ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第33話 ひた向き

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 夜になったのを待った後に、龍人達は紹良河地区へと足を踏み入れた。葦が丘に比べると少しこじんまりとした建物が増え、年季の入ったポスターが壁中に埋め尽くされるわ、鼠が辺りを走り回っているわと相対的に見て薄汚れていた。

「ついに来たなあ、紹良河」
「全くだ」

 龍人と颯真は並び立ってから少し感慨深そうにしている。気楽な心構えではあるが、まさか自分達がこんな場所へ来る羽目になるとは、当初の出会いからは思っても見なかった事態である。そんな二人の目の前にはびくびくした様子で立っている一つ目小僧の妖怪が立っており、さっさと動いてくれという圧を背後から感じたのかトボトボと動き出した。

「…いつ、解放してもらえるんです ?」

 痣と擦り傷だらけの顔をこちらへ向けて一つ目小僧が窺ってきた。

「目的が済むまでだ。さっさと歩け、前歯もう一本折られてえのか」
「ヒッ…」
「まあ待て龍人、確かにその辺適当に歩いてたとしても苦羅雲に出くわすとは限らねえだろ。長丁場になるんなら、先に腹ごしらえでもしようぜ」

 一つ目小僧を脅す龍人だが、颯真は落ち着き払った様子で辺りを見回した。神通力を用いて周辺の様子を探り出し、やがて自分達がいる位置から更に前方へ四百メートル歩いた先、右手側に大きめの居酒屋がある事を突き止める。具体的に探ったわけでは無いのだが、探知した生物の反応が規則正しく並んでいるか、テーブルか何かを四、五人で囲むようにしているなど、飲食店のカウンターや座席を彷彿とさせる集まり方をしていた。おまけに目的地である蓮亜街にも近い。

「まっすぐ歩いてけばたぶん飯屋があるぞ。それなりに客の出入りもある」
「じゃあそこ行くか」

 行き先の決まった一同は周辺からの物珍しさからくる視線を受けながら通りのど真ん中を歩く。余所者扱いなど、龍人にとってはもはや日常の一つであった。どんな世界でも、見慣れない者や土地柄にそぐわない格好をした者は簡単に目立つ。

 やがて三人が入ったのは、檜で作られた看板を仰々しく飾っている焼き鳥屋であった。どいつもこいつもなぜこう鳥肉料理が好きなのかと、颯真は僅かに渋い顔をするが、いざ入ってみれば炭火とタレの匂いが充満しており、繁盛し続けた証ともいえる薄汚れた店内が出迎える。悪くない。

「何でこう、少し汚れた感じの居酒屋ってテンション上がるんだろうな」
「これだから商売に疎い素人は困る。いいか龍人…客の出入りが多い居酒屋は、忙しくて隅々まで掃除できるほど暇じゃないから汚れるんだ。それだけ客がいるんなら味も保証できる。それで本能が期待しちゃうんだよ。たぶんな。衛生面は知らん」
「…店側が杜撰ってことか ?」
「そうとも言う」

 ぶち模様がある女の化け猫に案内され、店内の右奥のテーブルへ通された龍人と颯真は談笑しながら品書きに目を通す。やがて串の盛り合わせと臓物料理を幾つか、そしてビールとハイボールを二杯ずつ注文した。勿論一つ目小僧にもである。

「えっ、いいんスか」
「おう気にすんな」
「まあ、付き合わせてるからこれぐらいはな」

 自分も御馳走にありつけると分かり、一つ目小僧は驚いたように二人を見た。颯真も龍人も気にしてないかのように装っているが、厳しいばかりでは裏切りへの躊躇をより軽薄な物にしてしまうという事が分かっていたからに他ならない。譲れない部分は徹底的に厳しく、しかし好感度を稼ぐべき時には稼ぐ。アメとムチであった。

「しっかし颯真、お前の神通力っていうの ? 便利だよな。どちらかっつーとテレパシーって感じだが」

 運ばれてきたビールをすぐさま空にしながら龍人が言った。

「まあな。これでも昔の鴉天狗に比べれば大したことないんだと。今の鴉天狗は、俺みたいに広範囲を索敵出来る代わりにそれ以外の事は出来ないか、織江みたいに範囲は狭いが、より細かい行動や呼吸なんかまで探知できるようになってるかのどちらかだ。俺の爺ちゃんなんて、若い頃はその気になれば二十キロ先でゴミ漁ってる鼠の呼吸音も聞き取れるくらいだったって言うしな。おまけに精神に干渉して、錯乱させたりなんてのもお手の物だったとか。今じゃ必要もない技術だからってんで、結局は廃れちまったんだが」
「へぇ~、じゃあ鴉天狗は皆使えるって事なのか。神通力」
「いいや。一部の上流階級だけだよ。逆説的に言うなら、そんな芸当が出来るようだから上流階級になれるかもしれないって言うべきか…ゾッとするよな。生まれた時の才能で、その後の全部が決まっちまうんだぜ。格も、仕事も、富さえもだ」
「…苦労してんな。色々」

 颯真から語られる鴉天狗の実情を聞いた龍人は、自分はマシだったのかもしれないと変な感覚を抱いた。勿論貧しさもあり、時折自分へ襲い掛かって来る暗逢者の恐怖もあり、お世辞にも安らぎに満ちてるとは言い難い。でも確かに自由があった。どのコミュニティにも属さず、媚びず、かといって別の誰かのテリトリーも侵さず、気ままにさすらっていた風来坊であった。そこに窮屈さは無かったのだ。

「でも今は爺ちゃんも姉ちゃんも俺の味方をしてくれてんだ。”クソみたいなヒエラルキーを、お前がぶっこわしてやれ”ってさ。やっぱ誰かに応援されると嬉しくなっちまうんだよ。だから精一杯自分に出来ることを頑張るんだ」
「義翼もそうやって作ったのか ?」
「おう。義翼だけじゃねえ。いつかは神通力さえも技術で再現してやる。そして安価で流通させて、他のエリート共を嘲笑ってやるんだ。お前らが有難がってる才能なんざ、今や一万も出せばだれでも使える代物だぞってな。そのために色んな事象や文化にも目を通したい。ウチの財閥が老師に接近したのも、俺が幽生繋伐流について本格的に研究をしたくなったからだ。ま、爺ちゃんのコネも使ったけどな。仲良いしあの二人」

 颯真の言葉には決意と覚悟がみなぎっていた。酒が回っているにもかかわらず、呂律がはっきりとしている事からもそれが見て取れる。覚悟という点で言えば、幽生繋伐流についてもそうだ。佐那から聞いた話によれば、この流派で使われる技は生命エネルギーの塊とも言える霊糸で、妖怪たちの持つ力を再現した物だと言っていた。技の発展のために多くの戦いや修行が行われ、数多の人間が命を落とした。だが人が妖怪に打ち克てる力を手にしたいという渇望が退化を許さなかったのだ。強い意志こそが向上心と貪欲さを生み、ひいては飛躍へと繋がる。どんな世界でもそれは共通しているのかもしれない。

「すんません、レモンサワーお願いします…どうも。努力出来るヤツって凄いな。俺はモチベ無いからしないけど」

 三杯目の酒を頼みながら龍人がぼやく。

「だけど、お前だって老師の所で修行してんだろ。現にちゃんと努力して幽生繋伐流の技巧の数々を物にしてるじゃねえか」
「努力って頑張るって事だろ。じゃあ俺のは努力じゃ無いな。嫌いじゃないからやってるだけで別に頑張っては無いし。割と要領よくてな、体がすぐ覚えちまうんだ。座学以外は。何か欲しいもんだよ、俺もその…努力するためのモチベ的な ?」

 龍人が自分の現状について投げやりな回答をしてる時だった。一つ目小僧がしきりに肩を叩いてくる。見ればテーブルの上の料理がかなり食い荒らされていた。

「お前ふざけんなよ、俺ホルモン味噌炒め以外ほとんど食ってねえんだぞ」
「そこじゃないっス、外 ! 外 !」

 一つ目小僧が必死に指をさす先では、ガラスの扉越しに複数の影が見えた。化け猫である。黒いスウェット、帰宅中のサラリーマンと言った具合のスーツ姿、ジャージ…服装は多様であったが全員が共通して、鉄の仮面を付けていた。

「歩いてくる速度と動き方に迷いがない。たぶん、最初からここ狙って来てるみたいだぞ龍人」

 神通力で相手方の動きを把握した颯真がそう告げた直後、先頭にいたスウェット姿の化け猫が店のドアを開けた。鉄仮面の化け猫たちは、店員の呼びかけにも応じず店内を見渡すが、やがて龍人と目が合うや否や静かな足取りで接近してくる。店内は途端にざわつき出した。

「あれが苦羅雲か。随分とおっかなそうだ」

 龍人は一度も目を離す事なく所見の感想を述べるが、一つ目小僧が戸惑っている事に気付くとすぐに顔を彼の方へ向けた。

「どうした ? トラウマが蘇ったか」
「…違う」
「え」
「こいつら、苦羅雲じゃない…」

 一つ目小僧が期待はおろか予想すらしなかった事態を報せる頃には、化け猫たちはテーブルを囲み、龍人達の退路を断ってしまっていた。
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