異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

モデル.S

文字の大きさ
61 / 114
第2章

地球にて

しおりを挟む
【王都・ユートの家】

 仲間との夕食を終え、屋敷の夜は静かだった。
 ティナは早めに自室へ、バルトは道場の復習をしているらしい。

 ユートは書斎で一人、魔力を指先に集めながら、そっと「転移」の詠唱を口にした。

 「……転移」

 青白い光が足元を包み、視界が歪んだ。


【地球・榊 春都(さかき はると)の部屋】

 転移の光が静かに収まると、そこは見慣れた都会の一室――
 コンクリートの壁、パソコンの起動画面、そして静まり返った夜の空気。

 「……ただいま、こっちの世界」

 榊 春都は軽く息を吐き、魔力遮断袋に入れた上級ポーションと万能薬を、慎重に机の引き出しへしまった。
 この世界では、魔法もポーションも“存在しない物”だ。扱いを間違えれば、ただの異物、あるいは――危険な何か。

 彼はクローゼットからジャケットを取り出し、スーツスタイルに着替える。
 姿見に映るのは、異世界で暴れ回った“ユート”ではなく、地球でひっそりと生きる“榊 春都”。

 「……やるべきことは、まだまだある」

 スマホを開く。
 裏ルートからのメッセージ――《例の“薬”について、会って話したい》という連絡が来ていた。


---

【深夜・湾岸倉庫街】

 倉庫街の片隅、外灯に照らされて薄暗いシャッター前。
 榊 春都は、フードを深くかぶったまま、ゆっくりと倉庫の中に足を踏み入れた。

 そこには、無精ひげの中年男と、無言で仁王立ちする屈強な男たちが二人。
 部屋の隅には金属製のケースと、保冷用と思しき容器が無造作に置かれている。

 「よく来てくれたな。……アンタが“薬”の売人か?」

 榊は返事をせず、静かに椅子に腰を下ろす。


 男が口元を歪める。

 「さて、確認だ。俺の依頼人は“腕を失った元格闘家”だ。
 実際に使えるもんなら――金は出す。だがその前に、一本見せてくれ」

 榊は内ポケットから、魔力遮断袋に包まれた一本の上級ポーションを取り出し、無言で机の上に置いた。

 淡い緑の光が瓶越しに浮かび、男の目が鋭く細まる。

 「……本当に、これが“治す”ってわけか」

 「見せるだけだ。渡さない。
 この場で使う。俺の目の前で、だ」

 榊の声は静かだったが、空気に重みが増した。
 男の部下たちがわずかに警戒するように身構える。

 「……随分、慎重なんだな。信用してねぇってことか?」

 「この薬は“特別”だ。……信じてもらうのは構わないが、手にするのは“実際に使った人間”だけだ」


男は少し考え、やがて鼻を鳴らすように笑った。

 「……いいだろう。こっちもそのつもりで、患者を連れてきてる。
 すぐに用意する。だが名前くらいは聞いておこうか? 連絡も必要だろ」

 榊は一瞬だけ沈黙し、立ち上がりざまに答える。

 「榊だ」

 それだけを残し、倉庫の奥へ歩いていく。

【倉庫内】

 連れてこられたのは、右腕の肘から先を失った中年の男だった。
 格闘家だったというその体には、筋肉の名残がまだあり、左手で瓶を受け取る指先にはわずかな震えがあった。

 「……本当に、これを飲めば……?」

 榊は頷く。

 「半分を飲め。効果があれば……残りは自由にしていい。だが、それで治らなければ——無償だ」

 男は逡巡したが、やがて決意を込めた目で瓶の封を開け、口に含んだ。

 ――数秒の沈黙。

 その場にいた全員が、固唾を飲んで見守る中。

 ピキ……ピキピキ……

 空気が震えるような音とともに、男の右肘から、失われていた腕の骨が再構築されていく。
 肉が盛り、筋が張り、皮膚が覆い――ほんの十数秒後、完璧な右腕がそこに現れた。

 「……っ、動く! ……指が……! おい……! マジか……これ……!」

 男は涙を流しながら右拳を握りしめ、そのまま両手を見比べていた。



 その瞬間だった。

 「……本物だ……!」

 奥で見守っていた1人の若い男が、目を見開き、次の瞬間――
 勢いよく榊へ向かって走り出す。

 「そいつを奪えッ! 今ならまだ……!」

 その叫びとともに、倉庫の空気が一気に張り詰めた。
 別の男たちが椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、ポケットからナイフやスタンガンを取り出す。


 「……はぁ……やっぱこうなるか」

 榊はすでにポーションを内ポケットに戻していた。
 同時に、わずかに右手を後ろに下げ、魔力の流れを解放する。

 バシュッッ!!

 一人が飛びかかる瞬間、榊の手から弾丸のように空気を裂く衝撃波――
 “魔力による拳圧”が放たれ、男を数メートル吹き飛ばす。

 「な、何だと……!? お、お前何者――!?」

 その間に二人目が横からナイフで襲いかかるが、榊は滑るように後ろへ身を引き、
 そのまま踵を突き上げるようにして、男の顎に一撃。

 ドゴッ!

 歯が飛ぶ音がして、二人目も壁に叩きつけられて沈黙した。



 「もうやめろ!!」

 先ほどまで笑っていた依頼主の男が、怒鳴り声を上げる。
 「俺が呼んだ“ゲスト”に手を出すな!! 命が惜しけりゃ、黙って座ってろ!」

 数人の裏組織の構成員が、表情をこわばらせて座り直した。

 榊は再び無言でフードを被り、静かに言った。

 「……次、こんな真似をしたら……本当に殺す」

 その“気配”は、誰にでも分かるほどの圧。
 そこにいた全員が、二度と逆らおうとは思えないほどだった。


---

【数日後・都内某所】

 あの倉庫での騒動から、数日。

 榊 春都は日常を装いながら、地道に異世界と地球を行き来し、ポーションの在庫や渡す相手を厳選していた。
 “力を与える薬”という情報が独り歩きすることの危険性を、彼はよく知っている。

 しかし、どこからか――情報は漏れた。


【場面転換・都内・薄暗いバー】

 「……あの男、ありえねぇ薬を持ってるらしい。人間の腕が、生えるほどの“効き目”だとよ」

 「マジか。で、どこで?」

 「倉庫街の一件だ。中堅の組織が、やられたらしい。派手な戦闘だったみたいだが、痕跡はほとんど残ってねぇ」

 黒ずくめの男たちが、静かに低笑を漏らす。

 「そいつ、名前は?」

 「まだ不明。だが――誰かが“榊”って呼んだらしい」

 その瞬間、場の空気が変わる。

 「榊……聞き覚えは?」

 「いや、ねぇな。でも……名前が出ただけでも十分。そいつの顔が、これだ」

 テーブルの上に、監視カメラのブレた切り抜き写真が置かれる。
 帽子を深くかぶり、顔の半分以上を隠した男――榊 春都。

 「足取りを追え。直接手は出すな。……“本物”なら、情報だけで金になる」


---

【同時刻・街を歩く榊】

 日が落ちた街の裏通り。
 榊 春都は静かに歩きながら、かすかな“気配”に気づいていた。

 「……俺の名前が漏れた、か」

 スーツのポケットに指を差し込みながら、榊はゆっくりと立ち止まる。

 「尾けてるつもりだろうが……その足音じゃ、通用しない」

 ――その声は誰にも聞かせるものではなく、己に対する警告だった。

 異世界と地球、その両方で戦ってきた男が、再び動き出す。

【深夜・都内 裏路地】

 榊 春都は、あえて人気のない裏通りへと足を進めていた。
 スマホを片手に、誰かと電話している“フリ”をしながら、耳は後方の足音を正確に捉えていた。

 (……3人か。距離は10メートル圏内。交代で追ってきてるつもりか? 雑だな)

 歩調を少しだけ早め、次の角で曲がる――と見せかけ、突然立ち止まり、コンクリ壁を背にして気配を消す。

 足音が近づき、影が通り過ぎた瞬間――

 ガッ

 無言のまま、榊は背後から一人を壁に押し付け、首元に指を突きつけた。
 その動きは音すら立てず、残りの二人が気づいた時にはすでに遅かった。

 「動くな。お前らが尾けてきた理由を言え。命を落としたくなければな」



 若い男は青ざめ、言葉を詰まらせる。

 「……し、指示だよ……“榊”って名前が出たって、うちの組織の上が……“本物”か調べろって……!」

 「“本物”って何の話だ?」

 「……“腕を生やす薬”……実在するのかって。動画は回ってないけど、証言があって……裏の連中の間で噂になってんだよ……!」

 榊は小さく舌打ちした。

 (誰かがしゃべったか、もしくは患者本人の回復が周囲にバレたか……)

 「で? お前らの組織、どこだ?」

 男は一瞬、躊躇した。

 「……“アルギル”って名前……港の古い冷凍倉庫を使ってる……でも、あそこは……!」

 「助かった」

 榊は声を低くすると、あっという間に男の意識を落とし、壁際に静かに横たえた。
 残りの二人も、何が起きたのか分からないうちに沈められる。




 数時間後――

 榊は港近くの古い冷凍倉庫の屋根にいた。
 下には不審な出入りを繰り返す車。
 そして、内部に潜むのは噂に聞いた非合法組織“アルギル”。

 (さて……本当に“危険視”され始めたってことだな)

 榊はポケットから遮蔽結界を張る小さな魔道具(異世界の装備)を取り出し、夜の闇に溶けるように降りていった。


---
【深夜・港湾地帯・旧冷凍倉庫】

 かつて水産品を保管していたと思われる古い冷凍倉庫は、今や「裏社会の隠れ家」として利用されていた。
 外観は錆びた鉄の塊だが、内部には監視カメラ、武装警備、そして“何かを管理している”雰囲気があった。

 榊 春都は、倉庫の裏手、窓も換気口も無い地点で、足音ひとつ立てずに壁に手を当てる。

 (中に10人以上……監視カメラ3、警備は散発的だな。……外に気を取られている)

 右手の指先が淡く輝き、【静音結界】を展開。気配と音を遮断したまま、通気ダクトから侵入する。



 まず目指すのは「記録保管室」。
 榊は、床を這うように移動し、数人の警備員を無力化しながら進む。

 やがて、古びた木製のドアにたどり着く。
 小型ナイフで簡易ロックを解除し、扉を開けると――そこは紙とデジタルが混在する管理室だった。

 薬品のラベル、顧客リスト、メモ用紙。
 棚の中には、「再生」「組成図」などと書かれた書類。
 そしてパソコンの画面には、“PO-03”のラベルが表示されたファイル名が見えた。

 (……このポーションを解析しようとしてたか。まさか、精製しようと?)



 榊は一瞬の迷いもなく、魔力を込めた指先で、デジタルと紙媒体の両方に小さな魔法を放つ。

 「【ディスラプト・エナジー】」

 パチパチッと静電気のような火花が走り、パソコンは一瞬でブラックアウト。
 書類棚からも、火花が走るようにして紙が黒く焼け落ちていく。

 あっという間に、記録という記録が一切残らなくなった。

 火災報知器が鳴り始め、建物全体に警報が響き渡る。


 警備員たちが慌てて走り回り始める中、榊は気配を完全に遮断したまま上層階へと移動。

 廊下に倒れる部下たちを見た幹部らしき男が怒鳴る。

 「何者だ! 中に侵入者がいるぞ! 死体がないってことは……生きてる!? ふざけんな!!」

 彼らの動揺と怒号を背後に、榊は屋上から軽やかに跳び降り、夜の波止場の闇に溶けていった。




 翌朝、“アルギル”の拠点は壊滅した状態で発見される。

 薬に関する記録は全て焼失、パソコンは破損、サーバーもショート。
 何が起きたのか、組織内部すら把握できていなかった。

 だが、幹部の一人がこう呟いた。

 「……“榊”って名前……絶対、ただの人間じゃねぇ……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...