真事の怪談 ~妖魅砂時計~

松岡真事

文字の大きさ
71 / 102

#070 『雛人形』

しおりを挟む
「父親譲りのやんちゃ気性な子供でしたよ、オレ」

 恭一郎さんが小学校6年生の頃の出来事だというから、もう15年ほど昔の話になるという。

 夏の季節も暑さを強め、そろそろ夏休みだとウキウキしていた時分。
 学校から帰った恭一郎さんが「たっだいまぁー!」と玄関で大音量の挨拶をすると、「いつもいつも壊れたラジカセみたいな大声出すんじゃないわよ、おかえりー!」と 決まって返ってくる筈の 元気なお母さんの声がなかった。
 その上、何だか家の中がシーンと静まりかえっているような気がする。

 あれ、お母さん、どっか行ったの?
 鍵もかけずにだぜ?

 不用心だな!と口を尖らせながら靴を脱ぐと、玄関にほど近い客間の方から、ぶつぶつと人の話す声が聞こえてきた。
 あ。お客さんが来てたんだ・・・
 それにしても、「お帰り~」くらい言ってくれてもいいのに!
 存在を無視されたようで少し腹が立った恭一郎さんは、襖をちょっとだけ開けて、誰がお客に来ているのかを確認してみることにした。


 お父さんがひとり、客間の片隅にお膝をして座っている。


(え、お父さん?!何でっ?!!)

 大工のお父さんが帰ってくる時間は、いつも もっと遅い筈だ。
 それに、お父さんはいつだってどっかりと胡座をかいて堂々と座る。
 何をやっているんだろう?

 実の父親だけだったら何の遠慮もすることはなかろう、と判断した恭一郎さんは、襖を開けて客間の中に入ってみた。
 お父さん、何やってんの?仕事は? 心持ち潜めた声をかける。
 ――答えはない。

(な、何やってんだマジで・・・!)

 正座したお父さんの真っ正面には、一枚の座布団に乗ったお雛さまがあった。
 正確に言うと、お内裏さまとお雛さまの 二体である。
 両方とも、とても古いものだ。
 しかし、
 お内裏様の方には 首がない。


 それに向かって、ひじょうな猫背の姿勢となったお父さんは ぶつぶつと何かを話しかけている。
 目は虚ろ。声は決して小さくはなかったが、不明瞭で よく聞き取れない。
 ただ、「左様でございます」とだけはハッキリと聞こえた。
 ・・・絶対に、豪快な性格のお父さんが使う言葉ではない。
 ぞっくり、背筋が凍った。

 部屋を飛び出した。

 自分の部屋の中で、枕を抱きながら恐怖に耐えていると、誰かが玄関のドアを開けたような物音が聞こえた。
 反射的に廊下へ出て見てみれば、泡を食った様子のお母さんが「あああ、鍵かけ忘れちゃった」「あああ、恭一郎も帰ってきてる・・・」とパニックそのものの声を張り上げている。
 その後ろには、小太りの中年女性の姿があった。
 お母さんより10歳は年上に見える。品の良さそうな人だ。
 誰? ぼーっと二人を見ていると、お母さんの方と目が合った。
 キッと睨まれた。

「恭一郎!あんた、お客間の方には入ってないでしょうねッ!!」
「え、あ、 いいや・・・?」
「・・・あ、ああ、そう。だったらいいの。だったらいいの。ごめんね、大声出したわね、お母さん。ごめん、ごめん・・・」

 いい子だからお部屋に入ってなさいね、今日はお友達は呼んじゃダメよ? 必死に理性を発揮しているような声で懇願され、大人しく恭一郎さんは頷いた。
 上品そうなおばさんは うっすらと微笑んで会釈をして来られたので、こちらにも頭を下げておいた。

 先生、こちらです―― お母さんは おばさんを客間へ導いた。


  ※   ※   ※   ※

 それから2時間あまりで、〝先生〟は帰って行かれた。

 お父さんは客間に布団を敷いて寝かせられ、2日あまりは仕事も休んで ただただ、眠り続けていた。
 目覚めてしばらくは元気もない様子だったが、一週間も経つと「こないだ入った若いのがクッソ手がタルくて話にならねェ」といつものバリバリ気性に戻ったので、恭一郎さんはホッとした、という。

 お父さんはちょっとした病気だったのだ、あのおばさんは(そうは見えないけれど)有名なお医者の先生だったのだ、とお母さんからは説明された。
 客間には入らなかった、と嘘をついた手前、あの雛人形は何だったのか、その後 どうなったのか などを追求することも出来なかったが、「まぁお父さんが元気なら別にいいか」と前向きに考え、この一件は忘れよう、と子供ながらに思ったという。

 しかし、お父さんが元気を取り戻してしばらく経った頃――


「・・・恭一郎。あんた、もし お人形の首みたいなのを家の中で見つけたら 誰にも言わず、お母さんにだけ教えなさい」

 お父さんにも言っちゃダメよ、
 そして絶対に首に触っちゃダメよ――

 そのように―― お母さんから、怖い顔で念を押された。



 以来、人形の首など見ていないし、見つかったという話も聞かない。
 お父さんは いまだ健在で、仕事だけが生き甲斐のように頑張っているという。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...