20 / 112
壱ノ章:災いを継ぐ者
第20話 ブルジョワ
しおりを挟む
ひとまず家に帰った龍人たちは服を着替え、鴉天狗を引いたおかげで傷物になった車を乗り換えた。橙色のSUVであり、いつも通り佐那が運転席に乗ってガレージから飛び出していく。
「…で、何でお前も来たわけ ?」
スカジャンと迷彩柄のジーンズに着替えた龍人は、助手席に座った自分の膝上で丸くなっているムジナを見た。
「留守番ばかりさせるのも可哀そうでしょ」
窓の外の景色に目を配りながら佐那はムジナを連れてきた理由を語る。ここ最近散歩に連れて行ってあげられなかった事を思い出したのだ。やがていつもの見慣れた商店や飲み屋街からは大きく離れ、葦が丘地区の中心地であるビル群へと二人と一匹を載せた車は辿り着く。通行人の割合としては鴉天狗たちが圧倒的に多く、心なしか服装や佇まいにも気品があった。佐那はまだしも、自分は明らかに場違いな存在だという事を龍人は思い知らされる。
「武術ばっかりじゃなくて、コーディネートとかテーブルマナーについても教えて欲しかったね」
「じゃあ第一歩を教えてあげる。委縮せず堂々としていなさい」
「……いしゅくって何だ…?」
聞き慣れない単語に龍人は悶々としつつ、やがてコインパーキングへ駐車されたのを見計らって車から降りる。日本円の貨幣が平然と使われている事にも驚きだが、建築物や街灯といった公共物も含め、近代もしくは現代の人間社会に近い水準の物を使っているのがどうにも受け止められない。
勿論街灯に入っているのは電気ではなく火の球だったり、空から警備服らしい物を身に纏った鴉天狗の群れがパトロールをしていたりと、探せば違いは山ほどあるがハッキリ言って生活に不便をする事は無い。尤も、平和に暮らせるだけの度胸と人脈と腕力があればの話だが。
「妖怪ってもっと辛気臭いっつーか田舎者みたいな生活してると思ったんだけどな。今更だけど」
「人間と同じように感情があるのよ ? ナウでヤングな暮らしの一つもしたくなるわ」
「それ死語だよ老師…」
二人と一匹が歩道を歩いている時、彼らに気付いた子供連れの鴉天狗のカップルが手を振って来た。淡い紺色のスーツを着た男と、深緑のドレスを身に纏った女。そしていかにも甘やかされたボンボンらしいサスペンダー付きの短パンと白いシャツ姿の子供。絵に描いたようなブルジョワのお散歩である。
「老師殿、いやはやここでお会いするとは、世界というものは狭いですな」
「お久しぶりです。昨日ニュースで拝見しましたよ。とうとう嵐鳳財閥の警備部門お抱えになったとか」
「いえいえ、これも全て老師様のご指導あっての―――」
かしこまったビジネストークに花を咲かせている側で、龍人はムジナを見た。お座りをしてはいるがやはり退屈しているらしく、顔をそっぽ向けて欠伸をしている。
「―――是非お弟子さんと共に、また我が社にいらしてください。ここ最近になって暗逢者の動きが活発化しているというのに、平和が続きすぎたせいで社員たちはすっかり腑抜けだらけになってしまいましてな。そろそろ根性を叩き直してやる必要があるのです」
「ええ。機会があれば是非」
「感謝しますよ。それではこれで…霧島龍人さん。またお会いしましょう」
「あ、はい」
金持ちそうな鴉天狗と龍人たちは挨拶をしてから別れるが、彼らの姿が見えなくなったタイミングで龍人は肩の力を抜いて溜息を吐いた。あの手の上品ぶった輩が龍人はとにかく嫌いだった。断じて嫉妬ではない。あの手の連中は自分の様な格下相手だろうと丁寧な態度をしてこその勝ち組というしょうもない固定観念を持ってるという偏見。それが内心では自分の事を見下してるに違いないという卑屈につながっていた。
そんな龍人に呆れたような視線と苦笑いを差し向ける佐那だが、やがて辿り着いたのは一面を強固な鉄の防壁に囲まれた巨大な施設だった。摩天楼、不夜城、要塞…そんな荘厳な物言いを全部詰め込んだかのようなビルが数棟、防壁内の敷地に構えられている。悪の親玉が住んでいると言われたら恐らく納得してしまうだろう。
”嵐鳳財閥”と書かれた門をくぐった先では、待ち構えていたかのように鴉天狗たちが銃器を構えて正面の大通りの両脇で敬礼をしている。おまけに自分達が通るための道には、赤い絨毯まで敷かれていた。なぜここまでする必要があるかは知らないが、威風堂々と歩く佐那の後ろを遠慮気味に進んでいくと、奥の方から若い女の鴉天狗に手を貸してもらいながら一人の鴉天狗が向かって来る。年寄りらしく、杖をついて歩くのもやっとな姿だった。
「その老体でわざわざ出迎えに ?」
佐那が鼻で笑った。
「幽生繋伐流の使い手が羨ましい。全然老け込まんのだから…久しいな、玄紹院の一人娘よ」
熱い抱擁を交わす二人を余所に、歩き疲れたのでさっさと休ませて欲しいと言った具合に龍人は首を鳴らして足首を回してストレッチを行う。
「龍人、紹介するわ。嵐鳳財閥の総帥、鷹宮秀盟。そして彼の孫娘にして事業を取り仕切っている代表取締役の鷹宮智明」
「智明です。以降お見知りおきを」
その折に、佐那から紹介を受けた女の鴉天狗が龍人に名刺を渡してきた。金色の刺繡が美しい着物を纏っており、本人の顔立ちや振る舞いにも服に見劣りしない程洗練されている。まつ毛が長く、妖艶な目付きをした彼女と目が合った際に龍人は若干緊張した。鳥の顔を見てここまでドギマギしたのは初めてかもしれない。
「霧島龍人よ…待っていたぞ。中々の問題児だと聞いている。まあ細かい話は後にして、まずは私の築き上げてきたこの財閥を自慢させてくれ。どの道後でお前さんに会わせたい奴がいる」
さあついてこいと秀盟と智明は歩き出し、龍人たちは渋々後に続いた。
「あそこまでドヤ顔されると清々しいな」
「でしょうね。昔からあんな感じ」
自惚れ屋な点を指摘した龍人だが、佐那の反応からするに今に始まった事ではないようだった。
「…で、何でお前も来たわけ ?」
スカジャンと迷彩柄のジーンズに着替えた龍人は、助手席に座った自分の膝上で丸くなっているムジナを見た。
「留守番ばかりさせるのも可哀そうでしょ」
窓の外の景色に目を配りながら佐那はムジナを連れてきた理由を語る。ここ最近散歩に連れて行ってあげられなかった事を思い出したのだ。やがていつもの見慣れた商店や飲み屋街からは大きく離れ、葦が丘地区の中心地であるビル群へと二人と一匹を載せた車は辿り着く。通行人の割合としては鴉天狗たちが圧倒的に多く、心なしか服装や佇まいにも気品があった。佐那はまだしも、自分は明らかに場違いな存在だという事を龍人は思い知らされる。
「武術ばっかりじゃなくて、コーディネートとかテーブルマナーについても教えて欲しかったね」
「じゃあ第一歩を教えてあげる。委縮せず堂々としていなさい」
「……いしゅくって何だ…?」
聞き慣れない単語に龍人は悶々としつつ、やがてコインパーキングへ駐車されたのを見計らって車から降りる。日本円の貨幣が平然と使われている事にも驚きだが、建築物や街灯といった公共物も含め、近代もしくは現代の人間社会に近い水準の物を使っているのがどうにも受け止められない。
勿論街灯に入っているのは電気ではなく火の球だったり、空から警備服らしい物を身に纏った鴉天狗の群れがパトロールをしていたりと、探せば違いは山ほどあるがハッキリ言って生活に不便をする事は無い。尤も、平和に暮らせるだけの度胸と人脈と腕力があればの話だが。
「妖怪ってもっと辛気臭いっつーか田舎者みたいな生活してると思ったんだけどな。今更だけど」
「人間と同じように感情があるのよ ? ナウでヤングな暮らしの一つもしたくなるわ」
「それ死語だよ老師…」
二人と一匹が歩道を歩いている時、彼らに気付いた子供連れの鴉天狗のカップルが手を振って来た。淡い紺色のスーツを着た男と、深緑のドレスを身に纏った女。そしていかにも甘やかされたボンボンらしいサスペンダー付きの短パンと白いシャツ姿の子供。絵に描いたようなブルジョワのお散歩である。
「老師殿、いやはやここでお会いするとは、世界というものは狭いですな」
「お久しぶりです。昨日ニュースで拝見しましたよ。とうとう嵐鳳財閥の警備部門お抱えになったとか」
「いえいえ、これも全て老師様のご指導あっての―――」
かしこまったビジネストークに花を咲かせている側で、龍人はムジナを見た。お座りをしてはいるがやはり退屈しているらしく、顔をそっぽ向けて欠伸をしている。
「―――是非お弟子さんと共に、また我が社にいらしてください。ここ最近になって暗逢者の動きが活発化しているというのに、平和が続きすぎたせいで社員たちはすっかり腑抜けだらけになってしまいましてな。そろそろ根性を叩き直してやる必要があるのです」
「ええ。機会があれば是非」
「感謝しますよ。それではこれで…霧島龍人さん。またお会いしましょう」
「あ、はい」
金持ちそうな鴉天狗と龍人たちは挨拶をしてから別れるが、彼らの姿が見えなくなったタイミングで龍人は肩の力を抜いて溜息を吐いた。あの手の上品ぶった輩が龍人はとにかく嫌いだった。断じて嫉妬ではない。あの手の連中は自分の様な格下相手だろうと丁寧な態度をしてこその勝ち組というしょうもない固定観念を持ってるという偏見。それが内心では自分の事を見下してるに違いないという卑屈につながっていた。
そんな龍人に呆れたような視線と苦笑いを差し向ける佐那だが、やがて辿り着いたのは一面を強固な鉄の防壁に囲まれた巨大な施設だった。摩天楼、不夜城、要塞…そんな荘厳な物言いを全部詰め込んだかのようなビルが数棟、防壁内の敷地に構えられている。悪の親玉が住んでいると言われたら恐らく納得してしまうだろう。
”嵐鳳財閥”と書かれた門をくぐった先では、待ち構えていたかのように鴉天狗たちが銃器を構えて正面の大通りの両脇で敬礼をしている。おまけに自分達が通るための道には、赤い絨毯まで敷かれていた。なぜここまでする必要があるかは知らないが、威風堂々と歩く佐那の後ろを遠慮気味に進んでいくと、奥の方から若い女の鴉天狗に手を貸してもらいながら一人の鴉天狗が向かって来る。年寄りらしく、杖をついて歩くのもやっとな姿だった。
「その老体でわざわざ出迎えに ?」
佐那が鼻で笑った。
「幽生繋伐流の使い手が羨ましい。全然老け込まんのだから…久しいな、玄紹院の一人娘よ」
熱い抱擁を交わす二人を余所に、歩き疲れたのでさっさと休ませて欲しいと言った具合に龍人は首を鳴らして足首を回してストレッチを行う。
「龍人、紹介するわ。嵐鳳財閥の総帥、鷹宮秀盟。そして彼の孫娘にして事業を取り仕切っている代表取締役の鷹宮智明」
「智明です。以降お見知りおきを」
その折に、佐那から紹介を受けた女の鴉天狗が龍人に名刺を渡してきた。金色の刺繡が美しい着物を纏っており、本人の顔立ちや振る舞いにも服に見劣りしない程洗練されている。まつ毛が長く、妖艶な目付きをした彼女と目が合った際に龍人は若干緊張した。鳥の顔を見てここまでドギマギしたのは初めてかもしれない。
「霧島龍人よ…待っていたぞ。中々の問題児だと聞いている。まあ細かい話は後にして、まずは私の築き上げてきたこの財閥を自慢させてくれ。どの道後でお前さんに会わせたい奴がいる」
さあついてこいと秀盟と智明は歩き出し、龍人たちは渋々後に続いた。
「あそこまでドヤ顔されると清々しいな」
「でしょうね。昔からあんな感じ」
自惚れ屋な点を指摘した龍人だが、佐那の反応からするに今に始まった事ではないようだった。
0
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。
だが、ある日突然――運命は動き出す。
フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。
「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。
そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる