雪国本屋の禁書庫から想いを乗せて。

雫花

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青い本と棺

混血の少女

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 何分そのままでいたのだろうか。棒立ちしていても、太陽の光が退くわけではない。そして、百合畑の中央に横たわる人物もまた起き上がる気配がない。


「あの…蒼月そうげつさん…」

「なんだ」

「こうなったら、あの人も起きそうにないですし大丈夫そうなんで…僕らで行ってみますよ?」

「…。危険さは拭えないがまぁ…。だが、それなら蒼柊あおと、お前だけでいけ」

「え!?」

柊平しゅうへいは歳だ。何かあっても素早く動けないからな」


 蒼月は顔色を変えずにそう告げる。蒼柊は不安そうな顔を蒼月に向けるが、助けてくれる気配はない。渋々と、蒼月の言う通りに、蒼柊だけが百合畑に近づいていく。

 人間に効かないとはいえど、百合の強い匂いが蒼柊の鼻をツンとさせた。あまりの百合の匂いに、胸焼けがしてきそうだった。偽薬なのに効果や副作用が出るというプラシーボ効果のような、似たようなものだろうか。病は気からなどと、昔の人はよく言ったものだと感心する。


「あ、あのぉ…」


 蒼柊は、おずおずと近づき、近くにしゃがむ。性別もわからなかったが、近づいてみれば同い年ほどの少女が横たわっていた。
 陶器の様に白くなめらかな肌、長く、艶やかな髪の毛だが、黒ではなくミルクティーのような色合いだった。鼻筋も通っており、どうやら純粋な日本人ではないようだ。
 親近感を感じた蒼柊は、しばらくそうして見つめた後にハッとする。


「あ、そ、蒼月さん」

「どうだ」

「女の子です。僕と、同じくらいの。ハーフか、海外の子かなと…」

「そうか。…起きないのか」

「ええ…あ、いや…」


 ふと、視線を少女に戻すと、少しだけ身じろいでいた。焦って少しだけ距離を取る。
 少女は、ゆっくりと上体を起こし瞳を開いた。そして、目の前の蒼柊に視界のピントを合わせる。その瞬間、怯えたように太陽光の輪の中から俊敏な動きで後ろに飛び上がる。


「だ、だれ!?」

「いや、こっちのセリフなんだけど…」

「……。本の人、チガウ?」

「本?…もしかして君、本の中にいたの?」


 そのセリフに、不信感を抱いたのか眼光を鋭くする。蒼柊は、少女のアクアマリンのような瞳に見つめられ、不安感からか心拍が上がる。


「あ、安心して!ここは現実だよ!ぼ、僕は紅 蒼柊。怖いこととか、しないから…怖いことって何かわからないけど…」

「…いい、ひと?」

「そう!いい人!あ!高校も教えようか!?桜乃谷高校の2年生だよ!」


 高校の名前を聞いて、少女は目を丸くさせる。


「その、高校…ライ、ねんど?から、カヨウ…テンコウ、で…。今は私も、2年生…」


 同い年とわかると、蒼柊の方に少女が近づいてくる。そして、元々いた場所に再度腰を下ろす。そのまま、蒼柊の顔をまじまじと見つめる。
 この少女も、蒼月のようにかなり顔立ちが整っているが、蒼月のように人離れしたような雰囲気は感じられない。


「あなた、も、エト…コンケツ?」


 どことなく聞き慣れた、日本語の発音。コンケツとは、混血を指すのだろう。日本では一般的に「ハーフ」というが、海外ではそう言わないとされる。人にもよるのだろうが、この少女はあまり馴染みないようだ。


「うん…。えっと、フランス人のお母さんと、日本人のお父さん…。きみも? ていうか、名前は?」

「あ! sorry、ワタシ、Flaviana! あ、えと、…ふ、ふらび…ふらゔぃ…」

「フラヴィアーナ?」

「Yes!フラヴィアーナ! my Mam、に、にほんじん! エト、my Dad、いたりあ、じん!」

「んわぁ! 日本語頑張ってるんだねぇ! イタリアから来たの~?」

「Yes!」


 フラヴィアーナは、ニコニコとした。先程までの冷たい目はいつの間にか消え去っていた。蒼柊も、親近感の湧く発音の日本語に少し安心感を覚えたのか、表情を綻ばせている。とうに、後ろの二人のことなど頭から抜けていた。
 それを察したのか、蒼月と柊平は呆れた声で蒼柊を呼んだ。


「おい蒼柊。イチャついてるところ悪いが、私らを忘れるでないぞ」

「えっ!?イチャッ…!?してないです!!でも忘れてました!すみません!」

「はぁ…。おいお前、お前だ女」

「ヒェッ!?」


 蒼月にそう言われたフラヴィアーナは、蒼柊の背に隠れる。ちょっと頼られたような気がして、蒼柊は顔が緩む。


「ちょっと!蒼月さん人とのコミュニケーション下手くそすぎるでしょ!この子はフラヴィアーナです!」

「む…。…。フラヴィアーナとやら。おまえ、この本知ってるか」


 蒼月は、陰りに居るままフラヴィアーナに本を見せる。すると、フラヴィアーナはびくりと身体を震わせて、尚更蒼柊に隠れる。


「こわいの?あの本」

「…うん」


 怯えて蒼柊の背中越しに蒼月を見る。蒼月は、居心地悪そうな顔をしている。眉間に皺を寄せた端正な顔が、フラヴィアーナには酷く恐ろしく見えた。


「どうなんだ。…その様子じゃ知ってるようだな」

「…ゥ、ウ…なんで、すてたのに…!」

「やっぱりお前か。この本が、遺跡から出てきたそうだ。そして、遺跡を調べるヤツらが危うく本に閉じ込められるところだった」

「エゥ……」

「どこで手に入れた?なぜ遺跡に埋めた?」


 蒼月の質問攻めが怖いのだろう、フラヴィアーナは蒼柊にしがみつく。蒼柊は、蒼月にもっと優しく!と言おうとしたが、言っても分からないだろう。それよりも、フラヴィアーナを宥めることにした。


「フラヴィアーナさん、大丈夫、あの人は物言いも顔も怖いけど、悪い人じゃないよ」

「…ほんとう…?」

「うん!僕の知り合いだから」

「ぅ…」


 尚もフラヴィアーナは不安そうな顔をするが、それでも、蒼柊にしがみつく力を強めながらも質問に答える。


「それ、ハ…。ほんや、さん。…エト…日本にキテ、ニホンゴ、きょーかしょ?ほしい、で…入った、ラ…みつけた」

「なんという本屋だ?」

「ンン…と、あか、あかの、火の、Box?…アー…」

「提灯か?」

「ソレ!…そ、れ、かかってた。エト…カンジ、よめなかた…」

「そうか。…で?なぜ埋めた?」

「Ruins…アー、イセキ?知らなかった!ホント!あるト、コワイ、朝起きれない…。グアイ?ワルイ…。ダカラ、遠く二、うめた!」


 蒼月は「そうか」というと、少し間を開けた後にゆっくりとまた顔を上げ、フラヴィアーナを見やる。


「その本屋、店主はどんなやつだった」

「ンエ!エト…Hair…かみ?け?…くろ!エト…アオト、みたいなStyle!デ…んと…eye…」

「眼だよ、眼」

「メ!…あか!エエト、Skin…はだ?はだ…しろ!しんちょう?…あってる?」

「合ってるよ」

「しんちょう、エト、アナタ、くらい!」

「私くらいか。ふむ」


 蒼月は、それだけ聞くとまた黙り込む。そんな蒼月をひとり日陰に残して、柊平が近くに寄ってきた。


「よう嬢ちゃん、俺ァ柊平だ!このクソガキのじーちゃんだ!わかるか?じーちゃん」

「じー、ちゃ…?ゥーと…Grandpaグランパ?」

「ぐらんぱ?ぐらんどふぁーざーじゃねのか」

「じーちゃん、グランパも同じ意味だよ。砕けた感じの言い方」

「ヘェ!英語ってのァ難し~な!」

「ンーン!ニホンゴ、が、ムツカシ…むず?」


 日本語が不自由でも、可愛いから笑顔が生まれる。蒼柊は、父の気持ちが少しだけわかったような気がする。そうやって三人が談笑している間、蒼月は一人日陰で思案していた。
 しばらくして、日陰から蒼月が声を掛ける。


「前ら、俺の本屋に一度送る。ふ…フラヴィアーナは、家に送るが何処だ?」

「わ、ワタシも、ほんや、いく!Mam、Dad、いま、イナイ」

「そうか。ならついてこい。お前はおぶる」

「オブル?」

「…おい、私は英語がわからん説明しろ」


 だが、「おんぶ」の英単語をその場にいる日本人の誰も知らなかった。蒼柊はその場でスマホを取り出し、英語に翻訳する。


「…わかる?」

「あ! Piggyback! わかった!えと、Piggyback…オンブ?」

「そう!」


 新しく日本語を覚え、嬉しそうな顔をする。蒼月はやりづらそうに背を向け、「乗れ」と促す。しかし、まだ怖い
のか、フラヴィアーナは恐る恐る蒼月に近づいていく。
 ゆっくりとおぶさると、蒼月は急に立ち上がる。乱暴に男二人を小脇に抱えると、そのまま来た道を戻っていく。2人は、蒼月が吸血鬼だということを知っているため違和感はないが、初めて出会って何も言われないままのフラヴィアーナは大変困惑していた。


「what!? 」

「あ…言ってないんだった」

「…あぁ。私は人間ではない、吸血鬼だ」

「きぅ…?」

「Vampireのことだよ」

「Vampire!?」


  その一言を叫んで、フラヴィアーナは驚きのあまり気絶したようだ。蒼月はそんなこともお構いなしに、本屋へと直行した。


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