この代償を与うる者、受ける者

Kouei

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第4話 涙雨

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 父の葬儀は、冷たい雨が降りしきる中、執り行われた。

 涙雨なみだあめ…とは、言い得て妙ね…

 私はそんな事を思いながら、教会の入口で空を見上げた。

 祭壇に置かれたひつぎの中には、真っ白な花に囲まれて安らかな顔をされた父がいる。

 ただ眠っているかのようだわ…
 今にも起き上がるのではないかと微かな希望にすがるが、その願いが叶う事はない。


「最期のお別れを…」

 ひつぎの蓋を閉める前に、神父が遺族に声を掛ける。

「い…やっ いやっ ダメよ! ロシェルは死んでいないわ! 埋葬するのはやめて!!」

 神父の言葉に弾かれるように席を立ち、ひつぎにしがみつく母。

「やめなさい、クロディーヌっ 厳粛な追悼の場で何をやっているっ!」

 静かな怒りを含む声で、伯父様が母をひつぎから引き離す。

「やめてっ ロシェルを埋葬しないでっ やめてっ やめ…っ!」

「クロディーヌ!」

 叫んでいた母が、伯父の腕の中へ倒れるように気を失った。
 教会内にざわめきが広がる。

「お母様!」
 私は母の側に駆け寄る。

「一旦、待合室に運んで…」
 伯父が母を抱き上げようとした時、シェルダンが声を掛けた。

「僕がお屋敷へお送りします。医者に診せ、ゆっくり休ませた方がいいと思います」

 そうね…待合室で休ませるよりは、屋敷でゆっくりされた方がいい。
 葬儀を終える為には、母はここにいない方がいいのかもしれない。

「シェルダン、ごめんなさい。お母様をお願い」
 私はシェルダンの言葉に甘え、母を託した。

「大丈夫、こっちの事は心配しないで。侯爵様を安らかに送って差し上げて…」

「ええ…」

 シェルダンは母を抱き上げると、侍女と共に馬車に乗り込み、屋敷へと向かった。

 席に戻ろうとした時、コツリと足元に何かが当たった。

「これは…お母様の…っ」

 拾い上げたそれは、母がいつもめている結婚指輪。

 父が亡くなってからろくにお食事を摂らなくなっていた母。
 もともと細い方だったが、指輪が簡単に外れるほどになっていたなんて…っ
 私は…そんな母の状況に今まで気が付かなった事に、胸が締め付けられる思いだった。

「それ…失くした事に気が付いたら、おば様…また騒がれるんじゃ…」

「そうよね…」

 セリルの言葉に私も同調した。
 でも、どうしよう…
 
「私が届けるわ」
 
 私の考えを察したように、セリルが申し出てくれた。

「セリル…いいの?…」

「ええ。届けたらまた戻ってくるわ、ねっ」

「…じゃあ、お願い」

 彼女は足早に馬車へと乗り込んだ。

「皆様お騒がせしてしまい、誠に申し訳ありません」
 ざわつく中、参列者の前で頭を下げる伯父様に続いて、私も深く頭を下げた。


 その後埋葬は無事に終え、今私は伯父と誰もいなくなった教会の椅子に座り、マリア様を仰ぎ見ている。

「…クロディーヌは子供の頃から何も変わっていない…悪い意味で」

「え?」

「クロディーヌと私は15も年が離れているから、彼女が生まれた頃は寄宿舎に入り、一緒に過ごす事はあまりなかった。両親が年老いてからできた子で女の子という事もあり、どんな我儘も聞いていた。だから自分の思い通りにならない事は何が何でも受け入れない。甘やかしてきた弊害だ。まさか結婚して母親になっても何の成長もしていないとは…おまえに申し訳なくて…」

「伯父様…」

「夫が亡くなり、喪主としてしっかり仕切らなければならない立場なのに…あんなみっともないことを…。そして娘であるおまえに負担をかけて…情けないにもほどがある」

「…お父様の死を受け入れられないのですわ」

「家族を亡くしたつらさはクロディーヌだけではないだろう…アレット。…よく最後まで葬儀を執り行ってくれたな」

「伯父様が傍にいて下さったからです」

「本当に…立派になったな」
 そういいながら、私の背中をポンポンと優しく叩いた。

「……っ…!」
 泣くつもりはなかったのに、両親にさえこのような気遣いを受けた事がなかった。 
 伯父の静かな思いやりに、私の心は震えた。

 そんな私の様子に、遠慮がちに言葉をかける伯父。

「……一つ提案なのだが、クロディーヌはエンディミオン家へ戻した方が良いのではないか?」

「え…?」

 思わぬ話に、私は驚きを隠せなかった。

「君はパドリアス令息と結婚して、アルブルグ家を継いでいく。クロディーヌがいては、今回のように面倒な事が起こるような気がするんだ。…その…クロディーヌとは相変わらず…なのだろう…?」

 伯父は母が私を嫌っている事を知っていらっしゃる。
 だから、こんな申し出をされたのね。
 でも私は…

「…ありがとうございます。けれど、お父様を亡くした今、お母様と離れる事は考えられません」

 父が亡くなったからこそ、これからは母と歩み寄れるのではないか…と思った。

「…そうか…わかったよ、でも困った事があったら遠慮なく相談しておくれ」

「大丈夫ですわ、伯父様。お気遣い、ありがとうございます」
 
 伯父に小さく微笑み、またマリア様を見つめた。
 そんな私を見た伯父様はそれ以上何も言わなかった。


 湿った空気とマリア様の慈愛を感じながら、私と伯父は雨音に耳を傾けていた。

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