異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

モデル.S

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第2章

模擬戦

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【王都・ユートの家】

 転移を終えたユートが戻ってくると、家の中には香ばしい朝食の匂いが漂っていた。
 キッチンでは、家政婦のミリアが慣れた手つきでパンを焼き、スープを温めている。

「おかえりなさい、ユート様。ちょうどご飯の準備ができたところです」

「ああ、助かる。ありがとな」

 食卓に着くと、バルトとティナがすでに食べながら待っていた。

「よう、ユート。」

「……少し顔が引き締まってる。グレイス伯爵の依頼でまた何かあったんでしょ?」

「まぁな。でも今はこっちに集中する。今日は――B級依頼、受けに行くぞ」

 二人の表情が一瞬引き締まった。

「よし、やっとだな。俺たちもそれくらいやれるって見せてやる」

「うん……頑張るよ!」


---

【冒険者ギルド・受付前】

 ギルドの掲示板には、いくつかのB級依頼が張り出されていた。
 ユートたちは三人で掲示板を囲みながら、内容を一つずつ読み上げていく。

「……魔物討伐、輸送護衛、古遺跡の調査……どれもそれなりにリスクがあるな」

「こっちの森での“魔獣の群れ掃討”とかどうだ? 街道に出てこられるとまずいらしい」

「それにしよう。王都に被害が出る前に動いた方がいい」

 そのまま受付へ向かい、担当の女性に申し出ると、ギルドの管理職員が奥から現れた。

「B級依頼ですので、ユート様には問題ありませんが……バルト様とティナ様は昇格したばかり。補佐する形で、くれぐれも慎重にお願いします」

「ああ、分かってる。俺が見てる。気を抜かせなければ、問題ない」

「ご信頼に感謝いたします。それでは、どうかお気をつけて――」


---

【出発前・ギルド前の道】

 三人は装備の最終確認を終え、小規模の討伐隊として王都を出発した。

「久々の三人依頼か……ちょっと楽しみになってきた」

「わ、私は緊張してる……でも、ユートがいるなら大丈夫」

「二人とも、前よりずっと強くなってる。戦い方もちゃんと考えてるし……今日は試される日になるな」

 木漏れ日を受けながら、三人の影がゆっくりと森の奥へ消えていった――。

【王都・冒険者地区 ユートの家】

 陽が傾きかけた午後、ユートは自宅の椅子に腰掛け、窓の外をぼんやりと眺めていた。
 木製の床に寝転がる猫のような脱力感が、ようやく得た休息を物語っている。

「……こうしてのんびりできる日が、もっと増えりゃいいんだけどな」

 そう呟いた矢先――

 コンコンコン!

 扉を叩く、少し強めのノック。
 ユートはわずかに眉をひそめた。

「……またかよ」

 この“至急の呼び出し”には、もう何度目かになる。大抵、面倒な話の前触れだ。

 立ち上がり、扉を開けると、やはり見慣れた紋章を胸に掲げた使者が立っていた。

「冒険者ユート殿。エドワード・フォン・グレイス伯爵より、すぐにお越しいただきたいとのことです」

「分かった。準備するから、先に戻っててくれ」

「はっ。お待ちしております」

 使者が去るのを見届けた後、ユートは小さくため息をついた。

「……やれやれ。またあの貴族様に振り回されるのか」

 そう言いながらも、どこか嫌そうではない。
 グレイス伯爵――エドワード・フォン・グレイスという男には、それだけの価値があると思っているからだ。


---

【王都・グレイス伯爵邸】

 重厚な扉が開き、ユートは躊躇なく執務室へと足を踏み入れる。
 書類の山を前にして座っていたエドワード・フォン・グレイス伯爵は、ちらりと顔を上げて口元を緩めた。

「来てくれたか。悪いな、また急で」

「……いつものことだろ。で、今度はどんな面倒事だ?」

 無礼とも取れる言い方だが、そこには皮肉や怒りはない。
 伯爵もそれを分かっているのか、苦笑しながら言葉を返す。

「今回は少し……本当に、骨が折れる話だ」

「ほう?」

 エドワードは机の上のグラスに手を伸ばし、一口水を含んでから、真剣な声で続けた。

「王太子殿下が、お前に興味を持っておられる」

「……は?」

「以前のグラズとの戦い――あれを、殿下が“たまたま”ご覧になっていたらしい。
 それがよほど印象的だったようでな。“もう一度、あの戦いを見たい”と」

 ユートは無言で、わずかに首を傾げた。

「……つまり、俺にまた何か戦わせたいってことか?」

「ああ。殿下の直属近衛騎士、それもSクラスの剣士との模擬戦を望んでおられる」

 沈黙が落ちる。

 ユートは少しだけ目を細めた。

「……で、伯爵はどう思ってる?」

 伯爵はわずかに肩をすくめた。

「させたくはない。お前は一介の冒険者だ。本来なら、王族の娯楽に付き合う義理はない。
 だが――断れん。あの方の“ご興味”というのは、なかなか厄介でな」

「……ま、察するよ」

 ユートは額を押さえて小さく笑い、肩を回す。

「つまり、俺に“模擬戦をやってくれ”ってことだな」

「そういうことになる。……どうか頼む」

 伯爵は頭を下げはしなかったが、言葉に込められた本気と苦悩は、十分すぎるほど伝わった。

 ユートは少しだけ天井を見上げ、それから静かにうなずいた。

「分かった。引き受けるよ。どうせ暇だったしな。……ただし、本気で殺しに来るなら、容赦はしないぜ?」

 伯爵は、ほっとしたように目を細める。

「もちろんだ。殿下には、あらかじめ“礼儀の範囲”でと伝えておく。
 くれぐれも……無礼のないよう、頼むぞ」

「心得てる」


了承の言葉を聞いたエドワード・フォン・グレイス伯爵は、ゆっくりと背もたれに体を預けた。

「助かる。……お前にばかり負担をかけてすまないと思っている」

「気にすんな。いつものことだろ。伯爵が『これは頼まなきゃならん』って時は、決まって面倒な話だ。……ただ、筋は通ってる」

「それだけでも、お前がいてくれて助かっているよ」

 伯爵はそう言って、机の引き出しから封筒を一通取り出した。
 上質な紙に、王家の金色の紋章が刻まれている。

「これは“正式な招待状”だ。明日の午後、王宮の西庭園にて模擬戦を行う。観戦には、王太子殿下ご本人もお出ましになる」

「観戦、ね……」

 ユートはそれ以上言わなかった。
 いまさら文句を言っても仕方ないし、正直、文句を言いたいほど嫌なわけでもない。

 ――むしろ、少しだけ興味が湧いている自分がいた。

「で、そのSクラスの相手ってのは?」

「ルシアン・ファーレン。王太子の近衛筆頭にして、王国最強の剣士の一人だ」

「へぇ……そりゃまた、えらく重い相手をよこしてきたな」

「殿下なりの“礼儀”だそうだ。“本気の剣士にこそ意味がある”とな」

「ふぅん……」

 ユートは封筒を受け取り、くるりと指先で回した。

「まあ、俺も“本気”で応えるさ。手加減する気はない」

「それでこそユートだ」


---

【王都・翌日 王宮・西庭園】

 広々とした庭園の奥、魔法によって整えられた訓練場。
 白石の床に、王家の旗が掲げられ、衛兵たちが周囲を静かに固めている。

 その中央に立つ青年――
 漆黒の軽鎧に身を包み、長身で鋭い眼光を持つ男が、既に場にいた。

「……あれが、ルシアン・ファーレン、か」

 遠目に見ただけで分かる。
 あの男は“本物”だ。構えずとも、剣の気配が肌を刺す。

 そして、さらに一歩奥に控える黄金の衣。
 優美な顔立ちの少年――王太子・セレイン・アウローラ・ベルフィード。
 まだ十五にも満たない若さだが、澄んだ目はユートをまっすぐに捉えていた。

 ユートは軽く頭を下げ、王子に視線を送る。
 少年は静かにうなずいた。まるで、友を迎えるような穏やかな態度だった。

「ユート殿、準備が整いました。模擬戦、始めさせていただきます」

 傍らの儀礼官が宣言すると、ユートはゆっくりと片手剣を抜いた。
 まるで風を切るような滑らかな音。
 対するルシアンも、静かに愛剣を鞘から引き抜く。

「……さて、Sクラス。どれだけのもんか、見せてもらおうか」

 互いに間合いを測る。
 空気が、ひとつ、張り詰めた――


【王宮・西庭園 模擬戦場】

 空気が――震えた。

 ユートが一歩、地を踏み込むと同時に、ルシアンの姿が霞む。

 速い。

 剣を抜いたままの抜刀構え。ほとんど音もなく、ルシアンは視界の右端へと消えた。
 即座に身体をひねり、ユートは振り返りざまに剣を振る。

 ガインッ!

 鉄がぶつかり合う、金属音。
 反射で防いだ一撃に、ユートは内心舌を巻く。

(速すぎる……反応が一歩でも遅れてたら、今ので首が飛んでた)

 だが、ルシアンも同様に眉をひそめた。
 “受けられた”こと自体が、想定外だったようだ。

「なるほど……ただの冒険者ではないな」

「そっちこそ。王族の犬にしちゃ、やるじゃねぇか」

 二人の間に言葉の応酬が走ると同時に、再び間合いが詰まる。

 今度は、ユートが踏み込む。
 刹那、足元を蹴る――

 疾風の如き踏み込み。

 ルシアンの懐に潜り込み、鋭く袈裟斬りを放つ。

「――っ!」

 ルシアンは即座に後ろへ跳躍。
 しかし、ユートは追撃をやめない。
 踏み込み、跳ね、剣をなぞるように軌道を変えながら連撃を繋ぐ。

 そのたびに、空気が切り裂かれ、白砂が舞い上がる。

 ――観戦席で、王太子セレインの目が輝いた。

「速い……どちらも、速すぎる……!」

 どちらもほぼ同格の速度。だが、攻撃の“読み”がユートにはある。
 ルシアンは正確だが直線的。
 一方、ユートの動きは予測しづらく、変則的。

「くっ……!」

 ルシアンが横に滑るように回避し、距離を取った。

 ユートは息を吐いた。額にわずかに汗が滲む。

(……なるほど、“基礎”が化け物だ。技術も隙がない。
 けど――“型通り”ってのは、意外と読みやすい)

「模擬戦だよな、これ。……殺す気か?」

 軽口を叩きながら、再び構える。
 次の一撃で、何かを決めるつもりだ。

 それを察したルシアンの目が鋭くなる。

「そういう君も、本気に見えるが?」

「まあな。全力でやり合わなきゃ、面白くねぇだろ?」

 次の瞬間――

 二人の姿が消えた。

 空気が爆ぜる音。白砂が宙に舞い、音より速く剣が交差する。

 ――五合、六合、七合――

 見えるのは剣閃の残像と、響き渡る金属音だけ。

「――これが……本物の剣士同士の戦い……!」

 王太子が思わず前のめりになる。
 ルシアンの剣が閃き、ユートの動きがそれを翻す。

 そして、八合目――

 ルシアンの剣がユートの喉元へ届く、寸前。

「――ッ!」

 ユートの剣が、ルシアンの手首を寸前で止めた。

 ピタリと、止まる。

 二人の呼吸が荒れ、静寂が訪れる。

 次の一撃で、互いに決着をつけられると、同時に理解した。

 だが、儀礼官の手が上がった。

「――そこまでッ! 模擬戦、終了!」

 両者、同時に剣を下ろした。


---

【模擬戦終了後】

 ルシアンは静かに剣を収めた。そして、ユートに向き直り、微笑む。

「……君の動き、あれは経験から来るものだな。無駄がない」

「お前の速さも、鋭さも。文句のつけようがねぇよ」

 男同士の、剣士としての敬意が交わる。

 そして、遠くから近づく拍手の音。
 王太子・セレインが、ゆっくりと拍手をしながら歩み寄ってきた。

「素晴らしい戦いだった。まさに、目に焼き付くような速さと技……ありがとう、ユート殿」

 その言葉に、ユートは少しだけ口元を緩めた。

「……お楽しみいただけたようで、何よりです、殿下」


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