買い物屋

色部耀

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買い物屋

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 裏通りのさらに裏。表という訳ではなく、奥の奥という意味で。ここは、そんな裏通りにひっそりと佇む小さく無機質な店。


「いらっしゃいませ。今日はどういったご用件で?」


 あたかも魔女だとでも言うような真っ黒なワンピースを着たカウンターに肘をつく女性。彼女は艶やかな黒い髪をやる気なさげに払った。


「えっと……ここはどんなモノでも買ったり売ったりできる『買い物屋』……そう聞いてやってきたんですけど――」


「ええ、まあ」


「あ、申し遅れました。わたくし、相川亮と申します。初めまして」


 そわそわと落ち着きなく自己紹介をする青年――。これと言った特徴もないどこにでも居そうなその青年の顔を見て、女性は眉間にしわを寄せる。


「初め……まして……?」


「あ、すみません。……どこかでお会いしましたか?」


「いやいや、こっちの勘違いみたい。私は売買好子(ばいばい よしこ)よ。よろしく」


 無表情で手を差し出す好子。そうして二人の邂逅は、ぎこちない握手によって成されたのだった。


「ところで、相川さんはどういった用件で? 何かお探し? それとも売りたいものでも?」


「実は――」


 暗い顔をして俯く相川。後ろめたいことや恥ずかしいことでもあるかのように――。


「お金が……必要でして……。ずっと妻の収入に頼って娘と三人で暮らしていたのですが、先月……その――。亡くなりまして――」


 口ごもりながら言った亡くなったという言葉。それは、単純にこの男性の奥さんが亡くなったことを指していた。


「妻が残してくれた財産だけでは、娘の大学進学と、生活費には到底足りなくて――。その為にも色々と仕事を当たっていたのですが、どこも門前払いで――。わたしみたいな仕事もしたことがないような人間……。当たり前なんですけど」


「ふーん」


 好子は興味なさげに相槌を打つ。


「その就職活動中に、たまたまここの事を知りまして。なんでも、カタチの無い『モノ』ですら買い取ってくださるとか」


「確かに、私が買い取ってもいいと思う『モノ』なら何でも買い取るわよ」


 相川は、何を買い取ってほしいのか言い出しにくいようで、二人の間にしばしの沈黙が流れる。


「で、何を買い取ってほしいの?」


 沈黙を破ったのは好子の方だった。鬱陶しいわね――表情と言い方に明らかにそう訴えるものがある。


「その……わたしの……。――妻への想いを買い取ってほしいのです」


 相川の口から出たのはそんな突拍子のない言葉だった。確かにこの買い物屋。このようなカタチの無いモノも取り扱っている。しかし――。


「それにはどんな価値があるのかしら?」


「わたしは、妻のことが人生の全てでした。それ以外のものに価値が無いと言えるほどに――。その妻の最後の願いが、娘を幸せにしてほしい――というものでした」


「ふーん。そこまで大事なら、奥さんを取り戻させてあげても良いのよ?」


 普通なら、これ以上に無い魅力的な提案だった。現に、そのような買い物をしていった客も沢山いる。


「それは……妻の遺言でどんなことがあっても生き返らせようとしないでくれと……。絶対に後悔するからって――。わたしには妻の思いが最優先なのです。最優先なのですが……」


 それでも、苦しいのです――と。


「そう」



「娘が幸せに生活できるためのお金が入った後なら、わたし自身の妻への気持ちがなくなっても構いません。それが妻の幸せでもあるなら――」


「まあいいわ。じゃあ、その想い――これで買い取らせて貰うわ」


 好子は電卓を弾いて金額を提示する。相川は安堵したのか、破顔して何度もお辞儀をした。


「買い戻すには、この倍の金額が必要になるけど――いい?」


「大丈夫です。お願いします」


「じゃあ――」


 好子は相川を椅子に座らせ、後ろに回り込んだ。今から想いを取り去るのだろう。覚悟を決めた表情の相川は、固唾を飲んで硬直する――。

 相川の後方で何やらガサゴソと物音をたてて準備をする好子。その時間がまた、相川の緊張を促進させる。


「振り向いては駄目よ」


 そう言われて、仕方なく目の前にある古時計を見る相川。秒針が一つ……一つ……また一つと動く様子が、緊張から不安へと気持ちを流していく――。


 そして、相川の眼の前が、白く純白で真っ白な――



















 牛乳を拭いた雑巾で覆われた。






















「んんんんんぅぅぅぅぅうううう!!!!!! むふぉぐほぉぉぉぉ!!!! おっおっおぅえええぇぇぇ!!!!!」


 相川は激しく嘔吐くが、好子の豊満な胸と力強い細腕でがっちりとロックされ、身動きが取れない。


「んぅえぇぇぇ!!!! おゅゅううぅぅえええ!!!!」


 もがき苦しむ相川に構うことなく、好子は空いた右手に持った物を相川の首にぶすりと刺した。じたばたと動いていた相川は、瞬く間に力が無くなり崩れ落ちる。

 椅子にしな垂れかかったまま相川は放置され――。


「ふー……」


 一息ついた好子は店のカウンターで勝手気ままにブラックコーヒーを飲み始めたのだった。

 完全に意識を失ったかのように見える相川ではあるが、うわ言のように『みゆき……みゆき……』と、おそらく亡くなった妻であろう名前を呟いていた。


「本当に……大切だったみたいね」


 コーヒーを片手にノートパソコンを叩く好子も、うわ言のようにそう呟いた。


「わたし……は……?」


 目を覚ました相川は、入店時と同じような格好でカウンターに立つ好子に問いかける。――その問いに、あまり意味はないのだろうが……。


「はいこれ買い取り料。受け取ったらさっさと帰って」


 分厚いB4サイズの茶封筒を相川に投げてよこした好子は、ぶっきらぼうに言い放つ。


「あ……えっと……ありがとうございます」


 相川は、中身も確認せずにお礼を言って立ち上がった。


「本当に、妻への気持ちが嘘みたいに消えているのが分かります。ただ、妻がいた――そういう記憶だけで……。これで娘を不自由なく生活させてあげられます」


「そう。娘さんのことも大事に思っていたみたいで良かったわ」


「――確かに……そうですね」


「ほら、さっさと帰って」


 冷たく突き放す好子は、なんだか不機嫌そうだ。


「あ、はい。えっと……。少し最後に聞きたいんですけど?」


「なに?」


「あの臭い布巾って何の意味があったんですか?」


「ああ、あれ?」


 好子はバツが悪そうに頭を掻いて笑った。
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