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第2章
地球にて
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【王都・ユートの家】
仲間との夕食を終え、屋敷の夜は静かだった。
ティナは早めに自室へ、バルトは道場の復習をしているらしい。
ユートは書斎で一人、魔力を指先に集めながら、そっと「転移」の詠唱を口にした。
「……転移」
青白い光が足元を包み、視界が歪んだ。
【地球・榊 春都(さかき はると)の部屋】
転移の光が静かに収まると、そこは見慣れた都会の一室――
コンクリートの壁、パソコンの起動画面、そして静まり返った夜の空気。
「……ただいま、こっちの世界」
榊 春都は軽く息を吐き、魔力遮断袋に入れた上級ポーションと万能薬を、慎重に机の引き出しへしまった。
この世界では、魔法もポーションも“存在しない物”だ。扱いを間違えれば、ただの異物、あるいは――危険な何か。
彼はクローゼットからジャケットを取り出し、スーツスタイルに着替える。
姿見に映るのは、異世界で暴れ回った“ユート”ではなく、地球でひっそりと生きる“榊 春都”。
「……やるべきことは、まだまだある」
スマホを開く。
裏ルートからのメッセージ――《例の“薬”について、会って話したい》という連絡が来ていた。
---
【深夜・湾岸倉庫街】
倉庫街の片隅、外灯に照らされて薄暗いシャッター前。
榊 春都は、フードを深くかぶったまま、ゆっくりと倉庫の中に足を踏み入れた。
そこには、無精ひげの中年男と、無言で仁王立ちする屈強な男たちが二人。
部屋の隅には金属製のケースと、保冷用と思しき容器が無造作に置かれている。
「よく来てくれたな。……アンタが“薬”の売人か?」
榊は返事をせず、静かに椅子に腰を下ろす。
男が口元を歪める。
「さて、確認だ。俺の依頼人は“腕を失った元格闘家”だ。
実際に使えるもんなら――金は出す。だがその前に、一本見せてくれ」
榊は内ポケットから、魔力遮断袋に包まれた一本の上級ポーションを取り出し、無言で机の上に置いた。
淡い緑の光が瓶越しに浮かび、男の目が鋭く細まる。
「……本当に、これが“治す”ってわけか」
「見せるだけだ。渡さない。
この場で使う。俺の目の前で、だ」
榊の声は静かだったが、空気に重みが増した。
男の部下たちがわずかに警戒するように身構える。
「……随分、慎重なんだな。信用してねぇってことか?」
「この薬は“特別”だ。……信じてもらうのは構わないが、手にするのは“実際に使った人間”だけだ」
男は少し考え、やがて鼻を鳴らすように笑った。
「……いいだろう。こっちもそのつもりで、患者を連れてきてる。
すぐに用意する。だが名前くらいは聞いておこうか? 連絡も必要だろ」
榊は一瞬だけ沈黙し、立ち上がりざまに答える。
「榊だ」
それだけを残し、倉庫の奥へ歩いていく。
【倉庫内】
連れてこられたのは、右腕の肘から先を失った中年の男だった。
格闘家だったというその体には、筋肉の名残がまだあり、左手で瓶を受け取る指先にはわずかな震えがあった。
「……本当に、これを飲めば……?」
榊は頷く。
「半分を飲め。効果があれば……残りは自由にしていい。だが、それで治らなければ——無償だ」
男は逡巡したが、やがて決意を込めた目で瓶の封を開け、口に含んだ。
――数秒の沈黙。
その場にいた全員が、固唾を飲んで見守る中。
ピキ……ピキピキ……
空気が震えるような音とともに、男の右肘から、失われていた腕の骨が再構築されていく。
肉が盛り、筋が張り、皮膚が覆い――ほんの十数秒後、完璧な右腕がそこに現れた。
「……っ、動く! ……指が……! おい……! マジか……これ……!」
男は涙を流しながら右拳を握りしめ、そのまま両手を見比べていた。
その瞬間だった。
「……本物だ……!」
奥で見守っていた1人の若い男が、目を見開き、次の瞬間――
勢いよく榊へ向かって走り出す。
「そいつを奪えッ! 今ならまだ……!」
その叫びとともに、倉庫の空気が一気に張り詰めた。
別の男たちが椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、ポケットからナイフやスタンガンを取り出す。
「……はぁ……やっぱこうなるか」
榊はすでにポーションを内ポケットに戻していた。
同時に、わずかに右手を後ろに下げ、魔力の流れを解放する。
バシュッッ!!
一人が飛びかかる瞬間、榊の手から弾丸のように空気を裂く衝撃波――
“魔力による拳圧”が放たれ、男を数メートル吹き飛ばす。
「な、何だと……!? お、お前何者――!?」
その間に二人目が横からナイフで襲いかかるが、榊は滑るように後ろへ身を引き、
そのまま踵を突き上げるようにして、男の顎に一撃。
ドゴッ!
歯が飛ぶ音がして、二人目も壁に叩きつけられて沈黙した。
「もうやめろ!!」
先ほどまで笑っていた依頼主の男が、怒鳴り声を上げる。
「俺が呼んだ“ゲスト”に手を出すな!! 命が惜しけりゃ、黙って座ってろ!」
数人の裏組織の構成員が、表情をこわばらせて座り直した。
榊は再び無言でフードを被り、静かに言った。
「……次、こんな真似をしたら……本当に殺す」
その“気配”は、誰にでも分かるほどの圧。
そこにいた全員が、二度と逆らおうとは思えないほどだった。
---
【数日後・都内某所】
あの倉庫での騒動から、数日。
榊 春都は日常を装いながら、地道に異世界と地球を行き来し、ポーションの在庫や渡す相手を厳選していた。
“力を与える薬”という情報が独り歩きすることの危険性を、彼はよく知っている。
しかし、どこからか――情報は漏れた。
【場面転換・都内・薄暗いバー】
「……あの男、ありえねぇ薬を持ってるらしい。人間の腕が、生えるほどの“効き目”だとよ」
「マジか。で、どこで?」
「倉庫街の一件だ。中堅の組織が、やられたらしい。派手な戦闘だったみたいだが、痕跡はほとんど残ってねぇ」
黒ずくめの男たちが、静かに低笑を漏らす。
「そいつ、名前は?」
「まだ不明。だが――誰かが“榊”って呼んだらしい」
その瞬間、場の空気が変わる。
「榊……聞き覚えは?」
「いや、ねぇな。でも……名前が出ただけでも十分。そいつの顔が、これだ」
テーブルの上に、監視カメラのブレた切り抜き写真が置かれる。
帽子を深くかぶり、顔の半分以上を隠した男――榊 春都。
「足取りを追え。直接手は出すな。……“本物”なら、情報だけで金になる」
---
【同時刻・街を歩く榊】
日が落ちた街の裏通り。
榊 春都は静かに歩きながら、かすかな“気配”に気づいていた。
「……俺の名前が漏れた、か」
スーツのポケットに指を差し込みながら、榊はゆっくりと立ち止まる。
「尾けてるつもりだろうが……その足音じゃ、通用しない」
――その声は誰にも聞かせるものではなく、己に対する警告だった。
異世界と地球、その両方で戦ってきた男が、再び動き出す。
【深夜・都内 裏路地】
榊 春都は、あえて人気のない裏通りへと足を進めていた。
スマホを片手に、誰かと電話している“フリ”をしながら、耳は後方の足音を正確に捉えていた。
(……3人か。距離は10メートル圏内。交代で追ってきてるつもりか? 雑だな)
歩調を少しだけ早め、次の角で曲がる――と見せかけ、突然立ち止まり、コンクリ壁を背にして気配を消す。
足音が近づき、影が通り過ぎた瞬間――
ガッ
無言のまま、榊は背後から一人を壁に押し付け、首元に指を突きつけた。
その動きは音すら立てず、残りの二人が気づいた時にはすでに遅かった。
「動くな。お前らが尾けてきた理由を言え。命を落としたくなければな」
若い男は青ざめ、言葉を詰まらせる。
「……し、指示だよ……“榊”って名前が出たって、うちの組織の上が……“本物”か調べろって……!」
「“本物”って何の話だ?」
「……“腕を生やす薬”……実在するのかって。動画は回ってないけど、証言があって……裏の連中の間で噂になってんだよ……!」
榊は小さく舌打ちした。
(誰かがしゃべったか、もしくは患者本人の回復が周囲にバレたか……)
「で? お前らの組織、どこだ?」
男は一瞬、躊躇した。
「……“アルギル”って名前……港の古い冷凍倉庫を使ってる……でも、あそこは……!」
「助かった」
榊は声を低くすると、あっという間に男の意識を落とし、壁際に静かに横たえた。
残りの二人も、何が起きたのか分からないうちに沈められる。
数時間後――
榊は港近くの古い冷凍倉庫の屋根にいた。
下には不審な出入りを繰り返す車。
そして、内部に潜むのは噂に聞いた非合法組織“アルギル”。
(さて……本当に“危険視”され始めたってことだな)
榊はポケットから遮蔽結界を張る小さな魔道具(異世界の装備)を取り出し、夜の闇に溶けるように降りていった。
---
【深夜・港湾地帯・旧冷凍倉庫】
かつて水産品を保管していたと思われる古い冷凍倉庫は、今や「裏社会の隠れ家」として利用されていた。
外観は錆びた鉄の塊だが、内部には監視カメラ、武装警備、そして“何かを管理している”雰囲気があった。
榊 春都は、倉庫の裏手、窓も換気口も無い地点で、足音ひとつ立てずに壁に手を当てる。
(中に10人以上……監視カメラ3、警備は散発的だな。……外に気を取られている)
右手の指先が淡く輝き、【静音結界】を展開。気配と音を遮断したまま、通気ダクトから侵入する。
まず目指すのは「記録保管室」。
榊は、床を這うように移動し、数人の警備員を無力化しながら進む。
やがて、古びた木製のドアにたどり着く。
小型ナイフで簡易ロックを解除し、扉を開けると――そこは紙とデジタルが混在する管理室だった。
薬品のラベル、顧客リスト、メモ用紙。
棚の中には、「再生」「組成図」などと書かれた書類。
そしてパソコンの画面には、“PO-03”のラベルが表示されたファイル名が見えた。
(……このポーションを解析しようとしてたか。まさか、精製しようと?)
榊は一瞬の迷いもなく、魔力を込めた指先で、デジタルと紙媒体の両方に小さな魔法を放つ。
「【ディスラプト・エナジー】」
パチパチッと静電気のような火花が走り、パソコンは一瞬でブラックアウト。
書類棚からも、火花が走るようにして紙が黒く焼け落ちていく。
あっという間に、記録という記録が一切残らなくなった。
火災報知器が鳴り始め、建物全体に警報が響き渡る。
警備員たちが慌てて走り回り始める中、榊は気配を完全に遮断したまま上層階へと移動。
廊下に倒れる部下たちを見た幹部らしき男が怒鳴る。
「何者だ! 中に侵入者がいるぞ! 死体がないってことは……生きてる!? ふざけんな!!」
彼らの動揺と怒号を背後に、榊は屋上から軽やかに跳び降り、夜の波止場の闇に溶けていった。
翌朝、“アルギル”の拠点は壊滅した状態で発見される。
薬に関する記録は全て焼失、パソコンは破損、サーバーもショート。
何が起きたのか、組織内部すら把握できていなかった。
だが、幹部の一人がこう呟いた。
「……“榊”って名前……絶対、ただの人間じゃねぇ……」
仲間との夕食を終え、屋敷の夜は静かだった。
ティナは早めに自室へ、バルトは道場の復習をしているらしい。
ユートは書斎で一人、魔力を指先に集めながら、そっと「転移」の詠唱を口にした。
「……転移」
青白い光が足元を包み、視界が歪んだ。
【地球・榊 春都(さかき はると)の部屋】
転移の光が静かに収まると、そこは見慣れた都会の一室――
コンクリートの壁、パソコンの起動画面、そして静まり返った夜の空気。
「……ただいま、こっちの世界」
榊 春都は軽く息を吐き、魔力遮断袋に入れた上級ポーションと万能薬を、慎重に机の引き出しへしまった。
この世界では、魔法もポーションも“存在しない物”だ。扱いを間違えれば、ただの異物、あるいは――危険な何か。
彼はクローゼットからジャケットを取り出し、スーツスタイルに着替える。
姿見に映るのは、異世界で暴れ回った“ユート”ではなく、地球でひっそりと生きる“榊 春都”。
「……やるべきことは、まだまだある」
スマホを開く。
裏ルートからのメッセージ――《例の“薬”について、会って話したい》という連絡が来ていた。
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【深夜・湾岸倉庫街】
倉庫街の片隅、外灯に照らされて薄暗いシャッター前。
榊 春都は、フードを深くかぶったまま、ゆっくりと倉庫の中に足を踏み入れた。
そこには、無精ひげの中年男と、無言で仁王立ちする屈強な男たちが二人。
部屋の隅には金属製のケースと、保冷用と思しき容器が無造作に置かれている。
「よく来てくれたな。……アンタが“薬”の売人か?」
榊は返事をせず、静かに椅子に腰を下ろす。
男が口元を歪める。
「さて、確認だ。俺の依頼人は“腕を失った元格闘家”だ。
実際に使えるもんなら――金は出す。だがその前に、一本見せてくれ」
榊は内ポケットから、魔力遮断袋に包まれた一本の上級ポーションを取り出し、無言で机の上に置いた。
淡い緑の光が瓶越しに浮かび、男の目が鋭く細まる。
「……本当に、これが“治す”ってわけか」
「見せるだけだ。渡さない。
この場で使う。俺の目の前で、だ」
榊の声は静かだったが、空気に重みが増した。
男の部下たちがわずかに警戒するように身構える。
「……随分、慎重なんだな。信用してねぇってことか?」
「この薬は“特別”だ。……信じてもらうのは構わないが、手にするのは“実際に使った人間”だけだ」
男は少し考え、やがて鼻を鳴らすように笑った。
「……いいだろう。こっちもそのつもりで、患者を連れてきてる。
すぐに用意する。だが名前くらいは聞いておこうか? 連絡も必要だろ」
榊は一瞬だけ沈黙し、立ち上がりざまに答える。
「榊だ」
それだけを残し、倉庫の奥へ歩いていく。
【倉庫内】
連れてこられたのは、右腕の肘から先を失った中年の男だった。
格闘家だったというその体には、筋肉の名残がまだあり、左手で瓶を受け取る指先にはわずかな震えがあった。
「……本当に、これを飲めば……?」
榊は頷く。
「半分を飲め。効果があれば……残りは自由にしていい。だが、それで治らなければ——無償だ」
男は逡巡したが、やがて決意を込めた目で瓶の封を開け、口に含んだ。
――数秒の沈黙。
その場にいた全員が、固唾を飲んで見守る中。
ピキ……ピキピキ……
空気が震えるような音とともに、男の右肘から、失われていた腕の骨が再構築されていく。
肉が盛り、筋が張り、皮膚が覆い――ほんの十数秒後、完璧な右腕がそこに現れた。
「……っ、動く! ……指が……! おい……! マジか……これ……!」
男は涙を流しながら右拳を握りしめ、そのまま両手を見比べていた。
その瞬間だった。
「……本物だ……!」
奥で見守っていた1人の若い男が、目を見開き、次の瞬間――
勢いよく榊へ向かって走り出す。
「そいつを奪えッ! 今ならまだ……!」
その叫びとともに、倉庫の空気が一気に張り詰めた。
別の男たちが椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、ポケットからナイフやスタンガンを取り出す。
「……はぁ……やっぱこうなるか」
榊はすでにポーションを内ポケットに戻していた。
同時に、わずかに右手を後ろに下げ、魔力の流れを解放する。
バシュッッ!!
一人が飛びかかる瞬間、榊の手から弾丸のように空気を裂く衝撃波――
“魔力による拳圧”が放たれ、男を数メートル吹き飛ばす。
「な、何だと……!? お、お前何者――!?」
その間に二人目が横からナイフで襲いかかるが、榊は滑るように後ろへ身を引き、
そのまま踵を突き上げるようにして、男の顎に一撃。
ドゴッ!
歯が飛ぶ音がして、二人目も壁に叩きつけられて沈黙した。
「もうやめろ!!」
先ほどまで笑っていた依頼主の男が、怒鳴り声を上げる。
「俺が呼んだ“ゲスト”に手を出すな!! 命が惜しけりゃ、黙って座ってろ!」
数人の裏組織の構成員が、表情をこわばらせて座り直した。
榊は再び無言でフードを被り、静かに言った。
「……次、こんな真似をしたら……本当に殺す」
その“気配”は、誰にでも分かるほどの圧。
そこにいた全員が、二度と逆らおうとは思えないほどだった。
---
【数日後・都内某所】
あの倉庫での騒動から、数日。
榊 春都は日常を装いながら、地道に異世界と地球を行き来し、ポーションの在庫や渡す相手を厳選していた。
“力を与える薬”という情報が独り歩きすることの危険性を、彼はよく知っている。
しかし、どこからか――情報は漏れた。
【場面転換・都内・薄暗いバー】
「……あの男、ありえねぇ薬を持ってるらしい。人間の腕が、生えるほどの“効き目”だとよ」
「マジか。で、どこで?」
「倉庫街の一件だ。中堅の組織が、やられたらしい。派手な戦闘だったみたいだが、痕跡はほとんど残ってねぇ」
黒ずくめの男たちが、静かに低笑を漏らす。
「そいつ、名前は?」
「まだ不明。だが――誰かが“榊”って呼んだらしい」
その瞬間、場の空気が変わる。
「榊……聞き覚えは?」
「いや、ねぇな。でも……名前が出ただけでも十分。そいつの顔が、これだ」
テーブルの上に、監視カメラのブレた切り抜き写真が置かれる。
帽子を深くかぶり、顔の半分以上を隠した男――榊 春都。
「足取りを追え。直接手は出すな。……“本物”なら、情報だけで金になる」
---
【同時刻・街を歩く榊】
日が落ちた街の裏通り。
榊 春都は静かに歩きながら、かすかな“気配”に気づいていた。
「……俺の名前が漏れた、か」
スーツのポケットに指を差し込みながら、榊はゆっくりと立ち止まる。
「尾けてるつもりだろうが……その足音じゃ、通用しない」
――その声は誰にも聞かせるものではなく、己に対する警告だった。
異世界と地球、その両方で戦ってきた男が、再び動き出す。
【深夜・都内 裏路地】
榊 春都は、あえて人気のない裏通りへと足を進めていた。
スマホを片手に、誰かと電話している“フリ”をしながら、耳は後方の足音を正確に捉えていた。
(……3人か。距離は10メートル圏内。交代で追ってきてるつもりか? 雑だな)
歩調を少しだけ早め、次の角で曲がる――と見せかけ、突然立ち止まり、コンクリ壁を背にして気配を消す。
足音が近づき、影が通り過ぎた瞬間――
ガッ
無言のまま、榊は背後から一人を壁に押し付け、首元に指を突きつけた。
その動きは音すら立てず、残りの二人が気づいた時にはすでに遅かった。
「動くな。お前らが尾けてきた理由を言え。命を落としたくなければな」
若い男は青ざめ、言葉を詰まらせる。
「……し、指示だよ……“榊”って名前が出たって、うちの組織の上が……“本物”か調べろって……!」
「“本物”って何の話だ?」
「……“腕を生やす薬”……実在するのかって。動画は回ってないけど、証言があって……裏の連中の間で噂になってんだよ……!」
榊は小さく舌打ちした。
(誰かがしゃべったか、もしくは患者本人の回復が周囲にバレたか……)
「で? お前らの組織、どこだ?」
男は一瞬、躊躇した。
「……“アルギル”って名前……港の古い冷凍倉庫を使ってる……でも、あそこは……!」
「助かった」
榊は声を低くすると、あっという間に男の意識を落とし、壁際に静かに横たえた。
残りの二人も、何が起きたのか分からないうちに沈められる。
数時間後――
榊は港近くの古い冷凍倉庫の屋根にいた。
下には不審な出入りを繰り返す車。
そして、内部に潜むのは噂に聞いた非合法組織“アルギル”。
(さて……本当に“危険視”され始めたってことだな)
榊はポケットから遮蔽結界を張る小さな魔道具(異世界の装備)を取り出し、夜の闇に溶けるように降りていった。
---
【深夜・港湾地帯・旧冷凍倉庫】
かつて水産品を保管していたと思われる古い冷凍倉庫は、今や「裏社会の隠れ家」として利用されていた。
外観は錆びた鉄の塊だが、内部には監視カメラ、武装警備、そして“何かを管理している”雰囲気があった。
榊 春都は、倉庫の裏手、窓も換気口も無い地点で、足音ひとつ立てずに壁に手を当てる。
(中に10人以上……監視カメラ3、警備は散発的だな。……外に気を取られている)
右手の指先が淡く輝き、【静音結界】を展開。気配と音を遮断したまま、通気ダクトから侵入する。
まず目指すのは「記録保管室」。
榊は、床を這うように移動し、数人の警備員を無力化しながら進む。
やがて、古びた木製のドアにたどり着く。
小型ナイフで簡易ロックを解除し、扉を開けると――そこは紙とデジタルが混在する管理室だった。
薬品のラベル、顧客リスト、メモ用紙。
棚の中には、「再生」「組成図」などと書かれた書類。
そしてパソコンの画面には、“PO-03”のラベルが表示されたファイル名が見えた。
(……このポーションを解析しようとしてたか。まさか、精製しようと?)
榊は一瞬の迷いもなく、魔力を込めた指先で、デジタルと紙媒体の両方に小さな魔法を放つ。
「【ディスラプト・エナジー】」
パチパチッと静電気のような火花が走り、パソコンは一瞬でブラックアウト。
書類棚からも、火花が走るようにして紙が黒く焼け落ちていく。
あっという間に、記録という記録が一切残らなくなった。
火災報知器が鳴り始め、建物全体に警報が響き渡る。
警備員たちが慌てて走り回り始める中、榊は気配を完全に遮断したまま上層階へと移動。
廊下に倒れる部下たちを見た幹部らしき男が怒鳴る。
「何者だ! 中に侵入者がいるぞ! 死体がないってことは……生きてる!? ふざけんな!!」
彼らの動揺と怒号を背後に、榊は屋上から軽やかに跳び降り、夜の波止場の闇に溶けていった。
翌朝、“アルギル”の拠点は壊滅した状態で発見される。
薬に関する記録は全て焼失、パソコンは破損、サーバーもショート。
何が起きたのか、組織内部すら把握できていなかった。
だが、幹部の一人がこう呟いた。
「……“榊”って名前……絶対、ただの人間じゃねぇ……」
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