていく。
「……あの時、何かに呼ばれた気がしたの」
歩きながら、アレッサがぽつりと語った。
「気づいたら、足が遺跡の奥へ向かってて……我に返った時には、崩れた石に足を取られて……」
ティナとバルトが顔を見合わせる。
「呼ばれた……って、どういう意味だ?」
バルトが警戒するように訊くと、彼女はかぶりを振った。
「わからない……けど、あれは“魔物”じゃなく、“何かの意思”だった気がする……」
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遺跡の外で待機していた他の学者たちが、アレッサの無事を知って駆け寄ってくる。
「よかった、本当によかった……!」
「怪我は!? 生きていてくれて……!」
調査隊のリーダー格の初老の学者が、深々と頭を下げる。
「命の恩人です……本当に、ありがとうございました。報酬は……約束の銀貨とは別に、個人的に感謝の金貨を」
「気持ちだけで充分です」
ユートがすぐに断った。
代わりにティナとバルトが受け取り、彼女たちが照れくさそうに頭を下げた。
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命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
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※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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