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第2章
最悪な護衛任務
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【王都・外れの石畳通り 夕刻】
夕陽が王都の建物の隙間から差し込み、石畳の影を長く伸ばしていた。
街中とはいえ、人気はまばら。観光客もまばらな、落ち着いた一角だった。
「もうすぐ日が落ちますね。なんだか、あっという間でした……」
セリーナが、陽の沈む方角を眺めながらつぶやく。
フードの隙間から覗く笑顔は、どこか名残惜しそうで――
――ユートの背筋が、ぞくりと震えた。
(……気配が、ある)
明確な敵意。視線。圧。
最初は一人、二人だった。
だが数秒もしないうちに、周囲の路地裏、屋根の上、家の陰に――
「十人……いや、三十……五十……」
ユートの目が鋭く細められる。
どの気配も気配遮断の訓練を受けている。素人ではない。
完全に――狙われている。
「……セリーナ殿下、俺のそばを離れないでください」
「……え?」
その瞬間、空気が一変した。
シュンッ!――ザザッ!――ドォン!
矢が空を裂き、火球が飛び交う。
――周囲から、百を超える気配が一斉に動いた。
「チッ、やっぱり――来やがったか!」
ユートの右手が一閃する。
「火槍《フレイム・スピア》! 風刃《ウィンド・ブレード》! 雷鎖《ライトニング・バイン》!」
魔法が連続して放たれ、突撃してきた敵を片っ端から薙ぎ払う。
火柱が上がり、地面がえぐれ、雷が空気を焦がす。
「ひ、一人で、こんな数を……!?」
セリーナが驚愕の声を上げるも、それどころではない。
敵は止まらない。
次から次へと――まるで数の暴力。
倒しても倒しても、新手が現れる。
それでもユートは構わず魔法を撃ち続けた。精密な魔力操作で、威力と効率を両立させ、的確に敵を削っていく。
――そして、ついに。
「……三桁を倒したってのに、気配は……三百。いや、それ以上……!」
魔力の消費はまだ余裕がある。だが――守りながらでは、万が一が起きる。
(このままじゃ……セリーナ殿下を守りきれねぇ)
思考が巡る。
手段は一つ――強制的に戦線を離脱すること。
「土煙《ダスト・カーテン》!」
足元に向けて土属性魔法を三連発。激しく地面を爆ぜさせ、周囲を濃い土煙で覆い隠す。
転移発動。
魔法陣が足元に走り――
「“転移!”」
セリーナの手を引き、瞬間的に空間が歪む。
バチッ――!
地面の土煙と爆音に包まれた直後、二人の姿はその場から消えた。
---
【ユートの家・居間】
転移魔法の光が消えると同時に、静寂が訪れた。
……だが、その静寂は“食卓の空気”によって一瞬で崩れる。
夕食中のバルトとティナ。
テーブルには焼きたてのパンと温かなスープ。
ふたりはちょうど口いっぱいに食事を詰め込んでいたところだった。
そんな中、突然ユートと銀髪の少女が部屋のど真ん中に出現。
時が止まった。
バルトはパンをくわえたまま、口を半開きにして凍りつく。
ティナもスプーンを空中で止めたまま、まるで石像のように硬直している。
「……ただいま」
ユートが何気なく言うが、返事はない。
「え、えっと……お邪魔してます……?」
セリーナが小さく会釈をすると――
バンッ!
バルトが思い切りテーブルを叩いた。
「えぇぇぇぇぇえええ!?誰!?誰この美人!?え、転移!?転移してきた!?ユート、いつの間にそんな……彼女!?彼女か!?」
「彼女って言うな」とユートが即座に返すが、ティナもほとんど同時に叫ぶ。
「えっ、ちょ、待って待って、どこから!?誰!?なにこの銀髪超キレイ女子!!
もしかして……え、精霊!?高位の精霊!?」
セリーナが目を丸くする。
「せ、精霊ではありません……ただの……人間です……」
「ただの!?」
二人の声がユニゾンになる。
ユートは疲れたように頭を抱えた。
「落ち着け、お前ら。まず座れ。そして口の中のものを飲み込め」
「状況」と「パン」両方を、だ。
セリーナはやや戸惑いながらも、にこやかにティナとバルトに会釈する。
「……本日は、急な訪問で申し訳ありません。どうか、お気になさらず……」
「な、なんだこの完璧すぎる所作……」
「ユート、お願いだから説明して!? 美人と転移して帰宅は流石に情報量が多すぎる!」
ユートは深くソファに腰を下ろし、ようやく静かに言った。
「詳しいことは後だ。今はとにかく……無事で帰ってこられたことだけ、感謝してくれ」
真剣な声色に、ティナとバルトもようやく黙り込んだ。
だが、ふたりの視線は――
目の前に座る“美しすぎる謎の少女”から離れる気配がなかった。
---
【ユートの家・夜 食後すぐの居間】
セリーナの姿に騒然となる食卓――そこへ、奥の扉からひょこっと顔を出したのは、
割烹着姿の中年女性、家政婦のミリアだった。
「……なにごとですの? 今、光ったような音と、叫び声と……」
そして目に入ったのは、見慣れぬ銀髪の絶世の美女と、椅子からずり落ちそうな二人の若者。
目をぱちぱちと瞬かせ、マーサは静かに言った。
「……まったく、ユートさま。いつも通りのご帰宅ですね」
「“いつも通り”ってのも問題だな……」
ユートはソファに肘をつきながら、ぐるりと皆を見渡した。
「さて。じゃあ――説明するか。最初からな」
---
【数分後・居間】
「――というわけで、この子はラゼリア王国の第二王女、セリーナ殿下。
王太子セレイン殿下の婚約者であり、今日はお忍びで王都を散策してた。
……で、最後に“百人以上の刺客”に囲まれた。以上」
静寂。スープの湯気すら音を立てている気がする。
「お忍びってレベルじゃねぇ……!」
「に、にひゃく……!?」
「……百“人”ですの……?」
ティナ、バルト、ミリアの三者三様のリアクションが一斉に出る。
セリーナは小さく微笑を浮かべて、頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
でも、ユート殿のおかげで無事に戻ってこられました……本当に感謝しています」
バルトがユートを見る。
「なぁユート、これって……」
「ああ。状況次第じゃ、戦争になっててもおかしくなかった」
「おおおおい……!」
ユートは真顔に戻り、机に向かって筆と紙を取り出した。
「バルト、報告しに走れるか?」
「えっ、まさか、俺!?いや、走るのはいいけど、いきなり王城行ったって門前払いされるよな?」
「そのとおり。だから――まず伯爵経由で報告する」
ユートは素早く手紙を書き上げ、封をする。封蝋には自分の紋を刻み、表には大きくこう記した。
> 『至急。王女殿下の身柄保護と刺客多数による襲撃について』
「“ユートより”」と最後に添えたあと、バルトに手紙を手渡す。
「“緊急”と伝えろ。馬車が出てないなら走れ。途中で捕まったら、手紙だけでも託せ。
とにかく、“すぐに”この情報が伯爵に届かなきゃ、王城は動かねぇ」
バルトは真剣な表情で手紙を受け取り、立ち上がる。
「……了解! 任せろ!」
「気をつけてな。王都の外れには、まだ残党が潜んでるかもしれねぇ」
「そのへんは任せとけ。ダテに筋肉鍛えてねぇ!」
バルトがドアを勢いよく開けて、夜の街へ駆け出していく。
ユートはその背を見送り、残った三人に視線を戻した。
「……さて。こっちはしばらく警戒体制だ。万が一のために、しばらくセリーナ殿下をここで預かる」
「準備いたしますわ」
ミリアがすぐに動き出す。
ティナはまだ落ち着かない様子でセリーナを見つめたままだった。
「ねぇ……まだ夢じゃないわよね……?」
「たぶん悪夢寄りの現実だな」とユートはぼそっと返した。
---
【ユートの家・居間/夜】
バルトが駆け出してから数分。
家の中は、ひとまず落ち着きを取り戻していた。
ミリアは寝室の準備を整えに奥へ下がり、ティナは窓際で外を警戒している。
ユートは暖炉の火を調整し、ソファに戻っていた。
その隣に、静かに腰を下ろしているのは――銀髪の王女、セリーナ。
「……あの、さっきからずっと気になっていたのですが」
ユートがふと振り返ると、セリーナは少し遠慮がちに視線を上げてきた。
「私のせいで……ユート殿や、皆さまを危険に巻き込んでしまって……本当に、申し訳ありません」
その声はどこまでも丁寧で、そして――本気の謝罪だった。
「……あのまま街で襲撃されていたら、もっと大ごとになっていた。
俺たちが巻き込まれるのは避けられなかったと思います」
「……ですが、それでも……」
ユートは腕を組み、少しだけ笑った。
「俺は、“護衛”として引き受けた。命張る覚悟で、な。
それに……」
彼はちらとセリーナの方を見て、少しだけ口調を和らげる。
「こうして殿下が無事でいてくれるなら、命を張った甲斐もあったってもんだ」
「…………!」
セリーナは驚いたようにユートを見つめ、
それから静かに目を伏せて、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます。ユート殿は、やはり――勇者のような方ですね」
「やめてくれ、くすぐったい。そういう柄じゃない」
二人のやりとりを、ティナが背中越しに聞きながら、こっそりつぶやいた。
「……あれ?なんか、いい雰囲気……?」
そして彼女は小声で付け加える。
「……バルト、あのまま帰ってこなかったら、王女様が住みつくかもね……」
もちろん、それを聞いたユートが「帰ってこいよバルト……」と小さく呻くのは、少し後の話である。
---
【場面転換:王都・グレイス伯爵邸前】
王城の灯りがちらほらと残る夜の王都。
バルトは全力で駆け抜け、ようやくグレイス伯爵邸の門前にたどり着いた。
門番に止められつつも、息を切らしながら手紙を突き出す。
「ユートからの、緊急の手紙だッ!頼む、すぐに……伯爵に!」
封筒には、“王女殿下の身柄保護”の文字。
門番がそれを見て、すぐに顔色を変える。
「……お待ちください!」
すぐさま走り去るその背中に、バルトは額の汗を拭いながら呟いた。
「頼むぜ、伯爵様……あとは、任せた……」
---
【王都・グレイス伯爵邸】
夜も深まる頃――屋敷の門が騒がしく叩かれた。
「手紙だ!ユートから!緊急だッ!!」
ゼェゼェと肩で息をするバルトが門番に詰め寄る。
門番は最初こそ警戒したが、封筒に刻まれた“ユートの私印”を見て即座に表情を変えた。
「……すぐにお通しします」
---
【書斎・エドワード・フォン・グレイス伯爵】
重厚な書斎の扉がノックも待たずに開かれた。
「伯爵様!ユート殿より、至急の手紙が――!」
エドワード・フォン・グレイスは椅子から即座に立ち上がり、使者から手紙を奪うようにして受け取った。
封を切るや否や、真剣な表情に変わる。
手紙の内容を読み進めるにつれ、眉がどんどん険しくなっていく。
――襲撃。
――数百人規模。
――王女セリーナの命に関わる重大事。
――現場からの緊急転移。
――現在、ユートの家にて保護中。
「……っ……!」
手紙を置くと、すぐさま部下に向き直る。
「急ぎ、王太子殿下に連絡を。第一報は私が口頭で伝える!
――馬車の準備を急げ!」
「はっ!」
その声には、苛烈なまでの緊張がこもっていた。
---
【王宮・執務室】
夜更けにも関わらず、王宮の執務室にはまだ灯りがともっていた。
報告を受けた王太子セレインは、書類を放り出して立ち上がる。
「セリーナが……襲撃を?」
「詳細は手紙に書かれております。ユート殿が身を挺して救出し、現在は王都の外れの自宅にて保護中とのことです」
グレイス伯爵が静かに差し出した封筒を、セレインは無言で受け取り、素早く目を通した。
数秒。だが、それで全てを読み終えた。
「……完全に、王女殿下を狙った組織的犯行だな。
数百人規模を動かし、なお失敗した。だが――この件を放置するわけにはいかない」
セレインはすぐに側近を呼ぶ。
「第一王衛隊を起こせ。王都内の検問を強化。
それと、明朝、ユートとセリーナを城へ招け。報告と今後の安全計画を練る」
そして、セレインはグレイス伯爵に向き直る。
「……ユートには、また助けられたな。私からも、必ず礼を言いたい」
伯爵は微笑み、だがどこか苦々しく肩をすくめた。
「ええ、まったく……あの男は、いつも肝心なところでとんでもない仕事をしてくれますからな。
これでまた借りがひとつ、増えましたよ」
--
夕陽が王都の建物の隙間から差し込み、石畳の影を長く伸ばしていた。
街中とはいえ、人気はまばら。観光客もまばらな、落ち着いた一角だった。
「もうすぐ日が落ちますね。なんだか、あっという間でした……」
セリーナが、陽の沈む方角を眺めながらつぶやく。
フードの隙間から覗く笑顔は、どこか名残惜しそうで――
――ユートの背筋が、ぞくりと震えた。
(……気配が、ある)
明確な敵意。視線。圧。
最初は一人、二人だった。
だが数秒もしないうちに、周囲の路地裏、屋根の上、家の陰に――
「十人……いや、三十……五十……」
ユートの目が鋭く細められる。
どの気配も気配遮断の訓練を受けている。素人ではない。
完全に――狙われている。
「……セリーナ殿下、俺のそばを離れないでください」
「……え?」
その瞬間、空気が一変した。
シュンッ!――ザザッ!――ドォン!
矢が空を裂き、火球が飛び交う。
――周囲から、百を超える気配が一斉に動いた。
「チッ、やっぱり――来やがったか!」
ユートの右手が一閃する。
「火槍《フレイム・スピア》! 風刃《ウィンド・ブレード》! 雷鎖《ライトニング・バイン》!」
魔法が連続して放たれ、突撃してきた敵を片っ端から薙ぎ払う。
火柱が上がり、地面がえぐれ、雷が空気を焦がす。
「ひ、一人で、こんな数を……!?」
セリーナが驚愕の声を上げるも、それどころではない。
敵は止まらない。
次から次へと――まるで数の暴力。
倒しても倒しても、新手が現れる。
それでもユートは構わず魔法を撃ち続けた。精密な魔力操作で、威力と効率を両立させ、的確に敵を削っていく。
――そして、ついに。
「……三桁を倒したってのに、気配は……三百。いや、それ以上……!」
魔力の消費はまだ余裕がある。だが――守りながらでは、万が一が起きる。
(このままじゃ……セリーナ殿下を守りきれねぇ)
思考が巡る。
手段は一つ――強制的に戦線を離脱すること。
「土煙《ダスト・カーテン》!」
足元に向けて土属性魔法を三連発。激しく地面を爆ぜさせ、周囲を濃い土煙で覆い隠す。
転移発動。
魔法陣が足元に走り――
「“転移!”」
セリーナの手を引き、瞬間的に空間が歪む。
バチッ――!
地面の土煙と爆音に包まれた直後、二人の姿はその場から消えた。
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【ユートの家・居間】
転移魔法の光が消えると同時に、静寂が訪れた。
……だが、その静寂は“食卓の空気”によって一瞬で崩れる。
夕食中のバルトとティナ。
テーブルには焼きたてのパンと温かなスープ。
ふたりはちょうど口いっぱいに食事を詰め込んでいたところだった。
そんな中、突然ユートと銀髪の少女が部屋のど真ん中に出現。
時が止まった。
バルトはパンをくわえたまま、口を半開きにして凍りつく。
ティナもスプーンを空中で止めたまま、まるで石像のように硬直している。
「……ただいま」
ユートが何気なく言うが、返事はない。
「え、えっと……お邪魔してます……?」
セリーナが小さく会釈をすると――
バンッ!
バルトが思い切りテーブルを叩いた。
「えぇぇぇぇぇえええ!?誰!?誰この美人!?え、転移!?転移してきた!?ユート、いつの間にそんな……彼女!?彼女か!?」
「彼女って言うな」とユートが即座に返すが、ティナもほとんど同時に叫ぶ。
「えっ、ちょ、待って待って、どこから!?誰!?なにこの銀髪超キレイ女子!!
もしかして……え、精霊!?高位の精霊!?」
セリーナが目を丸くする。
「せ、精霊ではありません……ただの……人間です……」
「ただの!?」
二人の声がユニゾンになる。
ユートは疲れたように頭を抱えた。
「落ち着け、お前ら。まず座れ。そして口の中のものを飲み込め」
「状況」と「パン」両方を、だ。
セリーナはやや戸惑いながらも、にこやかにティナとバルトに会釈する。
「……本日は、急な訪問で申し訳ありません。どうか、お気になさらず……」
「な、なんだこの完璧すぎる所作……」
「ユート、お願いだから説明して!? 美人と転移して帰宅は流石に情報量が多すぎる!」
ユートは深くソファに腰を下ろし、ようやく静かに言った。
「詳しいことは後だ。今はとにかく……無事で帰ってこられたことだけ、感謝してくれ」
真剣な声色に、ティナとバルトもようやく黙り込んだ。
だが、ふたりの視線は――
目の前に座る“美しすぎる謎の少女”から離れる気配がなかった。
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【ユートの家・夜 食後すぐの居間】
セリーナの姿に騒然となる食卓――そこへ、奥の扉からひょこっと顔を出したのは、
割烹着姿の中年女性、家政婦のミリアだった。
「……なにごとですの? 今、光ったような音と、叫び声と……」
そして目に入ったのは、見慣れぬ銀髪の絶世の美女と、椅子からずり落ちそうな二人の若者。
目をぱちぱちと瞬かせ、マーサは静かに言った。
「……まったく、ユートさま。いつも通りのご帰宅ですね」
「“いつも通り”ってのも問題だな……」
ユートはソファに肘をつきながら、ぐるりと皆を見渡した。
「さて。じゃあ――説明するか。最初からな」
---
【数分後・居間】
「――というわけで、この子はラゼリア王国の第二王女、セリーナ殿下。
王太子セレイン殿下の婚約者であり、今日はお忍びで王都を散策してた。
……で、最後に“百人以上の刺客”に囲まれた。以上」
静寂。スープの湯気すら音を立てている気がする。
「お忍びってレベルじゃねぇ……!」
「に、にひゃく……!?」
「……百“人”ですの……?」
ティナ、バルト、ミリアの三者三様のリアクションが一斉に出る。
セリーナは小さく微笑を浮かべて、頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
でも、ユート殿のおかげで無事に戻ってこられました……本当に感謝しています」
バルトがユートを見る。
「なぁユート、これって……」
「ああ。状況次第じゃ、戦争になっててもおかしくなかった」
「おおおおい……!」
ユートは真顔に戻り、机に向かって筆と紙を取り出した。
「バルト、報告しに走れるか?」
「えっ、まさか、俺!?いや、走るのはいいけど、いきなり王城行ったって門前払いされるよな?」
「そのとおり。だから――まず伯爵経由で報告する」
ユートは素早く手紙を書き上げ、封をする。封蝋には自分の紋を刻み、表には大きくこう記した。
> 『至急。王女殿下の身柄保護と刺客多数による襲撃について』
「“ユートより”」と最後に添えたあと、バルトに手紙を手渡す。
「“緊急”と伝えろ。馬車が出てないなら走れ。途中で捕まったら、手紙だけでも託せ。
とにかく、“すぐに”この情報が伯爵に届かなきゃ、王城は動かねぇ」
バルトは真剣な表情で手紙を受け取り、立ち上がる。
「……了解! 任せろ!」
「気をつけてな。王都の外れには、まだ残党が潜んでるかもしれねぇ」
「そのへんは任せとけ。ダテに筋肉鍛えてねぇ!」
バルトがドアを勢いよく開けて、夜の街へ駆け出していく。
ユートはその背を見送り、残った三人に視線を戻した。
「……さて。こっちはしばらく警戒体制だ。万が一のために、しばらくセリーナ殿下をここで預かる」
「準備いたしますわ」
ミリアがすぐに動き出す。
ティナはまだ落ち着かない様子でセリーナを見つめたままだった。
「ねぇ……まだ夢じゃないわよね……?」
「たぶん悪夢寄りの現実だな」とユートはぼそっと返した。
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【ユートの家・居間/夜】
バルトが駆け出してから数分。
家の中は、ひとまず落ち着きを取り戻していた。
ミリアは寝室の準備を整えに奥へ下がり、ティナは窓際で外を警戒している。
ユートは暖炉の火を調整し、ソファに戻っていた。
その隣に、静かに腰を下ろしているのは――銀髪の王女、セリーナ。
「……あの、さっきからずっと気になっていたのですが」
ユートがふと振り返ると、セリーナは少し遠慮がちに視線を上げてきた。
「私のせいで……ユート殿や、皆さまを危険に巻き込んでしまって……本当に、申し訳ありません」
その声はどこまでも丁寧で、そして――本気の謝罪だった。
「……あのまま街で襲撃されていたら、もっと大ごとになっていた。
俺たちが巻き込まれるのは避けられなかったと思います」
「……ですが、それでも……」
ユートは腕を組み、少しだけ笑った。
「俺は、“護衛”として引き受けた。命張る覚悟で、な。
それに……」
彼はちらとセリーナの方を見て、少しだけ口調を和らげる。
「こうして殿下が無事でいてくれるなら、命を張った甲斐もあったってもんだ」
「…………!」
セリーナは驚いたようにユートを見つめ、
それから静かに目を伏せて、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます。ユート殿は、やはり――勇者のような方ですね」
「やめてくれ、くすぐったい。そういう柄じゃない」
二人のやりとりを、ティナが背中越しに聞きながら、こっそりつぶやいた。
「……あれ?なんか、いい雰囲気……?」
そして彼女は小声で付け加える。
「……バルト、あのまま帰ってこなかったら、王女様が住みつくかもね……」
もちろん、それを聞いたユートが「帰ってこいよバルト……」と小さく呻くのは、少し後の話である。
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【場面転換:王都・グレイス伯爵邸前】
王城の灯りがちらほらと残る夜の王都。
バルトは全力で駆け抜け、ようやくグレイス伯爵邸の門前にたどり着いた。
門番に止められつつも、息を切らしながら手紙を突き出す。
「ユートからの、緊急の手紙だッ!頼む、すぐに……伯爵に!」
封筒には、“王女殿下の身柄保護”の文字。
門番がそれを見て、すぐに顔色を変える。
「……お待ちください!」
すぐさま走り去るその背中に、バルトは額の汗を拭いながら呟いた。
「頼むぜ、伯爵様……あとは、任せた……」
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【王都・グレイス伯爵邸】
夜も深まる頃――屋敷の門が騒がしく叩かれた。
「手紙だ!ユートから!緊急だッ!!」
ゼェゼェと肩で息をするバルトが門番に詰め寄る。
門番は最初こそ警戒したが、封筒に刻まれた“ユートの私印”を見て即座に表情を変えた。
「……すぐにお通しします」
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【書斎・エドワード・フォン・グレイス伯爵】
重厚な書斎の扉がノックも待たずに開かれた。
「伯爵様!ユート殿より、至急の手紙が――!」
エドワード・フォン・グレイスは椅子から即座に立ち上がり、使者から手紙を奪うようにして受け取った。
封を切るや否や、真剣な表情に変わる。
手紙の内容を読み進めるにつれ、眉がどんどん険しくなっていく。
――襲撃。
――数百人規模。
――王女セリーナの命に関わる重大事。
――現場からの緊急転移。
――現在、ユートの家にて保護中。
「……っ……!」
手紙を置くと、すぐさま部下に向き直る。
「急ぎ、王太子殿下に連絡を。第一報は私が口頭で伝える!
――馬車の準備を急げ!」
「はっ!」
その声には、苛烈なまでの緊張がこもっていた。
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【王宮・執務室】
夜更けにも関わらず、王宮の執務室にはまだ灯りがともっていた。
報告を受けた王太子セレインは、書類を放り出して立ち上がる。
「セリーナが……襲撃を?」
「詳細は手紙に書かれております。ユート殿が身を挺して救出し、現在は王都の外れの自宅にて保護中とのことです」
グレイス伯爵が静かに差し出した封筒を、セレインは無言で受け取り、素早く目を通した。
数秒。だが、それで全てを読み終えた。
「……完全に、王女殿下を狙った組織的犯行だな。
数百人規模を動かし、なお失敗した。だが――この件を放置するわけにはいかない」
セレインはすぐに側近を呼ぶ。
「第一王衛隊を起こせ。王都内の検問を強化。
それと、明朝、ユートとセリーナを城へ招け。報告と今後の安全計画を練る」
そして、セレインはグレイス伯爵に向き直る。
「……ユートには、また助けられたな。私からも、必ず礼を言いたい」
伯爵は微笑み、だがどこか苦々しく肩をすくめた。
「ええ、まったく……あの男は、いつも肝心なところでとんでもない仕事をしてくれますからな。
これでまた借りがひとつ、増えましたよ」
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「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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