64bitの探偵~ゲームに寄り道は付き物~

色部耀

文字の大きさ
13 / 16

第十二章

しおりを挟む
「それより渡瀬くん! なんであんなところに時計が隠されてるって分かったの? 誰の話からもあんなところにあるなんてヒントも無かったと思うんだけど……」


「ああ、それね。単純に可能性の高い方高い方を選んで出た答えだよ。まずあの倉庫から運び出したかどうかだけど、防犯カメラの設置状況を考えると他の場所で隠すのは見つかる危険が高い。となると倉庫内に隠している可能性が高い。比較的……だけどね。もちろん体のどこかに隠し持っているという可能性も十分考えられるけど、それなら俺達がいなかった十五分の間に見つかっていても不思議じゃない」


「なんで見つかってる可能性が高いの?」


「モノ探しをするなら身体検査は優先事項の一つ。誰の目から見ても紛失物の所在として候補に挙がるからね」


 なるほど……。可能性って言うのは他の人がどう動くのかという事も考慮に入れて計算してるのか……。


「話の続きだけど、倉庫内に隠したと仮定してそれぞれの人の立場で自分ならどこに隠すのかを考えた」


「それぞれの人の立場で……?」


「そう。俺の中で隠した可能性のある人物は磯崎さんを除いて全員が同列の容疑者だった。だからそれ以外の四人。一人一人の担当業務の予想を立ててその行動範囲内で他の四人が探しそうにない隠し場所って言うのを考えた」


「考えたって言うのも、私たちがいない間に見つかってる可能性の高い場所を除外するためだよね?」


「もちろん。そうなると、誰とも行動範囲が被りそうになかったのは一人しか思い当たらなくってね」


 誰とも被らない行動範囲を持つ人物……。おそらく彼の事だろう。私は隠し場所の答えを知ってしまっているから容易くその人物に辿り着いたけど、渡瀬くんは可能性の大小だけでここまで考え付いたって事……。本当に私にとって一番わからないのは犯人やその動機以上に渡瀬くんの思考回路なのかもしれない。


「高橋さんが隠した……って事?」


「俺はそうだと思ってる。高所作業が多いという彼の発言と、ずっと電気が付けられない蛍光灯があるってのでピンと来てね。隠せる可能性も見つからない可能性も高い場所――。それが節電中の蛍光灯だったってわけ」


 渡瀬くんの推理が正しかった事を証明するのが私のカバンの中にある時計――。でも渡瀬くんが何度も言っている通り、あくまでも『可能性』の話。間違ってる事も考えられたはず。


「もしそれで違ってたらどうするつもりだったの?」


「その時は下矢田さんが言った台車の案かな。それでダメなら今日は諦めて帰ろうと思ってた」


 なんと潔い! でも渡瀬くんが言うならそれが最速の判断だったのだろうと思える。こうして話してくれているのも歩きながらという口を動かしていても行動時間に影響がないから……と考えると納得がいく。あの場でこんな事を話していようものなら結構時間を取られていたかもしれない。


「俺はちょっとマウス選んでるから下矢田さんも適当にその辺見てていいよ」


 こうして話している間にパソコン売り場に到着していた。まだ聞きたい事はあったけど、一旦置いておいて後で聞く事にしよう。帰りのバスもある事だし……。


「じゃ、じゃあ私はパソコン見てみるね。こういうところに来るのってあんまりないから、展示されてるパソコン見てみたい」


「おっけー。じゃあマウス買ったらそっちに合流するよ」


 渡瀬くんの事だから買い物をするのも速いんだろうな……なんて思ってたらすでに隣に渡瀬くんの姿は無かった。目の前で大量に光り輝くパソコンのモニター。一体どこから見て回ればいいのか分からなくなる。と、とりあえず画面が大きいのと値段が高いのが凄いのかな?

 画面のサイズで言うと所謂誕生日席に陣取っているパソコンのモニターが大きくて目立つ。パソコン台に書かれている広告を見る限り、最新型である事は間違いなさそう。割引対象商品と書かれてはいるものの、モニターと合わせて二十九万以上か……。消費税を入れたら三十万円を超える。到底私に手が出せる代物ではない。

 渡瀬くんならこういうパソコンを使ってるんだろうか? なになに? CPUがコア……なんて読むんだろう? これが処理速度に関わってくるのは知ってるけど何が違うのかはいまいちよく分かってないんだよね。渡瀬くんが戻ってきたら聞いてみようかな。

 隣に置いてあるのは一気に安くなって八万円か……。コアの後に書いてある数字が少ないからその分古いタイプなんだろう。三倍以上値段が違うのは何が違うんだろう……。OSは同じみたい。ハードディスクが1テラバイトと2テラバイトって言うのは単純に二倍で分かりやすいな。あと……数字で比較できそうなものしか分からないしな……お! 性能一覧を見ているともう一つ分かりやすものがあった。

 安い方は32ビット、高い方は64ビットと書いてあった。これも単純に二倍。そう思うと大体値段差にも納得できるようになる。型式遅れだからと言っても原価があるだろうからそこまで値段を下げられないだろうから、まあこんなものか。何が違うのかはよく分からないけど。


「何か面白い物でも見つけた?」


「ふょっ!!」


 私の肩口から顔を出す渡瀬くん。近いって! 良い匂いがするんだって! 変な声が出ちゃうじゃん!


「あ、あのね。なんでこんなに値段が違うのかなーって、見てたの」


 突然すぎて声が裏返ってしまった。若干噛んでるし……最悪……。


「それで、このコアってのとハードディスクってのとビットってので違うんだなーって。単純にハードディスクとビットが二倍ずつ違うからこの値段差なんだって納得してたとこ」


「ああ、そうなんだ。でも一つ言っとくと、このビット――二倍じゃないよ?」


 レジ袋を提げた渡瀬くんはすでに歩き始めていたから、私もそれに付いて行く形で歩く。私もパソコン自体にあまり興味を持って見ていたわけじゃなかったし、特に後ろ髪を引かれるような気持もない。気になる事と言えば今渡瀬くんが言ったビットが二倍じゃないって事くらい。計算違い……なわけはない。32の倍は64だ。


「渡瀬くん渡瀬くん。今のどういう意味? 64ビットが32ビットの倍って訳じゃないって……」


 渡瀬くんは相変わらず歩きながら話す。この後はバスに乗って渡瀬くんの家に向かって帰る事になるはず。お姉さんに報告して終わり。


「あそこに書いてあったビットってのは一度に処理できるデータ量の事なんだよ。32ビットって言うのはコンピューターに使われる二進数の桁数。つまり2の32乗4,294,967,296から1引いた4,294,967,295個の情報を同時に処理できるって事。64ビットは同様に2の64乗18,446,744,073,709,551,616から1引いた18,446,744,073,709,551,615個の情報を同時に処理できるって事。だから単純に2倍ってわけじゃなくて約4,294,967,296倍って事になるんだよ」


 途中で聞き慣れない京なんて桁が出てきたけど、なんとなく二倍って言ったのがどれだけ桁違いだったのかは理解した。二十億倍くらい勘違いしてたって事は分かった。て事は、あの隣同士に並んだパソコンでもそれだけの性能差があったって事なんだ……。そう思うと三倍ちょっとしか値段が変わらないというのは逆に凄い事のようにも思える。同じパソコン同士でも考える力は全然違う――まるでそれは私と渡瀬くんみたいだ。

 同じ人間でも考える事もそのスピードも全然違う。例えるなら私が32ビットの依頼者で渡瀬くんが64ビットの探偵ってところだろうか。

 四十億倍も違う――なんて事は無いだろうし信じたくはないけど、表現するだけなら案外適当かも知れない。


「お! ちょうどバス来てるな。あれに乗っちゃおう」


「え? でも渡瀬くん。あのバスは渡瀬くんちじゃなくて私んちに向かうバスだよ?」


「うん、何も間違ってないよ。第二ステージをクリアした事だし、最後に待ってるのはボーナスステージだ」


 ボーナスステージ……? 私が気付いていない謎がまだあるという事なのかな?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...