異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

バルトの試合

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淡い光とともに、空間がぐにゃりとねじれる。
 一瞬の浮遊感のあと、三人の姿が静かに部屋の中へと現れた。

 そこは、地球にある榊春都――ユートの元の姿として住んでいたワンルームマンションの一室。
 見慣れた白い壁、積み上げられた漫画とゲーム。散らかったソファの上に転がるクッションが、ユートの帰還を迎えていた。

「ふぅ……戻ってきたな」

 ユートが息を吐く。

「おお……この空気、久しぶりだな」

 バルトは窓から外のビル群を見下ろし、懐かしげに呟く。

「やっぱり、こっちの世界って空気が違うよね。ちょっと乾いてる感じ」

 ティナはクローゼットを見つめてから、振り返った。

「ねぇ、地球の服……着替えていい?」

「もちろん。とりあえず、それぞれ着替えてくれ。目立つと面倒だしな」


---

 数十分後。
 三人は、シンプルなカジュアルスタイルに身を包んで再集合した。

 バルトは黒のジャケットにTシャツ、デニム。無骨な体格が目立つが、どこかモデルのような雰囲気すらある。
 ティナはタイトめなニットにスカート、落ち着いた色味のコートを羽織っていた。

「……やっぱり、私こういう服、ちょっと恥ずかしいかも」

「似合ってるよ、ティナ」

 ユートは苦笑しながら、懐から一つの端末を取り出した。
 それは普通のスマートフォンに見えるが、裏面には複雑な魔法陣が彫り込まれており、触れるとわずかに魔力の反応がある。

「おじさんにもらってた、専用の連絡端末だ。……よし」

 画面をタップすると、呼び出し音の代わりに静かな振動が手元に伝わる。

『……おう、ユートか』

「うん。今こっちに来てる。ちょっと、話したいことがあってさ」

『ふん。どうせ、ただの話じゃねえんだろ。まあいい、今“地下”にいる。直接来い。……それが一番早い』

「了解。今から向かう」

 通話が切れた瞬間、スマホの魔法陣が青白く一度だけ光り、再び沈黙する。



「おじさん、やっぱり地下闘技場にいるってさ」

「ほう……また“魔王”として試合してるのか」

「……ってことは、また戦う流れになったりして」

 ティナが肩をすくめる。
 ユートはドアの鍵をかけて、背後の二人に目を向けた。

「じゃ、行こうか。俺たちも、今さら“客席”じゃ済まないだろうしな」


---
【地下闘技場・入口前】

 コンクリートの老朽ビルの裏路地にある、ひと気のない非常階段。
 その先の分厚い鉄扉の前に、黒いコート姿の男が一人、待ち構えていた。

「よう、遅かったな」

 藤堂修一――通称《魔王》。地下闘技場で知らぬ者はいない最強の男。
 おじさんは相変わらず無愛想な笑みを浮かべ、手をポケットに突っ込んだまま、三人を見上げる。

「……来たはいいけど、今日は試合中なんだろ? わざわざ出てきてくれたのか」

「まだ始まって無い。俺はシードだしな。」

「……おじさん、さすがだな」

 バルトが肩をすくめる。
 ティナは軽く会釈しながら、どこか緊張している様子だった。

「ところで……お前ら二人、出ろ。トーナメントに」

「は?」

 ユートが瞬時に表情を曇らせる。

「ちょっと待ってくれ。俺たち、観戦に来ただけだぞ」

「いいから出ろ。お前らがリングに立てば、この地下は湧く。俺が保証する」

 修一はそのまま、入口の鉄扉をノックする。

 中から現れたのは、背が高く、腕が丸太のように太い黒人男性。
 黒いタンクトップにタトゥーまみれの腕、髭をたくわえた顔に鋭い目つき。

「おう、魔王……こいつら、連れか?」

「ビフ、悪いが、この二人――“出場登録”頼む。急遽参戦な」

 ビフは一瞬目を細めたが、すぐににやりと笑った。

「魔王が言うなら文句はねぇ。……ったく、また面白れぇ奴を連れてきやがって」

 タブレットを取り出し、無造作に操作しながら、ユートとバルトの顔をスキャンするように見た。

「登録完了。第七試合、第十試合。空いてた枠に突っ込んだ」

「無理矢理参加……って感じだけど、本当にいいのか? おじさん」

 ユートが改めて尋ねる。

「いいんだよ。ここは“強さが全て”だ。強ぇ奴が増えりゃ、オーナーも観客も喜ぶ。
 しかも、お前らなら下手すりゃ目玉になる」

「そういう世界か……」

 呆れながらも、ユートはどこか納得していた。


---

【魔王の控室】

「さ、試合までまだ時間がある。中で待て」

 修一の案内で、リング脇の通路を抜けていく。
 スタッフも選手も、その存在に誰ひとり文句をつける者はいない。

 やがてたどり着いたのは、まるで高級ジムのVIPルームのような空間。
 木目のロッカーに革張りのソファ、ウォーターサーバーやタオルまで完備された、完全に別格な控室だった。

「へぇ……おじさん、待遇よすぎ」

「そりゃな。ここでトップに立てば、こうなる。……ま、お前らも頑張れや」

 ソファにどっかりと腰を下ろしながら、修一はにやりと笑った。


---
【地下闘技場・魔王の控室】

 重厚なドアが閉まると、地下の喧騒が一気に遠ざかり、静かな空間が広がった。

 革張りのソファに深く腰掛けたおじさん――藤堂修一は、タオルで首筋を拭きながら、どこか満足げに鼻を鳴らす。

「……しかし、よくこんなところに居座ってるよな、おじさん」

 ユートは冷たいペットボトルを渡しながら問いかけた。

 修一はキャップを開け、ゴクリと一口飲むと、ぽつりと呟いた。

「まぁ、ここにいるのは……ちょっとした縁だな」

「縁?」

 ティナとバルトも身を乗り出す。修一は天井を仰ぎ、昔話を始めた。

「数年前、たまたまこの“地下のオーナー”に出会った。……そいつ、借金まみれでな。ヤバい筋に手ェ出して、コンクリ詰めにされて海に沈められかけてた」

「えぇ……」

「助けてやったら、そいつ泣きながら言った。“命の恩人だ、何でもする”ってな。で、ここのアイデアを話してきた。“裏の格闘場を作りたい”って」

「まさか、本当にやったのか」

「ああ。俺もちょうどヒマしてたし、興味が湧いてな。設立から手伝って、ルール整備して、治安も力で抑えて、最初の看板選手を務めた。……で、気づいたら、ここの看板《魔王》になってたわけだ」

 おじさんは肩をすくめて笑う。

「そのオーナーも成功して借金返して、今じゃこの辺の裏社会じゃ名前が売れてる」

「おじさん、趣味でトップに立つって……」

 バルトが呆れながら笑う。ユートも同意するように頷いた。

「……でな、お前らに言っときたいことがある」

 修一は空気を引き締めて、真っ直ぐにユートとバルトを見た。

「このあと試合に出るが……“30秒間は攻撃するな”」

「は?」

「何のために?」

「地球人相手じゃ、お前らが本気を出せば、一瞬で終わる。だが、ここでは**“魅せる”**ことが大事なんだ」

 修一は指を立てて言う。

「観客はな、“強い者が勝つ”だけじゃなく、“勝つまでの過程”が見たいんだ。一撃で倒して終わりなんて試合じゃ、誰も満足しねぇ」

「なるほどな……プロレス的なノリってわけか」

「そう。動き、表情、ピンチに見える演出――30秒だけ、“見せ場”を作ってやれ。それで十分だ」

 バルトは腕を組み、ニヤッと笑った。

「……面白いな。派手にやらせてもらうよ」

「俺も了解。観客が喜ぶ戦い、ってやつを見せてやる」

「よし、そうこなくちゃな」

 修一はにやりと笑い、控室のモニターに映るリングの様子を指さした。

「……お前らの番も、そろそろ近い。準備しておけ。観客に“伝説の幕開け”を見せてやれ」


---
【地下闘技場・第七試合】

 地響きのような歓声が、コンクリートの天井を震わせる。
 熱気と煙草の煙、酒と汗の匂いが混ざり合った、異様な空間――地下闘技場。

 リング中央に立つのは、上半身裸の大男。
 金髪に鋭い目つき、体中に刺青が走る本格派の白人ボクサー。
 バンテージを巻いた拳を握りしめ、観客にファイティングポーズを見せて雄叫びを上げる。

「次の挑戦者は……謎の飛び入り新人ッ!! その名も――バルトォォ!!」

 スポットライトが一斉に照らし出す。
 その光の中、ゆっくりとリングに歩み寄る影。

 黒いコートを脱ぎ捨て、鍛え上げられた肉体が露わになる。

「……よっしゃ、見せてやるか」

 バルトは静かにリングへと上がった。
 歓声と罵声が入り混じる中、その姿に観客がざわつき始める。

 体格は相手よりやや細身。しかし、ただならぬ雰囲気が漂っていた。


---

【ゴング――】

 「ファイッ!!」

 ゴングと同時に、ボクサーは低く構えて一気に距離を詰める。

 ドン! ドン! ドン!
 音を立てて飛び出す高速のジャブ。

 だが――バルトは一歩も動かない。

 それどころか、重心すら微動だにせず、上体をわずかに傾けるだけで――

 「全部、かわしてやがる……!」

 観客がどよめいた。

 繰り出される連打の雨。
 しかし、バルトはまるでそのすべてが見えているかのように、首と肩、足元のスウェイで、一切の攻撃を紙一重で回避していく。

 それはまるで、武道家が気配を読み取るような、“異次元の読み”。



 観客は一瞬の静寂のあと、爆発した。

「ヒュウウウウ!!」
「なんだあれ!? マジで人間かよ!?」
「殺せ! 当てろボブ!!」

 ボクサーが苛立ち、怒号のようなフックを放つ。
 しかし、バルトはそれすらも背中で流す。

 すべて“魅せるため”。おじさんの指示通り――まだ、攻撃はしない。

 30秒間の美技の応酬。
 “受けずして受け流す”、静かなる支配。

 リングの中にいるのは――観客の意識すら操る舞台演出者。



 ――30秒が過ぎた。

 その瞬間、バルトの瞳が鋭く光った。

「じゃ、終わりにすっか」

 瞬間移動かと見まがうほどの速度で踏み込む。

 強烈なボディブロー。
 肋骨が軋むような一撃に、白人ボクサーの身体がのけぞった。

 そこへ――

 右ストレート。左フック。膝蹴り。後ろ回し蹴り。回転肘。
 怒涛の連撃。

 観客が息を呑む中、音もなく白人ボクサーが崩れ落ちる。
 そのままダウン――カウント不要。完全ノックアウト。



 バルトはゆっくりと拳を下ろし、リング中央で静かに佇んだ。
 その姿に、誰もが息を飲み――そして、会場は一斉に爆発した。

「うおおおおおおおおおおおッ!!!」
「新星だああああッ!!」
「今のヤベぇって!!あれ絶対ヤベぇって!!」

 控室のモニターを見ながら、おじさんがニヤッと笑う。

「……あいつ、ちゃんと“魅せ方”を覚えたな。見どころ、しっかり抑えてるじゃねぇか」

 ユートは隣で腕を組みながら、少し笑った。

「ったく……先にこんな試合されちゃ、こっちも気合い入れないと損するな」


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