快晴に咲く

雫花

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訪ね歩くは星降る夜

夢の花園

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 セイカの杖から放たれた光が部屋を満たすと、セイカ以外は眩しさで目を瞑る。

 光がおさまり、セイカ以外の全員が目を開く。
 すると、目の前には今までとは異なる景色が広がっていた。

 季節はバラバラでも、バランスよく色とりどりに咲く花、広大な草原、そして、サンの祖父の背後に一際大きな桜。
 地上のどの花畑よりも美しく、実在するかも分からない様な花畑だった。


「ぁ…すごいや、はは、この通りだよ…」

「そうだろ?お前はいつも空ばっかりだからな」

「…ぁ、な、なんじゃ、今までワシは…どうしてここに…サン?サン!どこなんじゃ?おじいちゃんを置いていかないでおくれ、サン!」


 未だ、目の前にいる孫を探す祖父。
 今までの激昂はどこへ消えたのか。今は、ただサンを探し回っている。
 立てもしない足をモゾモゾ動かし、上手く上がらない手を必死に動かして。


「なぁ。ここさ、空の上だぞサン。ノーデイガーデンだ。…お前らの思い出か?」

「!そ、空の上?ここが?そうなんだ…。お爺様、ここによく連れてきてくれて、日向ぼっこしたり、お昼ご飯食べたり、お話してはお昼寝したり…。まだ夜空が濃くなかった頃だったと思う。唯一ここが、僕が青空が見られる場所だったんだ」

「ノーデイガーデンは、空の上にある。だからお前の魔法も機能しないんだろ。……あとは、気付くといいな」

「うん…」


 サンは、何も言わず祖父を見つめた。必死に目の前の自分を探している祖父は、見ているだけで胸が痛かった。ずっとここに居るのに、ここに居るよと、声を出しているのに伝わらない。

 ただひたすらに、祖父は自分を大事にしてくれていたのだという思いが増すだけだった。


「サン…、サン…!どこに…ど……、ぁ…?」

「っ!」


 祖父が、目の前の自身の存在に気付いた。サンはびくりと身体を震わせ、いつでも杖を出せるようにした。

 だが、その目は、今までの虚ろで何も映さない、敵意まみれの目とは違っていた。

 穏やかに、色付いたように自身を映していた。


「お、おじぃ、様…」

「…………サン、か?………大きく、なったなあ」

「…!!」


 この一言に、サンもビオンもセイカも驚きを隠せなかった。
 大きくなったサンに、祖父が気付いたのだ。

 サンの祖父は、その震えて立てもしない脚に力を入れて、何とかサンに近づこうとする。
 だが、何度やっても、その枯れ枝のような脚に力が入ることは無い。


「あぁ、サン…。知らない間にどうしてこんなにも大きくなったのだ…?あぁ、それでも…可愛いねえ、サン」

「お、おじぃ、さま…」

「お父さんに言われたのかい?良いんだよ、おじいちゃんと呼んでおくれサン…ほら、おじいちゃんによく顔を見せておくれ?」

「おじいちゃん…!おじいちゃん……!」

「…あぁ…思い出した、ねぇ、そうだサン…。おじいちゃんは、もうここにいちゃあいけなかったね…」

「ぁ………」

「ワシは最早、アンデッドとでも言うべきじゃろう?なぁ…。見ておくれ、この姿を。なぁサン、今はいくつだい?」

「に、2000歳だよ、おじいちゃん」

「ほほ、そうかぁ…。大きくなったねえサン。好きな人は?居ないのかい?」

「い、いる、でも…、………今は…声も、聞けなくてっ…」


 色々な事が込み上げ、サンはどんどんと言葉がつまり、涙が溢れてくる。
 こんなにも大切にしてくれている祖父を、生かしておけないこと。好きな人の言葉も、姿も見せてあげられないこと。

 せき止められていた滝が流れ出すように、サンの涙は止まらずに流れ出した。


「なぁ、そこの…黒い君だろう?ノーデイガーデンを見せてくれているのは」

「…はい。セイカと言います」

「サンのお友達だね?」

「はい。…クラウド卿の弟子でもありますが」

「ほう、息子の!…これは、いい子を育てたなぁ。それにしても、これは幻影魔法かい?」

「いいえ…。全て、本物です。遠い景色は幻影ですが…足元に咲く花や、後ろの木など全て本物です。…植物を扱うのが得意なもので」

「そうかぁ…。君は、天才だねぇ。プレートを見るに、サンも、セイカくんも、そこのメガネの君も、プラチナなのだろう?」

「ぁっ、はい!失礼しました、ビオンと申します」


 ビオンは引けていた腰を直し、姿勢を整え挨拶した。
 3人をゆったりと見回し、またサンを見る。


「いいお友達だねぇ。そしてセイカくん、ありがとうねぇ…。…お願いがあるんだ、聞いてくれるかい」

「なんでしょうか」

「この花畑は、どうか、どうかこのままにしておいては貰えないだろうか。そして…私を、ここに眠らせてくれないだろうか。ダメかね…」

「…勿論、もう、この幻影部分以外は私の魔力から離れている個別の物ですから…。良いよな、サン」

「勿論!…おじいちゃん、でも、でもまだ…」

「いいや、サン。……おじいちゃんは、ここに居ては行けないんだ。だからね…だから、ココに残らせておくれ。綺麗な姿で、お前を、この先を見守りたいんだよ」

「や、やだ、生きててよ、生きてて欲しいよ…!」

「……ごめんなぁ、サン。サンの願いでも、それだけは聞けないんだ。…君のこれからの家族を、おじいちゃんは、襲いたくなんてないんだよ」

「おじいちゃ……」

「だから…サン」


 サンの目を、祖父は真っ直ぐに見つめる。
 そして、サンの顔をしっかりと見て。


「サン、私を殺しておくれ」

「っ………わ、わかっ、た…ッ…」


 サンは、必死に涙を拭いた。
 せめて、笑って送り出したかった。

 それだけはずっと決めていたことなのに、涙が溢れて止まらない。

 この狭い部屋に閉じ込めて、楽にしてあげたいだなんて思っていたくせに。
 いざそうなったら、そんな勇気どこにも無かった。


 サンは立ち上がり、祖父に向けて杖を構えた。


「なぁ、サン、セイカくん、ビオンくん」

「な、なに?」

「…。私がここから居なくなったら、君たちに贈り物があるのだ。…私を君たちと一緒に居させておくれ」

「!………。ぁは、…はい、わかりました」

「おや。その反応は…。きっと、他にも酔狂なじじいが居たんだろうねえ」

「ええ。今もここに。…きっと仲良くなれます」

「さぁ、知り合いかもしれないね。なんだか知っている魔力を感じるんだ…。あの歯抜けジジイだろう。なんだ、先に逝ったか」

「…じゃあ、また話せますね」


 サンの祖父は、ニコリと笑った。少しずつ自我が薄れてきているのだろう。だが、まだ…まだ話していたいと、本人も願っているようだった。


「なぁ、知らない間に時が流れていたんじゃ。君たちは、どんな魔法使いになったんじゃ」

「…俺は、薬の魔法使いです。もう少し東の方で、薬の街を治めています」

「ボクは図書の魔法使いです。セイカの街の近くの、図書の街を治めています」

「ほう…すごいねえ。サンは?サンはどんな魔法使いなんだ?」

「僕は、…夜空の、魔法使いだよ」

「ぁあ…そうカ…。きれイな、魔法使いダなぁ…。それが聞けテ満足…ダ、から…さァ、サン、時間ダ…」

「………うん、おじいちゃんっ…」


 徐々に意識が朦朧としてきたのだろう。サンの祖父は、サンから向けられている杖を真っ直ぐに見て穏やかに笑った。


「せめて…綺麗な景色でも見ながら…ね?」

『フェルメ オブスタクル』


 サンが唱えると、部屋の天井と壁は消え去り、美しい夜空が辺りを覆い尽くした。

 その夜空はどこまでも広く、無数の星が輝いていた。
 その夜空を眺め、サンの祖父はより一層笑顔になった。


「…サン。………それじゃア、元気デね」

「うん、おじいちゃん…っ」


 サンは、溢れ出る涙を抑えることも出来ないまま大きく杖を振り上げた。
 そして、大きく息を吸った。


『送り出せ、永遠に幸せを与えよ!エタンドル セレーネ ポース!!』


 杖を勢いよく頭上で回し、祖父に向け振り下ろす。
 呪文を唱える声は、必死で、震えていた。


「ありガトウ……しあわせでな」


 サンの背後に大きな月が現れ、強く光り出す。そして、大地からは光の粒が湧き出て、祖父を覆い尽くしていく。
 湧き出す粒は、空へ還る星のようにも見えた。

 そして、光に覆われ見えなくなると、次の瞬間には、姿は無くなっていた。ただ、そこに結晶を遺して。


「……大丈夫か、サン」

「大丈夫…。でもちょっと、魔力切れかも…」

「はは、そりゃあそうだろ。夜空関連では最大級の消滅魔法じゃん」

「うん。…魔力は切れるけど、でもコレ、僕好きなんだ。…音もなくて、でも綺麗だから。ずっとずっと、おじいちゃんは、この魔法でと思ってたから。……セイカだって、半分無いじゃんか」

「はは、そりゃあお前、ノーデイガーデン作ろうとしたら半分持ってかれるだろ」

「えへへ……、…。ありがとう、みんな」


 そう言われても、他のメンバーは言葉が出てこなかった。
 とにかく今は、満身創痍の2人を労る事しか出来ないのだった。
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