異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第2章

グラヴェリス

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【数日後・とある日の午後】

 都内某所。榊 春都がいつものように“転移”のタイミングを見計らっていたとき――
 スマホに非通知番号からの着信があった。

 (……またどこかの裏組織のつもりか?)

 そう思いつつも、切らずに出る。

 『失礼いたします。榊 春都様でお間違いないでしょうか?』

 電話口の声は落ち着いていて、裏社会にありがちな粗暴さはまったくない。
 むしろ、企業の広報担当を思わせる丁寧な口調だった。

 『突然のご連絡、失礼いたします。私ども、医療研究企業《グラヴェリス・バイオテック》の者でございます。
 弊社では、革新的な“再生医療”に関する情報を収集しており、貴方様のお名前が一部資料に記録されておりました。』

 春都の眉がわずかに動いた。

 (グラヴェリス……聞いたことないが、話が早すぎるな。どう調べた?)

 『詳細は直接お会いしてご説明させて頂きたく、よろしければご都合の良いお時間を頂戴できないでしょうか?』


---

【その翌日・品川・タワービルの一室】

 指定された会議室は、誰もが知る大企業がテナントに入る高層ビルの上層階。
 明るい日差しと無機質なデザイン。まさに“クリーンな顔”を持つ企業のそれだった。

 春都が案内された部屋に入ると、グレーのスーツを着た中年の男が静かに迎える。

 「お越しいただきありがとうございます。私ども、《グラヴェリス》で“プロジェクト・セレス”を担当しております、**天城(あまぎ)**と申します」

 彼は名刺を差し出すも、春都は受け取らず、静かに席に座る。

 「……で、“俺の名前”がなぜそちらの資料に?」

 天城は小さく笑った。

 「実は、近年ごく限られたネット上で“特異な回復事例”が報告されており、そのすべてに“あなたの姿”が映り込んでいることがわかりましてね。
 我々は、あくまで正当な医療研究の立場から、ご協力をお願いしたいと考えております」


 「もちろん、報酬はご希望通りに。……ただし、我々は“国家とも連携している”組織です。
 無視する、という選択肢は現実的ではないかと」

 ――柔らかい物腰のまま、天城は**“後ろ盾の力”**を静かに匂わせてきた。

 榊 春都の表情は変わらない。だが内心、すでに冷静な分析が走っている。

 (この企業……ただの研究会社じゃない。背後に“国家機関”、あるいは軍事ルートが絡んでる可能性大)

 「……協力の内容は?」

 「あなたが保持している“試料”、あるいは“製造方法”を弊社にご提供いただきたい。
 目的は純粋な再生医療です。……ただし、拒否された場合、あなたの存在を“公的に把握”せざるを得ません」


---

春都は一度、椅子にもたれながら考える。
敵意は出してこない。だが、逃れられない網が張られ始めているのは明白だ。


---
【品川・グラヴェリス本社 高層会議室】

 榊 春都は、無言のまましばらく天城を見つめていた。
 その目には、曇りも揺らぎもない。

 「……断る」

 天城の眉がわずかに動いた。

 「……内容をまだ十分にお伝えしていないのですが?」

 「だからこそだ。今のお前らの言い方、それだけで十分だよ。“力を見せろ”って言ってるのと同じだ。
 国家と繋がってる? それで脅してくるような奴らに、俺が何か渡すと思うのか?」

 榊の声には威圧も怒りもない。ただ、氷のように静かで、強い意志を感じさせた。

 天城は口角だけで笑い、小さく息を吐いた。

 「……そうですか。では――また、別の機会に。
 我々は“交渉”が得意ですので。お気をつけて、お帰りください」

 春都は立ち上がり、名刺も手に取らずにそのまま部屋を後にした。


---

【エレベーター内】

 扉が閉まり、一人きりになった瞬間――

 榊は小さく呟いた。

 「……本物の“闇”は、きっとああいう“光の仮面”を被ってやって来るんだな」

 彼の中で、危険の天秤が明確に傾いた。


---

【その夜・別のビルの屋上】

 榊は、裏の連絡網を辿り、過去に一度だけ接点を持った“調査屋”に会っていた。
 地上に広がる東京の夜景を背に、細身のスーツ姿の青年が笑っている。

 「へぇ、グラヴェリスに断り入れたんだ。まあ、君ならそうすると思ったよ」

 「調べてくれ。あの企業の表も裏も。資本関係、提携先、怪しいプロジェクト――全部だ」

 「報酬は?」

 榊は何も言わず、異世界で手に入れたごく小さな赤い宝石を取り出して差し出す。

 青年の目が一瞬だけ鋭くなる。

 「……了解。数日時間をくれ」


---

【数日後】

 調査屋が持ってきた報告書は、厚みと中身の両方が重かった。

 ・グラヴェリス・バイオテックは、実質的に“国防系研究機関”と癒着
 ・その中にある「セレス計画」は、軍事応用を含む肉体再生研究
 ・過去に“消された研究者”の名前とともに、裏社会でポーションに類似したサンプルを追っている形跡あり
 ・表向きの慈善活動は全てカモフラージュで、実質は情報収集と被験者探索


---

榊は書類を閉じ、重く、深く息を吐いた。

 (……やっぱりな。これはもう、切り捨てるべき“関心”じゃない。排除対象だ)

 その瞳は、冷静に、だが確実に――次の手段を探り始めていた。


---
【数日後・都内・夜】

 コンビニの袋を片手に、榊 春都は何気ない様子で都心の裏路地を歩いていた。
 ――だが、彼の全身は、数分前から漂い始めた“異様な空気”に敏感に反応していた。

 (……やっぱり来たか)

 風が止まり、足音が消えた路地の奥。
 不自然な静けさの中、黒いバンが1台、無音で路肩に止まる。

 ――そして、開いたドアから、完全装備の武装集団が現れた。

 黒の戦闘服、ゴーグルにマスク。
 見た目はまるで軍用特殊部隊。


---

【強行作戦、開始】

 「目標確認。沈黙を維持。発砲許可はある」

 インカムの音が漏れたその瞬間――
 **フラッシュバン(閃光弾)**が路地に投げ込まれる。

 眩い光と轟音が辺りを包み、完全な混乱を生む……はずだった。

 しかし――

 榊は、既にいなかった。


---

【反撃】

 「いねぇ!? バカな、たしかにこの路地に――」

 「上だっ!!」

 仲間の叫びと同時に、電柱の上から降りてきた榊の膝が、一人の隊員の顔面を撃ち抜く。

 そのまま、両手に掴んだ金属製の棒で二人を連続で殴り倒す。

 「“特殊部隊”のつもりか。……手加減してやる理由はない」

 残りの三人が一斉に発砲。
 銃弾が榊の周囲をかすめ――しかし榊は、見切っていた。

 1発、2発、3発――すべてを体をひねってかわし、逆に至近距離から足払い、喉への手刀で無力化。


---

【現場制圧・車内探索】

 榊は黒バンの後部を開け、中を確認する。
 そこには、“拉致用”と思われる麻酔セット、拘束具、フルフェイスのマスクが揃っていた。

 ――完全に「回収前提」の作戦だったのだ。

 そして座席に置かれていたノートパソコンの画面には、
 【作戦名:SLEEPER / 対象:サカキ ハルト / 状況:極秘】の文字が並んでいた。


 人気のない高架下、夜風の中に立つ榊は、スマホを開いた。

 「……やはり、こうなるか」

 “国家とつながってる”という発言は、伊達じゃなかった。

 (これはもう、対話の余地はない)


【都内・港湾倉庫近く・深夜】

 “任務に失敗した兵士”というのは、例外なく焦りと恐怖に支配される。

 榊 春都は、3人のフル装備の兵士を――全員下着姿にして、背中合わせに縛りあげた。
 そこは倉庫裏の、目に付きにくい場所。だが、月光だけは容赦なく彼らの緊張に照りつけていた。

 兵士Aは目を逸らし、無言で唇を噛む。
 兵士Bは小さく震えながらも、榊の足音に反応するように背筋を正す。
 兵士Cは――もう諦めたような顔で目を閉じていた。

 榊は彼らの前にしゃがみ込む。
 目には何の感情もなく、ただ静かに口を開いた。

 「誰に命令された?」

 答えない。

 「……3秒やる。答えなければ、1人ずつ“順番に”やる。俺のやり方でな」

 榊が左手の指先で、地面を“コツン”と軽く叩く。
 その瞬間、空気にざわめきが走り――兵士Cの肩に小さな“火球”が浮かんだ。

 兵士C「っ……待って、待ってくれ! グラヴェリスだ! グラヴェリスの指示だ! 直接じゃない、仲介だ!」

 榊「……誰が仲介した?」

 兵士B「東新橋の“アルザ商会”! 企業のフリをしてる、実質はグラヴェリスの出先機関だ! 俺たちはそこから依頼された! 詳細は知らされてない!」

 兵士A「ただの搬送だって言われた……“無抵抗で捕獲できれば十分”って……!」

 榊は一瞬だけ目を伏せたあと、静かに立ち上がった。

 「――感謝する。生きて帰れるって、すごく幸運なことだ」

 3人はその言葉に一斉に息を吐いたが――

 榊は彼らに背を向けながら、魔力でロープをさらに固め、絶対に解けないように仕上げた。

 「警察に通報した。動くなよ。撃たれても知らんぞ」

 そして、無言で闇に消えた。


---

【そのまま移動・次の目的地】

 スマホを操作しながら、榊は低く呟いた。

 「……“アルザ商会”、か」

 その名前は、今回の調査では一度も表に出てこなかった“新しい駒”だった。

 彼の足取りは――次の“闇”を暴くため、静かに東新橋へと向かう。


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