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那由の通う中予高校は海が近いことで有名だった。那由は学校まで徒歩で十分程のところにある海沿いの住宅街に建つ小さな一軒家に住んでいる。自転車登校の生徒たちに追い抜かれながら那由は眉をひそめて不機嫌そうに歩いていた。当然その隣には朝出会った守護霊が歩く。守護霊とはいえ宗祇にはしっかりと脚があり、一見して普通の人間との違いはない。そんな宗祇は那由の後ろをゆっくりついて歩いていた。そして歩きながら思い出すかのように少し空を見上げると頭に浮かんだ疑問を口に出す。
「那由はお姉さんとあんまり仲が良くなかったんだね」
「今日のは半分宗祇さんのせいやからね!」
「ごめん……」
「まあいいけど」
まあいいと言った那由だったが、明らかに許したわけではないという表情を浮かべていた。そしてその不機嫌な態度のまま話を続けた。
「てか、幽霊に後ろに立たれるんてなんか嫌なんやけど。近くにおるにしてもせめて視界に入るとこにおってくれん?」
「そ、そうだよね。お化けって怖いもんだもんね」
「別に怖いってわけやないけど。なんか嫌。見えんとこに隠れたゴキブリみたいな感じ」
「ゴキブリってひどいな……。でもまあなんとなく分かったよ」
嫌だとかゴキブリだとか酷いことを言われてがっくりと肩を落とした宗祇は那由の視界に入る前方に進むと、とぼとぼと寂しそうに歩いた。しばらくその状態で話をすることもなく歩き続けていると、校門まで十字路をあと一つ越えれば着くところまで来た。その時――
「那由! ストップ!」
肩を落としながら那由の前を歩いていた宗祇は急に振り返ると遠くまで響き渡るような大声で叫ぶ。那由は自分の思考の中に入り込んでしまっていたのか、足元しか見ていなかった。宗祇が上げた大きな声を聞いて那由は足を止めて顔を上げる。すると那由の目の前の十字路を自転車が猛スピードで通り過ぎていく。宗祇を通り抜けて――。もし宗祇が声をかけていなかったら衝突していたかもしれない。それほどまでにギリギリで危険だった。
「び、びっくりした……」
「良かった。ぶつからなくて。ちょっとは守護霊として役に立ったかな?」
「う、うん。……ありがと」
肝を冷やすとはまさにこのことのようで、唖然とした表情の那由は真っ直ぐに宗祇の顔を見てお礼を言った。しかし、お礼を言った後にふと我に返ったのか、那由は先程と同じような不愛想な顔に戻る。
「で、でも朝のことは別やけんね!」
「あはは」
顔を背けて言った那由を見て、宗祇はもう笑うしかないと言った様子で頭をポリポリと掻いた。
「なーゆ! どしたん? ブサイクな顔して?」
「うわ!」
那由は目の前で宗祇の身体から顔を出して覗き込んでくる少女に驚いて声を上げた。那由の側から見ると宗祇の腹部から頭が生えているように見える。お化け屋敷で驚いた時のような大声を出した那由は、胸に手を当てて落ち着くまで浅い呼吸をしながら少女の顔を見つめていた。
「なんそれ? そんなに驚いたらそのでっかいおっぱい落ちるんやない?」
「落ちるわけないやん! もー沙知! 驚かせんといてやー」
沙知と呼ばれた少女と言葉を交わすことによって那由はいつもと変わらない自然な表情へと戻る。そんな中、宗祇は気まずそうにカニ歩きで横へとずれるとゆっくり那由の隣まで移動した。那由は宗祇を睨み付けるように一瞬視線を送るが、宗祇にすぐさまごめんと謝られて怒ることもなく小さく息を漏らした。
「ごめんごめん! でもあたしは悪くないけんね! 別に後ろから脅かしたわけじゃないし」
「まあ確かにこっちこそ驚いてごめん」
「良いって良いってー。てか那由も別に悪くないし」
友人には素直なのか、那由は謝罪の言葉を口にした。しかし朝から続く多くのストレスに頭を抱えてしまう。
「それよりなんかあったん? 怖い顔しとったかと思ったら頭抱えたり」
沙知は那由の頬をつつきながら心配そうな表情で聞く。那由は沙知の指を払いのけるでもなくコントラストの抜けたような遠い眼差しで答えた。
「ちょっと朝からお姉ちゃんと顔合わせたりね……はは」
「うんうんそかそか。昔から変わらんねー二人は。あたしもお父さんがウザくて朝は顔も見たくないし、最近やっと那由の気持ちも分かり始めたんよ」
「なに沙知、やっと反抗期? 遅くない?」
「誰が小学校で成長が止まってるって! ちょっと発育が良いからって調子のんなよー!」
「ははは! 誰もそこまで言ってないって!」
冗談を言いつつ腕をぶんぶん振りながら沙知は笑うと、那由もそれに釣られて笑い声を上げた。ようやく笑顔を取り戻した那由の姿に宗祇は安心したのか、そっと那由の後ろに移動する。背後から那由を見守る眼はまるで愛娘を見る父のように穏やかだった。
「那由はお姉さんとあんまり仲が良くなかったんだね」
「今日のは半分宗祇さんのせいやからね!」
「ごめん……」
「まあいいけど」
まあいいと言った那由だったが、明らかに許したわけではないという表情を浮かべていた。そしてその不機嫌な態度のまま話を続けた。
「てか、幽霊に後ろに立たれるんてなんか嫌なんやけど。近くにおるにしてもせめて視界に入るとこにおってくれん?」
「そ、そうだよね。お化けって怖いもんだもんね」
「別に怖いってわけやないけど。なんか嫌。見えんとこに隠れたゴキブリみたいな感じ」
「ゴキブリってひどいな……。でもまあなんとなく分かったよ」
嫌だとかゴキブリだとか酷いことを言われてがっくりと肩を落とした宗祇は那由の視界に入る前方に進むと、とぼとぼと寂しそうに歩いた。しばらくその状態で話をすることもなく歩き続けていると、校門まで十字路をあと一つ越えれば着くところまで来た。その時――
「那由! ストップ!」
肩を落としながら那由の前を歩いていた宗祇は急に振り返ると遠くまで響き渡るような大声で叫ぶ。那由は自分の思考の中に入り込んでしまっていたのか、足元しか見ていなかった。宗祇が上げた大きな声を聞いて那由は足を止めて顔を上げる。すると那由の目の前の十字路を自転車が猛スピードで通り過ぎていく。宗祇を通り抜けて――。もし宗祇が声をかけていなかったら衝突していたかもしれない。それほどまでにギリギリで危険だった。
「び、びっくりした……」
「良かった。ぶつからなくて。ちょっとは守護霊として役に立ったかな?」
「う、うん。……ありがと」
肝を冷やすとはまさにこのことのようで、唖然とした表情の那由は真っ直ぐに宗祇の顔を見てお礼を言った。しかし、お礼を言った後にふと我に返ったのか、那由は先程と同じような不愛想な顔に戻る。
「で、でも朝のことは別やけんね!」
「あはは」
顔を背けて言った那由を見て、宗祇はもう笑うしかないと言った様子で頭をポリポリと掻いた。
「なーゆ! どしたん? ブサイクな顔して?」
「うわ!」
那由は目の前で宗祇の身体から顔を出して覗き込んでくる少女に驚いて声を上げた。那由の側から見ると宗祇の腹部から頭が生えているように見える。お化け屋敷で驚いた時のような大声を出した那由は、胸に手を当てて落ち着くまで浅い呼吸をしながら少女の顔を見つめていた。
「なんそれ? そんなに驚いたらそのでっかいおっぱい落ちるんやない?」
「落ちるわけないやん! もー沙知! 驚かせんといてやー」
沙知と呼ばれた少女と言葉を交わすことによって那由はいつもと変わらない自然な表情へと戻る。そんな中、宗祇は気まずそうにカニ歩きで横へとずれるとゆっくり那由の隣まで移動した。那由は宗祇を睨み付けるように一瞬視線を送るが、宗祇にすぐさまごめんと謝られて怒ることもなく小さく息を漏らした。
「ごめんごめん! でもあたしは悪くないけんね! 別に後ろから脅かしたわけじゃないし」
「まあ確かにこっちこそ驚いてごめん」
「良いって良いってー。てか那由も別に悪くないし」
友人には素直なのか、那由は謝罪の言葉を口にした。しかし朝から続く多くのストレスに頭を抱えてしまう。
「それよりなんかあったん? 怖い顔しとったかと思ったら頭抱えたり」
沙知は那由の頬をつつきながら心配そうな表情で聞く。那由は沙知の指を払いのけるでもなくコントラストの抜けたような遠い眼差しで答えた。
「ちょっと朝からお姉ちゃんと顔合わせたりね……はは」
「うんうんそかそか。昔から変わらんねー二人は。あたしもお父さんがウザくて朝は顔も見たくないし、最近やっと那由の気持ちも分かり始めたんよ」
「なに沙知、やっと反抗期? 遅くない?」
「誰が小学校で成長が止まってるって! ちょっと発育が良いからって調子のんなよー!」
「ははは! 誰もそこまで言ってないって!」
冗談を言いつつ腕をぶんぶん振りながら沙知は笑うと、那由もそれに釣られて笑い声を上げた。ようやく笑顔を取り戻した那由の姿に宗祇は安心したのか、そっと那由の後ろに移動する。背後から那由を見守る眼はまるで愛娘を見る父のように穏やかだった。
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