ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
14 / 112
壱ノ章:災いを継ぐ者

第14話 S

しおりを挟む
「おらぁ ! 何してくれてんだてめぇ !」
「ぶち殺されてえのかクソ人間 !」

 口々に罵声が飛んできた。兼智はと言うと棒を眉間にぶつけられたのが酷く堪えたのか顔を抑えて項垂れている。龍人は霊糸で床に転がっていた棒を回収し、手元へ引き寄せる。そして肩に担いでから辺りを窺った。周りの視線がこちらへ向いている以上、逃げるのは得策ではないだろう。一人ならまだしも怪我人がいる。無事で済む確率は低い。

 刹那、くぐもった爆発音がした。僅かに建物が揺れる。音の下方角は外…向かいの倉庫だった。向かいの倉庫では銀翼の鴉天狗が神通力を使い、龍人が拷問の最中に乱入した事を感じ取ってから行動に移り出していたのだ。

「ほーら出てこい。食事の時間だ」

 彼が手を叩いた瞬間に蛍火達が檻に張られた札に張り付く。そして羽の上で燃え盛っている火が札に移った直後、爆発を起こして檻の入り口を破壊した。不細工で歪んだ面をした泥人形の様な木っ端の暗逢者たちが呻きながら檻から出て来る。それだけではない。奥の方にいた大型の暗逢者まで目を覚まし、格子を破壊しながら雄叫びを上げだした。

「やべ、退散退散」

 銀翼の鴉天狗は焦ったのかそう呟き、こっそりと裏口から出て行く。暗逢者達は倉庫の正面に備えられた入口用のシャッターを引っ掻き続けるが、暴れ出した大型の暗逢者の突進で簡単に破壊されるや否や、そこからわらわらと外へ出た後に明かりがついている向かいの廃倉庫へとつたない足取りで駆け出した。

「な…何だ今の⁉」
「あの人間が何かしやがったのか⁉」
「待て…この呻き声、まさか――」

 鴉天狗たちが異変に気付き、やがてその正体に勘づいた時だった。廃倉庫のシャッターが破壊され、大型の暗逢者が姿を現す。光る眼、外れてるのではないかと見間違えてしまう程に大きく開かれた口、象の様な固い皮膚と不自然にあちこちが隆起した歪な筋肉。そして六メートルはあろうかという体躯。

「”だらご”の群れに…”おおだらご”まで… !」

 佐那との座学においてある程度暗逢者に対する知識を身に着けていたのか、龍人は彼らの名前を呟いた。周りを歩く人型はだらご、そして大型の暗逢者の名はおおだらご。古文書にはそう書かれていた。だがまたとない好機だった。だらご達はパニックになっている鴉天狗たちを襲っており、まだこちらに気付いていない。

「おい !」

 頭上から声がした。上を向くと銀翼の鴉天狗が翼をはためかせて滞空し、こちらに手を振っている。

「逃げるんだろ ? 霊糸を俺の足に巻きつけろ」

 銀翼の鴉天狗はこちらへ呼びかける。なぜ霊糸を知っているのか疑問だったがそんな事は後で聞けばいい。龍人は怪しみながらも手から霊糸を放って、彼の脚に巻き付けた。

「オッケー。振り落とされんなよ !」

 龍人が霊糸を使用したまま夏奈を抱きしめたのを確認する。そこから彼らを引っ張り上げ、宙づりにしたまま銀翼の鴉天狗は飛び去った。二人分の体重を支えなければならないせいで速度は落ちるが、騒乱から逃れるには十分な速度だった。

「な…夏奈 ! 待って !」

 ボロボロの状態ではあるが、翔希もその後を追いかける。暫くしてから他の鴉天狗たちも倉庫から逃げ出し離散していった。暗逢者達をそのままにしてである。



 ――――倉庫から逃れた後、銀翼の鴉天狗は葦が丘地区の飲食街へとやってくる。そのまま居酒屋が立ち並ぶ通りの路地裏へと龍人たちを降ろした。着地をした龍人は夏奈を近くのビールケースに腰を下ろさせる。銀翼の鴉天狗の方は近くにあった塀の上で膝を組んで座っていた。近くにいて分かったのだが、彼の翼は金属製故に煌めいており、動かす度にロボットが駆動するかのような小さな音を立てていた。

「夏奈ちゃん、少し見せて…これ折れてるな。開放性じゃないだけマシか」

 垂れさがり、内出血を起こした夏奈の腕を見て龍人は苦しげに言った。だがそんな彼を銀翼の鴉天狗は少し嬉しそうに見つめている。期待通りといった様子だった。

「想像以上の度胸と人の善さがあるな。老師様の教育の賜物ってやつか ? それとも元からお人好し…なわけねえか。アンタ前科者だしな。それも常習犯」

 あらかたお見通しといった所らしく、鴉天狗は龍人を揶揄ってくる。龍人は夏奈を安心させるために肩を少し擦ってから彼の方へ近づいた。

「助けてくれてありがとうって言いたいのは山々だけど何かムカつくな。さっき電話寄越したのもお前だろ ?」
「ご名答…本名は言わないがSエスって名乗っとこうか。色々詮索されると困る身でね」
「こっちの事は何でも知ってる癖に自分は隠れるのか。なにもんだよアンタ ?」
「言ったろ、行動次第だって。今は君のファンであり…味方だ。まさか本当に飛び込んでいくとは思わなかった。お陰でこっちもやりやすかったよ」

 Sを名乗る鴉天狗に対して探りを入れようとする龍人だが簡単にあしらわれてしまう。そんな折に翔希も空から現れた。

「夏奈… ! 良かった無事で…」
「え、あ、うん…」

 安堵している彼とは対照的に夏奈の反応は恐ろしく冷ややかだった。当然の帰結である。自分の不手際で巻き込んでおきながら都合の良い時だけ心優しい聖人を演じる者に、温かいまなざしを送ってやれるようなお人好しは存在しない。

「ひとまず集団で固まってると目立つな。一回散らばろう。何かあった時はまた連絡する。龍人…だっけ ? そこの二人はお前が勝手に匿ってくれ。俺関係ないし」

 塀の上で器用に立ち上がったSは夏奈たちを指さした。

「は ? いやちょっと待て…行きやがったあの野郎」

 返事を聞かないまま飛び立ったSを睨みつけながら龍人は見送り、ため息交じりに夏奈たちを見る。匿えと言われても応急処置も済んでいない怪我人と貧弱そうな鴉天狗を引き連れてどうしろというのか。

「…ここからだと、近いよな」

 だが少しして預かってくれそうな場所がある事を思い出し、二人に声をかけて歩き出す。飲食街…幸いにも”ストランド”の最寄であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

処理中です...