64bitの探偵~ゲームに寄り道は付き物~

色部耀

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第十三章

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「渡瀬くんちょっと聞いていいかな?」


 バスに揺られ始めてすぐ、疑問に思っていた事を聞こうと私は口を開いた。渡瀬くんはスマートフォンでゲームをしている。今度は私の知らないゲームだった。


「ボーナスステージの事? それなら下矢田さんのおばあちゃんの家に着いてからじっくり話すよ」


「ううん。確かにそれも気になってるんだけど違うの。なんでみんながいる前で高橋さんが犯人かもしれないって言わなかったのかなって……」


 あの場で言うと時間がかかるから……会計を早く済ませて帰るのが先決だから……確かに渡瀬くんのポリシーと今までの言動から察するに十分な理由。それでも私が疑問に思ったのは、その後の渡瀬くんのひと言が引っかかっていたから。


「隠した人が時計を気に入ってたとかおばあちゃんも喜んでるだろうとか……いったい何の事を言ってるのか私には全然わからなくって」


 私の中の渡瀬くんのイメージは効率重視で冷静淡白、感情なんてものは小学校に置いてきた――そんな感じの人だ。はっきり言って共に仕事をする分には良いけど、友人として深く付き合っていくのは勘弁願いたい人種。人の気持ちを後回しにして何でも早く終わらせる為に動いてしまうんだろうな……と漠然と想像できてしまう。

 だからこそ私の中で引っかかった。高橋さんが犯人かもしれないと言わない事はまだ理解できる。渡瀬くんならば……と。でも時計を隠した人が時計を気に入っていたからおばあちゃんが喜んでいるだろうなんて言葉は理解できない。それはやっぱり渡瀬くんだから……。そして何より気になるのは、時計を隠した理由を『気に入ったから』と断言している様子。隠した理由なんて他にも考えられるはず。磯崎さんへの嫌がらせとか、売り払ってお金にするためとか――。


「……なんであんな無駄な事を言ったのかは俺にも分からない」


 時計を隠した人に対する気遣いの台詞を吐いた理由が分からない……という事だろう。無駄というのは渡瀬くんの事だから時間の無駄――という意味かな。それにしても、渡瀬くんの真剣な表情を見る限り本人も理解できていない事は分かる。山本電器で隠し場所を考えていた時と同じ表情だ。ゲームだって中断している。


「ただ、なぜ気に入ったという理由で高橋さんが時計を隠したと思ったのか――なぜそれを下矢田さんのおばあちゃんが喜ぶと思ったのか――それには答えてあげられる。これは俺の想像を多く含んでいるから現実味はあんまりないけど……。下矢田さんは高橋さんがどんなスポーツをしているか覚えてる?」


「確か、野球をしてるとか……」


 保管倉庫で他の三人と違う質問をしていたから特に記憶に残っている。


「そう。ここからは想像だけど……野球が好きな高橋さんがたまたま用事で入った倉庫内で見たことのない野球のデザインが施された時計を見つける。そこで高橋さんは手に取って少し弄ったんだろう。すると意外と難しいゲーム、さらに聞こえてくるのはプロ野球解説で有名な佐々本新哉さんの声。童心に帰ってテンションが上がった高橋さんはその時計でもっと遊びたいと思ってしまう。しかし、仕事中だった為誰かに呼ばれたりすることもあった。その時に、遊んでいた事をバレない様にとっさに思いついたのが『時計を隠してしまう』という事だった」


「野球が好きで、ゲームが面白くて遊んじゃって、他の人にバレたくないから隠した……? そんな子供みたいな理由だって言うの?」


「子供みたいな理由だけど、十分に可能性のある話ではある。なにより、その理由であってほしいという気持ちがあってね」


「どういう事?」


 確かに、誰かを陥れようとして行った犯行……と言われるよりは気分的にまだましなものではあるけど、隠したこと自体はやっぱり悪いことだし、実際私たちや他の店員さん達にも迷惑をかけてしまっているのも事実……。今回は見つけることができたから良いものの、もし見つからなかったらと思うともっと大きな問題になっていた事も考えられる。


「佐々本新哉さんって聞き覚えない?」


 佐々本新哉さん……? それって……。


「おばあちゃんが唯一ファンって言ってた野球選手の人……?」


「うん。確かおばあちゃんの私室にもサイン色紙が大切に飾ってあったよね。有名なのは主にプレイというより解説者として――みたいだけど。それでこの時計に使われてる声」


「……あ! 今、佐々本新哉さんの声って言ってたよね?」


「そう。下矢田さんのおばあちゃんはこの時計を時計としてでもなくゲームとしてでもなく『佐々本新哉さんグッズ』として大切にしていたんだ。もしかしたらそれ以上に大切な思い出もあったかもしれないけど、そこまでは分からない。でも、孫娘が欲しがっても死ぬまで手放さなかった――。それは、おばあちゃんが軽い気持ちでファンって言ってただけでは無かった証拠だ」


 そういえばおじいちゃんも高校球児だったし、おばあちゃんがおじいちゃんと駆け落ちしたって話の時に野球の話もしていた。もしかしたらおばあちゃんの青春時代の大切な思い出の一つに野球があったのかもしれない。


「自分が好きだと思ってるものを近しい視点で好きだと思ってくれる人がいると嬉しいものだからね。俺もゲームオタクだからその気持ちはよく分かる。だから高橋さんが隠した理由が『気に入ってしまったから』であって欲しいと思ったんだ」


 今まで最も可能性の高いルートの話しかしてこなかった渡瀬くんが、私でも分かる程あまり可能性の高くない話をした理由……それは思っていたよりも簡単なことで、そうあってくれたら嬉しい――ただそれだけのものだった。

 ずっと論理だてられた話ばかりで納得させられてきたけど、私からしてみるとこの話が一番納得しやすかった。それに私の中の渡瀬くんのイメージがちょっとだけ良い方向に傾いた。

 渡瀬くんは自分の気持ちをあまり表現しない人だったから私は『よく分からない人』ってレッテルを貼ってしまっていた。けど、こうして何が嬉しいって言葉を聞くとそれだけで少し渡瀬くんの事を理解できたみたいでそのレッテルも思いの外簡単にはがれてしまった。


「じゃあ、この時計も私なんかよりももっと大切にしてくれる人のところにあった方がおばあちゃんも嬉しいのかな?」


 私は正直なところ野球には興味ないし、ゲーム自体にもあんまり興味は無い。昔私が欲しいって言った時計だけど、今はそこまで魅力的な物って訳でもない。確かに三万以上の価値があるって言われると魅力がゼロとまではいかないけど……それはこの時計の価値がある人にとっての値段な訳だし、私にとっては古いゲームのついた時計でしかない。

 本格的に誰かに売り渡すことを考えても良いかもしれない。決して金に目がくらんだとかそういう理由ではなく……。


「否定はしないけど、下矢田さんの元に行くように遺言書にまで残したくらいだ。他の誰でもなく宝物である下矢田さんに」


「宝物だなんて……おばあちゃんはそんな事思ってないよ。それこそおばあちゃんにとっての宝物は部屋に飾ってある絵画とかだよ――」


「え? 気付いてなかったの?」


「え? 何を?」


 渡瀬くんが隣の席に座る私を淀んだ目で見ながら言う。淀んでいても驚きの感情は表現できるらしい。目は口程に物を言うらしいけど、確かに言葉以上に驚きを表現していた。いくら頭の回転が速い渡瀬くんだからと言っても、その視線は少し痛い……。


「SFOのログインIDとそのパスワードだよ」


「確か、私の名前だったっけ?」


 パスワードは……覚えてない……。


「パスワードはTAKARAMONO。宝物だったよ。後でログインしてハリーさんと話してもらわないといけないんだから覚えておいてくれよな。多分そのままの意味で『アユ宝物』って事だろう」


 宝物……全然気付かなかった。おばあちゃんが私の事を宝物だなんて大層なものに思ってくれていた……?


「宝物だなんて……私おばあちゃんの為に何かしてあげたことなんて何もなかったよ? 顔だって年に二、三回くらいしか合わせてなくてその時も適当に私の話ばっかりして……。おばあちゃんの誕生日にプレゼントなんてしたこと無いし、どこかに連れて行ってあげたことなんてのもない。なのに、おばあちゃんは毎年私の誕生日にプレゼント送ってくれたりして……」


 思い出せば思い出すほどおばあちゃんから貰ったものは多く、返したものは一つもない。貰ったものと言うのも形のあるものだけじゃない。親孝行をしたいと思った時にはもういないなんて言うけど、おばあちゃんもそうだ。もっとおばあちゃんに何かしてあげられれば良かった。一日でも多く一緒にいればよかった。おばあちゃんはいつも笑って私の話を聞いてくれてたって言うのに。いつも私の事ばかり気にかけてくれてたと言うのに。

 本当に私は何をしてきたんだろう。

 いなくなって気付くなんて本当に馬鹿だ。いつを思い返してもおばあちゃんと過ごした時間は幸せな時間ばっかりだった。……だめだ……これ以上考えてたらまた涙が溢れてきそう……。渡瀬くんの前で泣いてたらだめだ。今日も一日泣きそうになっても頑張って耐えてきたんだ。最後まで涙は流さない……。


「違うかもしれないけど……下矢田さんっておばあちゃんに何か欲しいものをねだった事って無いんじゃないかな?」


「え? なんで?」


 確かに私はおばあちゃんに何か買って欲しいとか言った事はない。おばあちゃんに限らずお父さんとお母さんにもあまりないけど……。でもどうして突然そんな事を聞くんだろう? 無駄な会話は基本的にしない渡瀬くんが――。


「下矢田さんは全身どこを見てもブランド物の衣類を一つも身に付けてない。鞄もブランド物じゃなく長年使いこんだ物のようだし、唯一高級そうなのはボールペンくらいだけど、おそらくそれは入学祝いか卒業祝いで貰ったものだろう。普通女の子が自分からねだって買ってもらうペンならもっと可愛らしいだろう。バイトとかで得た収入もほとんどが貯金に回ってるんじゃないかな?」


 あ……当たってる……。全部見事に当たってる……。


「だ、だからってなんなの? 女の子ならもっと可愛らしくしろとでも言いたいの?」


 一応、昨日は美容院にも行ったのに――。その辺は何も気付いてくれないのね……。


「いや、そうじゃなくて……。おばあちゃんからのプレゼントの事だよ。今まで何も欲しいなんて言わなかった宝物の孫娘が、唯一欲しいって言ったものがその時計だとしたら……。遺言書を残してまで下矢田さんに渡す価値があったんじゃないかと思ってね。大切な人相手なら、プレゼントする喜びも一層大きい物だろう」


 貰うものが無くなる事よりも渡す相手がいなくなる事の方が寂しくってね――そう言っていたのは岡部電器の店員さん。こんなところで思い出すとは考えてもみなかったけど――。けど、そんな事より――。


「ごめん渡瀬くん……。少しの間だけ……外の景色でも見てて」


 もう涙が止められなかった。どれだけ愛されていたのかに気付いてしまったから……。

 今までは単に何があったかとか何をしてあげられなかったかとか、そんな目に見える事実ばかり考えてきたからか――涙も理性で抑えられた……。でも、おばあちゃんがどんな気持ちでどれだけの事をしてくれていたのかを考えると……もう自分の感情も抑えられなかった……。私は泣き慣れていないから、ハンカチで顔を覆って大きく震えるように深呼吸するだけ……。

 家に着くまでまだしばらく時間がかかる。渡瀬くんには申し訳ないけど、それまで話をする事は出来なさそうだ。涙を拭って視界の端に渡瀬くんを見ると、やっぱりゲームをしていて……なんだか安心させられた。
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