終末世界と天使の扉

春夏冬 ネモ

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春の国

禁足地の畏れ

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 天使が開けた場所へ向け飛んでいくと、いつまで経っても、その場所にたどり着かないことに気がついた。
 どれだけ飛ぼうと、目の前にあるのに一向に近付けないのだ。


「…一筋縄では行かないか」


 初めから、こんなにも簡単に行けると思っていなかった。それ故か、さして驚くこともなかった。
 天使は1度地面に降りる。やはり、かなり進んだにも関わらず降り立ったのは目印の有る地点だった。
 状況としては、波瑠がどこかに連れ去られてしまった可能性と、波瑠と空間的に分かたれてしまったという可能性のふたつが存在する。

 この場合、闇雲に波瑠を探しても仕方がない。それよりは、あの場所に到達できるルートを探していくしかない。


「何度もこの場所に戻ってくるということは…何かしら、ここにあるはず…」


 天使は呟き、辺りに目を凝らしてみる。
 地面、木、草、空、音、風向き全てに集中する。
 地面には何も異常はない。桜の木にも、特に異常は認められない。
 しばらく微動だにせずに居ると、どこからか、鳥の鳴き声が聞こえた。
 その鳴き声は複数の様で、一定の方向からだった。


「なんだ…鳥か?それに…」


 天使が地面をもう一度見ると、生えている草の先端が全て音の鳴る方へと向いていた。
 それは気付いてしまえば大層な変化で、不気味なものだった。


「…行くしかないか」


 不気味さを覚えながらも、天使はその方向に足を進めていく。
 鳥の声と草の向く方向を頼りにして歩いていくと、見慣れない道に出た。
 まだ目的の開けた場所ではないようだが、進歩ではある。
 まだ鳥の囀りも遠いところを見ると、道はまだある様だ。

「道のりは長いな……」

 囀りに耳を傾け、草の方向に注意して進む。
 もうどれほど進んだのだろうか。

 ただひたすらに道標を辿ってから数分。体感的には数十分。
 一際暖かく爽やかな風が吹いた。
 顔を上げると、そこには開けた空間があった。

 そして、そこにある大きな切り株には1人の少年が座っていた。波瑠でないことは確かだ。


「おや、こりゃあ珍しいのが来た」

「誰だ」

「なんだいその口ぶり!君はこの地に足を踏み入れたよそ者の立場ぞ?もっと控えめにならんか」


 変声期も迎えていないような少年の声は、甲高く響いた。
 天使はその言葉にも眉一つ動かさず続ける。


「なんでもいい。私は視察の天使だ」

「知っているとも。溢れ者と呼ばれているだろう」

「...そうだな」

「はは!黒い天使だからと気にする事はない!ああ名乗り忘れたな、ワタシはこの切り株の精霊だ!この森に守護天使が出来てから共に生きているよ」

「...春の守護天使か...。お前、桃色の髪をした奇抜な男を見ていないか?」


 天使は直球に精霊へと質問する。目的は門を見つけることだが、波瑠をそのままにするのは後味が悪い。


「そいつ、見目はいいか?」

「ああ、整っていると思うが」

「ははぁ!ならそんなものカンタンだ!そやつはきっと、守護天使が攫ったんだろうよ」

「...なんでだ」

「そりゃあ、見目の良い男が好きだからな。お前だって、天使だから逃れているだけで下手したら攫われているんだぞ?」


 少年は切り株から降り、天使の顔をまじまじと覗き込む。

 天使は嫌そうな顔をする。


「波瑠は無事なのか」

「波瑠?ああその男か。無事も何も、丁重に扱われてるだろうよ。天使は門の前に住んでいるからな、このまままた同じように進め。ちと遠いがな。迷うんじゃないぞ?またやり直しだからな」

「......あと。お前のその姿は元からか?」

「ほう?...それはどうだろうなぁ。早く行け、溢れ者」

「ふん...」


 精霊に言われ、天使はそのまま言われた通りに進む。

 大量の桜が並ぶだけの、道ですらない道を辿る。
 進むにつれて、桜の匂いも量も増えて行った。あれだけ木漏れ陽が差していたというのに、もうすっかり陽が差さなくなった。


 少し気温も下がり、「春」のイメージとは少し違う光景が広がる。

 また数分歩いていくと、また開けた場所に出た。
 そこには、先程のように人がいた。
 今度は少し成長した少年だった。

 それも、波瑠によく似ている。



「波瑠...ではないな、まだ幼い...」

「そうだ、波瑠じゃないぞ。波瑠はいいな、いいな」

「なにがだ?」

「こんなに見た目が整ってて 友達が沢山いて 家族も優しくて...なのにさ」



 少年は俯いた。
 先程のように明るくは無い空間。冷えた空気と湿気が少し気持ち悪い。



「...なのにさ、こんなにさ」

「なんだ」

「...悲しいんだ。なんでもあるのに、なんにもないんだ」

「...何の話だ。波瑠の話か?」

「そーだ、波瑠の話だ。波瑠にはなんにもないんだ」

「...今は全て悪魔とやらにやられただけだろう」

「その前から、なんにもないんだ。なんでもあるのにな」

「...わからん」


 天使は腕を組み首を傾げた。
 何を言われているのか、さっぱり分からなかった。
 辛うじて波瑠の話だろうことは分かるが、だとしても何故こいつが?と。


「さて...また奥に進めばいいんだな?」

「そーだ。奥に進め」

「あと。応えろ、そのお前のは何だ。誰のものだ」

 「そんなの。見たらわかるだろ。いいな、波瑠はいいなぁ」

「......波瑠のものか?」

「ふふ、波瑠はいーなぁ...」


 精霊は恍惚とした声を出す。
 それは酷く、不気味だった。


 天使はそれを通り過ぎ、また進む。
 ひたすらに進む。
 だが、今度は何分経っても変化も何も無い道が続く。
 次第に鳥の声は近づいてくるが、やけに遠く感じる。

 草を踏みしめる音だけが響く。
 しばらくそうして歩いていると、また気温が戻ってきた様だった。
 光も徐々に増え始め、だが晴れきらないもどかしさを感じた。


 しかし、それも束の間。
 今までの道とは光の量も温かさも違う空間に出た。

 かなり広い場所で、そこには崩れかけた白い門があった。
 それはかなりの大きさで、真っ白な柱は桜の桃色と相性良く佇んでいる。


 そしてその中心に、見た事のあるパーカーを着た男が、椅子に寄りかかって眠っていた。
 そして、その寄りかかっている椅子には


「...春の守護天使、か」

「うん?ああ!そうだともそうだとも!困った、また美形が来ちゃった...」



 大きな翼の先端が黒い、桃色の目をした桜のように儚い天使が居た。



「なぁ、君、きみは天使でしょう?黒いのはどうして?」

「それは私だって知りたい。...お前も差別するか」

「差別!?しないよしない!!なんだいなんだい、そんなことされてるの?上で」

「...まぁ、な。気にしてないが」

「ふぅん、じゃあ!じゃあ!ここからキミとボクは友達だ!ね?ね?」

「...なんでもいい、好きにしろ」


 天使がそう答えると、春の守護天使はニコリと笑って、小さく「やった、やった」と呟いていた。

 そうして話していると、寄りかかって寝ていた波瑠が目を覚ました。


「あれ...ぁ、天使さんだ。あ、守護天使さんおはよー」

「呑気なやつだな...。無事で何よりだが」

「守護天使さんなんか優しくてえ...つい...」

「そうか。で、守護天使。お前に聞きたいことがある」

「なんだい?友達!」

「...。...春の宝玉はここにあるか?」

「ああ!あるよ!なに?集めてるの?」

「まぁそんなところだ。どうしたら貰える」

「うーーーん...この門のねぇ、向こう側の頂上なんだよねえ」


 守護天使は、その大きく白い朽ちかけた門を見つめた。

 朽ちかけているものの、その場にしっかりと立つ門は、向こう側には同じ景色が拡がっているだけだった。
 最上階も何も、平坦な道しか見えてはいない。


「向こう側...最上階...なんの事だ」

「まぁまぁ、取りに行くんでしょ?もしかして波瑠くんもいっちゃうの...?」

「んっ?まー、楽しそうだし行こうかな」

「えーっ!...わかったあ...気をつけてねえ...?波瑠くん行っちゃうのかあ...天使様寂しいな...」

「行きづらっ」


 そんなやり取りを横目に見ながら、天使は門に向き直り入口に向かう。


「ねえ友達、その中で何があっても、ボクのせいじゃないからね」

 「...かまわん、なんとも思わん」


 そう言い、天使は門に向かい歩き始める。
 それに波瑠も続く。

 こっちからでは何の変哲もない門の入口に入ると、その空間から2人は消えてしまった。


「...ボクのせいじゃ、ないからね...」
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