ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第39話 不可解

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 見渡す限りに畳が敷き詰められた大広間、佐那はその中央に正座していた。渇いたイグサの香ばしい匂いが鼻に入る度、寝そべってくつろいでみたいという衝動に駆られてしまいたくなるが、この場ではとてもではないが出来そうにない。自身が座っている座布団よりも後方、更には両側面の襖が全て開けられており、化け猫達が両手を前にして待機している。皆が彼女に睨みを利かせていた。

「財閥の付き添いやなくて、アンタだけで来るんはかなり久しぶりやな」

 広間の奥に鎮座していた老齢の化け猫が、妖艶に微笑みかけてきた。女である。彼女の両隣には、幹部らしき化け猫達が全員で五人ほど、座布団の上で座っていた。正座をしている者もいれば、胡坐をかいて退屈そうにしている者もいる。新参者や下っ端が同じことをしていれば、十中八九かわいがり・・・・・の標的になるだろう。だが幹部となればお咎めは無しなのだ。唯一気になる点があるとするなら、五人が使っている者とは別に、もう一つ座布団が用意されている事ぐらいだろうか。

「お久しぶりです、渓村殿」

 佐那も頭を下げた。化け猫の名は渓村澄子、渓殲同盟の百二十三代目当主である。

「婆様もこうして忙しい仕事の合間を縫って、あなたが来たのならと顔を出してくださったんですよ。さて玄招院様、本日はどのような御用件で ?」

 澄子の隣に座っている物腰の柔らかそうな、三毛の化け猫が佐那へ問いかけた。幹部の一人、吉田という名の化け猫である。

「葦が丘地区にいる風巡組という組織についてお尋ねしたい事が。彼らが黒擁塵と暗逢者、更にそれに関連した物品を流通させているとの情報を耳にしました。しかし、たかがチンピラ程度に出来る範疇を超えているとしか思えない。最近のニュースは御覧になりましたか ? 街にだらごの群れが出現した件です」
「ああ。アンタの弟子が何とかしたそうやな…将来有望やで、あの子は」
「後で本人にも伝えておきましょう。それはさておき、私の弟子と彼の協力者が調べ上げた所、どうやらあのだらご達は風巡組が保管していたものだと判明しました。取引のためにです。問題は、彼らがどうやってそれを捕まえ、そして誰に引き渡すつもりだったのか―――」
「ちょい待ち、ちょい待ち。オバハン、まさかとは思うんやけど…ウチらがそれに一枚噛んでるとか言う気やないやろな ?」

 佐那と澄子の会話の最中、一番左端にいた若い女の化け猫が言葉を遮って来た。短い黒髪である。

「話を遮る癖、ええ加減にやめえや木下。客人の前やぞ」
「何や玉井、変な言いがかり付けられて黙るんかいお前。幹部の癖に」
「幹部やからこそ、猶更どっしり構えとくもんや…最近ようやく末席に座れた程度のおどれには、まだ分からんやろうけどな」
「…死にたいんかお前」

 澄子に近い場所にいた、玉井と言う名の化け猫が彼女を宥める。黒い毛並と体格の良さもあってか、猫というよりは黒豹に近い印象を受ける。どうも座布団に座る位置で、格付けを彼らはしている様だった。

「少し黙りぃや」

 しかし澄子の鶴の一声によって、二人は一気に沈黙する。心なしか他の者達も皆、かしこまったかのように背筋を伸ばしている気がした。

「…渓殲同盟本部は、少なくとも関係ないと言い切れるな。葦が丘地区にちょっかいを掛ければ、アンタと嵐鳳財閥を敵に回す事になってまう。そこまでする様な価値が、風巡組や暗逢者にあるとは思えん」
「本部以外に問題があると、そう言いたいのですか ?」

 澄子と佐那の間には、妙な緊張感があった。互いが腹の探り合いをしており、すぐにでも実力行使に出て来るのではないかという、そんな両者の気迫が混ざり合っていたのだ。

「玄招院殿、婆様の言葉に補足をさせて頂いてもよろしいでしょうか ?」

 話が途切れるタイミングを窺っていた吉田が言葉を挟んだ。構わないとでも言いたげな様子で、佐那は彼の方を黙ったまま見つめる。

「我々本部の者達では見当もつかない疑惑ではありますが、もし心当たりがあるとするならば、”功影派”の者達でしょう」
「功影派 ?」
「ええ、この会合に立ち会っていない渓村籠樹という幹部がいまして。そやつが率いている…まあ過激派と言いましょうか。つまり、悩みの種ですよ。我欲と野心が随分強く、次期当主として最有力候補でありながら、それでも尚足りんとほざく男です。富を欲っするあまり、風巡組と関わっていてもおかしくない」

 澄子の右隣りの、空いている座布団を見ながら吉田は語る。その籠樹という男が何か知っている可能性があるならば、どうにか探りを入れてい見る必要があるかもしれない。

「でも、候補って言うてもさあ、レイちゃんいなくなったから仕方なくってだけやん ?」
「たとえ補欠でも、ワシらの中じゃ誰よりも腕が立つ。レイがおらん以上、誰も功影派を敵には回せんっちゅうのも事実や」
「あ~あ、何かの拍子にとち狂ってレイちゃん同盟に戻って来んかな~。寂しいわホンマ」

 玉井と木下の愚痴もついでの如く始まった。少なくともレイという人物と違って、籠樹の方はあまり好かれていないようだった。本気で評価され、支持されいているのならばこのような語られ方はしないだろう。

「…分かりました。渓殲同盟は関係ないと、ひとまずはそういう事にしておきましょう」

 佐那は立ち上がった。諦めたというわけでは無い。だが早々に身内の名前を出してきた辺り、何か事が起きたとしても功影派とやらに責任を押し付ける気だという魂胆が見えたからである。話が平行線を辿ってしまいそうな気がしてきたのだ。

「ですが今後、万が一にも発言に嘘があったと分かれば、こちらも相応の手段に出ます。よろしいですか ?」
「うん、構わんよ」

 それが、佐那と澄子の最後のやり取りであった。少しして頭を下げてから立ち去る佐那を見送った後、一番右端に座っていた若い男の化け猫が安堵したように大きく息を吐いた。

「はぁ~、緊張した」
「おいおい楠寺、ビビったんか ? あれが玄招院佐那や。よーく顔覚えとき。これから長い付き合いになるかもしれんからな」
「板野さんだって、冷や汗かいてたくせに…」

 彼の隣にいた幹部の化け猫が、少し揶揄いながらも若い化け猫にアドバイスを送る。楠寺は不服そうにしながらも談笑していたが、澄子だけは険しい顔で佐那が立ち去った後の空っぽになった広間を睨んでいた。

「…妙やな」
「確かに、鋼翠連合より先にこちらへ赴いてくるとは驚きましたね。金儲けならばあちらの方がよっぽど意地汚いというのに―――」
「それもやけど、何かちゃうわ。生気が…感じられへんかった」
「…生気 ?」

 澄子の言葉を不思議そうに聞いていた吉田だが、間もなくその意味が分かった。召使たちが、佐那が使っていた座布団を片付けようとしており、その最中の会話を聞いてしまったからである。

「何か香水の匂いキツイな」
「本当やな。でも何やろこれ…何か香水とは別の臭いがせえへん ? 腐った肉つーか、死体みたいな」
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