真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

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#045 『世話女房』

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 昨年、6月頃のことだという。

 主婦の木ノ下さんが、お昼時に炒り豆をポリポリ食べながらテレビを観ていると、不意に隣から「ねぇ、理恵さん」と下の名前で呼ばれた。
 思わず声の方向を見てみると、にこにこ笑った義母がお膝をして座っている。

 え、お義母さん!
 何でお義母さんが?
 !!

 呆気に取られて固まっていると、義母は「久しぶりで悪いけど、ちょっと 頼みたいことがあるのよ」と前置きした後、

「面倒だけど。今からウチのお父さんに電話して、『いま やろうとしていること 辞めなさい』って。ただそれだけ、伝えてほしいの」

 はぁ、と気の抜けた返事をすると、義母は「ほほほ」と声を出して笑い、

「まったく。男の人って、世話が焼けるわよねぇ」

 そう言って炒り豆をひとつ つまみ、口の中に放り入れた。
 直後、消えた。

「!! お、お義母さん?お義母さんッ!!」

 急に現実へ引き戻されたような気持ちになって、木ノ下さんは つい今し方まで義母が座っていた場所を食い入るようにあらためた。

 炒り豆が、ひとつだけ、落っこちている。

 夢じゃなかったんだ、と思うや否や、「お義父さんに電話!」と思い出した。
 スマホを取り出して 義父に連絡を入れた。

『はぁい。もしもし・・・理恵さんか、どうした?』
「あ、あのですね、お義父さん――」

 少しそこで考えたが、えいままよ、と思い、

「あのぅ、今、何をなさっておられるのか知りませんが、それは辞めた方が宜しいようです。亡くなったお義母さんが、そう仰られました」

 正直に伝えた。
 口に出して言ったあと、「私はいきなり何を口走ってんだ」「思いっきりヘンな嫁だと思われる」と後悔した。
 義父はしばらく黙った後、

『わかった・・・ありがとうな』

 そう言って、通話を切った。


  ※   ※   ※   ※

 しばらくして外から帰って来た義父から、「ありがとうな、理恵さん」と またお礼を言われた。
 何でも義父は、散歩がてらに外をブラブラしているうちに、何気なく行き着けの骨董品店に立ち寄ってみたのだという。
 すると店主が、「ああ、木ノ下さん!今日、とっておきの物が入ったんですよ」 何時になく熱っぽい調子で、そう言われる。
 ほう何でしょう。尋ねるより早く、一幅の掛け軸を広げて見せられた。

 ゾクリ、と背筋に怖気が走った。
 胴体から離れた、人間の生首だ。
 うつろな目をしてざんばらに髪を乱した男の首が、切り口から青竹をグッサリ刺し込まれて草っ原に立てられている様を、模写してあるのだ。

 すごいでしょう。土壇場で首を斬られた罪人の首を描いたものですよ。あ、土壇場ってのは処刑場のことです。江戸時代に、ある数奇者すきものが絵師を雇って描かせたモンらしいですけどね、どうですかゾックリ来るでしょ。作者は無名だけど、珍品だ。何でも、この滴る血は実際に首から流れたものを色出しに使ってるそうですよ。いつだったか、TVのワイドショーで似たようなの あったでしょ。放送途中に瞬きしたっていう。あれも生首の絵?だったっけ。まぁとにかく、ああいう類らしいですがね、どうです、これ。

 義父は常連だったので、「15万と言いたいところを5万で」と破格値を出された。
 正直、こんな胸くそ悪い絵、見たくもなかった。
 が。 ――見たくもないのに、目の前にあると見入ってしまう。そのうち だんだん本当に欲しくなってきて、「これを眺めながら晩酌ってぇのもオツなもんだなぁ」と信じられない考えが心の中に芽生えてしまったというのだ。

「わかった。今、持ち合わせがないから・・・そこのコンビニのATMで、お金を卸してくるよ」

 後払いでいいですよ、という店主に「それは悪い」と言い残し、義父はコンビニに向かった。ATMを操作し、5万円のお金を引き出そうとした まさにその時、

「理恵さんから、オレの携帯に電話がかかってきてな」

 我に返ったという。


  ※   ※   ※   ※

「そうか。母さんが、教えてくれたのか・・・」

 一部始終を聞いた義父は、しんみりとした様子でそう呟き、仏間へ向かった。
 仏壇に線香を立て、お鈴を鳴らし、 連れ合いの位牌を優しく撫でた。

「母さんには、向こうに行った後でも 世話をかけるなぁ・・・」


 とても長い間、義父は仏壇の前で手を合わせていたという。
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