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#025 『まぼろし車両』

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 御厨みくりやさんは、ある仕事休み前日の帰り道、よし今夜は久々に晩酌を楽しもう!と思い立ち、自宅近くのコンビニに車を着けた。
 ビールを三本とおつまみを適当に見繕い、お代を払って店を出た。
 車が無い。

「あぁっ?!」

 店先 直ぐ側の駐車スペースに停めた筈だったのに―― そこにある筈のマイカーが、影も形も無くなっているのである。
 途方に暮れてきょろきょろ周囲を見回していると、

「あの、もし・・・」

 いきなり、背後から声をかけられた。
 振り向くと、一人のスポーツ刈りの青年が驚くほど近くに立ってこちらを見ている。
 両方の目の間隔が尋常でないくらい離れていたので、御厨さんは思わず一歩、後ずさった。

「車が、無いのではありませんか?お困りでしょう?」
「え、あ、はぁ?!」
「私の車で良かったら、お使いになられませんか。あちらに停めてあります」

 そう言って、駐車場の一番端の駐車スペースを指さす。
 果たしてそこには一台の青いセダンがあったのだが、

「あぁっ!俺の車じゃねぇか!!」

 何故、来た時とは別の位置に停めてあるんだ??
 何だお前は、どうして俺の車を運転出来たんだ・・・と御厨さんは男に詰め寄ったが、「ああ、私の車では無かったのですか。あなたの車ですか」 とぼけたような事を言う。

「とりあえず、車が見つかって良かったですね。ささ、お乗り下さい」

 言われなくても乗って帰るよ! 眉をつり上げ 男を睨み、御厨さんは無断で移動させられた自らの車に向かって歩を進めた。
 キーを解除し、運転席のドアへ手をかける。
 その時、

「お客様!お待ち下さい、お客様!!」

 今度は、沫を食ったように慌てた声に呼ばれ、ハッと振り返った。
 先ほど会計をしたコンビニの店員が、血相を変えて駆け寄って来ている。

「それは車じゃないです、よく見て下さい!!」

 この人も何言ってんの?御厨さんはゲンナリしながら、視線を前方へと戻した。
 大きな、苔むした岩のようなものがそこにあった。

 え。

 と、それは一目見た瞬間に一瞬にして消滅する。

 何もない駐車スペースが、目の前に広がった。

 反射的に店の入り口側の方を見やると、何と自分のセダンが 来た時に停めた場所へ しっかりと存在しているではないか。

 わけがわからない。

 おい、これはどういうことだ?! 少し混乱した御厨さん、今度は思いきり苛立ちながら目の離れた男の方へ キッと向き直った。
 男は 居ない。 
 居ない?

 ――ほとんど一瞬にして、あの奇怪な男は姿を消していた。

 ああ良かった、と店員の顔が少し、綻んだ。

「間に合って良かった・・・はぁ。ほんとに・・・」

 この事はご内密に願います・・・ 店員はそう言って、何度も頭を下げながら、大きめのレジ袋を一つ 恭しく手渡してくれた。
 中には 自社ブランドの冷凍食品が、10種類ほど詰め込まれていた。


 男に促されるまま、あの幻のような車に乗っていたら自分はいったいどうなっていたのだろう。今でも時々、御厨さんは真剣に考えることがあるという。
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