霊と恋する四十九日

色部耀

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 その日の帰り道、那由はクラスメイトが皆協力的になってくれたことに上機嫌でいた。

「ねえねえ宗祇さん。何で急にあんな協力的になってくれたんかな?」

 那由の質問に二歩ほど前を歩く宗祇は振り向きもせずに答える。

「那由と先生が教室を出て行った後に高橋君……だったか? 彼がみんなを説得してくれてたからかな」

「説得?」

「正確には少し違うかもしれないけど。まあ、簡単に言うと那由がこんなに頑張ってるんだから協力してくれって感じ。彼、優しい子だな」

「ふーん、そうなんやー。で、宗祇さんは悪趣味にもそれを立ち聞きしてたけん今日打ち合わせしてる生徒会室に来るのが遅れたんやね」

 那由が目を細めて宗祇に詰め寄ると、視線を外しながら宗祇は口ごもった。

「いや、まあ、そうなんだけど……」

「そんなことより!」

 小さくなっている宗祇を追い抜いた那由は、髪を靡かせながら宗祇の方へ振り返る。

「未来が見えるって言ってたのホント?」

 少し先の未来が見える……。それは愛とのやり取りの中で宗祇が言った台詞だった。

「えーっと。見えるって言っても少し先とか大きな危険がある時とかで、あまり便利に使えるわけじゃないんだ。でも守護霊としては十分役に立つとは思うよ」

「そっか、ちょっと残念やね。ま、いいや。あ、宗祇さんアイス買いたいけん寄り道していい?」

 交差点の先を指差してそう言う那由。しかし、宗祇は口元に手を置いて考えるとこう答えた。

「寄ってもいいけどそっちじゃなくて大通りを通って行こう」

「なんで?」

「そっちはバイクの飛び出しが多くて危ないから」

「それも未来が見えるとかってやつ?」

「まあ……そんなとこ」

 視線を外す宗祇だったが、那由は純粋に自分のことを心配して言ってくれている言葉を無視することもできず、言葉に従うまま回り道をして近くのコンビニへ向かった。家を通り過ぎる形で少し足を伸ばす。自然と歩幅を合わせて並んで歩く姿はまるで兄弟のようでもあった。

「あ、宗祇さんってアイス食べれるん?」

 コンビニに入ろうとしたところで那由は思い出したかのように宗祇に質問をした。しかし宗祇は首を傾げて悩んでいる様子。

「試してみたことはないけど、物に触れないんだから無理なんじゃないかな?」

「でもお盆とかにお供え物するやん。あれも食べれんのかな?」

「うーん」

 腕を組んで唸る宗祇だったが、那由は深く考えていない様子で話を続けた。

「ま、とりあえず試してみたらいいやん。何か食べたいのある?」

「じゃあ……あずきバーで」

「お! 宗祇さん分かっとるやん! 私ら気が合うね」

 那由の嬉しそうな顔を見て宗祇は優しく微笑み返した。子を見守る父のような。それこそ守護霊と呼ぶにふさわしい慈愛に満ちた表情だった。那由はコンビニに入ろうとしたところで宗祇の方を振り返って大げさにぶんぶんと腕を振って呼びかける。

「ほら! 宗祇さん行くよ! 早く!」

「はいはい」

 やれやれといった感じの宗祇が後ろに付いて来ているのを確認すると、那由はコンビニの中へと入った。脇目もふらずにアイス売り場に行くと、那由は迷わずにあずきバーを手に取る。

「私は毎日これさえあれば幸せなんよね!」

「相変わらず安上りで良いことだ」

「相変わらず?」

「あー、言葉の綾。気にしないで」

 レジで会計を済ませて外に出ると、那由はさっそく袋を開けて宗祇に差し出した。その眼はらんらんと輝き、好奇心をむき出しだった。

「ほら。持っとくけん早よ食べてみて」

 宗祇は物に触れることができず、自分の手でアイスを持つこともできない。だから必然的にこの形になるしかなかった。

「誰にも見られないとはいえちょっと恥ずかしいな」

 そう言いながらも宗祇は那由が手に持つアイスにかじりつく。固いはずのアイスにスッと歯が通り、口に入れた様子でそのまま頭を引く。

「なんか……食べられたはずやのに手に感触が無いって不思議やね。で、どう? 味分かる?」

 咀嚼するように口を動かす宗祇に期待の眼差しを向けて問いかける那由だったが、宗祇はからかうように口を開けて見せると笑いながら答えた。

「残念。なんにも分かりませんでした」

「もー。思わせぶりなリアクションせんとってや。でも、美味しいもんも分からんって幽霊も不便やね」

「人生は生きてるうちに楽しめってことじゃない? 俺は那由が楽しく生きるためのサポーター的存在だとでも思ってよ。ほら、アイスも買ったし帰るよ」

「うーん……」

 宗祇の話に納得ができないのか、那由は悔しそうに眉をひそめながらアイスをかじった。前を歩く宗祇に付いて行くように家まで歩く那由。アイスを買ったコンビニからは歩いて一分程なので、家に着いてもまだアイスは食べ切れていない。

 歩きながらずっと難しい顔をしていた那由は、玄関に手を伸ばしたところでパッと明るい表情になって振り返った。

「でもさ! 見るんと聞くんはできるんやから、それで楽しめばいいんやない?」

「そんな俺なんかのために何か考える必要はないって。那由がやりたいことをやりなよ」

「うん! これが私のやりたいことやけん! じゃあ……。映画! 映画行こ! 今週末一緒にエニフル行こ!」

 エニフルとは那由が通う中予高校の近くにある大型ショッピングモールで、中には映画館もあり出掛ける時はエニフルと言われるほど定番だった。

「映画……か」

 しかしそれを聞いた宗祇は何か懸念することがあるような陰のある表情をして返事を渋った。その様子に那由も心配したのか、顔を覗き込んで声をかける。

「宗祇さん、映画嫌いなん?」

 那由と目が合った宗祇は自分の表情が暗くなっていたのを自覚してか、すぐに笑顔に戻って答えた。両手を使って否定をしながら。

「ううん、そんなこと無いよ。ちょっと昔を思い出したっていうか。まあ、そんなに気にしなくて良いよ。うん。行こっか」

「やった! って言っても特に見たいやつがあるとかやないんやけどね」

「あ、じゃあさ。今日クラスの女の子たちが話してるの聞いてて那由が好きそうな映画があったからそれにしよっか」

「じゃあ、宗祇さんに任せる。やけどさ……」

「ん?」

 変わらない笑顔で話し続ける宗祇に対して、那由が悪戯な表情を浮かべて言った。

「女子高生の会話を盗み聞きするとか……やっぱ宗祇さん悪趣味やね」

「そ、そんなこと無いって! たまたま……」

「きゃー悪趣味な変質者が守護霊を騙ってストーカーしてくるー」

「こら那由! 流石にそれは言いすぎだろ!」

「きゃははは」

 そう言って那由は笑い声を響かせながら家の中へと駆け込んで行ったのだった。
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