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#070 『雛人形』
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「父親譲りのやんちゃ気性な子供でしたよ、オレ」
恭一郎さんが小学校6年生の頃の出来事だというから、もう15年ほど昔の話になるという。
夏の季節も暑さを強め、そろそろ夏休みだとウキウキしていた時分。
学校から帰った恭一郎さんが「たっだいまぁー!」と玄関で大音量の挨拶をすると、「いつもいつも壊れたラジカセみたいな大声出すんじゃないわよ、おかえりー!」と 決まって返ってくる筈の 元気なお母さんの声がなかった。
その上、何だか家の中がシーンと静まりかえっているような気がする。
あれ、お母さん、どっか行ったの?
鍵もかけずにだぜ?
不用心だな!と口を尖らせながら靴を脱ぐと、玄関にほど近い客間の方から、ぶつぶつと人の話す声が聞こえてきた。
あ。お客さんが来てたんだ・・・
それにしても、「お帰り~」くらい言ってくれてもいいのに!
存在を無視されたようで少し腹が立った恭一郎さんは、襖をちょっとだけ開けて、誰がお客に来ているのかを確認してみることにした。
お父さんがひとり、客間の片隅にお膝をして座っている。
(え、お父さん?!何でっ?!!)
大工のお父さんが帰ってくる時間は、いつも もっと遅い筈だ。
それに、お父さんはいつだってどっかりと胡座をかいて堂々と座る。
何をやっているんだろう?
実の父親だけだったら何の遠慮もすることはなかろう、と判断した恭一郎さんは、襖を開けて客間の中に入ってみた。
お父さん、何やってんの?仕事は? 心持ち潜めた声をかける。
――答えはない。
(な、何やってんだマジで・・・!)
正座したお父さんの真っ正面には、一枚の座布団に乗ったお雛さまがあった。
正確に言うと、お内裏さまとお雛さまの 二体である。
両方とも、とても古いものだ。
しかし、
お内裏様の方には 首がない。
それに向かって、ひじょうな猫背の姿勢となったお父さんは ぶつぶつと何かを話しかけている。
目は虚ろ。声は決して小さくはなかったが、不明瞭で よく聞き取れない。
ただ、「左様でございます」とだけはハッキリと聞こえた。
・・・絶対に、豪快な性格のお父さんが使う言葉ではない。
ぞっくり、背筋が凍った。
部屋を飛び出した。
自分の部屋の中で、枕を抱きながら恐怖に耐えていると、誰かが玄関のドアを開けたような物音が聞こえた。
反射的に廊下へ出て見てみれば、泡を食った様子のお母さんが「あああ、鍵かけ忘れちゃった」「あああ、恭一郎も帰ってきてる・・・」とパニックそのものの声を張り上げている。
その後ろには、小太りの中年女性の姿があった。
お母さんより10歳は年上に見える。品の良さそうな人だ。
誰? ぼーっと二人を見ていると、お母さんの方と目が合った。
キッと睨まれた。
「恭一郎!あんた、お客間の方には入ってないでしょうねッ!!」
「え、あ、 いいや・・・?」
「・・・あ、ああ、そう。だったらいいの。だったらいいの。ごめんね、大声出したわね、お母さん。ごめん、ごめん・・・」
いい子だからお部屋に入ってなさいね、今日はお友達は呼んじゃダメよ? 必死に理性を発揮しているような声で懇願され、大人しく恭一郎さんは頷いた。
上品そうなおばさんは うっすらと微笑んで会釈をして来られたので、こちらにも頭を下げておいた。
先生、こちらです―― お母さんは おばさんを客間へ導いた。
※ ※ ※ ※
それから2時間あまりで、〝先生〟は帰って行かれた。
お父さんは客間に布団を敷いて寝かせられ、2日あまりは仕事も休んで ただただ、眠り続けていた。
目覚めてしばらくは元気もない様子だったが、一週間も経つと「こないだ入った若いのがクッソ手がタルくて話にならねェ」といつものバリバリ気性に戻ったので、恭一郎さんはホッとした、という。
お父さんはちょっとした病気だったのだ、あのおばさんは(そうは見えないけれど)有名なお医者の先生だったのだ、とお母さんからは説明された。
客間には入らなかった、と嘘をついた手前、あの雛人形は何だったのか、その後 どうなったのか などを追求することも出来なかったが、「まぁお父さんが元気なら別にいいか」と前向きに考え、この一件は忘れよう、と子供ながらに思ったという。
しかし、お父さんが元気を取り戻してしばらく経った頃――
「・・・恭一郎。あんた、もし お人形の首みたいなのを家の中で見つけたら 誰にも言わず、お母さんにだけ教えなさい」
お父さんにも言っちゃダメよ、
そして絶対に首に触っちゃダメよ――
そのように―― お母さんから、怖い顔で念を押された。
以来、人形の首など見ていないし、見つかったという話も聞かない。
お父さんは いまだ健在で、仕事だけが生き甲斐のように頑張っているという。
恭一郎さんが小学校6年生の頃の出来事だというから、もう15年ほど昔の話になるという。
夏の季節も暑さを強め、そろそろ夏休みだとウキウキしていた時分。
学校から帰った恭一郎さんが「たっだいまぁー!」と玄関で大音量の挨拶をすると、「いつもいつも壊れたラジカセみたいな大声出すんじゃないわよ、おかえりー!」と 決まって返ってくる筈の 元気なお母さんの声がなかった。
その上、何だか家の中がシーンと静まりかえっているような気がする。
あれ、お母さん、どっか行ったの?
鍵もかけずにだぜ?
不用心だな!と口を尖らせながら靴を脱ぐと、玄関にほど近い客間の方から、ぶつぶつと人の話す声が聞こえてきた。
あ。お客さんが来てたんだ・・・
それにしても、「お帰り~」くらい言ってくれてもいいのに!
存在を無視されたようで少し腹が立った恭一郎さんは、襖をちょっとだけ開けて、誰がお客に来ているのかを確認してみることにした。
お父さんがひとり、客間の片隅にお膝をして座っている。
(え、お父さん?!何でっ?!!)
大工のお父さんが帰ってくる時間は、いつも もっと遅い筈だ。
それに、お父さんはいつだってどっかりと胡座をかいて堂々と座る。
何をやっているんだろう?
実の父親だけだったら何の遠慮もすることはなかろう、と判断した恭一郎さんは、襖を開けて客間の中に入ってみた。
お父さん、何やってんの?仕事は? 心持ち潜めた声をかける。
――答えはない。
(な、何やってんだマジで・・・!)
正座したお父さんの真っ正面には、一枚の座布団に乗ったお雛さまがあった。
正確に言うと、お内裏さまとお雛さまの 二体である。
両方とも、とても古いものだ。
しかし、
お内裏様の方には 首がない。
それに向かって、ひじょうな猫背の姿勢となったお父さんは ぶつぶつと何かを話しかけている。
目は虚ろ。声は決して小さくはなかったが、不明瞭で よく聞き取れない。
ただ、「左様でございます」とだけはハッキリと聞こえた。
・・・絶対に、豪快な性格のお父さんが使う言葉ではない。
ぞっくり、背筋が凍った。
部屋を飛び出した。
自分の部屋の中で、枕を抱きながら恐怖に耐えていると、誰かが玄関のドアを開けたような物音が聞こえた。
反射的に廊下へ出て見てみれば、泡を食った様子のお母さんが「あああ、鍵かけ忘れちゃった」「あああ、恭一郎も帰ってきてる・・・」とパニックそのものの声を張り上げている。
その後ろには、小太りの中年女性の姿があった。
お母さんより10歳は年上に見える。品の良さそうな人だ。
誰? ぼーっと二人を見ていると、お母さんの方と目が合った。
キッと睨まれた。
「恭一郎!あんた、お客間の方には入ってないでしょうねッ!!」
「え、あ、 いいや・・・?」
「・・・あ、ああ、そう。だったらいいの。だったらいいの。ごめんね、大声出したわね、お母さん。ごめん、ごめん・・・」
いい子だからお部屋に入ってなさいね、今日はお友達は呼んじゃダメよ? 必死に理性を発揮しているような声で懇願され、大人しく恭一郎さんは頷いた。
上品そうなおばさんは うっすらと微笑んで会釈をして来られたので、こちらにも頭を下げておいた。
先生、こちらです―― お母さんは おばさんを客間へ導いた。
※ ※ ※ ※
それから2時間あまりで、〝先生〟は帰って行かれた。
お父さんは客間に布団を敷いて寝かせられ、2日あまりは仕事も休んで ただただ、眠り続けていた。
目覚めてしばらくは元気もない様子だったが、一週間も経つと「こないだ入った若いのがクッソ手がタルくて話にならねェ」といつものバリバリ気性に戻ったので、恭一郎さんはホッとした、という。
お父さんはちょっとした病気だったのだ、あのおばさんは(そうは見えないけれど)有名なお医者の先生だったのだ、とお母さんからは説明された。
客間には入らなかった、と嘘をついた手前、あの雛人形は何だったのか、その後 どうなったのか などを追求することも出来なかったが、「まぁお父さんが元気なら別にいいか」と前向きに考え、この一件は忘れよう、と子供ながらに思ったという。
しかし、お父さんが元気を取り戻してしばらく経った頃――
「・・・恭一郎。あんた、もし お人形の首みたいなのを家の中で見つけたら 誰にも言わず、お母さんにだけ教えなさい」
お父さんにも言っちゃダメよ、
そして絶対に首に触っちゃダメよ――
そのように―― お母さんから、怖い顔で念を押された。
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