64bitの探偵~ゲームに寄り道は付き物~

色部耀

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第四章

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「綺麗な家……だね」


「そうでもないでしょ」


 そろそろ本当に場を繋ぐ事が辛くなってきた頃、漸くおばあちゃんの家に着く。時刻は十一時半……日も高く暖かくなってきたので渡瀬くんはパーカーの袖をまくっていた。渡瀬くんは綺麗と言ってくれたけど、古くてあまり大きくはない家。

 綺麗というより小奇麗と言った方がしっくりくる。瓦屋根の古い二階建て。玄関はもちろん昔ながらの引き戸で隙間風も多い。玄関先や表から見える範囲の庭は雑草が生えていない程度には手入れが行き届いてはいるものの、綺麗……と表現されると世辞に聞こえてしまうのは仕方がない。無表情に言っているのがさらに拍車をかける。


「独り身のお年寄りが住んでいたにしては綺麗すぎるな――。訪問介護の人が手入れをしていたのかな? おばあちゃんは生前、認知症とかにはなってなかった? 他にも関節が弱っていて動くのが辛そうだったとか」


 今回の調査とは直接関係はなさそうな質問――。いや、もしかしたら何かそこから連想できるものがあるのかもしれない。でもその質問で思い出してしまう。考えてしまう。なぜあのような事になってしまったのか――。私には何かできなかったのか――。どうして死んでしまったのか――。


「ううん。元気そのものだったよ。八十にもなって一切介護が必要ないくらいに」


「そうか――てことは家の管理も一人でやっていたのか。なら、おばあちゃんは血管系が弱っていたのかもしれないね。八十なら仕方ない」


 元気だったおばあちゃんの突然の死。考えれば考えるほど胸が苦しくなる――。カバンから家の鍵を探す手も止まってしまう――。渡瀬くんには――できるだけ気付かれないように隠しておこうかとしていたのに――。これじゃ……こんな顔していたんじゃ無理かもしれない。


「少しでも早く捜索を終えるために――。元気な人が突然亡くなられた場合、それは心筋梗塞や肺梗塞、脳梗塞とかいった血管系の病気の可能性が高い。だから勝手に当たりを付けて血管系が弱っているなんて先走った事言っただけで――。下矢田さんもおばあちゃんが死んだ時の顔を思い出す必要なんてない」


「ううんいいの。話すわ。ちゃんと」


 何か勘違いをしている様子の渡瀬くんの言葉を遮って決意を告げる。カバンの中から鍵を探す手を完全に止め、玄関から少し離れて二階のカーテンが閉まった窓を指差す。外向きに観音開きの窓だ。ちょうど正午も近づいており、逆光にはなるけど家の陰で太陽が隠れていて見えやすい。


「あそこがおばあちゃんがいつも過ごしていた部屋。そして……」


 大きく深呼吸をはさんだけど、その深呼吸が震えているのがよく分かる。やっぱり言いにくい……。けど、一息ついて言う覚悟を決めてから続きを口にする。


「あの窓からおばあちゃんは飛び降りて死んでしまったの」


 春風が逃げるように吹きすさぶ。渡瀬くんは何も言わずにただただ聞いているだけだった。そこからは話も長くなりそうだったので、渡瀬くんをダイニングキッチンに案内した。


 ――おばあちゃんが二階から飛び降りてお亡くなりになりました。屈曲のない事務的な言い方をしてくれた警察の人……。発見してくれたのは向かいに住む北谷さん夫人。旦那さんも定年し、スローライフを満喫していた六十手前の女性だった。朝一に玄関先の花に水をやろうとしたところ、玄関横で血まみれで倒れているおばあちゃんを見かけ、警察に電話してくれたらしい。おばあちゃんの家は低いブロック塀に囲まれているけど、玄関付近を通ればおばあちゃんが落ちた場所は簡単に目に付く。

 おそらく北谷さんがおばあちゃんの死後、最初に家の前を通りすがったのだろう。死亡推定時刻は午前七時――。その一時間も経たないうちに発見されたようだった。

 警察の見解では、机の上に遺書が置いてあった事。朝食の準備はなく、また食べた痕跡もなかった事等から自殺という事で片がついた。年をとって一人で暮らす老人の自殺は少なくないのだという。体に不自由が出てきたり、本人にしか分からない認知症が出てきたり――様々だけどそういった理由が多いらしい。もしかしたら、他に抱え込んでいたものがあったのかもしれないけど、今となっては分からない。

 頭から真っ逆さま――即死だっただろうと言われた。落下時に体を庇った様子も見られない事から、誰かに突き落とされたという事は考えられないそうだ。

 ダイニングキッチンのテーブルに腰を落ち着けて、私は渡瀬くんに警察から聞いた情報を出来る限り詳細に伝えた。なぜそこまで伝えたのか――。それは誤解されたくなかった……という理由かもしれない。もしくは自分の罪を批難して欲しかったのかもしれない。

 家族なんだから自殺してしまうような辛い状態をもっと早くに気付いてあげろ――とか。家族なんだから何かできる事があっただろう――とか。事実……私はおばあちゃんの死を知ってから毎日そんな事を考えている。

 お父さんも同じみたいで、一週間経った今でも暗い顔のままだ。誰かに責めてもらいたい……自らが思う罪に対して、なんでもいいから罰が欲しい。お父さんみたいに抱えたまま頑張れるほど自分は強くない。――許されたい……そんな身勝手で曖昧な気持ちがある事を否定できない……。


「ごめんね渡瀬くん。依頼とは全く関係のない話を長々と……。お茶のおかわり入れるね」


「気にしなくていい。何事も情報は多いに越した事はない。不要な情報だと思っていても、後々のフラグになっているかもしれないのがRPGというものだからね。今は俺が探偵というロールを、下矢田さんが依頼人というロールをプレイしているわけだし……そういったフレイバーテキストが意味を持つ瞬間が来るかもしれない。裏設定の作り込みが甘いシナリオは面白くないしね」


「ごめん渡瀬くん。言ってる意味が半分くらい分からない」


 二杯目の熱々のお茶を一気に喉に流し込んだ渡瀬くんは椅子を引いて立ち上がる。私は猫舌だから自分の分のお茶を入れたけど直ぐに飲みきれず、手に持ったまま渡瀬くんに倣って立つ。

 猫舌ではない人が『猫舌の人は空気と一緒に飲まないから熱いのが苦手だ』とか『熱さを感じやすい舌先を口の中で隠すようにして飲まないから熱く感じる』だとか『喉元過ぎれば熱さを忘れる』とか言うけれど、空気と一緒に飲んでもそんな一瞬で冷めるはずがなくて口の中を火傷するし、舌先を隠しても舌先以外を火傷するし、喉元過ぎたら胃が熱くて胸の下あたりを掻き毟りたくなるほど苦しいし……。

 やっぱり、今の渡瀬くんを見ても猫舌というのは純然として存在すると確信してしまう。


「とりあえず、おばあちゃんの私室に行こうか」


「案内するよ」


「いや、場所は分かるから許可だけもらおうかと――」


 最短ルートを最速で……。今日渡瀬くんが何度か口にしている言葉だけど、こういうやり取りも最速で終わるようにしたいのかもしれない。自分だけが考えて行動するのが最も早い――それを体現しているようだ。

 私なんて、考えられるパターンを蝨潰しに当たって確証を得てからでないとまとめられないというのに――。だから要領が悪いのかもしれない。学校の先生とかには褒められ続けてきたんだけど……。

 私が立ったのを確認すると、渡瀬くんは逆に私を案内するかのように二階への階段を上った。どうして階段の位置が分かったのかとか、部屋までなぜそんなに迷わす歩けるのかなんてこの際もう質問しないほうが良いのかもしれないと思いかけたところで渡瀬くんは足を止めた。二階のおばあちゃんの部屋の隣。おばあちゃんが寝るために使っている部屋。寝室の前で――。


「こっちの部屋は物置か何か?」


 珍しく自信のない感じの質問。それに、当ても外れている。


「ううん。普通に寝室だよ? なんで?」


「いや……ドアノブが私室に比べて綺麗だったから、滅多に開かない部屋だと思って。ドアやドアノブを取り替えた様子も見られないし」


 確かに、おじいちゃんが生きていた頃はおじいちゃんの物置だったからあまり使っているところを見た事はない。その頃はもう少し広い一階の部屋を寝室に使っていたし。それでもおじいちゃんが死んでから十五年近くは寝室として使っていたから、目立って綺麗というのもおかしい気はする。


「まあいっか。今は特に気にする事でも無さそうだし――。じゃあ、おばあちゃんの私室……入っていいかな?」


 部屋の直前まで来て、渡瀬くんは一応許可は取るようだ。てっきり私はキッチンで案内するよと立ち上がった瞬間に許可したつもりになっていた。


「どうぞどうぞ。自由に探してください」


 変に敬語になってしまうのは、心が乱れた証拠――とでも言っておこうか……。想定外の事を問われると少しパニくってしまうのは私の悪い癖だな……。

 ドアを開けて目に入る部屋の様子――。何度来ても私の部屋とは違い、女性の部屋という感じがしない。ぬいぐるみなんてもちろん無く、服を身近に置いておける箪笥や衣装ケースなんかも無い。なんというか、仕事部屋……そう書斎といった感じだ。

 窓と扉に面していない二面の壁。その片方には所狭しと並んだ本が独特の紙とインクの匂いを放ち、反対側の壁には膝上の高さから上にこだわりを持って配置したであろう絵の数々が飾られ、更なる絵の具の匂いで美術館のような混ざり合った匂いにしている。絵の管理の為か、片側には天井から床まで伸びる遮光カーテンで覆ってある。壁には水彩画から油絵、鉛筆書きのデッサンまで様々。上の方には様々な作家さんや芸能人のサインなんかも飾ってあり、おばあちゃんの顔の広さを物語っている。

 飾られてある絵は殆どがプロの描いた絵だけど、その一角におばあちゃんが描いた絵も並んでいる。私には遜色がないようにも見えるけれど、見る人がみれば全く違うものらしい。おばあちゃんは謙遜してか、いつも自分で比較しては『まだまだ下手くそよ……』と言っていた。

 客人として足を運んでくれたんだし、せっかくだから初めに見てもらいたくて保護用の遮光カーテンを開ける。


「おばあちゃんは野球も好きだったんだね」


「え? なんで?」


 予想外の第一声に私は絵を隅々まで見る。――どこにも野球に関係のある絵は無さそう。


「一番上の真ん中に野球選手のサインが飾ってあるから」


「ああ、佐々本新哉さん。あの人は、おばあちゃんが唯一ファンだった野球選手なの。なんでも、昔おじいちゃんと行った野球観戦でたまたま握手してもらったらしくて。サインは直接貰ったわけではないけど大切にしてるって言ってたわ」


 渡瀬くんは一通り絵とサイン色紙を眺めたあと、窓際に向かった。外からも見た大きな窓には北向きであるにも関わらず日中もほとんど遮光カーテンが閉められている。多分、絵や本の為だろう。

 そして渡瀬くんが向かった窓の横、本棚と窓の間にあるパソコンデスク。そこにはデスクトップのパソコンと、何か書き物が出来るスペースがある。最近は趣味で書いていた小説もパソコンを使って書いていたらしいので、そのネタ帳を作るのにもこのパソコンデスクを使っていたのだろう。メモ帳や絵の下書きらしきものの山がパソコンデスクに積まれている。そして――。


 遺言書が見つかったのもこのパソコンデスクの上だ。


「なるほど。このパソコンが十億の答えみたいなものだな」


 ニヤリと笑った渡瀬くんは、迷う事なくパソコンデスクの前の椅子に座ると、慣れた手つきで電源を入れた。しばらくしてパソコン画面が立ち上がると、デスクトップ画面一杯に小説のテキストデータや絵の写真などの入ったフォルダのアイコンが所狭しと並ぶ。


「うわ……俺デスクトップにアイコンが一杯あるのって苦手なんだよね。まあいいや。それより、ログインにパスワード設定されてなくて良かったな」


 私は一瞬ドキリとした。私が使っているパソコンもデスクトップに画像フォルダや学校のレポートが大量に貼り付けてある……。帰ったら整理しよう……。


「これ、古いOSだからパスワードがいらないのかな?」


「まあ、最近のパソコンは初めにパスワードの設定をさせられるから、少し前はパスワード設定をしていないものも多いよ。でも……答えに辿り着くには、最低一つはパスワードを暴かなければいけないだろうね」


「そ、そうだよ! 答え! さっきこのパソコンが十億の答えのようなものって言ったよね? 分かったの? 十億の在り処!」


「ああ、俺の予想とは違って十億は存在する……って答えになったけどね」
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