異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

魔族の幹部

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【月明かりの谷《ルナヴァレス》】

 満月の光が降り注ぐ、岩と草原の谷間。
 風は穏やかに流れ、空気の冷たさが肌を引き締める。

 ユートは、一人立っていた。
 周囲に人気はない──ように見える。

 だがその瞬間、空気が変わった。

「……来たな」

 月の光が濃く差し込んだかと思うと、影が歪み、女が現れた。

 黒衣に身を包んだ長身の女性。
 背中にはコウモリのような翅、瞳は燃えるような赤。
 圧倒的な“魔力の圧”が谷を包む。

「初めまして、ユート殿。私は《グリモル》。魔族――そして“中立の理を司る者”よ」


---

「この場に応じてくれたこと、感謝するわ。あなたがどれほどの力を持つか……私自身が見たかった」

「見るだけなら、簡単だ。話があるんだろ?」

「ええ。“人族”と“魔族”は、長きにわたり、敵対する歴史を繰り返してきた。
 けれど、我々の中にも、“敵意なき者”がいる」

 グリモルの声は穏やかだが、言葉の一つひとつが重く、静かに響く。

「あなたは、“異端”だ。人でありながら、魔の理に近い圧を放っている。
 あなたの存在は、我々にとっても“警戒すべき希望”なのよ」

「……希望、ね」

「あるいは脅威。……あなた次第だわ」


 グリモルは少し視線を落とすと、ゆっくりと語り始めた。

「魔族は一枚岩ではない。統制は弱まり、各地の“強者”が勝手に動いている。
 あなたに接触しようとした者も、別派閥から現れるかもしれない。早めに、あなた自身の立ち位置を決めた方がいいわ」

「つまり、俺に味方してほしいって話か?」

「ええ。“戦わない”という選択も含めて、未来を選んでほしい。……あなたの力は、“次の均衡”に関わってくる」



 ユートは少しだけ間を置き、空を見上げた。
 月は澄んで、静かに照らしている。

「……ひとつ確認する。魔王の復活とか、世界の支配とか、そういう方向性じゃないな?」

「それは――我々の中にもいる。だが私は、そうではない。
 “力を持つ者が、何を選ぶか”。それがすべて」

「じゃあ、今は保留だ。話は聞いた。お前の顔も、力も、覚えた。……それで十分だろ」

 グリモルは少し微笑み、小さく頷いた。

「ええ。それでいいわ。今日のところは、ね。
 また“風が動く”とき、私は現れる。その時、あなたがどこに立っているか……見せてちょうだい」


---


 次の瞬間、グリモルの姿は風とともに霧散した。

 残されたのは、ひときわ強い月の光と、ほんの少しだけ空気に残った熱気。
 ユートは溜息をつきながら、呟いた。

「魔族の“幹部”ってのは、あんな感じか……はぁ、胃が痛くなるわ」


---
王城、夕刻。
 ユートは執務机の前に立つレオン殿下に、静かに一礼した。

「――グリモルという名の魔族幹部と、接触してまいりました」

 レオンは手元の羽根ペンを置き、ゆっくりと顔を上げる。

「ご苦労だった。……それで、相手の意図は?」

「和平交渉ではありませんでした。あくまで“観察”と“接触”。俺という存在が“どこに立つか”を見に来た、という形です」

「ふむ……つまり、“勧誘”ではあっても、“組織的な和議”ではなかった、ということか」

「はい。相手の言葉を信じるなら、“魔族は一枚岩ではない”そうです。幹部同士で意見の対立があり、好き勝手動いている連中もいるとか」

 レオンの目が鋭さを増す。

「……だとすれば、脅威の形も複雑になる。“魔王軍”として戦列を成してこないにせよ、個別の侵攻や干渉が起きる可能性があるな」

「ええ。向こうは俺のことを“魔の理に近い圧を持つ異端”と呼んでました。中立の立場で関わってくれるなら――と、相当に柔らかい物言いでしたが……」

「だが、警戒は必要、ということだな」

「はい。向こうは“風が動いたらまた現れる”と言い残して去りました。次が、いつとは言いませんでしたが」

 レオンは深く頷いた。

「承知した。アストレア周辺の結界強化を検討させよう。加えて、騎士団にも監視体制を強化するよう通達を出す」

「ありがとうございます、殿下」

「ユート、もし次に接触があるようなら、事前に報せてくれ。……そなた一人に背負わせたくはない」

「……感謝します。でも、殿下が口にするようなことでもないでしょう。俺は……勝手に動いてきたんですから」

「勝手に動いて、“国を守った”者には、相応の礼が必要だ。……これは、私の役目だよ」


---

【グレイス伯爵邸――夕刻の報告】

「魔族の幹部と、話をした……だと?」

 グレイス伯爵は、静かに茶を置いた。
 夜に差しかかる書斎のランプが、彼の眉を深く照らしている。

「グリモル、か……聞いた名ではないな。だが幹部を名乗るほどなら、相当な実力者か」

「魔力の“圧”がすごかった。戦う気なら、逃げるのも厄介な相手だ。……でも、敵意はなかった」

「ほう。……となれば、こちらとしては二つに備える必要があるな。すなわち、“対話の可能性”と“裏切りの兆候”だ」

「相手が言ってた。“風が動いたらまた来る”。……次に備えて、何か情報が欲しい」

「魔族に関する古文書をいくつか探しておこう。中には、魔族が“中立”を名乗った例もある。信用には値しないが、参考にはなるはずだ」

「……助かる。正直、今の情報だけじゃ動きようがない」

 伯爵は静かにうなずいた。

「報告、感謝する。次に会うときは、もう少し準備を整えてからにしろ。……万一、お前に何かあったら、面倒だからな」

「俺がやられると、あんたも困るって?」

「当然だろう。あれだけの都市を築き、王太子殿下の信頼まで得ている男を、そう簡単に手放すわけにはいかん」

 ユートはふっと笑い、席を立った。

「……ありがとな、伯爵」


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