異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第2章

カミラ

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【都内・風間の拠点 その翌日・昼】

 差し込む陽射しは柔らかく、街の喧騒は遠い。
 静まり返った一室の中、微かにベッドのシーツが揺れた。

 カーミラのまぶたが、ゆっくりと持ち上がる。

 「……ここは……?」

 ぼんやりとした視界に、白い天井とカーテンが映る。
 肌に触れる布は清潔で温かく、先ほどまでの冷たい感覚はない。

 「目、覚ましたか」

 ベッドの隣の椅子に腰掛けていた榊 春都が、短く声をかけた。
 カーミラは驚いたようにその方向を見る。だが、恐れる様子はない。ただ、混乱していた。

 「あなたは……誰……?」

 榊は、少しだけ迷ったように口をつぐんだ後、静かに答える。

 「榊 春都(さかき はると)。お前をあの場所から連れてきた」

 「……あの場所?」

 記憶の端で、白い部屋と冷たい器具の感触が蘇る。
 思い出すたび、無意識に体が強ばった。

 榊は、その様子を見て、声のトーンをさらに落とした。

 「もう大丈夫だ。誰もお前に触れない。もう二度と」

 カーミラの瞳が揺れる。疑っているのではない。
 “信じたい”という思いと、“信じてもいいのか”という戸惑い。

 「……わたし……どうして、生きてるの?」

 「誰かが……お前を道具にしようとした。それを止めた。理由はそれで十分だろ?」

 榊の言葉は、不器用で、でも真っ直ぐだった。
 それがカーミラの胸に静かに届く。

 「……ありがとう」

 その一言は、少しかすれた声だったが、確かに感謝のこもったものだった。

 榊は軽く頷くと、立ち上がった。

 「休め。体が回復するまで、ここにいればいい」

 「……うん」

 目を伏せたカーミラは、小さく頷いた。

 榊は部屋を出ようとし――ふと、振り返る。

 「名前、カーミラで合ってるか?」

 「……うん。そう呼ばれてた」

 「じゃあ、しばらく“カミラ”で通す。少し変わった名前にしておいた方が都合がいい」

 カーミラは、ふと、わずかに笑った。

 「わかった、カミラ……って、少し響きがやわらかいね」


---

扉が閉まり、部屋に再び静けさが戻る。

だが、カーミラの胸の奥には――ほんのわずかに灯った“希望”が残っていた。


---

【都内・風間の拠点・作戦室】

 午後――。
 カーミラが眠りについた後、榊 春都は小さな部屋の一角、風間の作戦室と呼ばれているスペースにいた。

 資料が並ぶ棚、張り巡らされたホワイトボード、そして壁一面のモニター。
 そこで風間は、無言で何かのレポートを読み込んでいた。

 「……今、少し時間いいか?」

 榊が声をかけると、風間は手を止め、資料を放るように置いた。

 「来ると思ったよ。カーミラが目を覚ましたってことは、そっちは一区切りか」

 「ああ。まだ完全じゃないが……ひとまず落ち着いた」

 榊は風間の向かいに腰を下ろし、真剣な眼差しを向けた。

 「今は、まだ“点”だ。だが、このまま放っておけば“線”になる。あの施設のバックがどこなのか、追いたい」

 風間は目を細め、テーブルの隅に積まれたフォルダをトントンと叩いた。

 「実はな――」

 そう言って、1枚の写真を榊に滑らせる。
 白衣を着た研究員風の男。だが、その隣に写るのは、政治家や医療財団の関係者らしき人物たちだった。

 「“グラヴェリス”という民間医療研究団体……だが、裏では“人体改造”や“人間兵器”の噂もある。あの施設、そこに繋がってる可能性がある」

 「地球の“こっち側”の話か……?」

 「正確には、複数の国籍が絡んだ“非合法研究ネットワーク”だ。世界のどこにでも手を伸ばしてる。資金源も豊富だし、潰しても別の芽が出てくる」

 榊は短く息をついた。

 「俺がやったこと、もうバレてるか?」

 「……限りなく黒に近いグレー。でも、直接名指しはされてない。むしろ“何者かの特殊部隊”ということになってる」

 「……あの程度で?」

 「逆にお前レベルの化け物が1人で来たとは思われてねぇってことだ」

 榊は静かに笑った。わずかに、皮肉混じりに。

 「だがいずれ、俺の正体にも近づいてくる」

 「その時は――どうする?」

 榊は真っ直ぐに風間を見た。

 「その時は、敵も味方も全て蹴散らす。それまでに、守るものは守れるようにしたい」

 風間は目を細め、満足そうに頷いた。

 「……いい顔になったな、榊」

 「茶化すな」

 2人は短く笑い合い、次の一手に向けて動き出す――。


---

風間は榊をまっすぐ見据え、ゆっくりと口を開いた。

 「……なあ、榊。ずっと聞きたかったんだが」

 榊は目だけを向けて、応じる。

 「なんだ」

 「お前……人間じゃねぇだろ?」

 沈黙。
 ふざけているように聞こえたが、風間の声には真剣味があった。

 「常識じゃ測れねぇ動き、筋力、反応速度、気配の消し方。人間じゃ無理だ。特殊部隊出身ってだけで説明できるもんじゃない」

 榊はしばらく黙っていたが、やがて低く息を吐いた。

 「……風間」

 「ん?」

 「お前を信頼して話す。外には絶対に漏らすな。命に関わる」

 「……お、おう。マジか」

 榊は静かに立ち上がり、ブラインドを閉め、外の音を遮断してから、ソファに戻った。

 そして――

 「俺は、異世界に通じる“転移魔法”を使える。向こうには魔法も魔物もいて、修行すれば人間は限界を超える。俺はそっちで訓練を積み、レベルを上げ、魔力とスキルを手に入れた。それで、今の強さがある」

 ……沈黙。

 風間は眉をしかめて榊をじっと見つめた。
 そして、ふっと肩を揺らして笑い始めた。

 「……は? いやいやいや、なにそれ。異世界? レベル? ステータス? 魔法? 榊、お前疲れてんだろ? 少し寝ろって。な?」

 「マジだ」

 「やめろって!“俺は実は異世界の勇者でした!”ってラノベかよ!」

 榊の目は真剣そのものだが、風間は腹を抱えて笑い出した。

 「っくはは! いやー……あー、ちょっと今の録音しときゃよかった。風間史上、最高にファンタジーな告白だったわ」

 「……信じてないな」

 「当たり前だろ。異世界? 魔法? だったら今ここで火の玉でも飛ばしてみろよ」

 榊はゆっくりと立ち上がり、手を掲げかけて――すぐに下ろした。

 「……信じないのはいい。だが、何か起きた時、“俺にだけは頼れ”」

 風間はふぅと息をつき、目を細めた。

 「ま、冗談にしては面白かった。でも安心しろ、お前のことは信用してる。理由は何であれ、あの力が味方にあるってだけで十分だ」

 榊はそれ以上何も言わず、背もたれに体を預けた。
 “これでいい”と思いながらも、心のどこかに小さな警戒が残っていた。


---
【都内・風間の拠点・深夜】

 カミラの眠る部屋。微かに息遣いは穏やかで、顔色も悪くない。
 だが――彼女が抱えていた“見えない問題”は、まだ榊にも分からなかった。

 榊はベッドの脇に風間を呼び寄せ、小さなガラス瓶を差し出す。

 「これを飲ませてやってくれ。万能薬だ」

 「……またかよ。今度は“万能薬”ってか」

 風間は瓶を受け取りながら、呆れ顔を見せた。

 「言っておくが、どんな病気でも治る。再起不能なダメージも、器官の欠損も――例外じゃない」

 「……はいはい。すごいね。もうファンタジーじゃなくて、チートだな」

 「信じてなくても構わない。だが、何かあった時、頼れるのはこれだ」

 榊はそれだけ言って、風間に背を向けた。

 「おい、まさか今から――」

 「戻る。やることがある」

 「……あの薬のことも、俺の想像を超えてるのは間違いない。でも、いくらなんでも“万能”ってのは、さすがに嘘くさ……」

 風間が思考を巡らせている間に、榊の姿は音もなく気配すら残さず、室内から消えていた。


---

【異世界・王都郊外・ユートの家】

 静かな夜。見慣れた石造りの玄関の前に、榊――いや、ユートが転移で現れる。

 「……ただいま」

 誰にも聞こえない独り言を呟き、扉を開ける。

 中では家政婦のミリアが掃除を終えたばかりで、深夜にも関わらず小さなランプの灯がゆらゆら揺れていた。

 ユートは一息つく間もなく、再び異世界での活動の準備に取りかかる。


---
【都内・風間の拠点・翌朝】

 カミラの部屋は、まだ朝の光が淡く差し込む静けさに包まれていた。
 風間は、ソファの上で薄く目を開ける。昨夜は榊の話が頭から離れず、ほとんど眠れなかった。

 ふと、ポケットに手を入れると――昨日渡された小さなガラス瓶が手の中にあった。

 「……これが“万能薬”ねぇ……」

 ラベルもなく、ただ透き通った液体が入っているだけの薬。
 怪しさは満点だ。けれど、榊があれほど真剣だったのも確かだった。

 風間は立ち上がり、ベッドのカミラを見下ろした。

 彼女はまだ眠っていたが、額にはわずかな汗。顔はほんのり赤く、寝苦しそうな表情を浮かべていた。

 「……ま、万が一ってこともあるしな。仮に“効かない”としても……“害”がなけりゃいいか」

 そう自分に言い聞かせ、瓶の蓋を外す。

 「飲めるか? カミラ」

 カミラはわずかに目を開けた。ぼんやりと、風間の顔を見上げる。

 「……のど、かわいた……」

 「ちょうどいい。ちょっと変わった薬だけど……榊からのだ。飲んでみな」

 風間は慎重にカミラの頭を起こし、万能薬を一口ずつ口に運ぶ。
 カミラは何も疑わずにそれを飲み干した。

 ――数秒後。

 「……あつ、い……?」

 カミラが眉をひそめ、胸元を押さえた。
 その身体の内側で、何かが蠢くように動き始めていた。

 「お、おい……?」

 風間が身を乗り出すと、カミラの全身に、わずかに光の粒が浮かび上がった。
 血流が一気に活性化し、呼吸が整い、心拍が安定していく。

 「……え……? 軽い……体が、軽い……!」

 まるで何かに縛られていたものが、すべて解き放たれたような声。
 カミラは目を大きく開き、ベッドの上で起き上がった。

 「風間さん……! 私……!」

 「お、おい……ちょ、待てって……マジかよ……お前、昨日までほとんど動けなかったじゃねえか……」

 カミラの顔には、赤みもなく、肌には明らかに“健康”そのものの色が戻っていた。

 風間は、その光景を前にして、ゆっくりとソファに腰を落とした。

 「……マジだったのかよ……榊の野郎……」

 彼が静かに天井を見上げると、その瞳には確かな“動揺”と“驚愕”、そして――少しの“怖れ”が滲んでいた。


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