雪国本屋の禁書庫から想いを乗せて。

雫花

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青い本と棺

百合畑

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 送られてきた住所は、ここからは少し遠く、車が必要だった。この中で、免許を持っているものなどいない。しかし、父や母に送りを頼むのも些か言い出しづらい。

 走る蒼月そうげつの背中に、蒼柊あおとが問いかける。


「蒼月さん、ここからは車じゃないと到底着きませんよ?」

「車なんぞいらん!おい蒼柊、柊平しゅうへい、抱えるぞ」

「抱える?え?」

「わかった」


 
 1人だけ話しが繋がらず困惑するが、思考する暇もなく視界がぐるんと回った。何かと思い状況を確認してみると、蒼月の両脇に蒼柊と柊平が抱えられていた。
 そのまま、ものすごいスピードで走っていく。それこそ、車ほどのスピードだ。眼下の道路を見やると、同じ程のスピードで走っているため、車が置いていかれる始末だ。



「え!?え!?」

「蒼月は吸血鬼だぞ、人間と一緒なわけがないだろ」


 冷静にそう分析する柊平は、数年ぶりとはいえなれている様子だった。移動などがある時はいつもこうだったのだろう。


「まって酔い止め飲んでない…」

「軟弱なやつだな。このくらい、すぐに慣れる」

「今まさに非日常体験してんのになんで慣れるんですかァ!?」


 蒼月はそのままスピードを落とさずに走っていく。そして、そのスピードで走り続けているのに、息切れひとつせずに、そして冷静な声で淡々と話している。


「なんで息切れしてないんですか…? 体力おばけですか…?」

「息などしていない」

「え?」

「何故1度死んでる奴が生命活動維持のための臓器を動かさねばならんのだ。心臓も動いていないし、肺だって機能などしていない。疲れる事があるとすれば、血液不足の時くらいだな」

「そ、そうなんですか…」

「ほら、見えてきたぞ」


 小脇に抱えられ移動していると、すぐに目的地が見えてきた。大きくはないが小さくもない研究所だ。
 住宅街はとうになくなっていて、草むらの中、隠れた場所にぽつんと存在していた。


「これか。中に入るぞ」


 施設からは、少しだけザワザワとした声が外に漏れていた。
 蒼月は迷いもせず、施設に入っていく。ドサリと地面に落とされたままの2人も、焦ってついて行く。


「っとに…剛力!居るか剛力!」

「こ、こっちだ!警備さん、俺の友人だ、俺が招いた、入れてやってくれ」

「分かりました」


 警備の鋭い視線から逃れホッとする。先頭にいる蒼月は、そんな視線はお構い無しの様だが。

 剛力に案内され、騒然とした「古代遺物解析室」に通される。狭いこの空間で、端の方に横たわる人間が数人見えた。


「あの、あの人たちは…」

「あれが体調不良者だ。目が覚めねぇんだ…。…ところで、君は?」

「あ!はじめまして、柊平の孫の、紅 蒼柊です!」

「孫!?そうかそうか!」

「コイツもあの銀髪を手伝ってんだ、よろしくな」

「助かる!」


 剛力は少し安心したように笑う。そして、蒼月が何をしているのか見ようと剛力が振り向くと、後ろには鎖を出して仁王立ちし、本を探してキョロキョロしている蒼月が居た。


「あ、あのー…お兄さんがァ…専門家?」

「あぁ、そうだが?吹き飛ばして隠した本はどこにある」

「あっ、えぇと、その棚一番下、緑の布目隠しの裏だ!」

「ここか」


 目の前の薬品棚の1番下、目立たないが、青磁鼠せいじねず色の布に目隠しされているマスがある。そこに本を隠したのだろう。

 蒼月が、なんの迷いもなくそこに近づいて布を捲ると、古びた真っ青な本がある。


「お前ら、研究職だろう。なら分かるはずだ。あの古代の遺跡から、紙媒体が出てくること自体おかしな話だろう。いくら金持ちの遺物だとて、こんなにも紙を無駄にするか?それに、紙が同じ時代に埋没したのであればもう既に土に還ってしまってもおかしくない。この保存状態は確実におかしいだろう?」


 本を見たまま、研究員や発掘隊員たちに背中で語り掛ける。鎖をじゃらじゃらと鳴らし、解いていく。そして、隊員にはあれだけ触るなと怒鳴りつけた本人が素手で本を拾う。


「ち、ちょっと?!触っていいのかそれ!」

「私に害などない。ヒトが触るからいかんのだ」

「ヒトが…?あんただってヒトだろう」

「そんなことはどうだっていい。とにかく、この本はここにあってはならん。貰っていくぞ」

「あっち、ちょっと!」


 剛力が静止するのも間に合わず、本は蒼月の持っていた鎖に巻かれてしまった。
 鎖で本を巻いた瞬間、今まで眠っていた体調不良者が一斉に目を覚ました。


「ぁ、あれ…?お前ら!大丈夫なのか!」

「た、隊長…今は、なんとも…。ぁれ…今までどこに…俺は…」

「本の中だ」


 目を覚ました隊員の目の前に、蒼月が本を片手に仁王立ちする。
 圧を感じる声と、その端正すぎる顔立ちに、隊員はピタリと動きを止めた。


「お前らは、今まで本の中にいた。…そこで何を見た?」

「ち、ちょっと蒼月さん、少し優しく…」

「は?これでも優しいが。なんだ、あとはどうすればいい」

「あぁ不器用にも程がある…」


 そのやり取りを見て、隊員は少しだけ緊張の糸を弛めた。
 蒼月に1番近く、若い好青年が口を開いた。


「俺の見た景色ですが…なんか、暗くて、空が赤黒い世界でした。地面は枯れていて、ひび割れだらけでした。木はありましたけど、ぐにゃぐにゃな形で、葉っぱはついてなくて、黒かったです。それが果てしなく続いていました」


 蒼月は、顎を親指と人差し指で支えるように手を当てて考える。状況を思い浮かべているのだろう。


「なにか人に会ったか?」

「いや…誰にも。でも、本当に遠くの遠くに、なんかありました。…お城、にも見えなく無いんですが…なんせ遠くて…」

「そうか。やはりこの本は禁書だな。この類の本を私の古書店の禁書庫に何百と保管している。コレも保管させてもらう。いいな?これが何か知りたければ、俺が解析しておく」


 蒼月は剛力を見やる。苦い顔をしているが、渡すか渡すまいか迷っているのだろう。
 スゥ…と息を吸って、剛力に声をかける。


「い い よ な ?」


 半ば脅しだ。その整いすぎた顔は、時に人に恐怖すら与えてしまう。それを知ってか知らずか、蒼月は剛力に強い語気で言った。


「…わかり、ました……」


 恐怖心に負け、剛力は許可を出す。隊長とは言えど、最高責任者な訳では無い。一存で渡していいものでは無いだろうが、今はその後の恐怖より今の恐怖が勝ってしまったのだろう。
 了承を得ると、蒼月は踵を返しさっさと施設を出てしまった。


「ちょっと、蒼月さん!」

「おいコラ!まて蒼月!」


 柊平と蒼柊は、声を揃えて蒼月を追いかける。無言で、木が鬱蒼と生い茂る森を突き進んでいく。後ろの2人には目もくれず、青い本を片手に。


「帰り道反対ですよ蒼月さん!」

「知っている。帰る訳では無い。犯人探しだ」

「へぁ?犯人?」

「この本をあの遺跡に埋めた大バカ野郎だ」

「おおばかやろう…」


 蒼月から飛び出た悪口を復唱し、静かに後ろを着いていく。柊平は背筋を伸ばして、何も言わずに蒼月に着いていく。


「蒼月は目的など教えてはくれん。俺らはやる事を見守って、手伝えばいいだけだ」


 柊平は、落ち着いた口調でそう言った。蒼月には聞こえていない。
 蒼柊は、それに従い静かについて行く事にした。どんどん森の奥に入っていく。が、何を目印に進んでいるのか、蒼柊には分からなかった。


「あの、蒼月さん…」

「なんだ」

「何を目印に進んでるんですか?」

「…奥から、この本からする血の匂いと同じ匂いがする。それだけだ」


 蒼月は吸血鬼。ということは、蒼月にしか分からない感覚なのだろう。
 匂いは次第に強くなっていく。森の奥に着けばそこには、先程の道とは違う、円状に開けた空間があった。
 外は、昼前こそ晴れだったものの、急に分厚い雲に覆われた。だからこそ、蒼月は外に出てこられたのだが…この空間には、光が降り注いでいた。


「くそ。…私はそこに進めない」

「ああ、太陽…。…ん?蒼月さん、真ん中に誰かいますよ…」

「ああ、倒れているな…。だが、光が邪魔だ。当たれば私が焼けてしまう」


 太陽降り注ぐ空間に、人が1人横たわっていた。円状の空間の中央に向かい、花が咲き誇っている。その中に横たわっていて、花に邪魔されあまりよく見えない。

 隣で、蒼月が鼻をスンと鳴らした。


「百合…百合の花か。ここにあるほとんどが百合の花だ。…まぁ、人間にはほぼ無害だしな…」

「あぁ、百合って毒あるんでしたっけ…」

「あぁ。だが犬猫の話だ。人間は分解できるからな、効きはしない」

「あれ、美しい自殺とかなんとか聞いたことあるような…」

「あれは酸欠だ。それこそ、致死量の毒性がある匂いではない。密閉されている空間に大量の生きたユリを置いておけば、二酸化炭素だらけになって死ぬだけだ」

「…ロマンがまたひとつ消えましたね」


 太陽の中にどうやって入るか、それを放棄した訳では無いにしろ、入る手だてが見つからない。蒼月が入れないだけだが、何者かわからず、もしかしたら本の所有者と考えると迂闊にただの人間が近づくのも危険だ。


 百合の花畑の中に、人が横たわっているのをただ見つめる時間が過ぎていった。

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