奴隷商人の息子として転生したけど、奴隷は絶対売りません!

林檎雪

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第七話 奴隷商ベルトラ

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 ルーベルトが目を覚ました時、隣ではクリスがまだすやすやと寝息を立てていたが、彼の気配に気づいてまどろみながら身体を起こした。

「……ん、おはよう、ルーくん……」

「おはよう、クリス。ゆっくり寝れた?」

「うん。ふかふかのベッドって、こんなに気持ちいいんだね」

 ふたりで顔を見合わせ、微笑み合うと、手短に身支度を整えた。
 朝――いや、正確には昼前の軽い食事を、宿屋の一階で済ませる。

 食後、宿屋の女将が声をかけてきた。

「おはよう。昨日はよく眠れたようだね。今日はどこか行くのかい?」

「あ、はい。実は“奴隷市場”を探していて……場所、わかりますか?」

「奴隷市場かい?それなら、この宿を出てすぐの通りを左に行くと、大きな広場がある。その南側の門を抜けた先の奥にあるよ」

「ありがとうございます、助かりました」

「ふふ、気をつけて行っといで。あそこは少し、空気が重たいからね」

 ルーベルトは感謝を伝え、クリスと共に宿の扉を開けた。

「じゃあ、行こうか。ベルトラって人に、会いに」

「うんっ!」

 こうして二人は、奴隷市場へと向かった。

 ◆ ◆ ◆

 ――奴隷市場は、陰鬱で空気が重く、まるで別世界だった。
 中心部とは違い、ここには笑顔や温もりといったものが存在しない。ただ、値をつけられた人々と、それを品定めする目だけがある。

「……ルーくん……ここ、なんだか怖い……」

 クリスの声がかすかに震える。
 彼女の手が無意識にルーベルトの袖を握っていた。

「大丈夫。俺がいる。絶対に離さないから」

 小さく囁き、彼女の手を握り返す。

 そんな二人の前に、突如として四つの影が立ちはだかった。

「おいおい、なんだ坊ちゃん。こんなとこでお嬢ちゃんとデートか?」

「……ここがどこだか、分かって歩いてんのか?」

 野太い声が、あちこちから飛んでくる。
 四人とも身長はルーベルトより頭ひとつ大きく、腕は丸太のように太い。そのうちの一人がクリスの方へとジリジリ歩を進める。

「いいか、お前は失せろ。この女は置いていけ……なあ?」

 クリスがルーベルトの腕にしがみつき、顔を伏せる。
 ルーベルトは一歩も引かなかった。静かに、だがはっきりとごろつき達を見据える。

 そのとき――

「……おい、待て!」

 一人の男が、ルーベルトの胸元を指差して言葉を詰まらせた。

「こ、これ……胸のバッジ……ネスト卿の家紋……!」

「な、なんだと!?」

「ば、馬鹿、俺たち……とんでもない相手に……っ!」

 四人の顔色がみるみる青ざめていく。

「お、おそれいりました! まさか……ネスト卿のご子息であらせられるとは露知らず……!」

 さっきまでの威圧的な態度はどこへやら。地に頭を擦りつける勢いで、彼らは一斉に頭を下げた。

「いいよ。もう気にしてないから。争うつもりもなかったしね」

 ルーベルトは淡々と応じた。
 だが、その手の中ではクリスがまだ震えている。彼女の細い腕をそっと包み込み、安心させるように親指で優しくなでた。

「……ところで、ベルトラって人物を探しているんだけど。知ってる?」

「も、もちろんでございます! ベルトラ様でしたら、ただいま地下の“私室”にて、新しく入荷した奴隷の査定中かと……」

「案内してくれるかな?」

「か、かしこまりました! こちらでございます!」

 男たちは道を開け、先頭に立って市場の奥へと進み始めた。
 歩き出したルーベルトのすぐ横で、クリスはまだ不安げに手を握っていた。

「……大丈夫。俺が一緒にいるから」

 ルーベルトのその言葉に、クリスは小さく頷き、彼の手をぎゅっと握ったまま離さなかった。

 ごろつきたち四人は、すっかり態度を改めた様子でルーベルトたちを先導する。彼らの背に続き、奴隷市場の地下へと続く階段を下っていくと、そこには沈んだ空気が広がっていた。

 湿った空気、嗅ぎ慣れぬ薬品と血の匂い。そして――

「っ……」

 クリスが息を呑み、ルーベルトの腕にしがみつく。

 通路の左右に並んだ牢の中では、無数の奴隷たちが縛られ、調教と称された行為を受けていた。檻に閉じ込められ、鞭を打たれ、時に薬物を投与され、痛みに悶えている。中には、すでに意識が朦朧とし、床にうずくまっている者もいた。

 目を背けたくなる光景に、ルーベルトもまた胸が締め付けられる。

 (……これが、現実か)

 重たい足取りで廊下を進みながら、彼は改めて、この世界の残酷さを実感する。

 そんな中、ようやく一室の前で立ち止まった案内役の男が、重厚な扉を「コン、コン」と控えめに叩いた。

「ベルトラ様、客人がお見えです」

 しばしの沈黙の後、中から渋い男の声が返ってきた。

「……待たせてくれ。今、鑑定の最中だ」

「ですが、ネスト卿のご子息でございます」

 その瞬間、扉が勢いよく開かれた。

「なんと! それを早く申してくれねば困るではないか!」

 現れたのは、短い足に丸い腹。金で着飾った紫の絹服を身にまとい、顔には油のような艶と厚化粧。口髭を小さく整えたその男は、いかにも成金趣味に染まった五十代の男だった。

「ようこそお越しくださいました、ルーベルト殿! ネスト卿からかねがね噂は伺っておりますぞ!」

 男はルーベルトの手を両手でがっしりと包み込み、過剰な笑顔で頭を下げた。

「ベルトラ、と申します。いやはや……首を長くしてお待ちしておりました。さあさ、中へどうぞ!」

 ぐいと身体を横に引き、部屋の中を手で示す。

 その横を通り抜ける瞬間、クリスは再びルーベルトの腕にしがみついた。地下の空気はなおも重たく、どこか湿った不快な感触が肌に張り付いて離れない。

 ルーベルトはそんな彼女の手をそっと握り返し、静かに頷いた。

 ――今この瞬間から、本当の意味での戦いが始まる。

 ⸻

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