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第2章
異世界にて
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【三日後・王都 ゼネの研究室】
指定された三日目の午後。ユートが研究室を訪れると、部屋の中には薬草の香りと、わずかに焦げたような匂いが混ざっていた。
「来たか。仕上がってるぞ」
ゼネが目の下に軽くクマを作りながらも、どこか誇らしげに瓶を並べる。
机の上には、琥珀色に輝く《上級ポーション》が30本、そして淡く光を放つ透明な《万能薬》が3本、丁寧に木箱に詰められていた。
「手間はかかったが、満足できる出来だ。万能薬のほうは……少し冷暗所で保管するんだな」
「分かった。ありがとう。助かる」
金貨180枚を手渡し、丁重に礼を述べて研究室を後にするユート。
屋敷に戻り、素材と薬を保管して一息ついたところで――
屋敷の扉が控えめにノックされた。
「失礼します。ギルドより使いの者です。至急、ユート様にお届けするようにとのことでした」
家政婦のミリアが手渡したのは、封蝋のされた文書。ギルド本部印が押された重厚な紙だった。
---
【王都ギルド 本部室】
王都のギルド本部。その重厚な扉の奥にある応接室へと通されたユートは、ギルド幹部のひとり、初老の男性と向かい合っていた。
銀髪に厳つい顔立ち。だが、その目には迷いと切実さがにじんでいた。
「ユート君……この件、私個人からの話として聞いてほしい」
ギルドの重役である彼が、まっすぐにユートの目を見据えながら話を切り出す。
「……グレイス伯爵から、少し前に聞いたんだ。グラズの娘を、あんたが“ある薬”で治したってな」
ユートは表情を変えなかった。ただ、ゆっくりと腕を組み、静かに頷いた。
「そうか……やっぱり、あんたか。安心したよ」
「……他言は?」
「するわけない。伯爵にも、黙っておけと言われてる。私からも口外はしないと誓う。……そのうえで、頼みがある」
重役は一枚の紙を差し出した。それは、王都から南にある小村の情報だった。
「この村にいる女性だ。数年前に事故で両脚を失って以来、寝たきりでな。もうどんな治療も効果がなかった」
ユートはじっと目を伏せ、しばし黙考した。
「俺は……医者じゃない。だけど、その薬が効くかもしれない。確実な保証はできない」
「わかってる。それでも……もしあの娘が、もう一度立てるなら……どれだけの人間が救われるか……」
机の下、彼の拳は震えていた。
それが、個人的な感情から来るものであることは、すぐにわかった。
「……行ってみるよ。俺にできることならな」
「……ありがとう。本当にありがとう。報酬は、ギルド個人枠で用意させてもらう。だが、それ以上に……私は、あの子の未来を買いたい」
その言葉に、ユートは軽く微笑んでうなずいた。
「俺のことも、薬のことも……できれば忘れてくれ」
「約束しよう。あんたの秘密は、俺の胸の中だけにしまっておく」
---
【王都南部・小さな村】
王都から南へ馬車で半日。広がる田畑と、のどかな景色の中にある小さな村。
ユートはギルドの案内人と共に、ひときわ静かな一軒の家を訪れていた。
「……ここです。ミレーヌさんという村長の娘さんでして。数年前の事故で両脚を失って以来、ずっと寝たきりで……」
案内人の言葉に軽く頷き、ユートは扉を叩く。
出てきたのは優しげな中年女性で、彼女が丁寧にユートを室内へと招いた。
奥の部屋。差し込む日差しの中、白い寝具の上で少女が静かに横たわっていた。
年は二十歳前後。やせ細った身体に、憂いを帯びた瞳――だが、その瞳だけは力を失っていなかった。
「こんにちは。俺はユート。少し変わった薬を持ってきた。もしかしたら……君の脚を、もう一度動かせるかもしれない」
ミレーヌは驚いたように目を見開いたが、すぐにゆっくりと頷いた。
希望を抱くにはあまりに長い時間が経っていた。その中でようやく届いた、かすかな光。
ユートは腰のポーチから、小瓶を取り出す。
淡く琥珀色に光る液体――それが、《上級ポーション》。
「この薬は、普通の治癒薬とは違う。深い傷や病、失ったものさえ癒す力がある。完全ではないが、可能性はある」
ミレーヌの母が息を呑み、そっと娘の背を支える。
ユートは瓶の蓋を開け、慎重にミレーヌの口元に近づけた。
「……じゃあ、いくぞ」
一滴、また一滴。液体がゆっくりと喉を伝って落ちていく。
次の瞬間――ミレーヌの身体が、かすかに震えた。
「……ん……熱い……身体の中が……なにか、動いてる……!」
脚――長年動かなかった、存在すら忘れかけていたそれが、びくりと反応する。
「……嘘……指が、……動いてる……!」
周囲の誰もがその瞬間を見逃さなかった。
毛布の下、脚が明らかに力を取り戻し、筋肉が、関節が、生まれ変わるように動き出していた。
「ミレーヌ……!」
母親が泣き出す中、ミレーヌは震える声で言った。
「立って……みても、いいですか……?」
ユートは、にっこりと笑いながら頷いた。
「無理はするな。でも……ゆっくりなら、きっとできるさ」
支えられながら、ミレーヌは数年ぶりに足の裏で床を感じた。
一歩――そして、もう一歩。
「……立ってる……私、ほんとに……!」
家の中に歓声と涙が溢れた。
案内人が黙ってユートに深く頭を下げた。
---
【その夜・帰路】
ユートは村を後にしながら、静かに夜空を仰いだ。
「上級ポーション……こんな使い方なら、いくらでもしてやりたいな」
それがまた、誰かの希望になるなら――
ユートはそっとポーチの中に残る瓶に手を添え、王都への帰路についた。
---
【王都・ライネル商会 応接室】
「……で、万能薬の方はどうだった?」
その言葉に、ライネルと執事の男が顔を見合わせた。
一瞬の間のあと、ライネルが口を開く。
「はい。先日お預かりした万能薬、1本……実は、すでに売れました」
「……売れた?」
「はい。王都北部に屋敷を構えるエステール侯爵家が買い求めました。
重病の奥方が長年病に伏せていたのですが、“いかなる病でも癒やす可能性がある薬”として紹介したところ……即決で、金貨五万枚での取引となりました」
「……五万枚」
ユートは思わず眉をひそめた。
「そんな額で買ってくれるのか」
「“もし本当に治るなら、安い”とまで言っていました。しかも……結果として、治癒は成功したようです」
「……成功?」
「ええ、信じられないほど劇的に回復したとのことで、貴族間では今“噂”になりつつあります」
ライネルが笑みを浮かべて続ける。
「とはいえ、万能薬は上級ポーションとは格が違う。あれは下手に出回らせない方がいい」
ユートは少し考えてから、静かに頷いた。
「……なら、しばらくは少量ずつ……だな。今はまだ目立ちたくない」
---
【王都・ユートの家 早朝】
空が白み始めた頃、ユートは静かに荷物をまとめていた。
窓の外では、まだティナとバルトが静かに眠っている気配がある。
食卓の上に、書き置きを一枚残しておいた。
──数日で戻る。少し遠くへ行ってくるだけだ。
訓練は忘れずに。戻ったら、また一緒に依頼を受けよう。
「……よし、行くか」
深呼吸をひとつ。
ユートは【魔大陸】に転移した。
---
【魔大陸・瘴気の谷】
地を這うように広がる黒い霧。空は常に曇り、どこかざらついた空気が漂っている。
その中でも、命樹の芽は――確かに、根元で小さく輝いていた。
「……あった」
前回よりも瘴気は濃く、視界も悪い。
だがユートは前回の経験を活かし、慎重に周囲の魔力反応を探っていた。
「魔物の気配……複数。囲むように動いてるな」
草を踏み鳴らすような足音が近づく。獣型の魔物――《ナイトストーカー》。
漆黒の体毛と異様に長い前肢。三体が姿を現し、低く唸る。
「……まぁ、来るよな」
ユートは魔力を解放することなく、素早く腰を落とし、魔法陣を構築。
【ストーンバレット】を連射し、先頭の1体の膝を砕いた。
その隙に【ウィンドカッター】を重ね、体勢を崩した後ろ2体の首を断つ。
地面に倒れた魔物を見下ろしながら、小さく呟いた。
「……強化魔法なし、魔力も抑えた状態……これなら調整しながら狩れるな」
その後、瘴気の谷を抜け、命樹の芽を6つ入手。
魔法袋にしまい、休む間もなく次の目的地へ――。
---
【魔大陸・黙滅の谷】
ここはさらに危険なエリア。死した魔物の魔力が濃密に漂い、空気自体が重い。
だが、ここには“命の核石”が眠っている。
「前よりも……魔力の流れが不安定だな」
空間に歪みすら感じる。
慎重に進むユートの前に、全身を岩のような鱗で覆った巨大な魔物が姿を現す。
《マグ・トラッグ》。
かつての戦いでも苦戦した個体であり、今目の前にいるのはそれよりも一回り大きい。
「……やるか」
魔力の指輪を外す。抑えていた力が一気に溢れ出す。
ユートは拳を握りしめ、空中に複数の魔法陣を展開。
火、水、風、土――属性を重ねた魔法を次々に放ち、魔物の動きを封じる。
【マルチ・ストーンバレット】
【トルネードスパイク】
【トリプル・ファイアボール】
連続で放たれる弾幕に押され、巨体の魔物はついに膝をついた。
最後に、【ウォーターカッター】を一点集中で放ち、首筋の装甲を切り裂いた。
魔物が崩れ落ちると、その背後の岩陰に、小さく光る“結晶”があった。
──命の核石。
「……見つけた」
苦戦の末、命の核石を4つ確保。
回収後、ユートは魔法袋を閉じ、転移の構えをとった。
「帰るか。これでまた、誰かを救える」
---
【王都・ゼネの研究室】
王都の裏通りに佇む錬金術師ゼネの工房。
魔大陸から戻ったユートは、素材を詰めた魔法袋を肩にかけ、扉を叩く。
「おお、来たかユート君。入れ入れ、いいタイミングだ」
ゼネはいつもどおり白衣姿で、薬草と金属の匂いをまといながら迎え入れた。
作業台には、先に依頼していた【上級ポーション】と【万能薬】の瓶が並んでいた。
「完成したのか?」
「うむ。上級ポーション30本、万能薬は5本。どれも最高の出来だ。素材の質が良いからな」
ユートは魔法袋から、追加の素材を取り出して机に並べた。
「こっちが今回の分。命樹の芽が6つ、命の核石が4つ。追加で頼む」
「ふむふむ……これなら、上級ポーション60本、万能薬4本は確実に作れるな。数日はかかるが、問題ない」
ゼネが手際よく素材を仕分ける様子を見ながら、ユートは革袋を差し出す。
「それと、報酬。金貨300枚で」
「……ほう、今回はずいぶんと弾むな?」
「これだけの手間を考えれば安いくらいさ。それに、あんたの腕前にも感謝してる」
「ふふ、口がうまいな。では、ありがたく受け取っておこう」
ゼネは袋を手に取り、手慣れた様子で枚数を確認すると、柔らかく頷いた。
「素材は申し分ないし、作り甲斐もある。完成したらすぐ知らせよう」
「頼んだ」
---
【ポーション製作状況】
完成済:
上級ポーション × 30本
万能薬 × 5本
新たな素材:
命樹の芽 × 6(→ 上級ポーション60本分)
命の核石 × 4(→ 万能薬4本分)
完成予定:数日後
報酬:金貨300枚
【王都・ライネル商会 応接室】
王都の中心部に位置する、格式高いライネル商会。
ユートは革製の頑丈なケースを携え、応接室へと通された。
部屋の奥には、ライネル・ロッセ商会長が静かに紅茶を口にしていた。
その佇まいは落ち着いており、実務家としての気品と理知を感じさせる。
「今日は、納品にきた。」
ユートがケースをテーブルに置くと、ライネルは柔らかく微笑んだ。
「いえ、わざわざありがとうございます、ユート様。どうぞ、そちらへ」
ライネルの物腰は丁寧で、威圧感のない洗練された敬語が自然に耳に入る。
ユートがケースの留め具を外すと、丁寧に並べられたポーションの瓶が姿を現した。
「上級ポーション20本と、万能薬3本。状態は万全。冷却加工も施してある」
「……素晴らしい出来栄えです。薬師ギルドと協力し、品質チェックは万全を期して対応いたします。価格の設定は以前と同様でよろしいですか?」
「任せるよ。信頼してる」
ライネルは頷き、傍に控える書記に目配せして控えを記入させた。
続けて、ユートはもう一つの話題を口にする。
「それと、もうひとつお願いがある」
「はい。どうぞおっしゃってください」
「“魔力制限の指輪”、それもできれば呪い付きのものを探してほしい」
ライネルの表情がわずかに動いた。
「……なるほど。魔力の暴走や過剰出力を抑えるための措置、という理解でよろしいでしょうか?」
「そう。強力な魔法職が、あえて自分に枷をかけて制御の訓練をしたい時に使うやつだ。……できれば、物理的に外せないタイプがいい」
「呪い系の魔道具は流通が限られておりますが……当商会の裏ルートを使えば、可能性はあります。少々お時間を頂ければ、探してみましょう」
「頼む」
「かしこまりました。見つかり次第、速やかにご連絡いたします」
---
指定された三日目の午後。ユートが研究室を訪れると、部屋の中には薬草の香りと、わずかに焦げたような匂いが混ざっていた。
「来たか。仕上がってるぞ」
ゼネが目の下に軽くクマを作りながらも、どこか誇らしげに瓶を並べる。
机の上には、琥珀色に輝く《上級ポーション》が30本、そして淡く光を放つ透明な《万能薬》が3本、丁寧に木箱に詰められていた。
「手間はかかったが、満足できる出来だ。万能薬のほうは……少し冷暗所で保管するんだな」
「分かった。ありがとう。助かる」
金貨180枚を手渡し、丁重に礼を述べて研究室を後にするユート。
屋敷に戻り、素材と薬を保管して一息ついたところで――
屋敷の扉が控えめにノックされた。
「失礼します。ギルドより使いの者です。至急、ユート様にお届けするようにとのことでした」
家政婦のミリアが手渡したのは、封蝋のされた文書。ギルド本部印が押された重厚な紙だった。
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【王都ギルド 本部室】
王都のギルド本部。その重厚な扉の奥にある応接室へと通されたユートは、ギルド幹部のひとり、初老の男性と向かい合っていた。
銀髪に厳つい顔立ち。だが、その目には迷いと切実さがにじんでいた。
「ユート君……この件、私個人からの話として聞いてほしい」
ギルドの重役である彼が、まっすぐにユートの目を見据えながら話を切り出す。
「……グレイス伯爵から、少し前に聞いたんだ。グラズの娘を、あんたが“ある薬”で治したってな」
ユートは表情を変えなかった。ただ、ゆっくりと腕を組み、静かに頷いた。
「そうか……やっぱり、あんたか。安心したよ」
「……他言は?」
「するわけない。伯爵にも、黙っておけと言われてる。私からも口外はしないと誓う。……そのうえで、頼みがある」
重役は一枚の紙を差し出した。それは、王都から南にある小村の情報だった。
「この村にいる女性だ。数年前に事故で両脚を失って以来、寝たきりでな。もうどんな治療も効果がなかった」
ユートはじっと目を伏せ、しばし黙考した。
「俺は……医者じゃない。だけど、その薬が効くかもしれない。確実な保証はできない」
「わかってる。それでも……もしあの娘が、もう一度立てるなら……どれだけの人間が救われるか……」
机の下、彼の拳は震えていた。
それが、個人的な感情から来るものであることは、すぐにわかった。
「……行ってみるよ。俺にできることならな」
「……ありがとう。本当にありがとう。報酬は、ギルド個人枠で用意させてもらう。だが、それ以上に……私は、あの子の未来を買いたい」
その言葉に、ユートは軽く微笑んでうなずいた。
「俺のことも、薬のことも……できれば忘れてくれ」
「約束しよう。あんたの秘密は、俺の胸の中だけにしまっておく」
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【王都南部・小さな村】
王都から南へ馬車で半日。広がる田畑と、のどかな景色の中にある小さな村。
ユートはギルドの案内人と共に、ひときわ静かな一軒の家を訪れていた。
「……ここです。ミレーヌさんという村長の娘さんでして。数年前の事故で両脚を失って以来、ずっと寝たきりで……」
案内人の言葉に軽く頷き、ユートは扉を叩く。
出てきたのは優しげな中年女性で、彼女が丁寧にユートを室内へと招いた。
奥の部屋。差し込む日差しの中、白い寝具の上で少女が静かに横たわっていた。
年は二十歳前後。やせ細った身体に、憂いを帯びた瞳――だが、その瞳だけは力を失っていなかった。
「こんにちは。俺はユート。少し変わった薬を持ってきた。もしかしたら……君の脚を、もう一度動かせるかもしれない」
ミレーヌは驚いたように目を見開いたが、すぐにゆっくりと頷いた。
希望を抱くにはあまりに長い時間が経っていた。その中でようやく届いた、かすかな光。
ユートは腰のポーチから、小瓶を取り出す。
淡く琥珀色に光る液体――それが、《上級ポーション》。
「この薬は、普通の治癒薬とは違う。深い傷や病、失ったものさえ癒す力がある。完全ではないが、可能性はある」
ミレーヌの母が息を呑み、そっと娘の背を支える。
ユートは瓶の蓋を開け、慎重にミレーヌの口元に近づけた。
「……じゃあ、いくぞ」
一滴、また一滴。液体がゆっくりと喉を伝って落ちていく。
次の瞬間――ミレーヌの身体が、かすかに震えた。
「……ん……熱い……身体の中が……なにか、動いてる……!」
脚――長年動かなかった、存在すら忘れかけていたそれが、びくりと反応する。
「……嘘……指が、……動いてる……!」
周囲の誰もがその瞬間を見逃さなかった。
毛布の下、脚が明らかに力を取り戻し、筋肉が、関節が、生まれ変わるように動き出していた。
「ミレーヌ……!」
母親が泣き出す中、ミレーヌは震える声で言った。
「立って……みても、いいですか……?」
ユートは、にっこりと笑いながら頷いた。
「無理はするな。でも……ゆっくりなら、きっとできるさ」
支えられながら、ミレーヌは数年ぶりに足の裏で床を感じた。
一歩――そして、もう一歩。
「……立ってる……私、ほんとに……!」
家の中に歓声と涙が溢れた。
案内人が黙ってユートに深く頭を下げた。
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【その夜・帰路】
ユートは村を後にしながら、静かに夜空を仰いだ。
「上級ポーション……こんな使い方なら、いくらでもしてやりたいな」
それがまた、誰かの希望になるなら――
ユートはそっとポーチの中に残る瓶に手を添え、王都への帰路についた。
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【王都・ライネル商会 応接室】
「……で、万能薬の方はどうだった?」
その言葉に、ライネルと執事の男が顔を見合わせた。
一瞬の間のあと、ライネルが口を開く。
「はい。先日お預かりした万能薬、1本……実は、すでに売れました」
「……売れた?」
「はい。王都北部に屋敷を構えるエステール侯爵家が買い求めました。
重病の奥方が長年病に伏せていたのですが、“いかなる病でも癒やす可能性がある薬”として紹介したところ……即決で、金貨五万枚での取引となりました」
「……五万枚」
ユートは思わず眉をひそめた。
「そんな額で買ってくれるのか」
「“もし本当に治るなら、安い”とまで言っていました。しかも……結果として、治癒は成功したようです」
「……成功?」
「ええ、信じられないほど劇的に回復したとのことで、貴族間では今“噂”になりつつあります」
ライネルが笑みを浮かべて続ける。
「とはいえ、万能薬は上級ポーションとは格が違う。あれは下手に出回らせない方がいい」
ユートは少し考えてから、静かに頷いた。
「……なら、しばらくは少量ずつ……だな。今はまだ目立ちたくない」
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【王都・ユートの家 早朝】
空が白み始めた頃、ユートは静かに荷物をまとめていた。
窓の外では、まだティナとバルトが静かに眠っている気配がある。
食卓の上に、書き置きを一枚残しておいた。
──数日で戻る。少し遠くへ行ってくるだけだ。
訓練は忘れずに。戻ったら、また一緒に依頼を受けよう。
「……よし、行くか」
深呼吸をひとつ。
ユートは【魔大陸】に転移した。
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【魔大陸・瘴気の谷】
地を這うように広がる黒い霧。空は常に曇り、どこかざらついた空気が漂っている。
その中でも、命樹の芽は――確かに、根元で小さく輝いていた。
「……あった」
前回よりも瘴気は濃く、視界も悪い。
だがユートは前回の経験を活かし、慎重に周囲の魔力反応を探っていた。
「魔物の気配……複数。囲むように動いてるな」
草を踏み鳴らすような足音が近づく。獣型の魔物――《ナイトストーカー》。
漆黒の体毛と異様に長い前肢。三体が姿を現し、低く唸る。
「……まぁ、来るよな」
ユートは魔力を解放することなく、素早く腰を落とし、魔法陣を構築。
【ストーンバレット】を連射し、先頭の1体の膝を砕いた。
その隙に【ウィンドカッター】を重ね、体勢を崩した後ろ2体の首を断つ。
地面に倒れた魔物を見下ろしながら、小さく呟いた。
「……強化魔法なし、魔力も抑えた状態……これなら調整しながら狩れるな」
その後、瘴気の谷を抜け、命樹の芽を6つ入手。
魔法袋にしまい、休む間もなく次の目的地へ――。
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【魔大陸・黙滅の谷】
ここはさらに危険なエリア。死した魔物の魔力が濃密に漂い、空気自体が重い。
だが、ここには“命の核石”が眠っている。
「前よりも……魔力の流れが不安定だな」
空間に歪みすら感じる。
慎重に進むユートの前に、全身を岩のような鱗で覆った巨大な魔物が姿を現す。
《マグ・トラッグ》。
かつての戦いでも苦戦した個体であり、今目の前にいるのはそれよりも一回り大きい。
「……やるか」
魔力の指輪を外す。抑えていた力が一気に溢れ出す。
ユートは拳を握りしめ、空中に複数の魔法陣を展開。
火、水、風、土――属性を重ねた魔法を次々に放ち、魔物の動きを封じる。
【マルチ・ストーンバレット】
【トルネードスパイク】
【トリプル・ファイアボール】
連続で放たれる弾幕に押され、巨体の魔物はついに膝をついた。
最後に、【ウォーターカッター】を一点集中で放ち、首筋の装甲を切り裂いた。
魔物が崩れ落ちると、その背後の岩陰に、小さく光る“結晶”があった。
──命の核石。
「……見つけた」
苦戦の末、命の核石を4つ確保。
回収後、ユートは魔法袋を閉じ、転移の構えをとった。
「帰るか。これでまた、誰かを救える」
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【王都・ゼネの研究室】
王都の裏通りに佇む錬金術師ゼネの工房。
魔大陸から戻ったユートは、素材を詰めた魔法袋を肩にかけ、扉を叩く。
「おお、来たかユート君。入れ入れ、いいタイミングだ」
ゼネはいつもどおり白衣姿で、薬草と金属の匂いをまといながら迎え入れた。
作業台には、先に依頼していた【上級ポーション】と【万能薬】の瓶が並んでいた。
「完成したのか?」
「うむ。上級ポーション30本、万能薬は5本。どれも最高の出来だ。素材の質が良いからな」
ユートは魔法袋から、追加の素材を取り出して机に並べた。
「こっちが今回の分。命樹の芽が6つ、命の核石が4つ。追加で頼む」
「ふむふむ……これなら、上級ポーション60本、万能薬4本は確実に作れるな。数日はかかるが、問題ない」
ゼネが手際よく素材を仕分ける様子を見ながら、ユートは革袋を差し出す。
「それと、報酬。金貨300枚で」
「……ほう、今回はずいぶんと弾むな?」
「これだけの手間を考えれば安いくらいさ。それに、あんたの腕前にも感謝してる」
「ふふ、口がうまいな。では、ありがたく受け取っておこう」
ゼネは袋を手に取り、手慣れた様子で枚数を確認すると、柔らかく頷いた。
「素材は申し分ないし、作り甲斐もある。完成したらすぐ知らせよう」
「頼んだ」
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【ポーション製作状況】
完成済:
上級ポーション × 30本
万能薬 × 5本
新たな素材:
命樹の芽 × 6(→ 上級ポーション60本分)
命の核石 × 4(→ 万能薬4本分)
完成予定:数日後
報酬:金貨300枚
【王都・ライネル商会 応接室】
王都の中心部に位置する、格式高いライネル商会。
ユートは革製の頑丈なケースを携え、応接室へと通された。
部屋の奥には、ライネル・ロッセ商会長が静かに紅茶を口にしていた。
その佇まいは落ち着いており、実務家としての気品と理知を感じさせる。
「今日は、納品にきた。」
ユートがケースをテーブルに置くと、ライネルは柔らかく微笑んだ。
「いえ、わざわざありがとうございます、ユート様。どうぞ、そちらへ」
ライネルの物腰は丁寧で、威圧感のない洗練された敬語が自然に耳に入る。
ユートがケースの留め具を外すと、丁寧に並べられたポーションの瓶が姿を現した。
「上級ポーション20本と、万能薬3本。状態は万全。冷却加工も施してある」
「……素晴らしい出来栄えです。薬師ギルドと協力し、品質チェックは万全を期して対応いたします。価格の設定は以前と同様でよろしいですか?」
「任せるよ。信頼してる」
ライネルは頷き、傍に控える書記に目配せして控えを記入させた。
続けて、ユートはもう一つの話題を口にする。
「それと、もうひとつお願いがある」
「はい。どうぞおっしゃってください」
「“魔力制限の指輪”、それもできれば呪い付きのものを探してほしい」
ライネルの表情がわずかに動いた。
「……なるほど。魔力の暴走や過剰出力を抑えるための措置、という理解でよろしいでしょうか?」
「そう。強力な魔法職が、あえて自分に枷をかけて制御の訓練をしたい時に使うやつだ。……できれば、物理的に外せないタイプがいい」
「呪い系の魔道具は流通が限られておりますが……当商会の裏ルートを使えば、可能性はあります。少々お時間を頂ければ、探してみましょう」
「頼む」
「かしこまりました。見つかり次第、速やかにご連絡いたします」
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