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#057 『招くと』
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30年ほど前の話。
当時 福岡県福岡市に在住だった慎一郎さんは、中学一年の夏休みを利用して 田舎の叔父の家へ遊びに来ていた。
毎日のように近場へ海水浴に行き、真っ黒に日焼けして とても楽しかったという。
明日、福岡に帰るという日の夕刻。
彼が叔父と一緒に道を歩いていると、海水と河水の混じり合う汽水域に掛かった小さな橋の上に、奇妙なものが立っているのを見つけた。
素っ裸の大人。
――に、最初は見えた。
だが、よく見れば目も鼻も口もない のっぺらぼうだ。
五分刈りのような頭髪以外は何処にも毛が生えておらず、身体全体がマネキンのようにツルンとした質感を帯びている。
股間には何も無い。
女性だという意味ではなく、性器自体が存在しないようだ。その証拠に体つきはどちらかというと男性的で、胸にも多少の厚みのようなものがあった。
だが、決して筋肉質ではない。
更にこの真夏だというのに、陶器のような 色白。
――何だ、これは。
あまりに変なものと突然出会ってしまった為 呆然となってしまった慎一郎さんに向かって、そいつは静かに〝おいでおいで〟と手招きをした。
全身が総毛立つ。
その時、傍らの叔父が「あーいや」と一声あげた。
そして一歩前に出て、大声で叫ぶ。
「『招くとは、えべっさんにからわれて 何処にでン行かんね』!!」
それが手招きを止めた。
と、クルリ 踵を返すや否や、橋の上からピョーンと身を躍らせる。
あっ、飛び込んだッ!!
慎一郎さんは、弾けるように橋へと駆け寄り、それが身を投げた水面を検める。
が、水面には水飛沫はおろか、波紋すら立っていない。
それどころか、着水の際の水音すらしなかった。
ポカンとなっていると、叔父から「おい行くぞぉ」と呼ばれた。
口を開けたまま、近くに停めていた叔父の軽トラに乗り込んだ。
※ ※ ※ ※
「はっはっは!慎ちゃんは都会の子だから、あんなん初めてナァ」
家へ向かう帰りの軽トラの中で、叔父から朗らかに言われた。
うん、びっくりした。あれは何だったの?と尋ねてみた。
叔父は何度もウンウン、と頷いた後、
「こっちの方言は難しかろう。えべっさん、というのはエビスさんのことだ。ここらへんで イルカを表す言葉だな。つまり〝人を招くようなヤツは、イルカの背中に乗って何処かへ行ってしまえ!〟と言えば、アレは大人しく海へ帰ってくってワケだ」
来年もこっちへ遊びに来るんだったら、覚えといた方がいいよ と添えられた。
――そんな問題じゃねぇ、と思ったという。
当時 福岡県福岡市に在住だった慎一郎さんは、中学一年の夏休みを利用して 田舎の叔父の家へ遊びに来ていた。
毎日のように近場へ海水浴に行き、真っ黒に日焼けして とても楽しかったという。
明日、福岡に帰るという日の夕刻。
彼が叔父と一緒に道を歩いていると、海水と河水の混じり合う汽水域に掛かった小さな橋の上に、奇妙なものが立っているのを見つけた。
素っ裸の大人。
――に、最初は見えた。
だが、よく見れば目も鼻も口もない のっぺらぼうだ。
五分刈りのような頭髪以外は何処にも毛が生えておらず、身体全体がマネキンのようにツルンとした質感を帯びている。
股間には何も無い。
女性だという意味ではなく、性器自体が存在しないようだ。その証拠に体つきはどちらかというと男性的で、胸にも多少の厚みのようなものがあった。
だが、決して筋肉質ではない。
更にこの真夏だというのに、陶器のような 色白。
――何だ、これは。
あまりに変なものと突然出会ってしまった為 呆然となってしまった慎一郎さんに向かって、そいつは静かに〝おいでおいで〟と手招きをした。
全身が総毛立つ。
その時、傍らの叔父が「あーいや」と一声あげた。
そして一歩前に出て、大声で叫ぶ。
「『招くとは、えべっさんにからわれて 何処にでン行かんね』!!」
それが手招きを止めた。
と、クルリ 踵を返すや否や、橋の上からピョーンと身を躍らせる。
あっ、飛び込んだッ!!
慎一郎さんは、弾けるように橋へと駆け寄り、それが身を投げた水面を検める。
が、水面には水飛沫はおろか、波紋すら立っていない。
それどころか、着水の際の水音すらしなかった。
ポカンとなっていると、叔父から「おい行くぞぉ」と呼ばれた。
口を開けたまま、近くに停めていた叔父の軽トラに乗り込んだ。
※ ※ ※ ※
「はっはっは!慎ちゃんは都会の子だから、あんなん初めてナァ」
家へ向かう帰りの軽トラの中で、叔父から朗らかに言われた。
うん、びっくりした。あれは何だったの?と尋ねてみた。
叔父は何度もウンウン、と頷いた後、
「こっちの方言は難しかろう。えべっさん、というのはエビスさんのことだ。ここらへんで イルカを表す言葉だな。つまり〝人を招くようなヤツは、イルカの背中に乗って何処かへ行ってしまえ!〟と言えば、アレは大人しく海へ帰ってくってワケだ」
来年もこっちへ遊びに来るんだったら、覚えといた方がいいよ と添えられた。
――そんな問題じゃねぇ、と思ったという。
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