異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第2章

殿下との話

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【王宮・応接室】

 王宮の奥、選ばれた者だけが通される応接の間。
 ユートは姿勢を正しながら、背筋を伸ばしてソファに座っていた。

 扉が静かに開き、金糸をあしらった礼服姿の少年が入ってくる。
 ――王太子、セレイン・アウローラ・ベルフィード。

「待たせた、ユート殿。昨日は素晴らしい戦いだった。改めて、礼を申し上げる。」

「……光栄です、殿下。貴重な場に呼んでいただき、ありがとうございました」

 ユートは席を立ち、丁重に頭を下げた。
 セレインは穏やかに笑い、手で促す。

「そんなにかしこまらなくていい。座ってくれ」

「恐れ入ります」

 再び腰を下ろすと、王太子はまっすぐにユートを見据えた。

「単刀直入に言おう。――ユート殿、王家の剣として仕えぬか?」

 一瞬、空気が張り詰める。
 ユートは静かに目を伏せ、言葉を選びながら口を開いた。

「……光栄なお誘いですが、そのお申し出は辞退させていただきます」

 セレインの表情に驚きはなかった。むしろ、少し興味深そうに首を傾げる。

「理由を聞いても?」

「はい。私は、自由な冒険者でありたいのです。
 誰かの命令で動くのではなく、自分の意思で生き、戦いたい。……それが、私の信念です」

 ユートは一呼吸置き、静かに続けた。

「それに――エドワード・フォン・グレイス伯爵の存在も大きいのです。
 私は平民でありながら、伯爵は私に対して決して尊大な態度を取らず、時に頭を下げ、誠実に接してくださいます。
 貴族というより、……私はあの方を、友人のように思っております」

 言葉の端々に、敬意と誠意がにじむ。
 セレインはその言葉を静かに受け止め、やがて目を細めて笑った。

「……なるほど。分かった、ユート殿。君の考えは理解したよ。立派な信念だ。」

 驚くほどあっさりと、王太子は引き下がった。

「その上で――一つ、頼みがあるのだが」

「……お聞かせください、殿下」

 セレインは少し身を乗り出すようにして、声を落とす。

「近日中に、王都に“ある重要人物”が到着する。
 その方の護衛を、1日の間お願いできないか。」

「護衛、ですか」

「表向きは外交客としての滞在だが、実際には複雑な事情が絡んでおる。
 王宮の人間が表立って動くと、かえって問題になる恐れがあるかと……」

 ユートはしばし考え込み、やがて答えた。

「差し支えなければ、詳細を伺ったうえでお引き受けするか判断させていただけますか?」

「もちろん。無理強いはしないよ。詳細は追って、ルシアンから聞いてくれるか?」

「かしこまりました、殿下」

 静かなやりとりの中に、互いの敬意と礼節が滲んでいた。

「……では、私はこれで失礼する。
 ルシアン、あとの説明を頼むよ。」

 そう言い残すと、王太子セレインは軽くユートに頷き、護衛を伴って部屋を出ていった。
 その所作は一切の無駄がなく、まるで次の予定が秒単位で詰まっていることを体現しているかのようだった。

 扉が閉まると、ユートは小さく息を吐いた。

「……忙しいのは分かるけど、あのスピード感はすげぇな」

「殿下は常に何かしらの会議か書類か、訪問者かに追われている。……今頃もう、別の相手と話しているはずだ」

 ルシアンが苦笑を交えて言うと、ユートは立ち上がる。

「じゃ、場所を変えようか。立ち話って感じでもねぇしな」


---

【王宮・別室・控えの間】

 応接室とは打って変わって、飾り気のない小さな会議室。
 ルシアンが扉を閉め、二人は対面の席に腰を下ろした。

 ユートは椅子の背にもたれながら、ぽつりと呟く。

「……殿下、上手いな」

 ルシアンが片眉を上げた。

「ほう?」

「最初に“雇いたい”なんて話を持ち出して、こっちが断ることも見越してた。
 断った後に“じゃあ、こっちをお願いしたい”って本命の依頼を出す。……断りにくくなるのを分かっててやってるな」

 ルシアンは目を細め、すぐに笑みを浮かべた。

「君ほど鋭い人間は、そうそういない。だが、その通りだ。
 殿下は、“断られること”すら前提に組み込んで話す。……交渉においては、抜け目のない方だよ」

「俺は人の命令で動くのはごめんだが……ああいう頭の切れる奴に頼まれると、妙に断りづらくて困るな」

「それこそが殿下の狙いだったんだろう」

「まったく……王族ってのは、一筋縄じゃいかねぇな」

 ユートが苦笑すると、ルシアンもまた深くうなずいた。

「……さて。では本題だ。今回、君に頼みたいのは“ある人物”の護衛だ。
 だがその“人物”には、少し特殊な背景がある」

 ユートの表情が引き締まる。

「聞こうじゃねぇか、その“特殊な背景”ってやつを」


---

静かな部屋に、ルシアンの低い声が響く。

「護衛対象は、隣国ラゼリア王国の第二王女、セリーナ=エルヴィーナ=ラゼリア殿下。
 君には――その殿下の、“一日限りの護衛”をお願いしたい」

 ユートの眉がわずかに動く。

「王女様、ね……それも“隣国の”。」

「ああ。彼女は現在、正式な外交使節の一員として王都に滞在しているが……問題はその“個人的な希望”だ」

「……まさか、街を歩きたい、とか言い出したんじゃねぇだろうな」

「まさか、じゃない。まさにそれだ」

 ルシアンは肩をすくめる。

「彼女は“お忍び”で王都の市街を歩きたいと強く望んでいる。
 王宮からは反対の声もあったが、彼女は“たった一日だけ”という条件で強行した」

「お忍びで街歩きって……俺がその護衛? 俺が貴族の付き添いに見えるか?」

「むしろ、“付き添いに見えない”のが条件だ。
 彼女の希望は、“護衛をゾロゾロ引き連れず、自由に歩き回れる状況”。
 となれば、少数精鋭で実力があり、なおかつ王都の地理に詳しい人物が望ましい。……君が最適だった」

 ユートは腕を組み、椅子にもたれながら考え込む。

「……それだけなら、まあいい。“街案内つき護衛”だろ?
 だけど、それだけじゃ済まねぇ匂いがする」

 ルシアンの表情が、わずかに引き締まる。

「君の勘は鋭いな。その通り。
 セリーナ王女は、我が王太子セレイン殿下と――“婚約関係”にある」

 ユートの目が細くなる。

「つまり、政治が絡んでくるわけか」

「否応なしにな。セレイン殿下の婚約者である以上、彼女の存在は、王国の未来そのものに関わる。
 そして、その婚約に反対する“敵対派閥”も存在している。
 お忍びの外出中、何らかの妨害や襲撃が起きる可能性は……ゼロではない」

「……なるほどな」

 ユートはため息をつきながら、背もたれから身を起こす。

「護衛対象は第二王女。
 王太子の婚約者で、敵に狙われる可能性あり。
 でも本人はお忍び気分で、好きに歩き回りたい……と」

 ルシアンは苦笑しながら、静かにうなずいた。

「正確に把握してくれて助かる。
 ……受けるかどうかは、君の自由だ。報酬も十分に出す。
 ただ、殿下は“ユートなら引き受けてくれるだろう”と、強い信頼を寄せていた」

「……やれやれ」

 ユートは頭をかきながら、椅子から立ち上がった。

「分かった。一日だけなら引き受けよう。
 ただし、俺のやり方でやらせてもらう。よろしいか?」

「もちろん。それを望んでの依頼だ」

「了解。じゃあその王女様、明日あたりから街を歩きたがるだろうから……こっちも準備しねぇとな」


---

【翌朝・王宮 中庭】

 陽が昇り始めたばかりの、澄んだ朝の空気。
 王宮の裏庭に設けられた小さな門扉の前で、ユートは軽く伸びをしながら待っていた。

「……ったく、早起きは苦手なんだよな」

 だが、その不満も一瞬で吹き飛ぶことになる。

 石畳の向こうから歩いてきたのは、薄青のフードを被った一人の少女――
 セリーナ=エルヴィーナ=ラゼリア王女。

 フードの下から覗くのは、絹糸のように艶やかな白銀の髪。
 透き通るような肌と、凛とした碧眼。
 端正な顔立ちは、まるで聖女像のように気品と静けさを湛えていた。

 ユートは、思わず言葉を失った。

(……やばい、美人すぎる)

 息を呑むほどの美貌。気高く、まるで触れることすら憚られるような存在感。

「――ユート」

 横から低い声が飛ぶ。

 ルシアンが無表情で肩を軽く叩いた。

「任務中だぞ。目を見開いたまま固まるな。」

「……わ、悪い」

 軽く咳払いして気を取り直すと、セリーナが微笑を浮かべて近づいてくる。

「あなたがユート殿ですね。はじめまして。
 本日は、一日よろしくお願いいたします」

 彼女の声は澄んでいて、控えめながら芯があった。

「こちらこそ、お供させていただきます。……王女殿下」

「いえ、今日一日だけは“セリーナ”でお願いします。
 お忍びですから……それに、そんな堅苦しいの、苦手でして」

 恥ずかしそうに笑うその姿は、まさに清廉そのもの。
 高貴だが、どこか無防備な雰囲気があった。

「……それじゃ、行きましょうか」

 と、颯爽と歩き出したセリーナ。だが――

「……あ、あれ?こっち……でしたっけ?」

 見事に反対方向へ。

 ユートとルシアンが同時にため息をつく。

「……おっちょこちょいだな」

「方向音痴だ。かなりの」

 ユートが苦笑しながら声をかける。

「セリーナ殿下、こっちです。出口は反対ですよ」

「……っ!し、失礼いたしました……!」

 顔を赤らめてフードを深く被り直し、恥ずかしそうに戻ってくるその仕草すら、美しい。


---

【午前~夕方 王都散策】

 それからの時間は、思いのほか“普通のデート”のようだった。

 ユートが案内役となり、王都の菓子屋を巡ったり、古書店を覗いたり、露店のアクセサリーを見たり。
 セリーナは楽しそうに笑い、時折うっかり転びかけてはユートに支えられる。

「このピアス、すごく可愛いですね……! えっ、今買っても目立ちませんか?」

「いや、それもう目立ってるから……」

「えっ!?わたしそんなに目立ってます……!?」

 まるで、どこにでもいる普通の少女のように振る舞う彼女に、ユートは心のどこかでほんの少し、“守ってやりたい”という感情を抱き始めていた。

 そして、その感情が――このあとの“事件”で、本物に変わることになる。


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