異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

向こうへ

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【地下控え室・別れ際】

 静寂を破るように、ユートが口を開いた。

「……一度、あっちへ戻るよ」

 修一は驚いた様子もなく、静かにうなずいた。

「そうか。お前にも“守るべき場所”があるんだったな」

「ああ。街の建設もあるし、仲間もいる。中途半端なままにはできない」

 ユートは少し目を伏せ、真っすぐ修一を見た。

「でも……また話したい。だから、連絡手段を教えてくれ」

「異世界間通信なんてのは難しいが……地球内なら方法がある」

 修一はポケットから薄型のスマホを取り出した。
 見た目は普通のスマートフォンだが、背面には奇妙な模様が刻まれている。

「これを持ってろ。俺の番号が登録済みだ。特殊な暗号通信を使ってる。
 ただし、こっちの世界にいる時限定だ。転移中や異世界では繋がらない。……まあ、念のためってやつだな」

 ユートはそれを受け取り、短くうなずいた。

「ありがとう。戻ってきた時は……また、話を聞かせてくれ」

「おう。今度は“魔王”じゃなく、“おっさん”として迎えてやるよ」

 2人は無言で拳を突き合わせた。


---

【地球・郊外の新居】

 夜の街を抜け、新居へ戻ったユートたち。
 家の中は変わらず静かで、生活の匂いと安らぎが混在していた。

 バルトはそのままソファに倒れ込み、ティナはシャワーを浴びる準備をしている。

「なぁユート、あの師匠って……マジで人間か?」

「俺も疑ってる。でもな……人間が“必死に生きる”と、ああも強くなるんだと思ったよ」

 ユートは持っていたスマホを静かに机に置く。

「さぁ――戻るか。やることが山積みだ」


---

【異世界・転移の瞬間】

 ユートはリビングの窓を閉め、カーテンを引き、2人に手を伸ばした。

「いいか。転移は一瞬。気を抜くな」

「わかってる。ティナ、手ぇ握れ」

「う、うん……」

 3人は輪になり、ユートが静かに呪文を唱えた。

「転移――」

 空間が揺れ、光が弾ける。
 目の前の景色がねじ曲がり、圧縮され、そして――

 次の瞬間、3人の足は、懐かしいあの土の上に立っていた。

 空は高く、空気は澄み、遠くの森から鳥の声が聞こえる。

「帰ってきたな……俺たちの世界へ」


---

【異世界・開拓地】

 朝霧が晴れはじめ、澄んだ青空が広がる。
 ユートが転移から戻ってきた翌日、街の建設は再び動き出していた。

 広場では運び込まれた資材が整理され、土魔法でならされた地面の上に木の骨組みが組まれていく。
 あちこちで魔道具と人力が融合した作業が進み、活気が戻りつつあった。

 その中心に、宮野の姿があった。
 タブレットの代わりに分厚い設計図を広げ、現地の大工たちに身振り手振りで説明している。

「……ここは物資集積所と倉庫の複合ユニット。屋根は斜めで雨を流しやすくして、南側には乾燥炉。西日が強いから遮蔽板を入れよう」

「わ、分かった……全部、図の通りにやってみるよ!」

 作業員たちが図面を見て驚きつつも、真剣に聞き入っている。
 通訳を挟むことなく、彼の言葉は的確に伝わっていた。

 指示が一段落すると、ユートが木陰から現れた。

「おつかれ。順調そうだな」

「おう、戻ったか」

 宮野は汗をぬぐいながら、手元の図面をまとめて腰に差し込んだ。

「設計自体はもう完成形が見えてきた。あとは資材と人手、そっちの調達次第ってところだな。お前がいない間に多少進めといたけど……やっぱ細かいところは直接見てくれた方が安心するな」

「ありがとな」

 ユートは隣に並び、しばらく建設中の区画を一緒に眺めた。
 柱の立つ音。土を固める魔法の振動。街が育っていく音。

「……なあ、宮野」

「ん?」

「お前、一度向こうへ戻らなくていいのか?」

 宮野は少し目を細めて、夕日を背に受けながら答えた。

「……地球に?」

「ああ」

 その問いに、宮野は苦笑した。

「戻る理由、あるかって考えてたけどな……ないんだよ、実は」

 ユートがわずかに驚いた顔を見せた。

「家族は……?」

「いないよ。結婚してないし、親とも長いこと連絡取ってなかった。
 会社も辞めたようなもんだったし、戻ってもどうせ“元の場所”は空っぽだ」

 彼はポンと図面の巻かれた筒を手にして、続けた。

「それより、こっちでやってることの方が、よっぽど生きてる実感あるんだよ。
 俺が設計した街が、実際に形になって、誰かの生活の場になるって……やばいくらいワクワクする」

 ユートは静かにうなずいた。

「そうか……」

 宮野は空を見上げた。

「まさか、人生で本物の“街づくり”ができるとは思ってなかった。しかも異世界でな? これ、ロマンの塊だぞ。
 こんなチャンス、逃す理由がねぇ」

「お前、タフだな」

「オタクの適応力なめんなよ」

 2人は肩を並べて笑った。

「……そういや、あっちじゃコーヒーが飲みたくなるんだよな。こっちの草茶も悪くないけど、なんかこう……足りないっていうか」

「分かる。俺も無性にカップ麺が食いたくなる」

「わかる」

 ユートと宮野は顔を見合わせて苦笑した。

 だが、その後の宮野の表情は、少しだけ真剣さを帯びていた。

「ユート。お前がこの街を本気で作ろうとしてるのは分かってる。
 だから俺も本気でやる。こっちで生きるって決めたからには、後悔しない仕事をする」

「頼もしいな」

「お前が“俺を連れてきた”意味、ちゃんと形にして返すよ」

 その言葉に、ユートはしっかりとうなずいた。

「……街を完成させようぜ、宮野」

「おう。俺たちの“最初の街”をな」


---
【開拓地・仮設住宅/夕食時】

 夜が更け、工事の音も止んだ仮設住宅のダイニングには、湯気の立つスープと焼き肉の香ばしい匂いが漂っていた。

「いや~、今日もいい仕事したな!」

 バルトは上半身裸のまま椅子に座り、豪快に肉をほおばる。
 ティナがその横で、呆れたように苦笑しつつも、自分の皿に野菜を丁寧に盛り付けていた。

「バルト、少しはシャツ着なさいよ。ここ“食卓”よ?」

「いいじゃねぇか、汗流してきたばっかなんだから。熱々の肉にはこの解放感が最高なんだって!」

「開放感じゃなくて“公害”なのよ、それ」

 パシッと手の甲を叩かれて、バルトが大げさに呻く。

「うぅ、暴力系女子こわい……」

「誰が暴力系よ!」

 そんなやり取りを微笑ましく眺めながら、ユートはスープをすすっていた。
 土魔法で作られた冷暖房完備の仮設住宅。今日も順調に街が成長していた。

「……にしてもさぁ」

 ティナがふと思い出したように、スプーンを置く。

「あっちの世界、すごかったね」

「おお、地球な」

 バルトが一気に前のめりになる。

「あれ何だっけ、飯を運ぶベルト? 回ってるやつ!」

「回転寿司?」

「そう、それ! 俺、20皿以上食ったぞ。回ってくるたび『これは宝石か!?』って思ったもんな!」

「お皿の色で値段が違うって知ったとき、バルト真顔になってたもんね……」

「だって“黒皿”ばっかだったんだよ俺! 金色の皿もいったしな。最後、ユートに止められなきゃ破産してたわ」

 ユートは笑いながらうなずいた。

「まぁ、あの店員の目が“このままだと警察呼びます”って言ってたしな」

「おいおい、異世界からの客に警察は勘弁してくれよ」

 3人は声を上げて笑った。

 しばらく和やかな沈黙が流れた後、ティナがぽつりとつぶやく。

「……でも、私、また行きたいな。地球」

「おお、俺も!」

「意外と順応早かったもんな、お前ら」

 ユートが感心したように言うと、バルトが得意げに胸を張る。

「当然よ! 俺はどこに行っても戦える男――」

「うるさいわね。戦うんじゃなくて、適応するって話でしょ」

「それだそれ! 適応、得意だし! 俺、箸もフォークも完璧だぞ。てかフォークのが強い。防具も貫けるぞ、あれ」

「それでファミレスの床に突き刺さってたのね……」

 ティナがため息混じりに首を振った。

「私は……あの夜の街、綺麗だったな。ネオンっていうの? 色とりどりの光。おとぎ話みたいだった」

「うん。ティナ、ずっとキョロキョロしてたよな。あれじゃスリに狙ってくださいって言ってるようなもんだった」

「だって、魔法じゃないのに、あんなに光って……すごいよ!」

「お前、電球持って帰ろうとしてただろ」

「……ば、バレてた?」

 3人でまた笑う。


---

 やがて食事も終わり、テーブルに紅茶と甘い果物が並ぶ。
 ゆるやかに夜が更けていく。

「なぁユート、また連れてってくれるよな?」

「うん、俺が地球に行けるのは秘密だけど……2人なら、また連れて行ける。準備はいるけどな」

「わーい! 次は……温泉! あと、動物園!」

「俺は、あの……“パチンコ”ってやつ。あれ何? なんかキラキラしてた!」

「絶対だめ。それ以上ユートの貯金を減らすな」

「えぇ……」

 2人のわがままプランに、ユートは頭を抱えつつも、心の中で――ちょっとだけ、楽しみだな、と思っていた。


---

 その夜、静まり返った寝室の中。

 ユートはベッドに仰向けになりながら、ぼんやりと天井を見つめていた。

 地球も、この異世界も。どちらも大切で、どちらにも“守りたいもの”がある。

 仲間、街、人々の笑顔。

「……もう一度、行こう。全部の場所を、守るために」

 静かにつぶやいて、まぶたを閉じた。

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